第三十四話 不調
「ああ、久しぶりだね、憎たらしい“旅人”さん!」
黒の青年は口元を三日月のような笑みを浮かべる。
“旅人”さん、か。…こいつ、もしかしなくても…
「俺の“役割”を知ってるのか?」
「あー…“異世界の放浪者”でしょ?気付いたのは最近だねぇ。最初は気付かなかったけど、“お母様”が教えてくれたんだよ。」
“お母様”。こいつは以前計画がどうのこうの、と言っていたが、その“お母様”が黒幕なのか?
それにしても、俺の役割――“異世界の放浪者”を知っているとは…“お母様”は一体何者なんだ。
「貴方、何者よ。それに、ムクロが面白い存在…ですって?」
命がムクロを守るように前に出て、青年を睨みつける。青年はそれに臆することなく命を見ると「これはこれは、太陽の女神様!兄弟神の月の神様はいないんですか!」とおどけた調子で言う。ぴくり、と彼女の眉が動く。
次の瞬間、青年の頬を何かが掠めた。それが霊力の刃であると気付いた。
「…馬鹿にしないで頂戴。別に、月詠がいなくても私は戦えるわ」
御幣を青年の方へ向け、殺気を放つ命。確かに蒼夜は刀を扱ってるから強そう、というイメージはゼロではないが…。いや、それ以上に……。
(女神って呼ばれたことにキレてるな、コイツ…)
命は確かに女性の姿をしている。だが、彼女が神であること、それに関して性別で馬鹿にすることになるとすぐにキレる。特にわざとらしく「女神様」なんて呼んだ時には……太陽の神らしく、その光を以て焼き尽くす、とのこと。
…今のは向こうが悪い。喧嘩売る相手間違ったぞ、絶対。
彼女の殺気に気付いたのか、さすがに青年も数歩後ずさる。が、すぐにまた笑みを浮かべる。
「随分短気なんですね、太陽の神様は」
「…その口、二度と聞けない様に焼き尽くしてやろうかしら?」
「み、命様落ち着いて…」
青年の挑発に乗らない様に、とユミルが彼女を止める。
代わりに、ユミルが青年の方を向き、じっと相手を見詰めた後、口を開く。
「一体、何が目的?」
問いは短く、しかし俺達が疑問に思っている事を指す内容だ。
「目的、目的…ああ、そうだね。いやぁ、今回はそこの桜の木の霊力を根こそぎ頂こうかなって思ってたけど予定変更!――そこの“同一の存在”として転生し続ける“祖体”にしようか」
すっと木の根元で眠り続けるムクロを指さす。何故、青年が“力のある存在”を狙っていくのかはわからない。以前言っていた“計画”の為なのだろうがその“計画”が一体何なのかはっきりしない。それに、こいつが狙うモノは全て―――犠牲が前提になっている。
以前のリヒトのことも、カズハ達のことも……
「それを阻止する、と言ったら?」
詳細を知らなくとも、誰かを狙う…しかも目の前の人間を。それが神々にとって無視していられない事なのは明白。ユミルの冷たい言葉と視線が青年を射抜いた。
ユミルの視線に動じることなく、青年は肩を揺らしながら笑い声をあげた。
「あはは…あっははははははははははははははははははははははははははははははははははは!面白いことを言ってくれるね、君!」
ひとしきり笑い終えると、あの時の様に狂気が渦巻く目を向けてくる。
「…その子、丁度起きたみたいだし?寝ていたままの方がよかったのにね―――!」
いつの間にか青年の手には短剣が握られている。それを構えながら桜の木の方へ向かっていく。
俺は咄嗟にソイツに体当たりを食らわせる。不意打ちになったらしく「うわっ!?」と声を上げたかと思えばそのまま地面に転がる。
「ラトナ、その子を街へ送っていって!キミなら、結界を張りながら行ける。」
「相棒!?でも、そんなことしたら…」
「つべこべ言わない!そんな暇もない!早く!」
「…っわかった!それじゃ、ちょっと失礼!」
「え…っ!?あ、あの、おわぁ!?」
ユミルに強く言われ、苦しい表情を浮かべながらもラトナはムクロを抱え上げ、小さな結界を張りながら街の方へ向かっていく。それと入れ替わるように命が前へ出ると、短く詠唱し、結界を張る。その結界は広く、この桜の木と向こうに見える国全体を包む物だ。
「勿論、行かせないわ。」
起き上がろうとしていた青年を見下すように命が言う。…先程のことを余程根に持っているらしく、その視線は恐ろしく冷たい。
「っ……あーあ。…余計な邪魔してくれるよね、君達…この前だってそうだ。あと少しでリヒトだって殺せたのに、神体になっちゃうし……」
ゆらり、というように起き上がる青年。それが謎の不気味さを感じさせる。俺は異空間から刀を取り出し、それを構える。ユミルも既に杖を構えていた。
「―――どれだけ、君達“神様”が憎たらしいことやら!!」
幾つもの小さな闇の刃が青年から放たれる。それと同時に青年はこちらとの距離を詰めようとする。
「風よ、刃となり吹き荒べ《ウィンド・ブレイド》」
それを阻止するように、ユミルは即座に詠唱する。風がユミルを取り巻くように吹き、幾つもの風の刃が生まれ、杖を振るうと一斉に刃が青年に向かってく。その刃は闇の刃を相殺させ、距離を詰めようとする青年の足止めになった。
「…悪いけど、この結界維持の為に私はそこまで加勢できそうにないわ。」
「だろうな。なら…いいよな、ユミル」
「問題ないよ」
最低限の会話をし終えると、俺は跳躍する。その勢いを殺さず、逆に利用して青年の腹を蹴り飛ばす。
「ガッ…!?」
だが青年もなんとか踏みとどまる。それと同時に短剣に闇を纏わせ、それを振るう。纏った闇はそのまま半円を描き、その半円はこちらに向かってくる。
いつかの俺は躱そうとした。だが…
「《光波一閃》!」
刀を横凪ぎに払い、衝撃波を放ってそれごと切り裂き、青年にぶち当たる。距離を変えなかったのもあったのか、衝撃波の威力は衰えることなく当たったらしい。
「……ふぅん?やるじゃん、前よりは」
青年はニヤリと笑みを浮かべる。しかしすぐに短剣をこちらに向けて斬りかかってくる。俺は刀を構えてそれを受け止める。
…さて、セクトに言われたこともある。目の前のコイツが、もしかしたら「ルーグ=シグナル」である可能性があるっていうんだ。だから、コイツを殺すことは出来ない。やるのなら“浄化”だろう。
とはいえ、このまま“浄化魔法”を使う訳にもいかない。普通に使っても相手は抵抗するだろうし、無駄撃ちは避けたい。動けないくらいにまでボコボコにするか、或いはユミルの魔法で足止めしてもらうか……
「随分余裕だね?《ランス・オブ・クラッシュ》!」
「っ!《ウィンド・アロー》!」
空から雷の槍が降り注ぐ。それを打ち消すように風の矢を放ち、距離を取る。…今のは考え事をした俺が悪い。とはいえ一体どうするべきか…。
「氷よ、彼の者を拘束せよ《イス・ニイド》」
ユミルの声が聞こえたかと思うと、青年の手足に氷の枷が現れた。そして一瞬にして腕を足を氷漬けにしてしまった。慌てて青年は氷を壊そうとするが、その氷はびくともしない。しかも、腕はほとんど動かせていない…一体何だ、これは…。
「なっ…!?くっ…このっ!」
「そう簡単には、壊せないよ。氷と束縛……二つのルーンを組み合わせた魔術だから」
「…ただの魔術師じゃなさそうだね、君…!」
「四属性とルーン魔術が得意だから……」
成る程、ユミルはルーン魔術も使えるのか…。さすが先代、というべきか。それにしても氷と束縛の組み合わせか…ゾッとする組み合わせだな…。
けれど、これで相手は動けない。これなら……
「さて、覚悟してもらおうか!」
「…っ!」
身動きが取れない所為か青年の顔に焦りが浮かぶ。もし、コイツが「ルーグ」だとするのなら、一体何があってここまで身を堕としたのか、色々気になるが…――
(どのみち、俺がやることは変わらない)
ふぅ、と息を吐き、術式を展開させ
――…ドクン
「っ!?」
「時雨…!?」
急に力が入らなくなり、ガクンと膝を付く。焦ったような命の声を聞きながら、俺は胸を押さえた。
何故か心臓は早鐘を打っている。なんだ、これ。今までに経験したことのない現象に、俺は困惑していた。
「ちょっと時雨、どうしたのよ!」
「大丈夫…じゃなさそうだね」
結界の維持の為に命はこちらに来ることが出来ない。その代わり、声だけだが心配しているのは伝わってきた。その様子を見ていたのだろう、ユミルが静かに言う。
…ユミルの言う通り、今回はちょっと大丈夫じゃない…かもしれない。何せ、今までにこんな経験はないからな…!自分でも何が起きたのかさっぱりわからない。
(くっそ…!こんな時に…どうして…!)
自分の状況に混乱しながらも、なんとか立ち上がる。…一応落ち着いたのか、鼓動のペースはいつも通りに戻っている。けど…何故だろう、何かが変だ。まるで、何かが抜け落ちたような――
バキン、と何かが砕ける音がした。
「しまった…!」
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ハッと前を見ると、短剣を構えてこちらに突撃してくる青年の姿。手足にはわずかに残った氷を散らしながら、こちらに向かってくる。
マズい、構えないと、と思うが何故か刀が重く感じ、反応が遅れてしまう。
キンッ!と甲高い音が響く。目の前には淡く青い光を放つ刃を纏った杖で短剣を受け止めるユミルの姿があった。
「っ…時雨、早く!」
あまり力がないのか、ユミルは既に押されている。自分が優勢と判断したのだろう、青年がニヤリと笑みをこぼすのが見えた。
…今の俺はどうしたらいい。援護すべきか、それともユミルの言う通り下がるべきか…――
迷ってる暇なんてない、ないのに迷ってしまった。それが仇になったのか、ユミルが突き飛ばされる。
「うわっ……!」
「なぁんだ、魔術の腕はあっても剣術はさっぱりなんだ」
倒れているユミルを見て青年は嗤う。そうして、俺の方を見るとにんまりと笑いかけてくる。
「さーて、仕返しの時間だよ?」
そう言って、一気に距離を詰め、短剣を振りかざした。
…あまりやりたくないが、前みたいに一度「死」んで「蘇る」すべきか…?
自分に迫る、鈍く輝く銀色を見ながらそう考える。
――ああ、本当。俺らしくない…
当然、助かる訳もない。
そう思っていたのに。
「いや、それはよくないよ?時雨」
不意に聞こえた優しい声。次に金属がぶつかり合う音。
「は…!?なんだよ、今度は…ぁあ!!?」
バチン!と青年は何かに吹き飛ばされる。目の前には木の枝がいくつも纏まったような物が地面から現れていた。
そして、ふわりと白と緑の影が俺を抱き上げた。影――男の長い金色の髪が揺れ、蒼い瞳を細める。
「やあ。大丈夫か?」
「…誰だ、アンタは…」
なんだ、この感覚は。何故、何故、何故―――
(懐かしいと、感じる?)
目の前の男は何者だと思っていると、身を起こしたユミルも固まっていた。そして
「翡翠様……」
――〝神樹の精霊王〟あるいは〝大樹の神〟その名を“譲葉翡翠”
その譲葉が、目の前に現れた。




