最終日 未来 前編
翌朝、電気は復旧していた。
朝食中、芥はいつにもまして怖い表情だった。
それは恐怖ではなく、きっと、決意だ。
芥は無言で立ち去った。
入れ違いになるように、永川がやってきた。
「一昨日言いましたけど、今日は研究区画へ入れませんからねー。ん?ってことは屋上も行けないな。あー失念してました。今日は倉庫整理をよろしくお願いします。」
「お、おう。」
書類整理をしていたが、手につかない。
5分ごとに時計を見ていた。
確か、生放送は8:30から。
もう9:15。始まっても良さそうだが…
プツン
電気が切れた。その後、内線で「停電が起こりました。復旧まで、暫くお待ちください。」と聞こえた。
ここから書庫まで10分。大丈夫だ。落ち着いていこう。
どうせあの部屋では電気がなければ何も見えない。
懐中電灯を貰いに行く体で進んでいく。
ちょうど書庫へ着いた頃、再び無線が流れた。
「緊急!002が脱獄した!射殺せよ!繰り返す!総員を以て002を射殺せよ!」
俺は書庫の入口から見えないように隠れた。
書庫から数人の看守が出てきた。
今しかない。
書庫に忍び込んだ。
暗がりで分からないが、恐らく人はいないだろう。
俺は急いで例の棚へ向かった。
棚をずらすと何度か動かしたのだろうか、簡単に動いた。
地面を触っていると、タイルの一つが外れて、縄ばしごがかかった空洞があった。
「これか。」
俺はそう呟くと急いで降りた。
中には俺が倉庫で見たようなファイルだらけだったが、一区画だけ明らかに厳重に保管されているファイルがあった。
ここまで目立つと逆に罠じゃないかと思うが、俺は敢えてそのファイルたちを掴み、戻った。
最後、俺は呼吸を整え、クラウチングスタートの体制をとった。
3…2…1…
俺は駆け出した。目指す先は研究区画。
手を引っ張られていたとはいえ、場所はだいたい察していた。
右、真っ直ぐ、また右に行って左…
俺がついたのはいつも外される場所だ。そこからどよめきは聞こえない。
ということは、一か八か。
俺は、診察室の方ではなく、惨たらしい実験が行われたあの部屋へ向かった。
そこでは研究員と思われる白衣の男と、あの少女。そして…
「えー、虐殺事件を起こした極道寺芥受刑者が脱獄して数分、未だ捕まっていないようです。」
カメラに向かって"事実"を報道し続けるキャスター。
ここは3階くらいの高さだが、叫びながら、飛び降りた。
「助けてくれぇぇぇぇ!!」
もちろん、助けは来なかった。
着地には成功したが、足首を軽く痛めてしまった。
「と、突然男が飛び降りてきました!どうしたのでしょう。手にはファイルを持っているようです。」
そう言いながらキャスターがカメラを従えやって来る。…が、
その前に白衣の男が血相を変えて走ってきた。
俺は白衣の男が捕まえようとしているのがわかった。
素人の組み付きは回避し、キャスターとカメラマンと、あの少女の元へ向かう。
「あ、あなたはあの時の…」
少女は涙の跡が残っていた。
「これを…見てくれ!」
息も絶え絶えに、キャスターに、ディレクターと思われる人に、ファイルを渡した。
白衣の男はファイルを見ると紅潮した顔が急激に土気色になり、
「そいつが脱獄犯だ!近づくな!」
と言い放って腰から拳銃を引き抜いた。
「な、なんだこの内容は!大スクープだ!」
ディレクターはファイルを読み漁っていた。
「完璧な証拠だ…!これだけあれば…!」
「それは真っ赤なでまかせだ!」
白衣の男は言葉を遮るように叫んだ。
「くそっ!お前だけは許さない!」
俺に再び銃口が向けられ、弾丸が放たれる。
俺は、満足していた。
もう、悔いはない。