第114話:マフラーの距離と春の予感
「ほら、蓮くん。置いてっちゃうよ?」
教室の入り口で振り返った真白が、蓮を呼んでいる。蓮は重い足取りでカバンを持ち上げ、彼女の後を追って教室を出た。
静まり返った渡り廊下を、二人の足音が規則正しく響く。校門を出ると、3月の夕方の風が、蓮の火照った顔を冷ますように吹き抜けた。
「ねぇ、蓮くん。チョコ、今食べてもいい?」
並んで歩きながら、真白がカバンから先ほどの木箱を取り出した。
「え? ああ、いいけど……歩きながら食べるの?」
「うん。蓮くんがくれたものだから、早く食べたくて」
真白は木箱を開け、中から小さないちごチョコを一つ摘むと、パクリと口に含んだ。そして、本当に幸せそうな顔をして目を細めた。
「んー! すっごく美味しい! 甘酸っぱくて、蓮くんみたい」
「僕みたいってなんだよ!」
「さあ、どういう意味でしょう?」
真白はそう言って笑うと、自分の首に巻いていたチャコールグレーのマフラーをふっと緩めた。そして、そのマフラーの片方の端を、あろうことか蓮の首へと優しく巻きつけたのだ。
「うわっ!? な、何するんだよ真白!」
「だって、今日の風、ちょっと冷たいでしょ? 蓮くん、顔が赤いから寒いのかなって思って。……こうしてれば、あったかいよ?」
一つのマフラーに繋がれた二人の距離は、歩くたびに肩が触れ合うほどに近くなる。真白の温もりと、マフラーから伝わるダイレクトな甘い香りに、蓮の心臓はもう限界を超えていた。
「真白……これ、からかってるんだろ?」
蓮が消え入りそうな声で尋ねると、真白は一瞬だけマフラーに顔をうずめ、それから夕日よりも綺麗な笑顔で蓮を見つめた。
「からかってないよ。……来年のバレンタインも、再来年のホワイトデーも、ずっとこうして勝負できたらいいなって思っただけ」
その言葉に、蓮はもう何も言い返せなかった。悔しいけれど、やっぱり真白の隣を歩くこの時間が、世界中で一番愛おしい。
春の足音が聞こえる帰り道、二人の影は一つの大きな影となって、いつまでも夕暮れの街に伸びていた。




