第二十一話 帰還と龍神少年の話
いよいよ第一章ラストです…!
ユウサリの屋敷への帰路。光雨神社からそこまで離れていないこともあり、歩いていた。
…何故かカイルも一緒に。
「…はぁ…。アイツの屋敷の場所が、異世界からこっちに移ってよかったぜ……」
特に今回みたいなパターンだとな。正直疲れたし、立て続けに色んなことがあったし。←
リヒトもそうだが、アイツはきっと大丈夫だろう。
それに……カイルのこともあるからな…。
そう思いながら、俺は神社での話を思い出した。
◆
「彼…カイルが龍神であるのは知っているわよね。」
「ああ。」
「…彼はこの神精霊世界の創造主が創った世界にいたの。」
人間が住み、神精霊世界の神々が統べる、別の世界、ということらしい。
「その世界に彼は“龍神・八雲”として人間が暮らしている里に居て、人々を見守ってきたそうよ。」
そう言い、ルーシェは懐から光る水晶のような石を取り出し、念じ始める。
多分あれはミネルが作った“記憶の結晶”だと思う。その結晶は相手が見てきた記憶を宿す事ができ、別の人物にも見せる事が出来るようになるというヤツ…のハズだ。
そう考えていると、脳裏にイメージが浮かんだ。
そのイメージ…否、風景は…多分ルーシェが言っていたカイルがいた世界だろう。
その里には山に囲まれた大きな湖があり、そこにカイル……“龍神・八雲”を祀った神社があった。
…と思ったらすぐにイメージは消えた。
俺やリヒトが首を傾げていると、ルーシェは溜め息を吐いた。
「……カイルが眠っている間に記憶を宿してみたのだけど…、拒絶しているのかしら…この風景しか出来なかったわ。」
『拒絶…?』
「…元々“記憶の結晶”はミネル以外の神々達がアイツと同じ様な力を使えるようにするために、ミネル本人が作り出した物だ。
ただ、記憶と知識の神であるミネルと違ってな…アイツの力の様には完全に出来ない。だから、対象である相手が少しでも"拒絶している"とか"触れて欲しくない"と思っていれば…その部分を結晶に宿すことは出来ないんだ。ミネルなら出来るが…今はいないし、呼ぶにしてもカイルが拒絶しているなら……無理かもな。」
「…長いわね。」
「うるせぇ。」
ルーシェのツッコミはさておき。
拒絶する様なことが…何かあったのか…?
そう考えていると、ルーシェから意外な言葉が出てきた。
「実を言うと…カイルが何故ここの世界に呼び戻された瞬間を見たの。見た、と言うより…立ち会ったというのが正しいわね。」
「マジかよ!?」
『つまり、知ってるのか!?』
「ええ。…寧ろ、知っていて欲しいの。」
そう言いルーシェは目を閉じ、一つ息を吐くと語りだした。
◆
それは数日前のこと。
近いうちに時雨があの青年を連れてやって来るだろうと感じていた時だ。
「おーい、ルーシェ!」
「…予想通り、かしら。」
「ちょ、第一声それか!?」
そう言いながらこちらに駆け寄って来たのは"神もどき"のセクトだ。
彼が来るのも予想はしていた。ただ、目的はわからなかったけども。
「何の用…「大変なんだ!力を貸してくれ、ルーシェ!」…どういうこと?」
私の言葉を遮り、セクトは私の肩を掴んで揺さぶってきた。
…こっちこそ第一声と行動がそれか、と言いたい。←
でもセクトが顔を強張らせ、蒼白にしているのを見る限り、緊急事態なのは間違いないだろう。
「…わかった。でも、事情は教えなさいよ?」
「あ、ああ。ちゃんと話すよ。」
漸く私の肩から手を離した。
そしてセクトは手を捏ねるように動かし、空中で押し広げるようにすると、光が広がる。
光の形は円形になった感じだ。大きさは姿見を円形にしたくらい。
「《念写の鏡》?」
《念写の鏡》……それは術者が見たいと思った場所を魔力と念の力で作った"鏡"に写すという、魔術の一つだ。
因みに、その見たい場所が異世界でも可能でもある。異世界に「行く」のは簡単なことではないからね……"異世界の放浪者"や扉の番人であるセクトなどの一部を除いて。
色々考えていると、鏡の光が収まり、どこかの里らしき所を写していた。
多分、異世界であるのは変わり無さそうだ。
「随分と平和そうな所ね。」
「…ああ。でも、今は…――」
セクトはそう呟き、鏡を撫でるように手を動かす。
一瞬鏡は光ったがすぐに収まる。そこには、確かに同じ里が写されていたが……
山に囲まれた大きな湖。
その湖の上空に、黄金に輝く鱗と鬣を持った龍がいた。
その龍には見覚えがある。
「“龍神・八雲”…!?」
あの“八雲”で間違いないだろう。
でも、どうして…?
そう思ったが、何かが違うと気づいた。
例えば…目。彼…“八雲”の海色の瞳は穏やかだ。寧ろ、悲しげで…攻撃的には見えない。湖の上空から動こうとしない。
「…どう言うこと…?」
“八雲”の体を見れば、傷だらけでいるのがわかった。所々の鱗が剥がれ落ち、そこに矢や槍が刺さっている。
何故上空で留まっているのか…なんとなくわかった。
多分……ああやって浮き続けるのでやっとなんだろう。
「…湖から“八雲”は現れた。それに驚いたのか、人間達はアイツに攻撃し始めてしまった…」
…私には、何故か“八雲”が泣いているようにも見えた。
「………。」
「…ルーシェ?」
「何でもないわ…」
……“八雲”の首にかかっている数珠の様な飾りは、海色の珠がついている。…その珠は彼の"霊玉"。
その"霊玉"に、ヒビが入っているのに気づいた。…槍や矢は見当たらないが…あのヒビは、物理的なものだけではない。そう感じ取った。
その事に思わず目を細め、息を吐く。セクトが横目で私の動作を見ているのがわかった。
「……まずいわね。これは…」
「…ああ。霊玉も“八雲”という名の“龍”もな。」
直後、龍が悲しそうに一声鳴いた。…何故か、彼の"声"も聞こえた気がした。
『…ど、う、し、て、…―――――』
ぐらり、と龍の体は傾き、力なく山の方へ落ちていく。
落ちた方にセクトが手を動かした。…少しだけ、人間達の声も聞こえた。
「龍が落ちたぞ!」
「山の森の方だ!行くぞ!」
「見つけたら、龍の首を取ってこい!」
なんて残酷な事を言うのだろうか。そもそも、人間が神に逆らうことは大罪に値するというのに……
腹の中でふつふつと怒りを覚えながら、森に落ちた龍を見る。
龍は落ちた時のせいか、木々を幾つか倒し、力なく横たわっていた。
「……ひでぇよ、こんなの…!」
鏡に写る龍を見てセクトが呟いた。それに同意するように私は頷く。
森の中に人間達が入っていったから、彼が見つかるのは時間の問題だ。
そう思っていたが……――
「「――…!?」」
突如、龍の身体が輝き出し、尾の方から光の粒子を拡散させながら消え始めた。
「い、いけない…!“八雲”が…――」
そう言った時にはもう龍の姿はなく、代わりにボロボロに傷付いた金髪の少年が倒れていた。
「…海瑠……」
「“八雲”は……死んでしまったか…。」
俯きながらセクトが呟いた。
…確かに、私達は「神」だ。
でも、完全に不死と言うわけではない。
一応、「死」は存在する。
私達「神」は、幾つかの姿を持っている。
様々な種族などがある「人間」に近い姿
動物の様な姿、或いは「神獣」や「霊獣」と呼ばれる獣などの姿
実体のない、精神体の姿……―――
ともかく、幾つかある。
だが、その幾つかある姿を一つでも失うことは、一時的な「消滅」でもあり「死」でもある。…といっても、力や能力には変わりはない。
…まあ長い時間をかければ、その姿を取り戻すことはできる。
その時間は果たしてどれくらいなのか。
短いと数ヵ月から数年、長いと何十年から何百年ともなる。
(…と言っても、一部例外もいるけども←)
だから、彼の姿の一つである“龍神・八雲”という龍が消えたということは、カイルの中にある“龍”が死んだことになる。
「…カイル……」
少年の姿になった“八雲”……カイルは倒れたまま動かなかった。
…鏡から、人間達の声がカイルに近づいている。
「龍はいたか!?」
「こっちにはいない…!」
「あれだけ大きいんだ、すぐ見つかる!そして首を手に入れるんだ…!!」
…声に気づいたのか、カイルが僅かに動いた。でも、起き上がるのにも時間がかかりそうだ。
このままでは、今度こそカイルが危ない。
そう思い、セクトを見ると既に詠唱している所だった。
「……セクトっ!」
「…わかってる、今やってる!」
詠唱中断になってしまうかもしれないから下手に話し掛けられない。とはいえ、焦れったいと言うのが本音だ。
鏡を見る限り、まだ見つかってはいない。だが、龍が落ちた所に子供がいるとなると人間達も怪しむだろう。
まして、ボロボロに傷付いていれば。
…その子供が先程の龍だと気づかれたらどうなるのか。
欲などに目が眩んだ人間は、それを手に入れるには手段を選ばない…なんてことがある。
龍の首が狙いなら、龍であったその子供がそのまま首を切られるか、或いは龍になるまで監禁や拷問をするつもりなのだろう。
そんなネガティブな考えが容易に浮かぶ。
……まだ、カイルには死んで欲しくない。
そう思うけど、今の私には見ているだけしか出来ない。
……もう、カイルが助かるにはセクトの術に懸かっている。
詠唱が完了して術が発動するのが先か、或いは人間達にカイルが見つかってしまう方が先か……―――
そう考えていると、隣のセクトから詠唱が止まった。
止まったことに一瞬驚いたが、幾重にもセクトを囲むように輝く術式があった。
つまり、詠唱の完了。
鏡を見るとカイルの周りにも術式が現れていた。
「――――我は扉の番人なり。我が意思に従い扉を開き、彼の者を此の地に喚び出さん。」
最後の詠唱の声と共に、カイルの体の下に光のゲートが現れ、そこに沈んで行く。と同時に光のゲートは跡形もなく消えた。
…その直後。
ドサッ!
すぐ後ろで何かが落ちる音がし、振り返ると確かにカイルがそこにいた。
「ぎゃああああああああああああああ!?ルーシェ様、空から人が落ちてきましたあああ!!」
事情を知らないアクアがいきなり現れた彼に驚き、あたふたしていた。
「……アクア、彼は怪我人よ。屋敷の空き部屋使って、布団の用意を。」
「は、はいっ!」
色々混乱しながらもアクアは屋敷の方へぱたぱたと飛んでいった。
それを見届けセクトの方を見ると、ぐったりと座り込んでいた。
「…随分と強引な方法だったわね。」
倒れたカイルを抱き上げながらセクトにそう言うと、彼はジト目で睨んできた。
「仕方ねぇだろ……あのままだったら、カイルが死んでたかもしれないし…」
「確かに…そうだけども…」
私がカイルを抱え上げた瞬間。
かしゃん、と何かが落ちる音がした。
見ると、割れた海色の珠…――霊玉。
「…………霊玉、割れてしまったのね。」
カイルの顔には傷と涙の跡が残っていた。私は彼の頬をそっと撫で、セクトがそれを拾い上げた。
「多少、間に合わなかったことがあるな。」
「……そうね。霊玉は壊され、ひょっとしたら…彼は人間を嫌いになってしまったかもしれない。」
「……ああ。」
神が人間を嫌うということは余り良いことではない。
かつて…この神精霊世界で精霊王、つまり神々による反人間派と親人間派との対立があった。
それが原因でファイニアには人間はいなくなった。
…神が人間を嫌うことは、それが小さな事でもいつか大きな事となり大きな対立を生み、犠牲を出してしまいかねない。
そうならないように、創造主はファイニアにいた人間を別の世界に移住させたのだ。
…それ以降、反人間派も説得などされて納得はした。…色々大変だったけども。←
もう、そんな事を繰り返したくない。
「……とはいえ、多分心の傷になってるだろうな。」
「…そうね。でも、やらなければ……例え荒療治でもやるしかないわ!」
「荒療治!?」
◆
「…という事なの。」
「…うん。わかったが…何故、荒療治だ!?」
ルーシェの話しで大体わかったが…荒療治とか…
「簡単よ。時雨、貴女は異世界を渡るでしょう?その時、人間と関わるじゃない。そんな貴女にカイルを同行させれば、貴女に対しても慣れるし人間にも慣れるかもしれないわ。」
「ホントに強引だな!!」
『マジで荒療治だ!!』
ドヤ顔で語るルーシェに俺とリヒトがツッコミを入れる。
「…今のカイルは初対面の人が相手だと確実にキレるし睨んでくるわよ?昔はそんなことなかったのに。」
「…俺は既にジト目で見られてるよ。」
というかそういう意味だったのかよ!あのジト目は!!←
「それに…貴女なら出来るかもしれない。」
「は…?」
今…何か意味深な事言われなかったか?
そう思っていると、ぽんっと肩を叩かれる。
ルーシェを見るとまたドヤ顔をしながら親指を立てていた。
「という訳で頼むわよ。」
「は……はああああああああああああああああああっ!?」
◆
というように、(半ば強引に)ルーシェに頼まれた。←
「ねぇ、どこに向かってるの?」
俺の後ろをついてきていたカイルが訊いてきた。
「…輪廻の神の屋敷。アイツの屋敷広いから居候してるんだよ、俺ら。」
「ふーん…」
興味無さそうにそう返事すると、カイルは「あれ?」と向こうに見えてきた屋敷を指差し(と言っても袖の長い服だからその向けた方)た。
「そうそう、アレだ。」
…漸く着いたよ。本当。
◆
俺が扉を開けようとした瞬間、開いた。…なんだよ、いきなり…
「…まったく。漸く帰ってきましたか……」
そこにいたのは案の定、険しい表情をしたユウサリだった。
「なんだよ…面倒だな…」
「こちらの世界に帰ってきているのは知っていましたよ。…お疲れ様です、時雨」
そう言うと、ユウサリは険しい表情からどこか困ったように笑った。
「…はっ。珍しいな。お前がそう言うなん……て…」
あー…疲れた…。今回は無茶したかも……
「時雨…!?」
*
時雨は最後まで言い切らずにいきなり膝をついた。
慌てて倒れないように私が支えると、寝息をたてているとわかった。
「…寝てる…?」
「多分そうだよー、ユウサリ。今日は色々あったもん」
フランが肩を竦めながらそう言った。…その彼女の隣には、左目を髪で隠した金髪の見慣れない少年がいた。
「貴方は?」
「アンタが輪廻の神?…僕は八雲海瑠…龍神だ。」
フランと同じくらいの少年はそう名乗った。
少年…カイルは確かに“八雲”と言った。しかも龍神……ということは、あの“龍神・八雲”は彼だと言うことか。
とはいえ、カイルの事も気になるが時雨をこのままにしておくのも可哀想だ。
…取り合えず、彼女を部屋に運ぼう。
◆
時雨を部屋に運び、そのままベッドに寝かせる。
「…まったく、無茶しないで下さいよ……」
彼女がこうなるのは大体無茶をした時だ。
「アクアから聞いたよ。アンタがユウサリなんだろ?五百年の間、心を病ませ、色々破壊していたって」
一緒に着いてきたカイルが不意にそう言った。
「―――…ええ。私が轍ユウサリ。貴方の言う通り、私は五百年の間心を病ませ、狂っていました。」
「否定しないんだね……」
そう言ってカイルは目を細めた。…あれは"心眼"を使っているのだろう。
…"心眼"は人の心や記憶を読み取る術の一つ。…リットや時雨の持つ心の声を聞き取る能力、ミネルのような記憶を完全に読み取り、第三者にも見えるようにしたりする能力とはまた別で、敢えて言うならそれらを簡略化したようなものが"心眼"の術だ。
「――――ッ!!」
いきなりカイルは頭を抱えて踞った。
――…大方の予想はつく。
「…視えたのですね。私の犯した過ちが。」
「な……ぁ…っ!?…なんなの、あれは…!!」
カイルは冷や汗をかきながら私を睨み付けた。
「あんなに…っ…あんなに人間を殺して、輪廻を壊して、世界を壊そうとして…!なんなの、アンタは…!!」
私の過ち。
ある人間を目の前で失い、心は壊れていった。
心は病み、狂っていった。
何をしていいのか…何もかもわからなくなって。
だから、壊した。そこにあったのは「あの人」を殺した「愚かな人間」と思い込んで湧いた恨み、憎しみ、復讐心。
本当に愛すべき、守るべき、隣にいるべき人も傷付けて。
「私は……どうして、あんなことしたのでしょうね?」
「はぁ…?」
怪訝そうにカイルが首を傾げる。
「…いずれ話しますよ。今日は取り合えず、貴方も部屋に案内しますから。」
「……なんだよ、それ。」
カイルは頬を膨らませ、拗ねた。私が部屋から出ようとするとカイルが先に出ていき「どこなの?」と聞いてきた。
やっぱり、外見通りまだ幼いなぁ…
「……なあ、ユウサリ。リヒトの輪廻は修正出来たか?」
いつの間にか起きたのだろう。不意に時雨に話し掛けられる。見ると彼女は寝たままこちらを見ていた。
「ええ、出来ましたよ。これでもうリヒトの輪廻は大丈夫ですから」
「そうか。ならいいや……」
欠伸混じりの返事をしながら時雨は布団に包まった。
「おやすみなさい、時雨。
…お疲れ様。」
その呼び掛けてから私は部屋のドアを閉じた。
第一章 鬼の子 -END-
第二章に続きます!
因みに…二章以降は話数が少なくなるかもしれません。(理由:一章がかなり長引いたため。←)
よろしくお願いします。




