龍との邂逅
速度を上げて、進んでいくとサァァ、と静かに波を打つ音が聞こえる。
その音は優しくながらも、どこか、出迎えているような、誘っているような不自然を思わせる音だった。
胸の中から心臓の脈打つ鼓動が耳鳴りのように聴覚を訴えかける。直感的に何か危険な存在がいると、エキドナや、今までの危険な存在を遥かに凌駕するような何かがこの先にいる。
警鐘が足を止めろといっているが、自分の足は止まらない、好奇心を始めてくすぐられた子供の様に自分の意志とは関係なく自分の足は歩を進め、腕は補助するように前後に振る。
確実に、近づいている。一歩、また一歩と近づくにつれふと、今まで見境なく襲ってきた魔族や、動物がいないことに気付く、段々と奥から、冷気が漂って、すぐに息が白くなる。
しばらく後、洞窟の奥であろう開けた場所にたどり着いた。
洞窟の濃霧はポツ、ポツと上から雫として落ちて来て、ザザッと風に揺られるような音が空間の中にこだまする。
なぜか、その風景から目が離せない。とてつもなく危険だと知っているのに戻らなくてはいけないのに、足が動かない。指すらも動かせずただ、その風景を見ることしかできなかった。
そして、上から落ちる雫が重力に逆らい、虚空へと吸い込まれるように集まる。
集まった雫は水球となり、脈打ちながら徐々に大きくなっていく、その大きさは40メートルを超えるだろう。
水球が更に大きく脈打つとピシィッと亀裂が入ると、ズルリとその中から、何かが這い出てくる。
長くも力強い巨体に獲物を引き裂くためだけにあるような爪、テラテラと薄ぼんやりとした光に怪しく光る鱗、龍だ、絵空事のような出来事が今、自分の目の前で起きている。
[よくぞ、ここまで来た、麗しき魔の姫君よ…]
龍はジッとこちらを見つめ、語りかけてくる、しかし、声を発しているというわけではなく、テレパシーという表現が正しいだろう、その思念と思われる声は老若男女が合わさったような聞くだけで、気分が悪くなるような声だ。
「よくぞ来た?まるで、退治されたいみたいな言い方じゃないか…えっと…?」
何と呼べばいいのか分からず思わず口ごもってしまう。
[クククッ、そう、焦るな、私はずっと待っていたのだ、ここまで来れる者を…そう、この偉大なる龍の…嫁となる者の存在を]
「…はい?」
あまりにおかしな話に声のトーンが自分でもどうやって出したのか分からないくらいの低さで返してしまった。
「えっと、なんだい?その、嫁?」
[うむ…私はかつて、大帝国として栄えていた国の娘と婚約しようとしていたのだ]
聞いてもいないのに、昔語りが始まってしまった。
[しかし、私の力は強大なため、気になる娘が出来ても、この力が原因で生活することが、ままならなくてな…あの頃はただただ、孤独を味わう日々だった
その時、ある噂を聞いたのだ、どのよう何からにも臆さず、怖気ず、負けない強い心の持ち主がいると…そのような人間がいるなんて、見たことが無い。我はその人間に会いたくなり、人化の術を必死になって覚え、会いに行ったのだ。
しかし、会って私は驚愕した…彼は麗しい容姿だったが、男性だったのだ…私は雄、彼もまた雄、決して交わることのない愛に私は途方にくれた。
それでも、諦めきれない私はその、人間に自分の正体を明かし、もし其方が婚約し、女が生まれたら、嫁にくれないか?と彼は婚約する気はないと言っていたが、人間はコロッと気が変わる生き物だ。もし、その気になれば、巡り会いするようにこの、大地一帯に術を施したのだ、そして、今、私の強大な力に負けずにここまで来れた者が…麗しき姫、其方だ…]
「…えっと、長々と話してくれたけど、つまり、君は自分の婚約者が欲しくて、その為に術まで施して、今までずっと、ここで、今か今かと婚約者となるに相応しい人材を求めていたと」
[然り、其方のような麗しい女性が嫁となるなら、これほどまでに心浮かぶような胸の高鳴りはなかっただろう]
明らかに、声のテンションが高い。嘘ではない事が分かるが、それはそれで、返答に困る。
「でも、俺は異世界転生したんだよ?この身体も自分のものじゃないし…」
[無論、既に把握済みだ、それでも、生物学的に其方は女性だ]
「…それに、その大きさだと、簡単に潰されそうだし」
[我が知る最高峰の防御魔法をかけようではないか]
「……人型じゃないし」
[それならば、人化して暮らそうではないか]
この、高性能万年発情期龍めっ!!
[何も、すぐに婚約するというわけではない、いきなり答えを出せと言われて、すぐに求めるというのは些か野暮というものだ、魔の者だというのなら、死まで、まだまだ猶予はあるだろう、じっくりと考えるがいい]
「…そうさせてもらうとするよ」
[そうか、では、洞窟の入り口まで飛ばしてやろう…それと、一つ、伝えておこう、これは、重要なことなのだが…]
次回6月22日月曜日予定




