後編
かなりカッ飛んだ話の上、ハムのこれまで話の中では一番救いようがなくてすみません。
まあ、昔はコメディ要素すらない話も書いてたんですが。完結編の後編をお届けします。どうぞご笑覧あれ。
ボヤけた視界に控えめなシャンデリア系の照明が映った。
私、死んでなかったよ…!神様、ありがとうッ‼︎
知らない天井を見上げながら、病室らしき(物凄いVIP待遇のお高いお部屋)部屋で寝かせられていた私は親指をぐっと立てた。
「ん…あ。お嬢、起きたんだ〜良かった」
私の立ててない方の手を豊臣秀吉の草履の様に胸元で温めながらベッドに凭れていた尊たんが、顔を上げて寝ボケ顔でフニャっと微笑んだ。
「若、若〜お嬢起きたぜ〜若〜」
その隣におんなじ様に椅子に座ってこちらの両足を布団ごと確保しながら撃沈しているイケメンが足元に突っ伏していた。
「のおっ!秀嗣さんッ?」
「…灯里…?起きた…のか?」
色気、大・爆発。
昔の特撮モノ並みに火薬が脳内で弾けている。ヤバイよヤバイよ、ありゃあダイナマイトかニトロだよ!それか戦隊モノの必殺技だ!あっ、脳内妄想で緑色の味方が巻き込まれて吹き飛んだ!殉職率はブラック系が高いのにね⁉︎
脳内西映春の子供映画祭り同時上映お○りかじり虫が絶賛左脳補完計画実施中。碇か!そして誰がゲ○ドウなのか⁉︎
「良かった…お前三日も目を覚まさなくて。俺は、もう、気が気じゃなくて何もかも投げ出してここに張り付いてたんだ…」
「俺も俺も!お嬢、良かったね‼︎頭狙われたらおしまいだったけど、カーボンナノチューブの防弾ビスチェ、良い仕事したわ。ただベレッタナノ程度の銃だったんだけど、流石に衝撃までは吸収出来なかったんだって〜。打ち身が酷い状態だった上、精神的にも肉体的にも撃たれたショックがめっちゃ身体に祟ったらしい」
「…目を離した俺が悪かったんだ。しかし、これはきっともうお前を家から一歩も出すな、という天から俺に託されたメッセージだよな」
目が!目から殺人ビームが‼︎
いやん‼︎監禁陵辱溺愛のフラグが戦国武将の幟旗の様に次々と戦場におっ立ってゆく!
「いやいやイヤイヤ!そそそそそんな事よりノックが、おそらく扉の前で泣き崩れてる秘書や会社の方々の声が断続的に中に漏れてきてるんですけどー!防音の扉にも関わらず、怨嗟の様に渦巻いた黒い靄がジワジワ漏れてきてるんですけどー⁈」
意識を外らせようとそう叫ぶと、尊たんが徐に立ち上がり、「お嬢が気になる様ならちょっと始末てくるよ」と宣った。
【始末】に【片付け】ってルビ振るなや‼︎
それはアレだ。東京湾とかで石を抱かされて、『跳べよ』とか言う禁断のお誘いだ!
「待て、俺が数日居ないだけであんなザマになる奴等だが、泥血でも目に付く所で血を流せば灯里が気に病む。搬送部隊を向かわせるからやるなら何とか皮下出血レベルで無力化しろ。運び出して行方不明で処理する」
「いっそ丸聞こえだわ──────ッ‼︎」
そう言う相談は当人を目の前にしてやる事か?そうして扉の前の濃厚な気配が蜘蛛の子を散らす様に解散した様だ。
「──────何じゃ何じゃ?病室だと言うのに喧しいの。灯里ちゃん、興奮すると身体に響くぞい」
その後に現れたのは御大と呼ばれる灯里の元雇用主、安藤隆浩会長サマである。
品の良い着物姿の粋な爺は『逃○中』のハンターの様な黒服を従えて、いつの間にか開け放たれていた扉に腕組みして凭れ掛かっていた。
「死にもしない女一人の為に何日腑抜け続ける気だ?秀嗣よう。ああ?みっこも小百合も草葉の陰で泣いているぜ」
酷薄な雰囲気を一気に醸し出し、場を席巻していく。だが、その威圧に『キューンキューン』と尻尾を巻いているのは灯里だけで、後の二人はその空気の中、尚存在感を誇っていた。
「うるせぇジジイ。腑抜けと言うなら言え。これは俺が一人と決めて惚れた女だ。灯里の為なら俺は喜んで生涯腑抜けを貫いてやらあ。アンタの跡目なんぞをわざわざ継がなくてもな、ブラックマネーを生み出すノウハウと伴うマネーロンダリングなんぞはどんなに腐っても片手間に熟してやるわ。そんなもんならガキの頃からとうにこの身に染み付いてる。例えアンタの七光りなんぞドブに投げ棄てても切り捨てられる尻尾や手足にゃ事欠かねぇ」
秀嗣さんは底光りのする眼差しで飄々と笑う老人を捉えた。
「『俺が何も知らない』とでも思ってやがるのか?──────ジジイ、次は肉の盾で囲い込む。油断は二度としねぇよ」
そう言うと、美丈夫は美青年に顎をしゃくる。
「おい、麻生尊とやら。お前、灯里の忠犬になる気はあるのか?」
尊たんは面白そうな顔をして、小首を傾げた。
「俺は気が短い。早く返事をしやがれ。…尤も、灯里の肉壁を他の男に任せていいなら別だ「ワンッ!」…被せてきやがった」
尊たんは『きゅうううん』と可愛く鳴きながら、私の手に【お手】と【おかわり】をしゅたたた、と繰り返す。何だ何だ?【わんこアピール】なのか?これは。
正しいのか?これは。教えて炎の守護○オスカー様。
「…まあいい。取り敢えずジジイ、アンタももう隠し玉はねぇだろ?少なくとも『灯里をこれ以上ビビらせたくはないだろう』からな。いざとなればほとぼりが冷めるまで何年でも引き篭もれる女だぜ?」
「シェルターとかでも怖くなくて読む物に不自由無いなら平気です」
間髪入れずに片手を上げて宣誓した。
その手に【おかわり】が乗っていたので、ロミジュリバルコニーシーンみたいになったけど。
「んじゃあ、俺はシャワー浴びてから仕事に行くが、麻生お前、夕方までに元の部屋に灯里を戻しておけよ?灯里、お前は朝までもコースだ。帰ったら備えてちゃんと寝ておけよ?」
までもって…。鈴鹿耐久?
『一齧りもするなよ?』と言い捨てて颯爽と立ち去って行く大将。『俺が齧られる分は良いんだな』と明後日の方向に思考を落ち着ける尊たん。
「…なんでぇ、尊。お前みてぇな捻くれ者がたかだか気紛れに命張られた程度でこの先飼われて尻尾振るのかよ?」
「しょうがないでしょ。惚れられてもいない女に命を賭けられたのは俺、初めてなんスよ御大」
拗ねるような響きの隆浩さんのぼやきにイケメンは優しく私を抱え込みながら応えた。
「ある意味あんたの思い通りでしょうが。それにお嬢はもう気付いてしまってる。なら、もう俺はこの女のモンだ。二度と誰かの思惑で傷付けさせたりしねえ」
意味深な物言いにやはり、と確信する。
「隆浩さん、やっぱり『私の情報』を流したのは貴方だったんですか」
「………」
「そういや尊君がヒント出してました。『パグの会経由でも早過ぎる』って。そりゃそうだ。パグの会は表側味方ですもん。今回出張ってきたのは明らかに敵、もしくは炙り出された虫…ってとこですかね?」
なんとなく撃たれた辺りのお腹をさすろうとして、先にイケメンの手のひらがそこを包む様に置かれていたのでその上から自分の手を重ねた。
「賢しいな、灯里ちゃん」
「はあ。まあたかだか流されやすい小娘一人ですが…自分の命の事ですんで」
どこまでも面白そうな、飄々とした雰囲気を崩さない狸に流石にちょっと一矢報いたくなった。
「ああ、アレだ。俺もな、『消せば解決』なんて単細胞まで釣れるとは思ってなかった。威嚇で【注告】してくる意味での発砲はあってもそこまでだと、な。まあ…言い訳にしかならねぇが」
「ですね」
「案の定容赦無ぇな〜。ホントの意味でヤバいのは水際ギリで弾いてたんだぜ?そっちに行ったのは本来ならそんな事をしでかす度胸もない雑魚だった。だが、討ち漏らしたのは悪かった」
「そんなん元々無い恩押し売りされてもありがたがる気一切起きませんわー。ねぇねぇ好きでこの状況に居るんでしたっけ?私。可愛い孫娘ごっこやりたいんじゃなかったんですかぁ?隆浩さぁん?」
「うん。はっはっは、マジで悪かったと思ってるから後ろの狂犬嗾けるのヤメテ。だってそれくらいしか期待してなかったのに、非常に【餌】として有能になっちゃってなぁ、灯里ちゃん」
くそう、極道。何処までもこちらを軽く扱いやがって。逆にあそこまで秀嗣さんが本気になったのが予想外だったんだと隠しもしないの。
誰か〜この狸撃って〜皮剥いでたぬき汁にして〜!
「全盛期と違って脂乗ってないから、汁にしても美味くない」
尊たんもエスパーッ‼︎
「ああ〜ディスられた〜全盛期じゃないから不手際起こしたってディスられた〜」
「それくらいなんですか!貴方方にはペット的アクセサリー程度の私ですが、自分的には一人に一つずつ大切な命です。今回の件で秀嗣さんの方が5Gレベルで這い蹲る重さですが【愛】がある分マシだと分かりました。私は人生コバンザメ万歳気性ですから、良くて下半身不随より股関節脱臼を選びます‼︎」
「やべぇお嬢、ナニその堂々と胸を張ったチキン発言。可愛い過ぎて下半身滾るわ」
「はぁっ!何か、ナニか背中にむくっと!ごりごり当てないで尊たん‼︎」
「俺を無視してイチャイチャすんなよう、羨ましい〜」
とか、言ってる内に黒服さん達がお茶(玉露)とハーブティー(これ、私の分)とコーヒー(尊たんの)を運んできた。
「まあ、落ち着け」
「尊たんもいろんな意味でモチ着け」
「お嬢、服の上から押さえ付けても素手なら逆効果だから。寧ろ角度急上昇するから」
うるせえ、お前の棒状のモノに『いいね』つけてチャンネル登録してやるわ。
「まあ、お孫さんと御自分に不埒な思惑を抱いている輩は今回、随分と掃除出来た様ですしね、恨みはしますが不問としましょう。私に何が出来る訳でもありませんし。不毛ですからね」
「さっすがー灯里ちゃん!自分の力と立場を分かってるのー。でも、恨みは隠さない処が敢えての小動物気質だの。ちゃんと爺ちゃん、二度と手を出せない様にお仕置きはしたぞい?」
「ナニ、言ってんですか〜それ即ち、『アレが居る限り、秀嗣のオンリーワンにはなれません』的な弱点としての新たなる金字塔としておっ立てただけでしょう。今回動かなかった、より厄介な獅子身中の虫とかのターゲットにされ続ける事、う・け・あ・い」
「むう…なら、正妻を置いとくか?秀嗣なら使い捨ててもいい馬鹿女には事欠かないぞ?」
「二号さん(死語)には遺族年金も慰謝料も別れた後や年取った時の保証ありませんから。そんなんなら、野に放してくれませんかねぇ」
ハーブティーごくごく飲み干して毒付くと、チッチッチ、と狸が指を振る。
「野に放したら即、捕獲か駆除だぜ?細切れで送り付けられたら葬い合戦しかやれねぇが」
「─────そこでなんですが」
下乳にさり気なく回された尊たんの腕を外し、私は頬に手を当てる。
「迷惑料として【整形費用】を戴きます」
時が止まった。
ジャーン!(バストショット)
ジャジャーン!(天から居抜き)
バァーンッ‼︎(下から…おい、下からはやめろ)
「………かおを、いじるのか…?」
「何スか…。命、落としかけたのがノーダメージなのに、なんで整形が会話平仮名レベルで動揺するんです!」
「ちょ…ナニ言ってんのか…」
「元M1王者のネタじゃないんですから…ええ?どうしてそこで崩れ落ちるんですかッ⁉︎」
パグ似にそこまで拘るんか⁉︎
パグがパグ故にそこまで人生にパグっと食い込んでいるのか⁉︎(あ、石はやめて下さい。出来ればカチカチのフランスパンの方向で!)
「そうですよ。この顔さえ無ければ私、誰からも絡まれないで済むんでしょ?なら、やりますよ。新○結衣とか橋○環奈とか可愛いですよね?」
「……」
「脂肪吸引代も宜しくお願いしますね」
そう付け加えると、はあああ…と深い溜息を吐かれた。
「あのなぁ、俺はともかく…もう秀嗣も灯里ちゃんをみっこ似だからって理由だけで手放せないワケじゃないと思うぞ?」
「その理由で騒動のおまけに孫の危機管理能力まで引き上げようとしたクセに何を言ってるんだか、この狸様は」
「……え?そこまで気付いたのか?い、いやその今の秀嗣ならおそらくその顔潰されても平気だぞう?」
「あらゆる意味で、こ、怖い事言わないで!」
ばふ、っと暖かい大きなモノが覆い被さってきた。
「いいねぇ。御大、費用だけくれよ。手術は俺がやるから。メンテナンスもアフターフォローも万全だろ?」
「え?」
「俺、医師免許持ってる。解体も得意だけど、整形も金になるから闇でやってた。腕は良いよ、任せて御主人〜」
「ナニ言ってんの?メンテ?アフターフォロー?」
尊たんはイケメン爽やかな笑顔を綻ばせながら、私の肩を抱きしめる。
「お嬢こそナニ言ってんのさ。それこそ俺は『俺が犬』なんだから、顔なんてどうでもいいんだよ?ついてく、って言ったよな?俺、言ったよな?」
「残念ながら私に若い男を飼うロマンスな甲斐性はありません。謹んで返品します」
「じゃー飼って貰えるまでとことん付き纏います。尚、飯と住処は自分で賄いま〜す。お嬢に御迷惑は一切お掛けしません」
「おのれ、無職の状態でヤクザの若い衆が私の衛星軌道に乗ってグルグル周回してるだけで太陽系に御迷惑感ハンパ無いわッ!」
叫び過ぎて酸欠でアタマくらくらした処で、私は黒服の皆さんにそっとベッドに戻された。
やめなさい狂犬。威嚇やめなさい。
「あのなぁ灯里ちゃん。差し向けといて何なんだがよぉ。尊、面倒臭ぇぞ?俺の直属部隊になるまでなー、アイツの上司なー、気に入らないと作り変えられてしまうんで勤まらないんだよ」
「へ?作り…」
ベッドの枕元に腰掛けておでこを撫でるイケメンを振り仰ぐ。
アルカイックスマイルにぞくり、と怖気立った。
「脱法ハーブとかよ、飲み物に混ぜたり、レンタル頼まれた映画のブルーレイディスクに洗脳する為のサブリミナル効果狙って映像仕込んだり。とにかく相手に気付かせないんだわ。で、いつの間にか尊に都合の良い上司が出来上がる、って訳だ。恐ろしいのは俺や秀嗣級でなきゃ分かっていても防げない事でな」
Σ(||゜Д゜)ヒィィィィナニそれ何それナニそれぇええええ──────ッ!
「やんないよね?やんないよね?尊たん⁉︎」
「……やらないよう。俺、お嬢の事大好きだもん」
「ちょっ!ナニその答えるまでのビミョーな【間】はッ⁉︎我慢出来るよね?」
「ウンウン」
【ハーブティー】の入ってたティーカップを奴の顎にグリグリと押し付ければ、仏の様な顔をして機械的に頷いている。張り子の虎か、オマエは⁉︎
「そうだな〜ちょっとなら我慢出来るよな〜。─────組織から解き放たれ自由になって三日ぐらいならな」
してやったりの隆浩さんの声。
変わらない尊たんの笑顔。
逃げられない!まったくもって逃げられないッ‼︎
「ホントごめんなー、灯里ちゃん。もう餌とか囮とかダシとかにしないカラー。実は爺ちゃん、パグの会にこの話バレててこの後吊るし上げられちゃうんじゃー。じゃあなー」
ぱたん。
「ちょ、隆浩さ──────」
扉が無情にも閉められてしまった。
「ねえねえお嬢〜俺を捨てないでね?捨てられなかったら何でもしてあげるからね?」
それは返せば、【捨てたら洗脳】って言ってるんでしょうか…。
ナデナデ撫で撫で。寄せては返す波のように飽かず撫で続ける。偶にキュッ、と指先に力を入れるのやめろや。
「うおおおおォお!ぢみな恐怖に耐ーえーらーれなぁーいッ‼︎」
「─────月島さんッ!お静かに‼︎」
婦長さんから怒られて(´・ω・`) ショボンしてても、レアな狂犬が静かに噛み付きそうな雰囲気を醸し出しているのを後ろ手で叩いて止めなきゃならなくなって、とほほ感、満・載。
「ふ、ふちょ──────ッ!」
「何ですか⁉︎患者さんの前ですよ?」
病室で怒られている所に飛び込んできた看護師さんは明らかに狼狽えて腰が抜けそうだった。
すげぇヤな予感しかしない。
「こここここのび病室目指して、こ、強面のお歴々がよ、横並びでお越しですぅ」
「ヨシ、裏から出よう。直ぐ出よう。尊たん、お金ヨロ。払っといて」
「大丈夫。若の秘書が病院の口座に振り込み済みの筈だから。ハイ、これセシルマクビーのファーコート。とブーツね。行こうか、俺なら振り切れるよ?『パグの会』」
飛び出した廊下から中庭を見下ろせば、此方の視線に逸早く漲った殺気が飛んできて…『ひぃ!』と怯んだ瞬間、一気に和んだ雰囲気の怖いおっちゃん爺ちゃん達が満面の笑みを咲かせてブンブンと手を振り始めた。
「アレ、捕まったら【枷】が増えるね。モリモリまりまり」
「増えるのはワカメに任せて、安全な秀嗣さんのマンションに帰りましょおおおお」
こうして、善良で脆弱な一般人は自分が絶対に任侠世界には向かない事を自覚する。
「大丈夫、隣の部屋でヤリ捲られてても俺、平気だし。滋養強壮に凄く効くハーブティー調合しておくからー」
「それ全然ダイジョバナーイッ!」
高笑いのイケメンに姫抱っこで病棟を駆け抜ける灯里は、筋モンのパグへの愛を一身に受けて半泣きに。
月島灯里の厄難はイヌ在る限りエンドレス。頑張れ女の股関節!
──────やっとこさ、終わり。