今日だけは
栗色の髪の少女は、トレリの城内を、ただ歩いていた。
すれ違う人の髪の色を見て、また金髪かとため息をつく。トレリ標準装備の金髪は、どこにでもいるが、少女が探しているのは、赤銅色の髪の青年だ。
「あ! いた!」
廊下の角を曲がったら、目的の人がいた。
しかし、そこにはスミアの天敵とも言える、金髪碧眼のわりと美形な少年が一緒にいた。
「う……レティス邪魔……」
どうしても話したいことがあるのだが、レティスに聞かせてよいことなのか、正直判断がつかない。
そうやって右往左往していたら、向こうの方がこちらに気づいた。
「スミア、お前、研修は?」
「今日はちょうどお休みなんです」
レティスの問いに、デュエルがいるため、一応笑顔で答える。
「あの……私、デュエル隊長に聞きたいことがあるんです」
「でも、今、研修中で……」
デュエルが困ったようにレティスの方を見た。
―――今、話したいのに!
「隊長、先に話聞いてやってください。研修中ずっとつきまとわれる方が迷惑です」
「え?」
絶対に協力してくれないだろうと思っていたのに、レティスがそんなことを言うので、拍子抜けして思わず声が出た。
「いいのか?」
「長くなければ」
そういって、その碧い瞳をこちらにまっすぐと向けてくる。
―――何を考えてるのかしら?
レティスの意図は読めないが、都合がいいことにはかわりない。
「聞きたいことって?」
デュエルの赤銅色の瞳がこちらを向く。
レティスを遠ざけるのは無理だ。
それならば、どうにかデュエルにだけ分かるように話さなければならない。
「隊長が心配でした」
「は?」
頭の中は混乱している。それでも、ある程度正直に話していくしかない。
「だから、ベランダからたどって、立ち入り禁止の部屋まで行ったんです。デュエル隊長が倒れているときに」
しっかりと前を向いて、デュエルの瞳を見つめる。
彼の瞳に、驚きより恐怖の色が浮かんだ。
「それで……何を聞いたんだ?」
「デュエル隊長が、いつもとは違う呼び方で、呼んだ名前だけ、私の耳に届きました」
「……それで?」
デュエルの顔に明らかに安堵の色が浮かび、それでも先を促す。
「だから、調べました。登録票で。そこで、ジオに会って……」
「聞いたのか。由来を。そうか、それで……あいつ知ってたんだな」
後半は声が小さすぎて聞こえなかったが、何かを納得したようだった。
「好きなんですか?」
ストレートに、いつものスミアなら絶対にしない、計算のない質問。
これが、自分の逃げ道を無くすと分かっていても、スミアは確かめずにはいられなかった。
それでもレティスの言葉がずっと引っかかっていたのだ。
逃げるのかと言われた、あの言葉が。
ゆがんでると言われて、否定できなかった自分が、許せなかった。
それでも、後悔するかと思っていた。
もっと待てばよかったと。
「……本人にも言ってないんだ」
しかし、良かったと思ってしまった。
はっきりとは答えないけれど、それでも、赤銅色の髪の青年が、とても優しく、そして、照れたように微笑んでいたから。
胸にこみあげてくるものを感じて、ぎゅっと、抑える。
意地なのだ。
あの日から決めている。
泣いてはいけない。
覚悟は、してきたのだ。
「……てください」
「え?」
声が、震える。
それでも、大きく息を吸って、言った。
「がんばってください! 頑張らなかったら、盗られますよ! あんな美人な人」
目頭が熱くなる前に、どうにか、笑みを浮かべる。
デュエルの顔が、驚きから、また、優しいものに変わる。
その赤銅色の瞳は、スミアを助けてくれたあの時と同じ色。
「がんばるよ。絶対に、隣に立つって、決めてるからさ」
もう、限界だった。
スミアはデュエルの言葉にうなずき、デュエルが来た方向へと足早に立ち去ろうとする。
デュエルの横を通り過ぎ、そして、レティスの横を通り過ぎようとしたとき、聞こえた。
「見直した」
予想外の言葉に、一度足を止めそうになって、それでも、流れ落ちる涙が止まらないことを感じると、そのままそばを通り過ぎた。
そのあとは覚えていない。
それでも下を向いたまま部屋に戻り、ベッドに倒れこむ。
「……っ……ひっく……」
今日ぐらい、泣いたって許されるはずだ。
両親が殺され、デュエルに助けてもらったあの日に、誓ったのだ。
絶対に泣かないで強く生きるのだと。
「……しあ……わせに……なっ……て……。私……あっ……てる?」
レティスの言葉を思い出す。
あれは、認めてくれたのだ。
スミアが正しいと言ってくれたのだ。
「……うっ……っ」
栗色の少女は、ただ一人、あふれだすものを止めることなく、ただ、そこにいた。
両親が亡くなって以来、一度も流していなかった涙を、彼女は今、流していた。




