第1話:消しゴム
宮本蓮には、どうしても勝ちたい相手がいる。
となりの席の女子、白石真白だ。
「ねえ、宮本くん」
授業中、小声で声をかけてきた真白さんは、いつも通り涼しげな顔をしていた。
「な、何? 今授業中だけど……」
「消しゴム、貸してくれない?」
「あ、ああ。いいよ」
蓮は筆箱から、使い古した四角い消しゴムを差し出した。真白さんはそれを「ありがとう」と受け取り、自分のノートの文字を消す。それだけの、なんてことのないやり取りのはずだった。
しかし、消しゴムを返すとき、真白さんはいたずらっぽく目を細めて微笑んだ。
「宮本くん。知ってる? 消しゴムに好きな人の名前を書いて、誰にも見られずに使い切ると、両想いになれるんだって」
「は、はあ!? なんだよそれ、小学生の迷信だろ!」
思わず声が大きくなり、蓮は慌てて口を塞ぐ。幸い、先生は黒板に向かって熱弁を振るっていた。
真白さんはクスクスと肩を揺らしながら、蓮の消しゴムを机の上に置いた。
その消しゴムのカバーの裏側には、真白さんの指で少しめくられた跡がある。
「宮本くんの消しゴム……カバーの裏に、誰かの名前が書いてあったりしてね」
「なっ……! か、書いてるわけないだろ!」
蓮の心臓が跳ね上がる。書いていない。絶対に書いていない。……はずだ。
しかし、真白さんのあの自信満みな表情を見ていると、まるで「自分が知らないうちに誰かに書かれたのではないか」という奇妙な錯覚に囚われてしまう。
「じゃあ、確かめてみてもいい?」
「お、おう。どうぞ! 何も書いてないからな!」
蓮は胸を張った。真白さんは、楽しそうに消しゴムのカバーを完全に外した。
そこには、白いゴムの肌があるだけだった。
「あ、本当だ。何も書いてないね」
「だろ? 俺がそんな迷信信じるわけ……」
「ふふ、じゃあさ」
真白さんはシャーペンを手に取ると、蓮の消しゴムの側面に、滑らかな手つきで何かを書き込んだ。
「あ、おい! 何すんだよ!」
「はい、お返し」
戻ってきた消しゴムを見ると、そこには綺麗な文字で『白石真白』と書かれていた。
「これ、宮本くんが使い切ってね。誰にも見られないように」
「はあぁ!? なんでお前の名前が……!」
「だって、両想いになれるかもしれないよ?」
真白さんは、小悪魔のような笑みを浮かべて前を向いた。
蓮は真っ赤になった顔を隠すように、消しゴムを大急ぎで筆箱の奥底にしまい込んだ。
(また負けた……! 次こそは絶対、言い返してやる……!)
蓮の、勝率0パーセントの戦いは今日も続く。
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