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謎の子ども

 翌日。俺は石川家の前まで行ってはみたものの、結局インターホンは押さなかった。いや、押せなかった。家族が悲しむ顔を見る勇気もなければ、真実を知る勇気もなかったからだ。……本当に俺は、どうしようもなく小さな人間だと思う。


 最悪な結末にはなってしまったが、やはりこの件はここで終わりにしよう。彼女はもうこの世にいないんだ、どんなに足掻いても明るい未来へ繋がる見込みはない。


 宿に戻り、おばさんに事情を説明してからお礼を言った。


「そうですか、家には行かないことに……」

「色々有難うございました。俺、これで埼玉へ戻ることにします」

「少し観光していったら? ここまで来るのも大変だったでしょう? せっかく草津まで来て、そんな気持ちで帰るなんてもったいないよ。宿泊費ならまけてあげるから」

「いえ、いいんです。もう……十分ですから」

「そう……。あ、じゃあ最後に温泉くらい浸かっていけば? いい場所があるんですよ。地元の人しか知らないんですけど、無料で入れます。特に男女の区別はないので、もしかしたら若い娘と混浴できるかもしれませんよ?」


 にっこり微笑むおばさん。俺は反応に困り、若干苦笑いをして返す。


「まぁ、年配の方がほとんどなんですけどね。大自然に囲まれた露天風呂ですから、気分は最高だと思います。もしよかったらどうぞ」


 そう言うと、おばさんはそこまでの行き方を昨日と同じメモ用紙に書いて俺にくれた。……まぁ、せっかく温泉街に来たんだし、最後に一っ風呂浴びていくのも悪くはないか。……いや、別に混浴が目当てってわけじゃないからな?


 どんな温泉なのかという興味もあり、俺はおばさんのくれた地図に従ってその温泉を目指した。


 相変わらず自然豊かな歩道をしばらく歩いていると、「大霧湯」と書かれた古い木の板が、幹の太い木にロープで引っ掛けられているのを見つける。そのすぐわきに、丸太で適当に作られた階段道が下りていた。


(ここを降りていくのか……?)


 利用者は年配の方ばかりと言っていた割には、険しい道のりである。田舎のお年寄りはたくましいんだろうな、きっと。水の流れる音がするので、近くに川があるのかもしれない。


 階段を中腹くらいまで降りたところで、エメラルドグリーンの岩風呂が見えてきた。直径7~8mほどの円形で、思ったよりも広い。脱衣所のようなものは見当たらず、あるのは外灯らしきものが一本だけ。渓谷の谷間にあるので、とりあえず人目にはつかなそうだが。


(大自然すぎるだろ……)


 特に何の施設もなく、池や沼のようにぽつんと湯を湛える温泉。ここで服を脱ぐというのは凄まじい罪悪感と抵抗に見舞われるが、地元の人には認知されているようだし一思いに行くか……。


 俺はさっさと服を脱ぐと、適当にたたんで近くの岩の上に置き、お湯につかった。……うん、なかなかいい湯加減だ。なんていうか、全身余すところなく清められているような感じだな。温泉の脇には美しい渓流があり、目の保養にもなる。


「なかなかいい温泉じゃろう?」


 大自然に癒されつつ目を閉じていると、突然甲高い子供のような声が俺の耳に飛び込んできた。虚ろになっていた意識が瞬間的に現実へと引き戻され、慌ててあたりを見回す俺。……てか、俺の他に誰かいたのか……!? 全然気が付かなかったぞ!?


「ここじゃ。そんなに慌てんでもよかろう」


 声のほうへ顔を向けると、もくもくとした湯煙の向こうから、小学校に上りたてじゃないかと思えるほど幼い子供が現れた。……まてまて、おかしくないか色々……。何なのこの子。役者? つか一人?


「おなごじゃくてがっかりしたか? ……わしもじゃ」


 子供は俺の隣で落ち着き、ポツリと呟いた。ちなみに下半身はタオルで隠されていて、正直性別も分からない。……仮に男だったとしても、その台詞を口にするのは二十年くらい早いだろ。なんていうか、コイツの存在自体が違和感の塊である。


「お主、暗い表情をしておるな。なにか辛いことがあったじゃろう」

「……えーとね、お兄さんね、今一人でゆっくりしたいんだ」


 はっきり言うが、この上なく気味が悪い。その見た目に反する爺さんみたいなしゃべり方はなんなんだ? ……突っ込んで欲しいのか? そして、どうして俺に絡んでくる? 意味不明過ぎるだろ。


「ワシを子供扱いするでない。少なくとも、お主よりはこの世界の摂理を理解しておる。よって、ワシには敬語で話しかけるのじゃ」


 めんどくせぇ。もうなんなんだよ誰か助けて。これ以上張り合っても、たぶん疲れるだけだよな……。仕方ない、ここは俺が折れよう。


「……すみません。俺が悪かったです」

「分かればよい。ところでお主は、『時間に最小単位がある』という話を知っておるか?」


 ……は? ごめんなさい、唐突すぎてついて行けません。時間に最小単位がある? 知らねぇよそんなの。一体、俺と何の話をしたいんだこのガキは。話し相手を間違えてないか?


「……あのぅ、今俺そういう話する気分じゃないんですけど」

「まぁ聞け。お主は、時間が連続的に流れていると思っておるじゃろう。だが実際は、パラパラ漫画のように時間は不連続に流れておる。お主は常に、『次はどの世界へ行くのか』を選び続けているのじゃ。そして、この世には起こりうる全ての世界が、あらかじめ存在しておる。お主は、ただそれを『選んでいる』だけに過ぎない」

「あの、すみません。意味不明です」


 ……マジで意味が分からない。この世界がパラパラ漫画? 俺が世界を選び続けている? ……何を言ってるんだこのガキは。


「……時間というのは、『静止した世界』を『意識がつなぎ合わせる』ことで生まれている幻想じゃ。その『静止した世界』一つ一つに自分がおって、次々に意識がバトンタッチされていくように受信されることで、時間の流れができているのじゃ」

「……それはつまり、……どういうことなんでしょうか」

「意識はこの世界の『外』にあって、人間というのはその意識の『アンテナ』に過ぎない、ということじゃ。そして、その意識が『どの世界を選ぶのか』は『その意識』によって違う」

「……いや、だから、要するに……?」

「お主の想人が生きている世界は存在する。そして、お主の想人の意識は、その世界に受信されておる。あくまでも、お主の意識が『彼女の死んだ世界』を選んでいるだけじゃ。だから気を落とすな」


 ……そう来るのかよ。いわゆるパラレルワールドってやつか? あいにくだが、俺はパラレルワールドなんて信じていない。


「残念ですけど、俺はパラレルワールド論には興味がないので。別の世界で生きてるとか、そういう空しい考えは嫌なんです」

「興味があるとかないとかという話ではない。これは事実なのじゃ。それと、『パラレルワールド』とはややニュアンスが違う。よく『左か右か』を選んだ時に『世界が分岐する』という話を聞くが、そうではない。意識は、常に可能性を選び続けておる。左も右も選ばなければ、左も右も選ばない世界をずっと選んでいるということじゃ」


 ……結局意味がわからない。まぁいいか、話を理解したところで状況が変わるわけでもないしな。そもそも何者なんだこのガキは。冗談抜きで、どっかの偉い人の生まれ変わりじゃないか? ……ってか


「……ちょっと待ってください、どうして俺が落ち込んでいる理由を知ってるんですか? さっきさらっと話してましたけど、俺……あなたに何も話してないですよね?」

「わしにはわかるんじゃ。ついでに言えば、お主が今日ここに来ることも知っておった」


 ……じゃあ、俺が女じゃないことも知ってたんじゃないのかよ。あんた最初に、「お主がおなごじゃなくてがっかりじゃ」……とか言ってなかったか? もっと自分の発言に責任持てよクソガキ。


 その後も、その子供は意味不明な話を次から次へと投げつけてきたが、俺はその一割も理解できなかった。しかも、話すだけ話して満足したのか、ガキは「わしはもう上がるでな」と一言いい、先に帰ってしまったのだ。……なんていうか、もう全てが台無しだ。


 せっかくの貸し切り状態だったのに、クソガキのせいでむやみに疲れてむやみにのぼせた俺は、若干くらくらする頭を抱えながら帰途についた。……一体この旅は何だったのだろう、そう思いながら。


 こんなにくたくたになってしまったのに、なぜか帰りの新幹線では一睡もすることができなかった。ワクワクというかドキドキというか、体の内側からこみあげてくる変な気分に邪魔されたのだ。よく知らないが、いわゆる湯疲れというやつだろうか。


 そして、アパートにつくなりぶっ倒れるように寝てしまった。……長いようで短い二日間だった。もう、あの写真の彼女のことは忘れよう。……あーあ、あんな写真、見つけるんじゃなかったな。


 明日になったら写真も捨ててしまおう、そう思っているうちに、いつの間にか俺の意識は飛んでいた。

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