2.お菓子の魔女と精霊界の妖精の郷
白いキルトの帽子とコートを着た〈お菓子の魔女〉ロイゼ・トゥルーデルさんは、翌日の午後二時きっかりに玄関の扉をたたいた。
「ニザさん、おひさしぶりですね」
ロイゼさんは年のころは二十代半ばくらいのきれいなおねえさんだ。長い黒髪を結い上げて白いリボンでまとめている。
「やあ、トゥルーデルさん、元気でやってるようだね」
親方とおかみさんは久しぶり、と挨拶した。
「親方と奥さまも、お元気そうでなによりですわ」
「うちのニザをよろしく頼むよ」
「ええ、もちろんですわ。きっと良い勉強になると思ってお誘いしたんですもの」
僕とロイゼさんが会ったのは去年のクリスマス前のこと。
その日の僕が、クリスマス用オモチャのデザインがなかなか進まなくて悩んでいたとき、クリスマスのオモチャ専門配送業者のニコラオさんに、クリスマスの美術館みたいな宮殿へ連れて行ってもらったのだ。
その宮殿のレストランを兼ねた〈お菓子の家〉を管理していたのがロイゼさんである。
僕は美味しいお菓子やご馳走をたくさんいただいて、帰りにはクリスマス菓子のおみやげもたくさんもらって、とてもステキなクリスマスになったんだ。
「じつは私、この前ニザさんにお会いしたとき、シャーキスさんのことがとても気に入りましたの。それでシャーキスさんのビスケット型が欲しくなってしまって!」
ロイゼさんは照れくさそうに笑って肩をすくめた。
「それで今回、クリスマス市に来る鍛冶屋さんで、いちばん腕が良いと評判の方に、特別なビスケット型を注文しましたの。受け取りの際には鍛冶屋さんの仕事場に入れてもらえますし、ニザさんにはきっと良い経験になりますわ」
家の前には、六頭の白いオオカミ犬が引くソリがとまっていた。
「すごい、犬ゾリだ!」
と、感心したけど、このあたりでは雪はまだ積もるほど降っていない。いったいどうやって滑ってきたんだろうと訊いてみたら、このソリは地面からちょっと浮いていて、どこでも走れるのだと、ロイゼさんは笑って教えてくれた。
「喜んでもらえてうれしいわ。この子たち、すごく速いのよ。全速力を出せば精霊界まで三十分もかからないわ」
僕とシャーキスは馭者席のロイゼさんの隣に座った。
青灰色の空からは粉雪が降ってきたけど、ロイゼさんが黒と赤の幾何学模様のキルトのブランケットで僕をくるんでくれたので、ちっとも寒くなかった。
「親方、おかみさん、いってきまーす!」
ピシリッ! ロイゼさんが手綱を一振りすると、白いオオカミ犬の犬ゾリは北へむかって走り出した。
どんどん速度が上がっていく。
そして犬ゾリは、町の出口をすぎるや、あっという間に、空へと駆け上がった。
空を走っているあいだ、お菓子の魔女ロイゼさんは〈お菓子の国〉のことを話してくれた。
クリスマスの宮殿や魔法の森の中から不思議な魔法で行くことができる〈お菓子の国〉は、これから行く精霊界の一角に存在する。
そこではあらゆるものがお菓子なのだ。
お家もクリスマスツリーも道ばたの小石も、なにもかもぜんぶがおいしく食べられる。
そのお菓子を作っているのがロイゼさんを長とするお菓子の魔女さんたちである。
彼女たちは忙しい。制服である真っ白いエプロンを着け、朝から夕方まで規則正しく仕事をしている。
お菓子作りは一年中休むひまがない。
季節の果物をお菓子用に保存調理したり、お砂糖を煮詰めて飴を炊いたり、チョコレートを溶かしてつやが出るように練ったり、ケーキを焼いたり、ゼリーを固めたり。
クッキーにビスケット、クラッカーに、マドレーヌ。カヌレにトルテ。
さまざまな花の形のボンボン菓子に、お砂糖とバターのキャラメル、七色のキャンディ。何種類もの果物のシロップで作るマシュマロも、すべてお菓子の国の建物のたいせつな材料だ。
お菓子の家以外にも、贈り物にするケーキやクッキー、パイも作る。
いまの季節は、秋に収穫したリンゴや梨がおもな材料だ。
初夏に収穫してコンポートにした桃のパイや、栗のペーストを使ったケーキなど。
そして肝心のクリスマスのごちそうのための、日持ちするお菓子の制作だ。
定番のパウンドケーキやスパイス入りのクッキーはもちろん、ジンジャークッキーはアドベント初日から毎日のようにたくさん作られ、クリスマスツリーの飾りになる。クリスマスを待つ期間のおやつにしたりもするから、とりわけたくさんの量が必要だ。
毎日少しずつ食べるドライフルーツをたっぷり入れたベラベッカや、粉砂糖を山ほどかけたシュトーレンのようなパン菓子も、数えきれないくらい用意される。
クリスマスイブと当日のごちそうには、大きなクリスマスプディングや、ワインシロップをたっぷり使ったケーキや、保存の利くブランデーシロップに漬けたケーキなどを、二、三週間まえから作っておく。
これからいくクリスマス市には、ロイゼさんのお菓子工房も毎年参加しているそうだ。
ロイゼさんの工房は毎年この市のイベント飾り用のお菓子として、本物の〈お菓子の家〉を寄付している。
クリスマスの二週間前までにクリスマス用のお菓子を作り終え、クリスマス市の市庁舎前広場に、本物の〈お菓子のお城〉を組み立てる。それは僕が両手で持てるくらいの大きさのクッキーを家の形に組み立てた〈レープクーヘンの家〉をたくさん作り、さらに大きな家の形になるように、並べて展示したものである。
でも飾ったままだと、クリスマスまでに食べられない。なので1週間前に解体され、精霊の郷の各家庭へと届けられる。
七つの尖塔がある立派なアイスクリーム城は、ひとつの塔の高さが1メートルもある。ゴミが付いたりしないよう、大きなガラスケースですっぽり覆われているが、大勢の見物客の熱気で溶けると困るので、会場でもいちばん寒い北の端に展示してある。
クリスタルガラス製の展示ケースは〈器用な隣人の工芸品〉だ。制作した腕の良い鍛冶屋さんも市に参加している。細工物に使う道具なども販売しているから、ぜひ見ていくと良いとすすめられた。
ほかにもロイゼさんはすてきなお菓子の話をたくさんしてくれた。
それがすごく美味しそうだったので、聞いているだけで僕はお腹がへってきた。
いつもなら親方と仕事をひと休みしておやつを食べる時間のせいかな。
僕のお腹がグーッと鳴った。となりのロイゼさんにも聞こえるくらい大きな音で、恥ずかしかった。
「もうすぐ着くわ。ホテルに荷物を置いたら、先になにか食べに行きましょうね」
ソリは大きく空中を旋回した。スピードを落とし、雲をつきぬけて降下していく。
眼下に広大な森があった。
やがて切り開かれたように木々がない場所が見え、そこにはたくさんの建物があった。
僕の住んでいる町よりうんと広くて、ちょっとした都市くらいはあるだろう。
白いオオカミ犬の犬ゾリはゆっくりと旋回して地上へ近づき、うっすらと雪のつもった石畳の道へすべるように降り、ゆっくりと走っていく。
やがて大きな石造りの立派な建物の前に、ソリはとまった。
建物の前にはゆったりした前庭があって、レンガ造りの花壇があり、冬の白い薔薇の花が数えきれないくらい咲いていた。
僕をホテルの中へ案内して受付をすませると、ロイゼさんは家にソリを置いてくるといってホテルを出た。市の開催期間だけ近所に家を借りているそうだ。
僕の部屋は五階にあった。南向きの大きな窓から暖かい陽が差し込み、クリスマス市が開催されている広場が一望できた。
たくさんの露店のテント屋根がならび、湯気や煙がたちのぼる。寒いから見物客はみんな帽子をかぶっていて、いろんな色の点々が行き交っているみたいだ。
「るっぷりい! なんてたくさんのお店と人でしょう!」
「うん、楽しみだね」
なんだかワクワクする。
僕は早くも「来て良かった」と思った。
ロイゼさんは、僕がちょうどトランクの荷物を部屋のクローゼットに吊し終えた時間に、部屋のドアをノックした。
「おまちどうさま。さあ、クリスマス市へいきましょう」
ロイゼさんは白いキルトのコートを脱いで手に持っていた。赤と白のたてじま模様のワンピースに、胸当てのある真っ白なエプロンドレスをつけている。靴はかかとのある短い黒のブーツ。これがお菓子の魔女の制服だそうだ。
僕はコートを着て小さなカバンを肩に掛けた。シャーキスを左肩に乗せると、ロイゼさんとクリスマス市へ向かった。




