第十九話 夕暮れと別れ
『し…シグレ…!?』
なんで生きてるんだ?とでも言いたげな表情をしているリヒトを横目に、俺は目の前の青年にニヤリと笑いかけた。
「どうだ?まだやるか?」
「っ……!」
青年は今までの表情を無くし、悔しそうに顔を歪めた。
……そもそも、どうして俺が生きているのかが理解できないようだ。
…流石にサラっと「不老不死」であることを明かすのはまずい。そうだな…
「…リヒトか…!」
あれま。勝手に自己簡潔したよ、こいつ←
でも、そうした方がいいかもな……
まあ、それでもしもリヒトを狙うようであれば…
俺は容赦しない。
「ああ。さっき、お前をブッ飛ばした時の術の力でな。」
「このっ…」
「おっと、動くなよ?今度はお前が死ぬ番になるぜ?」
そう言いながら、更に刀を青年の首に近づける。少しでも動けば切れてしまいそうな距離だ。
「…フン…ボクに情けをかけるの?」
「…ただの気まぐれさ。」
「殺さなかったこと、後で後悔するよ?」
明らかに窮地であるのに青年は笑った。
……「狂気」のせいか。そうじゃなきゃ、こんな状態で笑える訳がない。
それに……
俺が意識を取り戻したのは殺されて数分後。
その時、会話が聞こえてきた。
―…「いいよ?別に逃げたって。……でもねー、キミが逃げればボクの計画は水の泡。それじゃあ困るんだよね〜」
“ボクの計画”
それが妙に気になる。というか、何か…引っ掛かるんだ。
その“計画”を今コイツを尋問した所で、素直に吐くとは思えない。
だから、今は殺さない。
「別にいいさ。次に会った時にトドメを刺せばいいだけだからな。」
「へぇ……それ本当に出来るかな?」
すっと刀を離すと青年は立ち上がり、懐からお札を出しながら術式を展開した。
同時に姿が変わる。
黒い髪に赤と黄色の瞳。そして真っ白な肌。
黒系の服と赤いスカーフを巻いた青年。
恐らく、これが本来の姿だろう。
「……じゃあね。憎たらしい旅人さん」
そう言いお札から黒い靄が現れ、青年を包み込むと一瞬にして消えた。
黒い靄も残さずに。
辺りには静寂が広がる。
「………」
多分、あの青年とはまた会う。そして戦う。
そんな気がした。
「ま、取り敢えず終わったな。」
色々腑に落ちないけど、街を襲ったり、リヒトやリアンを殺そうとしたアイツは去った。
あの青年の気配は完全に「この世界」から消えたからな。
終わったと言えるだろ?←
「時雨っ!よかったああー!」
「おい、フラン…」
いきなりフランが飛び付いてきた。
…まあ、仕方ないよな。俺にしか出来ないあんな方法でやれば…な。←
「…心配かけたな。」
そう言いながら、フランの頭を撫でる。
前に目をやると、リヒトがこちらに近づいてきた。
『……なんで…アンタは…でも、よかった。』
「…あんたにも心配かけたな、リヒト。」
『…ああ。』
◆
…どのみち、アレだけ騒ぎをたてたんだ。
しかも、街の連中にはその原因は"リヒト"になっている。
本当は例の青年のせいだが、アイツは逃げたし、しかもリヒトに成り済ましていた。
となれば……リヒトはもう、此処には居られない。
そうなると、リヒトは旅に出るべきなんだろうけど……
それは多分、出来ないことだ。
理由として、言えるのは……
リヒト=ルーシェトスは人間ではない。
しかも、
俺らと同じ存在であるからだ。
青年の“計画”が何なのかは知らん。だが、何故リヒトを使ったのか?
恐らく、リヒトの"力"が熟すのを待っていたからだと思う。
その"力"は“計画”の為には必要なモノの一つ。だからこそ、待っていたんだろう。
あの足枷は"力"を溜めるために必要なモノ。
でも、フランが解いてしまったことにより、リヒトの"力"は「リヒト自身」を覚醒させてしまったんだろう。
今のリヒトは"神体"を得てしまっている。
それだけはハッキリわかる。
なんせ、気配が俺達と同じモノになっているからな。
となると………
「リヒト、話がある。」
『……?』
俺はリヒトに俺の正体、そしてリヒトの正体を話した。
…当然、いきなりのことで当惑していたが、薄々は勘づいていたらしい。
「…だったら話は早いな。」
『と言うと…?』
「俺らの所……神々の世界に来いってことだ。」
『……え!?なんで…』
「なんでって……この世界に留まったままだと、またアイツが来るかもしれないし、それにあんたも“神力”を使いこなせない。」
『“神力”…?』
「…要は神々が持つ魔力の様なものだ。それが使いこなせないと、周りに悪影響を及ぼす。また厄神扱いされるぞ?」
俺がそう言うと、リヒトは顔を強張らせた。
まあ…そうだよな。軽くトラウマなんだろうし←
「…この世界の人の為にも、お前の為にもなるんだ。だから」
一度言葉を切り、俺は手を差し出す。
「俺達と来い、リヒト」
少し戸惑いながら、リヒトは手を取った。
「それじゃ、帰るか。」
『ま…待ってくれ!』
「どうした?リヒト」
リヒトを見ると、彼はリアンの方を見ていた。
…ああ、そうか。
「…わかった。行ってこい」
俺が言うと、リヒトは軽く頭を下げながらリアンの方へ向かった。
『リアン』
声をかけると、彼女は振り返った。
その表情は、微笑んでいたがどこか悲しげだ。
「リヒト……ありがとう。」
私と"私"は貴方に救われました、と続ける。
「……正直、とても恐ろしい思いをしました。でも……貴方やシグレさんが来てくれた。」
そう言って、一度目を閉じた。
「リヒト……貴方には謝らなければいけませんね……。貴方は悪い人ではなかったのに、"鬼の子"などと呼び、語り継いでいたことを……」
悲しそうにリアンが話そうとすると、リヒトが彼女の頬にそっと触れた。
『…リアン。…気にするな。本当は、オレがいけなかったんだ。
あの時……オレの事なんてみんな忘れていると思って、街にいかなければ……こんなことは起きなかった。沢山の人達が傷つくことはなかったんだ…!』
でも、と……リヒトは続ける。
『……許せとは言わない。ただオレは、ちゃんと別れをしたかったんだ。』
連れ出された時、リアンがオレを庇ってくれた時。
……別れを言うことが出来なかった。
『だから、今……言いたい。』
「……ええ。」
リアンの頬から手を離し、彼女の手と自分の手を重ねた。
「……ぁ、……ありが、とう。リアン……そし、て今度こそ…さよ…なら…。」
途切れ途切れだが、リヒトはそう"言った"。
心の声なんかではなく、己の声で。
確かに、石は割れた。だが……僅かに残っていたのか、或いは奇跡なのか、それは分からない。
リアンは驚いたように目を丸くしたが、すぐに悲しげに微笑んだ。
「こちらこそ、ありがとう……リヒト。……さようなら…」
リヒトは頷き、踵を返した。
俺達の所に戻ってきて、その瞳が僅かに潤んでいるいるのに気づいたが、あえて何も言わなかった。
空を見れば覆っていた雲は晴れて、夕陽が辺りを照らしている。
その色に、ふとアイツを思い出した。
(………アイツの髪と、同じ色…か。)
街の方が騒がしい。
兵士達がこちらに向かってきているのだろう。向こうの方に兵士らしき人物が見えた。多分、アルフとアーシャもそこにいるだろう。リアンも気づいたのか、そちらに向かって走り出した。
「……今度こそ行くぞ、フラン、リヒト。」
「うん」
『…わかった』
術式を展開させ、光に包まれる中、リアンとアーシャがこちらを見ている……ような気がした。
ただ、
『ありがとう』
と、心の声は聞こえた。




