多くの仕事と泣き上戸
魔力酔いから二日立って、具合は全快とはいかなくてもだいぶ良くなった。
そして…
「これ、全部私がやるの?」
目の前にあるのは自分の身体が完全に隠れるぐらいの紙の束が目算でも20~30枚は超えているだろう。
「うん、大陸渡るにもこれくらいは終わらせないとできないと思ってくださいね」
マーリンが書類を整えながら、ペンを渡す。
「でも、そんなに重要ではない物もあるので、大半は承認か却下の判を入れるだけになるかと、さて、私は違う部屋で作業でもしています」
肉体的にこんな量、幼子にやらせるようなものじゃない、最低でも5人グループを作業分担させて、一週間食事を何回かすっぽかしてようやくできるくらいの、量だ。
ヴォルヘンで起きた出来事が大きすぎるため、その後処理や、報告書の束も含まれているため、このような量になったと言っていたが…
「仕方ない、あの能力の試運転というのもあるけど、やってみるか」
ゆっくりと瞼を閉じて、深呼吸をした後、大きく目を見開き、ペンを走らせる。
同時に能力を発動させる。発動させた能力は脳の働きを高速化させる。身体の速さを強化する、エンチャント系やパッシブ系の魔法ではなく、脳のアドレナリンを弄って、無理矢理速度をあげる。
体の負担があると思い、やるのを控えていたが、善は急げ、思い立ったが吉日という。一瞬の迷いもなく、紙の束を茶封筒の中に入れて窓の近くに置いてある段ボールの中に次々と入れる。
「承認、却下、却下、承認承認承認承認却下承認却下却下却下…………」
ブツブツと承認か却下の判断を即時に行い、シュバババババッッと重低音が聞こえるくらいの、速度で書類の束を片付けていく。
そうして、普段なら、えらく時間がかかる書類の束をたった数時間で、終わらせた。書類の進捗状況を見に来た人が、苦笑いしながら段ボールを運んでいるのが少し気になったが、とにかく、これで、終わらせることが出来た。
「ほう、脳の活発化を魔法で、ですか」
「まぁ、そういうこと、体の中には魔法をかけるのは難しいけれど、脳と直結している器官から、間接的にかけられないかなって思ったんだ」
まぁ、その事を思いついたのは、魔力酔いの時に回復魔法みたいに出血や、骨折みたいに治せないかと思った、しかし、筋肉の強化などをやろうとしているのは現段階では、研究中の魔法だ。なぜかというと、失敗した時のデメリットが大きいからだ。精密な魔力操作が出来ないと、上手く魔法が行き渡らない、魔力を込めすぎると暴発して最悪、魔法をかけた部位を失う。
「部位の関係から可能な魔法…そのような事が出来たんですね。そういえば、身体の仕組みとか詳しいんでしたね、血液の活動停止温度とか…」
「たまたま、だよ。何かを調べていくうちにそれを辿っていたら自然と詳しくなって、それが偶然頭の中に残っていた、みたいな感じ」
「なるほど、話は変わりますが、リネアを見ていませんか?報告書は書き終えているのですが、それ以降どこかにふらふらと出かけたのを見たのですが…」
「仕事は?リネアなら、ワーカーホリックみたいなところあるし、何か別の仕事に当たっているとか」
「わ、わーかーほりっく?」
「あー、そっか、この言葉ないんだったっけ…えっと【何もしないでいる時間がもったいない】ってこと」
改めてこの世界の言葉の知っている知らないの差が把握し切れていないから、たまに俺の言っている事が分からないっていう顔されるのは地味に心が痛いな。
「リネアは、そう言うところがありますが、それなら一言かけるでしょうし、魔王様に何も言わずに出ていくなんて…あっ」
「…なにそのあっ…って、何か心当たりがあるって事は分かるけれど、手持ち無沙汰になったから、もしよかったら、探しに行くけど」
マーリンが話したないようによると、リネアが何も言わずに外に行くときは何か隠し事や、見られたくない事をしている時だという、特に、気を休める時にリネアが向かう場所は…
「ここか…」
何があっても、動じないように心の準備をして扉を開くとそこには…
「私なんてずっと頑張っているのにあいつは何も言ってくれないのよ…でも、いつも大変なことは分かっているのよ?でも、で、もぉ…私に何も言わないなんてぇ…少しぐらいはいつもありがとうとか、助かる、くらい言ってほじいのにぃ…ルーツに聞いても男の事を女が理解するには時間を多く要するの一点張りでぇ…ま、マーリン…少しぐらい褒めてよぉ…」
そこには、カウンターにうつ伏せになりながらぐちぐち言っているリネアの姿があった。
「でもさぁ?魔王様にそんな事相談するわけにもいかないのよ?大人びた言葉遣いや、行動はしているけれど、自分より幼い子にこんな弱音出すわけにもいかないじゃない?そんなことして面倒な奴だなんて思われたらもう立ち直れる気がしないのよぉ…うっ、うぇぇ…」
リネアの周りにはカクテルグラスが一個置いてある。まさか…
リネアに気づかれないように二階で一番遠くの席について昼食がてら、リネアの行動を聞いてみる。
「えっ、一杯しか飲んでないの?」
「はい、一杯飲んだらうつ伏せに倒れて、5分ぐらいしたら起きて、それからずっと泣き上戸状態で…」
「リネア…お酒弱いなら飲まなければいいのに…」
「辛い事を吐き出すにはこのような場所がいいんでしょうね…胃の中まで吐き出すのは少しご遠慮願いたいですが、どうぞ、イチゴミルクです」
運ばれた、フィッシュアンドチップスとイチゴミルクを口に運びながら、リネアの泣き上戸がBARに響き渡る。
いつまでも続くような声が響き渡るなか、カランコロンと扉の鳴子がなると、今の自分よりも、少し背が高い少女が入店する。
「ん?あの子は…」
その少女はリネアの隣に座り、何かを注文すると、リネアに何かを差し出した。
「おねぇちゃん大丈夫?胃薬、持ってきたよ、今、お水ますたぁが持ってきてくれるから」
その声を聞いたリネアがサァ、と顔を青ざめさせた後、酔いが覚めたような顔をして
「…ありがとう…そして、ごめんなさい」
そうして、リネアの愚痴は終わった。
次回7月6日月曜日予定




