炎は試す
昼食を食べるには少し遅い時間に、黒髪の青年は、王都の大通りにある店を訪れていた。
「ディーナこれを持って行って」
カウンター席に座り、目の前で少女に指示を出している女性の方を見る。
「お久しぶりです。アンナさん」
黒髪の青年がそういえば、女性はしばし考えてから口を開く。
「……聞きたいことがあるのかしら?」
「はい」
まっすぐ目を見て言えば、何故か、アンナは嬉しそうな表情をした。
「話す時を待っていたの」
それだけ言うと、レオの頼んだものを持ってきて、目の前に置き、また後で、とばかりに他の客のところへ行ってしまった。
店内をぼんやりと観察しながら、レオはしっかりと食事を味わいながら完食する。
アンナがこちらに寄ってきて、何か話そうとした時だった。
「こんにちは。アンナさん」
「あら、こんにちは。ジオさん」
どこかで見たような気がする、金髪碧眼の幼い顔立ちの少年がそこに立っていた。
「聞きたいことがあるのですが……」
「あなたも? 何ことかしら?」
「ルフレ隊長のことです」
自分が話題にしようと思っていた人物の名がでて、思わずジオの顔を見てしまった。
「何かしら?」
「あなたは……レイラ・ストケシアをご存知ですよね? そして、ルフレ隊長が、彼女の死のことで罪の意識を抱えている理由と背景をご存知ですか?」
聞き覚えのある名前が聞こえて、はっとして、頭の中である仮説が組み立てあがっていく。
レイラ・ストケシアの死は、学校にいる時に耳に入ってきた。
たまたまストケシア家と交流のある家の友人がいて、その友人が教えてくれたことだった。
病死、と聞いて、クロッカスの心中を推し量ったのだが、目の前の少年の言葉から考えれば、どうやらそんな穏便なものではないらしい。しかも、ルフレが疑われているようにさえ聞こえる。
「存じ上げていますよ。あなたには、お話しできませんが」
アンナの視線が、ジオからレオへと移り変わっていく。
それと同時に、ジオもこちらを向く。その幼い顔立ちとは似合わない、自然と人を従えてしまうような雰囲気を持ちながら、レオの瞳を覗きこむ。
「藍色……。あなたは、建国祭の日にお会いした、ルフレ隊長の知り合いの方ですね?」
普通の人なら黒と見間違えるほど深い藍色の瞳を、あっさりとその色を当ててみせた。
そしてレオはどこでこの少年と会ったのかを思い出した。
「ああ……あの時の」
建国祭の日、ファリーナとルフレと一緒にいた少年だ。今の言動からして、彼はルフレの隊の隊員だろう。
「少し、外でお話をしませんか?」
予想外の提案に、ジオはちらりとアンナの方を見る。
「また、いらしてくださいね」
アンナがにっこりと笑って礼をするので、レオは断る理由がなくなってしまった。
「また来ます」
レオはそういって、外に出ていくジオを追いかけるようにして外に出た。
「なあ、あんた、誰だ?」
大通りを歩きながら、声を低くして少年に問う。
見た目は幼いが、どこか普通の少年とは違う。この少年は危険だと、レオは本能的に感じていた。
「……グラジオラス・シュトレリッツ」
金髪の少年は、声を抑えているとはいえ、誰に聞かれるか分からない場所で、あっさりとその名を名乗る。
普通ならば、ふざけているのかと問い返したいところが、今日はそんな気にはなれなかった。
何故か、納得できたからだ。この少年が王子だということに。
「それ、ルフレは?」
「もちろん知っていますよ」
「やっぱり。……まあいい。さっきの話で疑問なんだが、レイラさんの死因は病気だと聞いた。それでも、あんたは違うと思ってるってことなのか?」
この場で下手に年下を敬うようなそぶりをすれば、逆に目立つ。
だから、彼が何者であっても、口調は崩さないことに決めた。すると、ジオは驚いたように目を見開き、そして、ふと口元を緩める。
その表情を見ると、さきほど幼く見えたのが何故か分からないぐらい、落ち着いて見えた。
「レイラ・ストケシアは殺されたというのが、ルフレ隊長の見解です。そして、僕はそれを信じています」
記憶と、目の前の情報がつながった。
「レイラさんのことか……復讐って」
納得して、思わず口から思っていたことがそのまま外に漏れだす。
「復讐? それに、レオさんは、レイラ・ストケシアのことをご存知なんですか?」
さすがは王子だというべきだろうか。ずいぶんと鋭い。
しかし、簡単に答えてしまうわけにもいかない。ジオを信用するには、まだ、時間が短すぎるし、情報がなさすぎる。
「レイラさんは、客だったんだ。ただ、うちの宿を利用するには身分が高すぎて、驚いたから、印象に残ってる」
慎重に言葉を選ぶ。嘘は混ぜていないが、すべてを話したわけでもない。
「復讐、というのは?」
「それは……初めてルフレと会った時、姉のように思っていた人が殺されたから、復讐のために証拠を掴みたいと言ってたのを思い出したから。ただ、それがレイラさんのことかは確証はないけどな」
確証はないが、確信はしているのだが、それは言わないでおく。
おそらく、レオの方が、少年よりもそのことに関しては情報を持っている。しかしそのすべてを教えるほど、レオはジオのことを信用していない。
「なるほど……。ところで、レオさん自身は、ルフレさんとはどういう関係ですか?」
核心の部分に触れられ、レオは答えに困った。
レオはもう、その答えを知っている。
しかしそれを答えてしまうわけにはいかない。
「……惜しいんだ。あれほど優秀な存在を失うのは」
ぽつりとつぶやかれたその言葉に、はっとしてレオは少年の方を見た。
金髪碧眼の少年は、もう、ただの少年ではなかった。シュトレリッツの名を冠するにふさわしい、王子としての雰囲気を漂わせていた。
「そして、君には答えてもらう必要がある」
有無を言わせないその言い方に、レオは悟る。
自分に拒否権はないのだと。
「シェリア・ヴェントスの肖像画をご覧になったことはありますか?」
「……? いや、ないな」
「ぜひご覧になってください。そうすれば、分かることがあるはずです」
これで分かることがあったなら、その時は協力しよう。それだけの聡明さを兼ねた人物ならば、情報を提供してもいい。
「……わが母は、肖像画でも美人ですよ」
ぽつりと付け足すようにつぶやけば、ジオは耳ざとく拾って、聞き返してきた。
「レオ・ヴェントス。レンとシェリアの息子です」
「しかし、かの家は……」
「事実と噂が異なるのは、よくある話ですよ。殿下」
「ルフレ・ルミエハは、そのことを……?」
「もちろん知っていますよ」
先ほどとは立場が逆転し、先ほどの彼と同じような返事をする。
「まだ、しばらくここにいるので、考えがまとまったら来てください」
これはレオからの挑戦状。
この王子が、ルフレに関する情報を教えるに値する人物かどうか、調べるための。




