2人目の
放課後、悠馬が遊びに誘ってくるのは珍しいことではない。むしろ誘ってこない時の方が少ないと言ってもいい。しかし、雪哉がそれに応えるのは滅多にないことだった。
カラオケも、ボーリングも、おおよそ高校生が行くような場所に好んで行くようなタイプではないし、放課後となるとそこまで時間がない。ならば、休日に行った方がいい。というのが雪哉の考えだ。
そのため、二人が放課後に遊ぶことはほとんどない。遊ぶことはないが、教室で駄弁るのはもはや習慣と化していた。雪哉は席を移動せず、本来別の生徒が使っている椅子を悠馬が使っている。すでにその生徒は帰っているか部活に行っているので、誰かの迷惑になることはない。
放課後といえど、教室の中にはまだ多くの生徒がいる。雪哉達のように駄弁っていたり、ゲームをしていたりとやっている事は多様だ。その中には、雫の姿もある。
よく一緒にいるメンツと話している最中であり、雪哉の方に視線を向けるような素振りすらも見せない。
これが学校での正常な距離感であり、マンションでの方がおかしいのだと。それが二人の間にある暗黙の了解だった。
「んで、どうする?」
「まあ悠馬がいいなら俺は大丈夫だけど」
二人が話し合っているのはお泊まり会——というとメルヘンに聞こえるが、悠馬の家に泊まるかどうかという話だ。やることは徹夜でゲームなのだが。
今週すぐに、というわけでもなく、計画段階に過ぎないがお互いに可能か不可能が分かっていなければ話は進まない。
「じゃあ決まりだな。それで、いつにする?」
「今月中は無理だろ。もうすぐテスト期間だしな」
「あー....俺はいいけどお前は無理か」
雪哉の親は現在別の場所に住んでいるが、放任主義というわけではない。定期試験で散々な結果を出せば、今の暮らしが維持できなくなくことは想像に難くなかった。
悠馬もそれが分かっているので、五月中の実施は物理的に不可能である。
「そんなに急いで計画する必要もないだろ。お互いそんなに忙しいわけでもないし」
「それは確かに。じゃあまた今度でいいか」
雪哉はもちろん帰宅部だが、悠馬も部活には属していない。いかにもサッカー部にいそうな見た目ではあるが、本当に無所属だった。なお、サッカーはそこそこできる模様。
そのため、家の用事以外に予定が埋まっていることはほとんどない。悠馬は他の友人との約束が入っていることもあるが、そこは自分で上手く調整するだろう。
話が長引いていたのもあり、部活に向かう生徒は教室から姿を消している。残っているのは未所属、もしくは今日が休みの生徒のみ。
「時間も時間だしそろそろ——」
「悠馬ー!」
帰るか、という悠馬の言葉は、横から飛んできた声に掻き消された。聞き覚えのある声に雪哉が反応すると同時に悠馬の肩に華奢な手が置かれる。
(また面倒な奴が.....)
その気持ちを隠すことはせず、雪哉は露骨に嫌そうな顔をする。そうしても、問題にならない相手だと知っているから。
二学年における、三人の異名持ち。本人が自称しているのではないが、噂話に出てくるのはもっぱらこちらの方だ。その内の一人が雫なのは周知の通り。
そして二人目。
悠馬と同じ茶髪。雪哉は詳しくないので分からないが、恐らくはミディアムヘアーと呼ばれる髪型だ。比較的短いスカートから覗く足は引き締まっており、俗に言う美少女であるということに疑いはない。
「いってえな....何だよ、葵」
思いっきり体重をかけられたのか、悠馬は半目で睨みながら名前を呼ぶ。
日比谷葵。それが彼女の名前だ。悠馬の幼馴染であり、その縁で雪哉も面識がある。二人と同じクラスであり、同じく知り合ったのは去年だった。
「嫌そうな顔してるねぇ〜、雪哉」
「実際そうだからな」
「おい、俺の質問に答えろよ」
無視して会話を始められ、悠馬が口を挟む。悠馬の扱いが適当なのは葵も雪哉も同じで、理由はなんとなくである。そういったオーラを悠馬が出しているから、としかいえない。
「いやー、なんか2人で楽しそうに話してたからさ。なんとなく?」
「知らねえよ。こっち見んな」
何故かこちらに視線を向けてくる葵を一蹴する。語気はいつもよりかなり強めだが、それでも葵に気にする様子は見られない。
「で、何の話してたの?」
「今度やる徹夜ゲーム会の話だよ。俺の家でな」
「えぇー!お泊まり会するの!?」
徹夜ゲーム会というのもどうかと思うが、野郎2人集めてお泊まり会というのも虫唾が走る。あるところには需要があるのだろうが、雪哉からすれば悍ましいとしか思えない。特に相手が悠馬ならば。
「いいなぁー、お泊まり会かぁー。私たちもやりたいね!柊木さん!」
ぱっと移動し、葵は帰りの準備をしていた雫に話しかけた。一瞬焦ったが、直接話しているわけではないので関係がバレることはないだろう。しかし、隣同士であるということは悠馬はおろか誰にも言っていないので注意を払うに越したことはない。
急に話題を振られた雫は苦笑しながら葵に反応する。この2人、知り合いだったのかと思うが、このクラスでは中心にいる二大巨頭だ。決しておかしなことではない。
「もうすぐ試験なので難しいと思いますよ。試験後ならともかく」
雪哉と同じ考え——というか、以前約束したばかりなので当たり前ではある。違うのは勉強する動機くらいのものだ。
「ああー....そうだったよお。もうすぐ試験だね...」
雫の言葉を聞いて、葵は分かりやすく肩を落とす。理由は簡単。十中八九、成績が芳しくないからだろう。葵からテストの点数が良かったという話は一度も聞いたことがない。
「そうと分かったら必死こいて勉強するんだな」
肩を撃墜させられた仕返しか、嫌味たっぷりに悠馬が笑う。
「お前も点数良くないだろ。勉強しろよ」
勝ち誇った表情の悠馬にそう忠告すると、葵同様に頭を抱え始めた。去年の定期試験では、軒並み低い点数を出していたことを雪哉は知っている。この幼馴染あればこの幼馴染あり、ということだ。お互い煽り合えるほどの成績は取れていない。
「ぐああっ!おい!余計なこと言うんじゃねえ雪哉!」
「うるせえ。さっさと勉強始めろ。去年も赤点ギリギリだっただろうが」
圧倒的な正論パンチにより、悠馬はあえなく撃沈。一年の時、雪哉がわざわざ勉強を見たにも関わらず赤点ギリギリだったことは忘れていない。テスト用紙を見せながらウインクする姿には殺意を覚えたほどだった。
「そうだ!柊木さん、勉強教えてくれないかな?」
手を合わせ、拝むようにして頼み込む葵。雫が学年一位だということは周知の事実なので、そう頼むのも頷ける。
「あ、えーと.....すいません。先約がありまして...」
申し訳なさそうにしながら、雫は断りを入れる。椅子から崩れ落ちた悠馬を横目に2人の会話を聞いていた雪哉は、自分の心臓が飛び跳ねるのを感じた。
嘘がつけない性分なのは仕方がないと思うが、それを正直に言ってしまうのはどうなのか。それに、先約の相手が自分だと考えるとどこか気恥ずかしい気分になってくる。
「あちゃー、出遅れたかぁー」
誰が先約かは明言されていないので、幸い葵は他の生徒だと思ってくれたようだ。雫が男子に勉強を教えるなど、学校での姿を知っているのなら想像できない。大方女子生徒が相手だと思っていることだろう。
「じゃあ一緒に帰ろー、柊木さん!」
「いいですよ。行きましょうか」
「じゃあねー!2人とも」
何が「じゃあ」なのかは分からないが、2人は教室を出て行った。まるで嵐のような女子である。葵がいると悠馬の騒がしさが三倍になるので、得意なタイプではない。だが、一緒にいて不快でもない。
雪哉もその騒がしさを楽しめているがゆえに、そう感じる。それにしても、今回はいつも以上にうるさかったというのは否めない。
「悠馬.....あいつの渾名なんだっけ?」
「んー?"太陽"だな」
未だに床に座っている悠馬の返事を聞いて、雪哉は頷いた。
(人ですら無いじゃねえか)
ツッコミの入れどころは満載だが、所詮は高校生の浅知恵でつけられた渾名だ。そんなことをしていてはキリがない。太陽のように眩しい、とかどうせそんな由来でつけられたに違いない。
「なるほどな。.....俺達も帰るか?」
「おう。ところで、"聖女"に勉強を教われる奴は誰だろうな?」
「.......さあな」
怪しまれない程度に視線を逸らし、机の横にかけてある鞄を取る。床から立ちあがろうとしている悠馬を軽く蹴り、雪哉は教室を後にした。
人ですらなくなりました。