王子の仮説②
「それを考慮に入れ、肖像画を見たあと、僕が立てた仮説はこうです。ルフレ・レンティシア・ルミエハは、実はミオ・レンティシア・ヴェントスではないかと」
デュエルは、その言葉を否定できなかった。
思い当たる節があるからだ。
遠い日の記憶。
ルフレと過ごした日々の中で、些細な会話の中に埋もれていたこと。
彼女は言っていたはずだ。
デュエルの両親ほど、ルフレの両親はルフレに興味がないのだと。
その時自分が何を言ったかは覚えていない。
それでも、ふと思い出したその記憶は、このことの説明になるのではないのだろうか。自分の本当の娘でなかったから、ルミエハ当主夫妻は、ルフレに興味を持たなかったのではないだろうか。
そしてもうひとつ、デュエルにとっては大切なこと。
ルフレは言ったのだ。レオは大切な人だと。そして、信頼もしていると。
その時デュエルは、ルフレがレオのことを好きなのではないかと聞けば、恋愛感情ではないと言われた。
もし、彼女がそのときすでに、自分の出自を知っていて、レオについても分かっていたのだとすれば、彼女にとって、レオは弟だ。
顔を上げて、レオを見る。
「俺も、そう思ってる。レンティシアは、俺の姉だって」
黒かと思うような深い藍色の瞳。
「ルフレは、レンティは……知ってるのか? レオがレンティのことを姉だと悟ってることを」
ミドルネームの意味を、ヴェントス領におけるミドルネームの意味を今となっては正しく知っていたが、それでもあえてその名を呼んだ。
この話の流れでは、ルフレという名は、彼女のものではないようだからだ。
「たぶん、感づかれてはいると思う。この前、話そうとしなかったから」
「レオはどうして気づいたんだ?」
幼いころからずっと過ごしてきたというのに、彼女がルミエハの人間ではないなどと考えたことはなかった。
ジオに関しては、レオから与えられた情報と、自分の知識から推測したというのが分かるのだが、レンティに直接聞いたのではないのならば、レオはどうにかして自力でその答えを見つけたことになる。
「それは僕も気になっていたことです。そして、マリエさんがルフレさんと最近会っていたということにも驚きました。僕があなたをここに呼んだのは、あくまでも、マリエさんは気づいていたのではないかと思ったからなのですが」
ジオの言葉に、デュエルは驚いてマリエを見る。
そういえば、確かにさきほどレオの姉、つまりルフレから話を聞いたと言っていたが、どこで二人は出会って、話す機会を得たというのだろうか。
「レオ君の話を聞く前に、私が先に話すわ」
自分と同じ赤銅色の髪を、後ろに払い、マリエは姿勢を正して口を開く。
「私が初めてあの子、そうね……呼び方はルフレにしておくけど、ルフレに会ったのは、彼女が八歳の時」
「え? そんな前?」
思わずデュエルは口を挟んでしまう。
八歳と言えば、ミドルネームの意味を半分しか理解していないときに、レンティに自慢げに話してみせた歳である。
「さすがにルミエハとは違って、デュエルを一人でオブルミの森には行かせてなかったのよ。護衛をつけてたから、そこで報告を受けてたの」
全く知らなかった事実に、今さらながら驚く。
「そして、アベルは反対したけど、デュエルがかなり本気みたいだったから、私はあの日、ルフレに釘を刺そうと思って森に行ったの」
かなり本気、と言われて、思わずデュエルは顔をしかめた。
本人には伝わっていなそうなことなのに、どうして周りは勝手に気づいてしまうのだろう。それも、八歳の段階では、自分ですらはっきりした気持ちを持っていなかった。母親とは偉大である。
「デュエル隊長に近づくな、ということですか?」
ジオが問えば、マリエは頷く。
「ルミエハの令嬢では、望みがないから、かわいそうだと思って」
「あれ? レンティはそれを無視してたってこと?」
八歳以降もレンティとは交流は絶えていなかったし、軍の時も、距離を置こうとしたのはこちらからだった。
「いいえ。私は川の傍であの子を見つけた時、驚いたの。そして、言わなかったわ。ルミエハじゃなければ望みはあるもの。だって、後姿が、初めてあった時、十二歳になる年のシェリアにそっくりだったから」
「……まさかそんな時から確信していたんですか?」
「そうね。だって、あの子の瞳を覗きこんだとき、あの深い緑色の目がこちらをまっすぐに見つめていて……、少し離れて見てみても、あの艶やかで長くきれいな黒髪も、黒と間違えそうなほど深い緑色の瞳も、全部シェリアを感じたの。二度と会えないと思ったかつての親友に」
マリエの赤銅色の瞳が、ここではないどこかを見つめて、優しげな表情を帯びる。
「あの時、絶対にシェリアの娘だと思ったわ。レンの面影もあったけど、やっぱりシェリアそっくりだったから。それに、そもそもデュエルはレオ君を見て、何も思わなかったの? レオ君の顔は確かにレン似ではあるけれど、ルフレとだって似ているでしょう?」
「それは……」
確かに思った。レオと初めて会ったとき、どこかレンティに似ていると。
しかしだからといって、ルミエハの一人娘だと思ってたレンティに、実は弟がいたなんていう発想は、デュエルの中にはなかったのだ。
「それで、私が確証を持てたのは、デュエルが十五歳の時の秋。ルフレ本人が私のところを訪ねてきて、私に聞いたの。私があの日、デュエルと関わることを止めなかったのは、ルフレがシェリアとレンの娘だと分かっていたからなのかと」
「例の失踪事件の時か」
ジオのつぶやきに、デュエルもなるほどと思った。
レオは以前、個人的に知りたいことがあると言ってレンティはヴェントス領に来たのだと言っていた。
そのとき知りたかったことは、レイラに関することであろうが、レオと会って、自分自身について、何か確信めいたものを持ったのではないだろうか。
「私はそうだと答えたわ。そして、ルフレ自身もそう思うのかと聞いたら、その時には、すでに考えではなく、確証を持っていると言ってたわ」
十五歳の時、レイラ・ストケシアの死について調べていたら、彼女はたまたま自分の出自に関して知ったということだろうか。
「……シェリア・ヴェントスに会ったということでしょうか?」
確かに、自分の母親に直接会って話を聞いたのならば、確証を持っているというのも分かる。
しかしその問いにはレオが首を振った。
「間に合わなかったんだ。彼女が初めてヴェントス領に来たのは、母さんが死んだ三日後のこと。俺が彼女が姉だと気づいたのは、それから数年後だったので、その時には特になにも思わなかったけど……三日前に自分の母が死んだのだと知った彼女は、どんな気持ちだったのか」
「彼女はクロエ・ダールに話を聞いたと言っていたわ。そして、先日シェリアについてを聞かせてくれたときに、ルフレは頼んできたの。レオが好きな道を選べるようにと」
「俺が……?」
レオはその話はやはり知らなかったらしい。いまいち要領を得ていない顔をしている。
「あなたが、これからもレオ・ダールとして生きるのか、それとも、レオ・ヴェントスとして生きるのか」
「……あなたが、俺の身元の保証人になるってことですか?」
察しのいいレオは、すぐに反応を返す。
しかし、マリエはいたずらっぽく笑って、軽く首を横に振る。
「いいえ。マリエではなく、オブスキィト公爵家が、保証するのよ」
「しかしそれでは、ルミエハが黙ってはいないでしょう?」
ジオの言うことはもっともだ。
オブスキィト家が認めれば、たいていの家は認めるが、ルミエハは、オブスキィト派の家が復帰することを望んでいないに違いない。
何かと妨害しようとしてくるだろう。
「ルミエハはルフレが黙らせると言っていたわ」
「……彼女が、どうやって?」
「それはね、私たちが考えるべきことなのよ。彼女は何も語ろうとしない。そういうところは父親だか母親だか、あるいは両方に似てるけど。だって、疑問点がいくつもあるはずよ」
さきほどから浮かんでいる疑問点。
それは正しいのかは分からないが、デュエルは口を開く。
「一つ目は、なぜヴェントス家の令嬢だったレンティが、ルミエハの令嬢として育っているのか。二つ目は、どうしてレオとシェリア・ヴェントスは無事で、レン・ヴェントスは助かっていないのか。三つ目は、どうしてシェリア・ヴェントスは、自分が生きていることを母さんや父さんに伝えなかったのか。四つ目は、レイラさんの死の真相を知りたかったレンティが、そもそもどうしてヴェントス領に向かったのか」
その場に静寂が訪れる。
しかし、その場の誰も、デュエルの言葉を否定はしなかった。
大きく間違ってはないだろう。
「一つ目と三つ目は、俺もわからない。二つ目も、母さんは、どうして助かったかについて語らなかった。クロエもその点に関しては語らなかった。ただ、父さんが使用人を庇って殺された話だけは聞いた。ただし、最後の四つ目だけは、少し、心当たりがある」
レオの深い藍色の瞳が、こちらを向き、そして、三人の前に、鞘付きで短剣を取り出した。
「それは……?」
ジオが問えば、レオはその短剣をさやから抜いて、視線をある一点に向ける。
三人は、その視線をたどるようにして、同時に気づいた。
「ミオ・レンティシア・ヴェントス……」
短剣の刃に掘られた名前は、しっかりと、その存在を主張していた。
「これ、どこで?」
「アンナさんという方にもらいました」
「アンナさん?」
予想外の名前に、思わずデュエルは叫んでいた。
「デュエルは知ってるの?」
「彼女はルミエハ家でのレンティの乳母で、レンティを育てあげた人だよ」
「アンナさんが、乳母?」
レオが意外にも驚いたようなので、おもわず問い返す。
「知らなかったのか?」
「ああ。じゃあ、ますますわからない。なんでアンナさんはこれを持ってたんだ?」
「それについての議論は後にしましょう。それより、何故レオさんがルフレさんを姉だと認識したかについては、やはり僕にはわからないのですが」
「俺は最初の時に、ミドルネームを聞いてたから。母さんにそっくりだったし、レンティシアなんて名前、母さんぐらいしか付けそうな人はいないだろうし」
「……知っているんですか?」
「ミオ・レンティシア・シュトレリッツの旦那は、ヴェントス家の人間らしくてね、ヴェントス領の図書館の奥の方には、その名がのった蔵書があったんだ」
二人だけの会話についていけないながらに、とにかく、ミドルネームの一致から、レオが気づいたのだといことは分かった。
「俺はアンナさんは誰か知らなかったけど、それでも、炎の一夜について何か知っているようなそぶりだったから、もしかしたら、姉はアンナさんに何かを聞いたんじゃないかと思ったんだ」
「そしてそれはたぶん、正解だった。アンナさんがきっと、何かを知ってる」
ゆっくりと言いながらも、デュエルの頭に一つの推測が思い浮かんできた。
どこまで正しいかは分からない。
しかし、それで筋は通る。
「……ありがとうございました。とにかく、僕の聞きたいことは聞けました。まだ残る疑問点に関しては、また後日、調べましょう。今、この場で結論がだせるものでもないと思われます」
ジオの言葉に、他の三人は頷く。
デュエルは、自分の立てた推測が、あたっていた時のことを思うと、憂鬱な気分を振り払えなかった。




