王子の仮説①
「隊長! 異動申請取り下げてください!」
「だめ。絶対に異動した方がシリヤのためなのよ」
「どうしてですか! 隊長の下以上にいいところなんてないですよ!」
「そんなことないわ。副隊長を異動させるような信用ならない無責任なやつよ」
「何言ってるんですか! それを理由になんてさせませんよ!」
諜報科特殊部隊A系統の第五小隊の隊員たちは、自らの副隊長と隊長の言い争いに、またかとため息をついていた。
ここのところ、顔を合わせるたびにそんなことを言い争っているのだ。
隊員たちは、初めはシリヤの異動という話に驚いたものの、ルフレがシリヤのためといったことによって、きっとそれが正しいことなのだろうと、納得した。
しかし、どうやらシリヤはそれが余計に納得いかなかったらしい。
「無能だからと切り捨てるならともかく、私のためだなんて!」
「無能なわけないわ。シリヤは有能な副隊長よ。でもね、その芽を私のせいで、つぶすわけにはいかないのよ」
ルフレがシリヤをなだめるように言って見せるが、全くきかない。
いっそのこと、無能だからと切り捨てる方法もあったが、それではシリヤの評判が落ちる。
シリヤのため、というのは事実なのだから、どうしても譲るわけにはいかなかった。
「シリヤさんが怒るのも無理ないですよ。ルフレさんは明確な理由を言ってないですから」
ジオの目がきらりと光る。
シリヤのためというよりは、自分が気になるのだろう。彼は。
―――ジオにだけは知られたくないわ。
正直に言って、この国で一番頭が回るのはこの少年だとルフレは信じている。
この少年が第一王子だったら、後世に名を残す賢君となれただろう。
そしてルフレにとっては、この王子が自由のきく第三王子であるというのは不幸でしかなかった。
どうにもジオはルフレの計画を破たんさせる可能性がある危険因子なのだ。
「シリヤのためになる、それ以上の理由はないの」
ぴしゃりと言いきって、その場を押し切る。
ルフレにはそうすることしかできなかった。
王都の大通りを歩きながら、デュエルは隣にいる少年を見てためいきをつく。
「何がしたいんだ?」
デュエルが問えば、ただ首を振って、歩いていく。
目的が分からないまま、デュエルはジオについていく。
すると、高級そうな料理店にたどりつき、デュエルは迷わずそこに入る。
オブスキィトの子息としては、よく来るような店ではあるが、軍の一隊長としては、絶対に入らないような店である。
「ジオ・メディウムです」
ジオが名乗れば、店員が出てきて、こちらですと案内を始める。
明らかに店で一番上等であろう部屋に通されて、そして、その中にいる人物を見て、思わず声を上げた。
「レオ! それに……母さん!」
そこに座っていたのは黒髪に深い藍色の瞳をした、とても整った顔立ちの青年と、赤銅色の髪と瞳をした自分の母親。
「どういう?」
思わずジオの方を見て問えば、とりあえず座るようにうながされる。
「お初にお目にかかります。私はマリエ・モンブランと申します、グラジオラス王子殿下」
マリエが丁寧にあいさつをする。
その隣に座っていたレオが驚いたように目を丸くしてこちらを見た。
「こちらこそ、初めまして。……ですが、一応、ジオと呼んでください。ジオ・メディウムを名のり、今は研修生としてここにいますから」
レオの方をちらりと見るが、まったく反応していない。どうやら事前に知らされていたらしい。
今度はジオを横目でみながらため息をつく。
ジオとして扱えと言いながら、聞きたいことを聞くときには、グラジオラスというのを前面に押し出して交渉するのだから、たちが悪い。
「そもそもレオと母さんは面識は?」
「この店に来て初めて会ったわ。さっきレオ君もここに来たところで、何も話してないの」
マリエがデュエルの質問に答える。
「さて、おそらく一番この状況を理解していないのはデュエル隊長でしょうね」
ジオがまるでデュエルが悪いかのような言い方をして、こちらを見る。
デュエルは何も聞かされていないのだから、状況理解などできるはずもない。
しかもこのメンバーは明らかに異色だ。
母親がここにいるのも甚だ疑問だが、それに加えてレオまでいるというのが不思議でしょうがない。
「レオ君とは、まだ何も話していないけれど……私はあなたに一つ質問があるんだけど、いいかしら」
混乱するデュエルに状況説明をするより先にマリエが問う。
「母からあなたのことは、一度だけ聞きました。第一印象最悪の男と、大恋愛をした親友だと」
レオの深い藍色の瞳がまっすぐとマリエを見つめる。
彼の言葉に驚きを見せたのは、マリエだけではなかった。ジオも、いつものにこやかな表情をとりはらい、じっとレオを見つめている。
「どんな説明よ……。でも、あなたは……やっぱり……そうなのね?」
マリエが恐る恐ると言ったように問いかける。
「……はい」
レオが肯定すると、マリエはギュッとレオを抱き寄せた。
それはまるで自分の息子を抱きしめるようだった。
突然のことにレオは固まって動けずにいる。
「母さん!」
デュエルが咎めるように叫ぶと、マリエははっとしてレオを解放する。
「ごめんなさい。ただ……つい、嬉しくって……悲しくて……」
茶色の瞳から、一滴の涙が零れ落ちる。
「母の現状について、知っているんですか?」
「あなたの姉から聞いたわ」
マリエの言葉に、今度はレオが驚きの表情を見せる。ジオも同じように目を丸くして、何やら小声でつぶやいた。
デュエルと言えば、わけのわからない二人の会話に、もう、我慢できなかった。
「どういうことだよ? レオの母親と母さんは知り合いなのか?」
「それについては、僕が立ててきた仮説を話します」
憤るデュエルをなだめるようにジオが口を開いた。
「まず、肖像画を見ました」
「……なるほど。すでに結論はでたんだな?」
「ええ。そして、お二方の会話で、すでに僕の予想を超えた意外な話がいくつか出ていますが、とりあえずその肖像画から立てた仮説を話します」
再びわけのわからないやりとりをする二人に、デュエルはおもわず眉をひそめる。
「まず情報の整理から。まず、ここにいるレオさんは、レオ・ヴェントス。レン・ヴェントスとシェリア・ヴェントスの息子です」
「ちょっと、待て……えっと、え……?」
ジオの言葉の意味を飲み込むのに、数十秒はかかった。
そして、レオの方を見る。
彼の深い藍色の瞳は、それが真実だと物語っていた。
「炎の一夜は、ずいぶんと穴だらけの計画だったみたいね。肝心なところが生き残ってるんだから」
マリエの諭すような口調に、デュエルは、少なくとも母親はそう感じていたということを悟った。
たしかに、レオがシェリアの息子ならば、マリエのことを親友と呼ぶのは分かる。
マリエのアベルに対する第一印象が最悪だったという話は、実の息子のデュエルでさえ知らなかったが、そんなことを知っているあたり、それは本当だと思うしかないのかもしれない。
「落ち着かれたようですね。続けますが、僕はそのレオさんから、以前お会いした時に、シェリア・ヴェントスの肖像画を見るように言われました」
「……それで?」
「セレスさんにも見てもらったんですが……彼女と僕の意見が一致しました」
どこかデュエルの忍耐力を試すような言い方に、文句を言いたいのを我慢する。
「シェリア・ヴェントスは、ルフレ・レンティシア・ルミエハにそっくりです」
「その二人がそっくり?」
「レンティシアってあの子が名乗ったの?」
デュエルとマリエが、全く同時にべつの言葉を発した。
「まず、マリエさんの質問に答えますが、名乗られてはいません。しかし、登録票を調べれば記載されてますから」
「なるほどね」
マリエが納得したようにうなずくとレオが何かを問いかけていた。
「そして、デュエルさん。おそらくルフレさんのご両親とは面識がありませんね?」
「あ、ああ」
レオがマリエが何やら説明したことに納得したようにうなずいているのを見ながら、デュエルはジオに返事をする。
「ルイス・ルミエハは金髪碧眼。彼女は美しいですが、ルフレさんの顔立ちとは系統の異なる美しさです。そして、ダンテ・ルミエハは、黒い髪に、黒い瞳です」
黒い瞳をやたらと強調して、ジオはいう。
「それを考慮に入れ、肖像画を見たあと、僕が立てた仮説はこうです。ルフレ・レンティシア・ルミエハは、実はミオ・レンティシア・ヴェントスではないかと」




