11話
今回は敵側の視点です
広場から離れた路地裏。ふらつく体を気力だけで何とか支えながら仮面の男は片腕を代償としてカミキリから何とか逃げ切ることに成功していた。
「……はぁはぁ。失敗した。失敗した。失敗したっ! くそっ!」
仮面の男は完全に人がいない事を確認すると自身の失態に同じ言葉を繰り返し、息を荒くしながら壁を背にその場に膝をついた。逃げた直後から自身の流した血で追跡されない様に傷口を布できつく縛っているが、それでも腕一本を失った事による出血が完全に止まることない。
このままではまずいのは分かっているため男は力尽きる前に直ぐに処置を行った。
先程切られた腕に残った腕で鞄の薬品を取り出すと薬の液体を口に含む。飲まない様に気を付けながら空になった瓶を置き、縛っていた腕の傷口を外す。外すとさすがに出来たばかりの大きな傷口であるために止まる様子もなく血が勢いよく流れる。
「ぷっ! っ!」
仮面の男は素早く口に含んだ薬品を吹きかけるとそれによって生まれる痛みに耐える。少しすると傷口がふさがり血が流れるのが止まった。
「これでしばらく何とかなるだろう。主様に連絡を入れなければ。あれを狙うという事は奴がいるという事を。危険だと。早く戻らなければ」
応急処置が終わり一息つくと自身が警戒していた相手の脅威度を再認識した。いち早く主に報告するために体を引きずりながら向かおうとすると視界の外から声が聞こえた。
「その必要はない」
「っ! あっ! 主様!」
仮面の男は機敏な動きで声の聞こえる方を向いて膝を突き、頭を下げる。目の前に現れたのは軍人を思わせる鋭い眼光の男であった。丸太のように太い手足に体。それはいかにも鍛え上げた逞しい体つき。
主様と呼ばれた男はいった。
「そこまでかしこまらなくても良い」
「申し訳ありませんっ! この失敗の償いは我が命を持ってっ!」
短く答えると片腕だけになった仮面の男は腰から得物を取り出して腹に向ける。そして躊躇いなく腹に突き立てようとするが、主と呼ばれた男が刃を掴んで止めた。主の手から血が流れる。
「主様っ!お手がっ!」
主の手が自分の行動によって怪我をしていることに動揺する仮面の男。震えた様子で獲物であるナイフを離す。主の男は気にした様子もなく言った。
「よい。お前の命は私の物だ。意味もなく死ぬことは許さん。それで改めて聞こう。正面から相対してどうだった? と。お前の主観でいい」
主の男はそう言うとポケットから布を取り出すと血をぬぐう。拭った先には既に傷はなかった。仮面の男は真剣な雰囲気で答えた。
「改めて。あの男は危険です」
「ほう。私を超える存在であると?」
「主様が最強であることに疑いはありません。ですが……あの刃は主様に届きうると思われます」
仮面の男は言いよどむ。言葉尻になるほど小さくなるが、自身の主君のために命を投げうつ覚悟でそれでも何とか言い切った。言いにくいであろうことを言わせた主はなるほどと言った様子で言った。
「そうか。それほどか」
主の変わらない反応に仮面の男は恐る恐ると言った様子で頷いた。
「はい」
意を決して仮面の男は主の言葉に対してうなずくと主はそのまま黙る。自身の未熟に歯噛みしながら主の決定を待つ。
「……ならばあれとの前哨戦としては最高であろうな」
厳格な顔をしていた主は凶暴そうな笑みを浮かべて考えていることが漏れる。いつにも増して上機嫌な主により畏まる。その状態のまま片腕のない仮面の男の近くに同じような背格好でそれぞれに違う紋様の仮面をつけた男たちが跪く。しばらくすると主は言った。
「よし。決めたぞ。試そう。私の前菜としてふさわしいのかを、な」
主が短くそういうと片腕のない仮面の男が声を出した。
「それならば無礼を申しますが、その役を私に」
仮面の男は膝をついたまま頭を上げて主の男を見る。目の奥の意志の強い眼光を主は捉えると再度考える。やがて考えるのを止めると言った。
「……ふむ。腕をやられたままというのは確かに悔しかろうな。いいだろう。手段は問わんし装備も自由に使って構わん。全てを持って奴と戦え。その間に他の者は娘たちを略奪するのだ。方法はお前たちに任せる。必ずだ。必ず例の場所に片方を連れてくるのだ。死んでなければ死に掛けでも精神が崩壊していても構わん」
「「ははっ」」
そう言って片腕の仮面の男以外は姿を消す。残った片腕の男に主は言った。
「どうした?」
「不躾ながら。今回のお役目でわが命を使う許可を」
「すべてを持って戦えと言ったのだ。そんなことを聞くために残ったというのならばその命ここで散らすか?」
主は不機嫌そうに片腕の仮面の男を威圧する。片腕の男はカタカタと体を震わせると主の言っている意味を理解したのか無言で何度も頷く。それを見た主は理解したと判断したのか威圧を解いた。
「……か、寛大な主様に最大の感謝を」
「ならばさっさと行け」
「はは」
仮面の男は主に膝をついた姿勢のまま深く頭を下げ、常闇に消える。
「ああ。これからが楽しみでたまらん」
主は笑みを浮かべると小さくそう呟いてから静かに町のどこかへと歩き始めた。




