いつだって味方だから
「自分で行けばよかった……」
後悔が、募る。
目の前にいる短いさらりとした金髪の、愛らしい顔立ちの女性が、気遣わしげにこちらを見ている。
「知らせてくれてありがとう。セレス」
「私も、たまたまウル科長と会って、その時に聞いただけだから。ここに来たのも用があってだし」
何かごまかすように言って、部屋を出ていこうとして、そして一度こちらを振り返る。
「でも、お見舞いぐらいは行った方がいいんじゃない?」
最後にぽつりと一言言い置いて出て行った。
それからの数時間、黒く長い髪を手でもてあそびながら、女性は一人、悩んでいた。
いつもならばとっくに片付いているはずの資料も、今は積まれたままになっており、仕事をしなければならないとは思っているのだが、どうにも手につかない。
そしてこんな日にかぎって、隊員はルフレ以外出払っており、部屋に一人なのだ。
「……ああ! もう! 悩んでてもしょうがないのに」
いらだって持っていたペンを机に投げる。
本当はセレスの言葉が正しいことぐらいわかっているのだ。そして、自分がそうしたいということも。
しかし、色々な意味で、ルフレはそれをためらっていた。
スミアのこと、ルミエハのことが特にそうなのだが、一人で見舞いに行って、何を言われるか分からないと思うと、やはりためらいが生まれる。
しかし放っておくとなると、どうしても良心がうずく。
守るために人を傷つけることにはもう慣れた。
十一歳の時、人を傷つけたことで動揺したが、今の自分はもう、守るためなら仕方がないと言う割り切りができてしまっている。
それは良くも悪くも軍人的な発想なのだろう。
ただ、今に至っても、自分のせいで、大切な誰かが傷つくことにはやはり慣れない。慣れないと言うよりは、いまだに落ち込んで立ち直れなくなりそうになる。
依頼が上手くこなせなかったり、数からみれば上出来でも、怪我をしたりする人がいれば、やはりルフレは結果に満足できなかった。
この仕事において、けが人を全く出さずに仕事をするというのは、難しいことだというのは分かっているのだが、ルフレはいつだってそれを目指したかった。
「……ごめん」
ルフレの悩みの種である赤銅色の髪の青年の姿が脳裏によぎる。
セレスが訪ねてきて、持ってきた報告とはデュエルのことだった。
先日デュエルに依頼したオードラン子爵領の調査。他国主導の人身売買かと思われたそれは、実はオードラン子爵自らが組織し動かしていたものだった。
そして、そのオードラン子爵は、オブスキィト派を宣言しながら、その実は、急進ルミエハというとんだ化け狸だったのだ。
その結果、デュエルは命を狙われ、刃に塗ってあった毒による高熱で倒れている。
城に今日着いたようで、セレスが持ってきた情報は一番新しいものだった。
どうにかここに帰ってきたようだが、デュエルは意識があったりなかったりを繰り返している状態のようだった。
これは、ルフレの浅慮が招いた悲劇なのだ。オードラン家についてもう少し深く調べていれば、デュエルを怪我させることはなかった。
「どうしよう……」
レンティとしてならば、ロイに会いたい。自分が傷つけてしまったことを謝って、そして、その様態を自分の目で見たい。
しかし、ルフレ・ルミエハとしては、デュエル・オブスキィトに合わせる顔がなかった。
下手をすれば、ルフレが分かっていてわざとデュエルをはめたと思われてもおかしくない状況なのだ。
せっかく二人で城内では、ほどほどの距離を保ってきていたのに、それを崩したくはない。
「……誰?」
音を立てずにスーッと扉が開く。
初めに見えたのは、ヴェール。それも端に金糸で美しく刺繍がほどこしてあるヴェールがゆれていた。
「失礼いたしました。殿下」
そのヴェールの意味するところを、察して、ルフレはひざまずいて礼を取る。
顔を覆うヴェールと金糸の刺繍は、まぎれもなくシュトレリッツ王国の王族の証である。
「ルフレ隊長にしては仕事が進んでないですね」
聞き覚えのある声がして、思わず顔を上げる。
「グラジオラス殿下?」
「そうですよ。他の王族が来たら驚くでしょう?」
「まあ、それはそうですが……」
相手の態度がグラジオラスではなく、ジオであることで、応対に困る。
「今日はグラジオラスとして扱ってください。今日の行動は王子としての行動ですから」
その困惑を見抜いたかのように、ジオはそういった。
「どういったご用件でしょうか?」
「ついてきて」
ルフレの質問に答えることなく、ジオはそういって部屋の外にでてしまう。
勤務中に部屋を空にすることをためらったが、そこは流石と言うべきか、近衛の兵が、部屋の前で事情説明だけをしてくれるように手配されていた。
断る理由のなくなったルフレは、わけのわからないまま、ジオの後を追って、城内を歩いていく。
廊下を曲がった直後の部屋の前に、見張りの兵が二人ついている。グラジオラスはそこの前に行って、なにやら兵に話しかける。
すると、部屋の前から廊下を曲がってすぐのところに一人の兵が立ち、もう一人は、その部屋から二部屋ぐらい奥に行ったところに立つ。
「これでしばらくは邪魔が入らないだろう。頃合いになったらノックするから、それまで好きに話すといい」
グラジオラスの要領を得ない言葉に、ルフレは首をかしげる。
この部屋にいったい誰がいるのか、そして兵の意味はなにか。
「中にはデュエル・オブスキィトが寝ている。ちょっと色々いじってこの部屋で休むように手を回した」
そんなルフレの疑問を解決するかのように、グラジオラスが言う。
「どうして、そんなことを?」
「……二人の隊長を元気づけるためだ。君たちにはさっさと通常通りの仕事をこなしてもらえるようになってもらわなきゃ困る」
ルフレは思わずためいきをつく。
―――この王子様はどこまでわかってるんだか。
すべて見透かしたかのような言動に、ルフレは、今自分が企んでいることもすべてばれているのではないかという不安に駆られる。
「言いたいことがあるのだろう?」
一歩を踏み出すのをためらうルフレの背中を押す言葉。
ルフレは振り向かなかった。ただ、うなずいて、扉を開けて、中に入る。
グラジオラスは中にはついてこない。
部屋の中には、ルフレとデュエルだけだ。
ゆっくりと、足音を立てないように慎重に奥に進む。
ベッドには、赤銅色の髪の青年が横たわっていた。
近づくと、規則正しい呼吸がして、ルフレは安堵する。額にはうっすらと汗が浮かんでおり、顔は赤い。熱があるのだろう。
ベッドの隣に水をはった桶と、タオルが置いてあるのを見て、それに手を伸ばす。
タオルを濡らして固く絞り、そっと、デュエルの額に乗せた。
そのわずかな変化が伝わったのか、まぶたが開き、赤銅色の瞳が、ルフレを映した。
「来て、くれたんだ」
微笑んでこちらを見るデュエルがあまりにも優しい表情で、ルフレは逆に胸が痛くなった。
「あ、起きなくていいわよ。私しかいないから」
上半身を起こそうとするデュエルを反射的に止める。
「ここへはどうやって? 人払いがされてたはずだけど」
「……グラジオラス殿下が」
ようやくルフレはあの見張りの意味を理解した。
要するに、ルフレがここへ来たことを誰にもばれないようにするためだ。
それが懸念している要素の一つだと見抜かれていたのだろう。
「感謝しなきゃだな。来てくれて嬉しい」
そうやって嬉しそうに笑う様子は、昔をルフレに思い出させる。
「謝りに来たわ」
「え?」
「ごめんなさい……。オードラン子爵のこと、もっとちゃんと調べるべきだったのに」
ルフレの浅慮が、デュエルの倒れた原因だ。
もう少しちゃんと調べていれば、こんなことにはならなかったのに。
「ルフレの……レンティのせいじゃないよ」
「っ……」
久しぶりに呼ばれた名に驚いた。しかし、その響きは心地よく、ルフレの決心を鈍らせる。
「でも私がもっと調べてれば……」
言葉を続けようとしたルフレを手を上げて制し、デュエルは口を開く。
「そこまでいうならさ、頼みがあるんだ」
「何?」
彼がそうやってルフレに頼むのは、本当に久しぶりだ。
何を言われても、やりとげよとうと決めたルフレは、ぐいと腕を掴まれて、デュエルの方を向かせられる。
「名前を呼んで、レンティシア」
大きく、はっきりとした声で、名前を呼ぶ。
赤銅色の瞳がルフレを捉える。
その瞳を見つめていたら、事態を理解するのに時間がかかったが、どうやらそれが頼みだということに気づく。
「頼みって、そんなこと?」
「そんなことって言うなら、実行してよ」
熱のためか、顔の赤いデュエルは、いつもなら言わないような台詞を、あっさりと言ってのける。
「ロイ」
それが、彼の望みだと言うのなら、何度でもその名を呼ぼう。
「……ありがとう。ごめん、最初に線を引いたのは俺なのに」
彼の言葉が、数年前の再会の時のことを指しているのだと気づいて、首を振る。
デュエルと一線をひいたことは、ルフレにとってもプラスだった。むしろ感謝しているくらいなのだ。
「あの日線を引いたけど、それでもあの日より前のこと、忘れたわけじゃない」
こちらをしっかりと見据えるその瞳が、ルフレをいつだって迷わせる。
「俺は、いつだってレンティの味方だから。だから……っ」
デュエルが途中で言葉を切り、激しく咳き込む。
考えてはいなかった。
すっと、自然に手が伸びて、デュエルの背中をさする。
するとデュエルは驚いたようにこちらを見る。その顔は、何故か先ほどよりも赤くなっている。
「顔赤いけど、大丈夫?」
「大丈夫! 大丈夫だから、聞いて」
苦しげな顔から一転して、再びデュエルの表情が真剣味を帯びる。
コンコンと、戸を叩く音がする。
おそらくジオだろう。
思わずルフレが立ち上がると、デュエルがルフレの腕をつかんだ。
「私、もう……」
「最後に一言だけ。俺は、いつだってレンティの味方だから、一人で抱え込まないでほしい。困ってるなら、言ってほしい」
言い終えると同時に、デュエルがぱっと腕を離す。
体は自由になったはずなのに、部屋を出てもなお、ルフレは最後の言葉と、赤銅色の瞳にとらわれ続けていた。
「……レンティシアって誰よ」
栗色の少女は、五部屋先の部屋のベランダからここまで慎重に這ってきた。
謎の見張りが立っていて、赤銅色の青年とは面会謝絶だったが、どうしても心配で様子を見ようと思ったのだ。
わずかに開いたドアから、デュエルがレンティシア呼ぶ声だけははっきりと聞こえてきた。
人が誰かいる段階で、姿を見られてはまずいと思い、部屋の中を覗くことはできなかった。
そのあとも何やら話していたが、その内容はスミアの耳には届いてこない。
ただ、レンティシアと呼んだ、その感情のこもった声だけが、スミアの耳に残ったのだった。
もうすぐ三章も完結です!
次で三章が終了!
ついに四章が目前に!
四章までくればほとんど謎は解明に向かいます!
ようやくです(笑)




