1.クリスマス市の招待状
あしたから待降節だ。
それはクリスマスを待つ季節。
クリスマス当日までの四週間のこと。
今年はいつもよりうんと早く、クリスマス用玩具の納品が終わった。
魔法玩具師の親方と僕は、今日から三週間を自由な創作のための時間にした。
新しいデザインを考えたり、新しく考えた工夫をじっさいに形にしてみたりする習作のための時間だ。
そしてクリスマス前の一週間は、おかみさんといっしょにクリスマスのごちそう作りをする。
「シャーキス、こっちは終わったよ。家へ帰ろう」
親方はさきに家へ戻ったので――といっても、この魔法玩具工房の作業場と住居は、ほんの三メートルほどの廊下で繋がっているだけだ――作業場のそうじを終えた僕は、そうじの道具をかたづけた。
「るっぷりい、ぷう!」
小さな子どものような高い声がして、空中をふわふわとピンクのテディベアが飛んできた。幼い子がだっこできる大きさのぬいぐるみ。ピンクの布にはかわいい小花模様がプリントされている。
僕が作ったぬいぐるみに魔法の命が宿ってぬいぐるみ妖精になったシャーキスである。
「るっぷりい! こっちもかたづいたのです!、おつぎはなにをしましょう?」
シャーキスは僕の上でくるくる空中回転した。
「明日の作業のための材料を取りに、ボクが倉庫へいきましょうか?」
「いいんだ、今年はもう商品用のオモチャ作りは終わったから、明日は作業しないんだ」
「るっぷりい? では、ご主人さまは何をするのですか?」
「家でのんびりして、いつもはゆっくり読めない美術書をながめたり、魔法玩具の新しいデザインを考えたり、新しい工夫とかを考えたりするよ」
「るっぷりい? それはやっぱりお仕事なのですね!」
「はは、ちがうよ。ちょっと早いけど、今年は明日から休暇なんだ」
「やあ、すっかり片付いたな。ふたりとも、もういいぞ。さあ、休憩にしよう」
親方と僕は道具の手入れも終えてしまったので、落ち着いてクリスマスの計画表を見直すことにした。
僕はシャーキスといっしょに、居間の一角へ数冊の本を持って陣取った。
「せっかくだから、のんびり過ごそう。旅行にでもいくか」
親方とおかみさんは旅行案内書や地図を広げて相談している。
「そうねえ。でも残念だけど、こういう所はいまからじゃどこも予約がいっぱいで、宿が取れないわ」
「そうだなあ。じゃあ、旅行は来年だな。ニザはなにかしたいことはあるかい?」
クリスマス用雑貨のデザイン画集をめくっていた僕は、手をとめた。
「いろんな本を読んで、魔法玩具のアイデアを考えたいです」
「ハハ、わしらはいつもそうなんだよなあ」
僕のスケッチブックの上にはぬいぐるみ妖精シャーキスが座り、魔法で色鉛筆を浮かしてクルクルと回りながら、ていねいに芯を削ってとがらせていた。
「シャーキス、そのくらいでもういいよ。あまり削るともったいないから」
「るっぷりい? そうなのですか。先が細い方が、きれいな線を描きやすいのでは?」
「色えんぴつの芯はあまりとがらせなくてもいいんだよ。僕は、イメージで色をつけるときは細い線を描かないんだ」
そのとき玄関のほうで、来客を告げるベルが鳴った。
「おや、だれだろう、こんな時間に?」
「僕、見に行ってきます」
玄関ドア横の小さな窓から外を見たが、誰もいない。
「変だなあ。風のいたずらかな」
「るっぷりい! お客さまがいるのです! よく見てください、白いウサギさんです!」
「白いウサギ?」
そうっと玄関ドアを開けて、下を見ると……。
真っ白なウサギが口にカードみたいなものをくわえて、後ろ足でまっすぐに立っていた。
「えと、白ウサギさん? きみはお客さまなの?」
「るっぷ! ご主人さま、この方はおつかいウサギさんなのです! さあなかへどうぞ、るっぷりい!」
白ウサギは、ぽって、ぽって、ぽってと、直立のままで歩いて家の中へ入ってきた。
開け放した玄関ドアから、風と粉雪が吹き込んでくる。僕はあわててドアを閉めた。
「おーい、ニザ。誰だったんだい?」
親方とおかみさんが居間から出てきた。
「白いウサギさんなんです」
白ウサギは親方の前で止まり、くいっと顔を上向けた。
僕らをぐるりと見回したその目は赤く、口にくわえているのはクリーム色の封筒だった。赤い首輪には赤い雫形の宝石飾りが付いている。
僕と目が合った。
白ウサギは『どうぞ』というみたいに、口にくわえている封筒を僕の方へ差し出した。
「僕に?」
白ウサギはピンク色の鼻をぴくりとうごかした。
僕はクリーム色の封筒を受け取った。厚みのある紙に金色の飾り文字が書いてある。
僕の頭上からシャーキスがのぞき込んだ。
「るっぷりーい! ご主人さまに精霊界からお手紙がとどきました!」
「おやおや、どなたからだね?」
僕は封筒の差出人を確認した。
『精霊界の妖精の郷
お菓子の開発と制作工房の工房長
お菓子の魔女ロイゼ・トゥルーデル』
封筒のなかには銀色の文字が印刷されたきれいなカードと、びんせん2枚が入っていた。
「〈精霊界のクリスマス市の招待状〉……?」
『魔法玩具師の弟子のニザさんへ
今年もきっと魔法玩具の制作にはげまれていることでしょう。
わたくしたちの精霊界の妖精の郷では、毎年、待降節にはクリスマス市が開催されます。
よろしければご一緒に精霊界のクリスマス市へ行きませんか。明日から三日間泊まりがけで、クリスマス市の見物をするのです。今日すぐにお返事を白ウサギに託してくだされば、明日の午後二時にソリでお迎えにいきます』って」
「おー、そりゃいい。行ってこいニザ。あそこはおもしろいぞー」
親方とおかみさんのせつめいによると、そこははるかな世界の向こうにある精霊界に生きる人々の郷。
クリスマスを待つこの時期は、一年を通していちばん盛大な市が開催される。クリスマス用の品物だけではなく、精霊界各地から商人がやってきて、いろんな珍しい物を売るという。
おかみさんも親方の言葉にうなずいた。
「ぜひ連れて行ってもらいなさいな。珍しい食べ物もたくさん売っているし、いちばんのおすすめは工芸品ね」
市ではクリスマスの贈り物にふさわしい美しい細工物のほか、年に一度のこの市だけに出店する腕の良い鍛冶屋さんもいて、便利で精巧な道具などを、じかに値段の交渉をして買えたりするそうだ。
それらの品々は〈器用な隣人の工芸品〉と呼ばれる特別なもの。
彼らは人間よりも少し小柄で手先が器用な一族だという。彼らの作った工芸品は人間の市場ではめったに見つけられないから、手に入れるのはとても難しい。
親方もいくつか道具を持っている。それは親方が一番大切にしている細工用の道具一式だった。
「あれはその昔、その市へいったときに買ってきたんだ。ニザもなにか良い物が見つけられるかもしれないぞ」
「じゃあ、親方とおかみさんもごいっしょに……」
「いや、残念だが、わしらは招かれていないから、あの精霊界には入れないんだ。そのカードをよく見てごらん」
銀文字のカードに書かれた名前は僕だけだ。
「来年はわしらもニコラオに頼んで招待状を手に入れるとするか。お菓子の魔女さんが招待してくださるなら安心だから、楽しんでおいで」
「はい!……あ! でも、返事はどうしたら……」
ツンツン。
僕のズボンの左のすそが引っ張られた。
直立した白ウサギが、ピンクの鼻をヒクヒクさせて僕をじっと見つめている。
「あ、ごめんね。返事を待っていてくれたんだね!」
僕はいそいで魔法玩具工房の印章入りの封筒とびんせんをとってきた。
「お菓子の魔女ロイゼ・トゥルーデルさんへ。クリスマス市へ行きたいので、よろしくお願いいたします。と」
僕は〈魔法玩具師の弟子のニザ〉とサインして、封筒を閉じた。
僕はクリーム色の封筒の裏がわに書かれた妖精の郷の住所を確認しながら、ロイゼさんへの宛先をきちんと書いた。
「よし、これでいいかな」
僕は封筒をノリでとじて、白ウサギのほうへ差し出した。
白ウサギは僕が差し出した封筒をパクッとくわえた。
くるりっと僕に背を向け、ふたたびぽって、ぽって、ぽって、と後ろ足だけで歩いて、玄関へ向かった。
僕と親方とおかみさんは玄関の前まで見送った。
僕が玄関ドアを開けると……。
白ウサギは、ぴょーんと跳んで、玄関ドアの境目を越えた。
そして空中で、こつぜんと消えた。




