衝撃の事実
……俺の目の前は真っ暗になり、頭の中は真っ白になった。……どういうことだよ、それ。まだ死ぬような歳じゃないだろ……?
「この世にいない……って……? 死んだ……ってことですか?」
「……はい。だから思い出さないほうがいいと」
「そんな……どうして……」
……事実を受け入れることができなくて、感情をどうコントロールしたらいいのかがわからなくて、俺はただ拳を握りしめた。ずっと想い続けて、やっとここまできたんだぞ……。俺のこの気持ちは、どうなるんだ……。
「……八倉線脱線事故」
「……え?」
ぽつりと、おばさんが呟いた。……とても悲しそうな表情で。
「……何年か前にあったでしょう、大きな脱線事故が」
「はい、確かにありましたけど……」
「……彼女、あの事故の被害者なんです」
あの事故でこの女性は死んだ……? 八倉線と言えば八王子と倉賀野を結ぶローカル線で、走っているのはほぼ埼玉だったはず。俺が巻き込まれるのならまだしも、どうして彼女が犠牲になる……?
「八倉線……って、彼女……よく乗ってたんですか?」
「いえ、事故が起きた日にたまたま……。ニュースが流れたときは、まさかチエミちゃんが乗っているなんて誰も思っていなかったそうです。でも、その日いつになってもチエミちゃんが帰ってこないと、お母さんが……私を訪ねてきました」
「それは、俺がここに泊まっていたことと関係あるんですか?」
「いえ、そういうわけではなく、私、チエミちゃんのお母さんと小学生来の親友なんですよ。チエミちゃんのことも、小さい頃からよく知っていました。だから私も一緒にチエミちゃんを探したんですが……」
「……どこを探しても、見つからなかったんですね」
おばさんは、伏し目がちな顔で小さくうなずいてから、続けた。
「えぇ……。もともと活発な子で、平気で山に入っていくような性格でしたから、どこかで遭難してるんじゃないかって……地元の消防団とか警察の方と一緒に、狂ったように探したんです。チエミちゃんにはお兄さんがいるんですが、彼も泥だらけになってチエミちゃんのことを探していました。……本当に、私も辛かった」
当時の状況を想像して、黙り込む俺……。既に死んでいる人間を生きていると信じて探し回るほど、空しいことはない。
「……結局、チエミちゃんがあの電車に乗っていたのだと分かったのは……、事故から二週間ほどが経過したときでした。警察から、身元不明の遺体が……もしかしたらチエミちゃんかもしれないと、連絡があって。DNA鑑定の結果それがチエミちゃんだと確定したとき、お母さんは……その場で泣き崩れました……。あの時のことを思い出すと、私も……もう……」
途中から言葉が形にならなくなり、嗚咽をあげて泣き出すおばさん。とても、見ていられなかった。
「すみません、取り乱してしまって……。遺品として届けられた携帯電話は二つに折れていて、血まみれだったそうです。あの事故がどれほど悲惨なものだったのかを……物語っていました」
おぼろげな記憶だが、確かあの事故で一両目か二両目はぺしゃんこに潰れていた。考えたくもないけれど、彼女の遺体は……原型をとどめていなかったのかもしれない……。
「……なんか、すみません。まさか、彼女がそんなことになっていたなんて……。でも、何で彼女は八倉線に?」
「それは、結局わからずじまいでした。多感な年頃でしたからね、色々と理由があったのでしょう。……本当に、残念でした」
もしかして、その八倉線っていうのも……俺と何か関係があるのだろうか。……あるよな、多分。正直、ローカルすぎてどの辺を走っているのかもよく知らないけど、八倉線といえば埼玉だ。彼女が埼玉へ向かっていたのだとしたら、……目当ては恐らく俺だろう。
「……俺、やっぱりちゃんと彼女のこと思い出したいです。俺と彼女の間に何があったのか……知っていることがあれば教えてくれませんか? 些細なことでも構いません」
「ごめんなさい、あなたとチエミちゃんがどんな関係だったのか、詳しいことは私も知りません。ただ、友達以上の仲には見えました」
「そうですか……」
俺は少しの間考え込んでから、思い切って尋ねてみる。
「……俺、明日彼女の家に行ってみようと思います。差し支えなければ、住所を……教えていただけませんか?」
おばさんは「えぇ、わかりました」というと、住所の書かれたメモ用紙を俺にくれた。同時に、チエミさんの本名が「石川千笑」であることも教えてくれた。
部屋に案内されると、俺はすぐに布団を敷いて横になり、スマホで石川家への行き方を調べた。ここからさほど遠くはない。歩いて四、五分といったところだろう。
俺はスマホを放り投げるように枕元へ置き、天井を眺めながら先ほどの話を振り返る。和室特有の畳の香りは、俺の心を多少は癒してくれたが、それでも彼女がすでに故人であったという事実は受け入れ難かった。あの笑顔を思い浮かべるだけで、心が痛む。
彼女のことを何も知らない俺ですらこんなに苦しいのだから、家族が味わった悲しみというのは計り知れないものだろう……。どんなに悲しんでも彼女が生き返ることはないのに、なぜ人間は悲しみ、さらに自分を追い詰めてしまうのだろうか。
『苦しいよ。人はなんで悲しむん?』
「……なんでだろうな。分からない」
独り言がこぼれた。ただ悲しむことしかできないのなら、事実を知ったところで苦しみが増すだけだ。大体にして、彼女がこの世にいないのだから、これ以上何かが判明することもないだろう。
行くべきか、それともこの件はここで終わりにするべきか……。万が一彼女の死に俺が関わっていたとしら、俺はその事実を背負うことができるのか。
色々と考えて迷っているうちに、疲れ果てていた俺は……眠りに落ちてしまった。




