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光の奔走  作者: 如月あい
三章 闇の追求
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建国祭④ 完璧美女と童顔少年

大通りの賑わいは、流石は建国祭と言うべきだろうか。人が多く、そして、何故かルフレの周りは輪に掛けて多く、人ごみをかき分けるのに苦労する。

「この結果はジオの根回し?」

 結い上げている黒く長い髪を後ろに払いながら、隣にいる金髪碧眼の童顔少年を見る。

「そうですね。僕はくじさえ引いていません」

「……さすが」

 そういえば、ルフレは一番最初にくじを引かされ、すぐさま数字を確認された。

 おそらくあの後に、ルフレと同じ数字のくじを抜いておいたのだろう。

 なんとなく予想していたことだったが、王位継承権が四番目だと言っても、王子の権力とは絶大である。

「なかなか楽しいですね。建国祭をこうやって回ってみるのって」

 演技か、素か、はしゃぐような仕草はずいぶんとその幼い顔立ちに見合っている。

 養成学校にいたときは、公務にグラジオラスとして出ていたから、こうやって一般参加するのは初めてなのだろう。

 大通りの至る所で、さまざまな一座が演奏しているのを、楽しげに見つめている。

 屋台には、かなり珍しいものもあるが、物品的なものには、やはりあまり興味がないのだろう。

 祭りそのものの雰囲気を味わっている、という感じが存分に出ている。

 その楽しげな様子に、ルフレも少し緊張が和らぐ。こんなに人が多いところで、王子の護衛が自分だけというのはなんとも心もとないが、本人も戦えることだし大丈夫だろう。

 大通りの両側を見ながら、ふと、住宅街への路地に目にやる。

 そこに見覚えのある顔があって、どうにもあまり芳しくない雰囲気だ。

「お楽しみの邪魔はしない方がいいかしら?」

 ずいぶんと回りくどい言い方をしたが、敏いジオはすぐに気づき、ルフレの見ていた方を見る。

「小さな小さな仕事として、でかまいませんよ? そういうってことは、知り合いですね?」

「ええ。ちょっと、付き合って」

 ジオの返事は待たず、そのままその路地に入る。

「ちょっとぐらい、いいじゃんか。遊んでよ、おねえちゃん」

「私は、人を待ってるんです」

 短いふんわりとした金髪の女性が、男に絡まれている。

「はぐれたんだろ? 一緒に探してあげるってば」

「大丈夫です。絶対見つけてくれますから」

 女性の方は、ルフレの思った通り、嫌がっていた。

 しかし男は引き下がらない。

「こんな子を放ってどこかに消える男なんか絶対にろくな奴じゃないよ」

「女の子が何回も断っても引き下がらないしつこい男も、ろくな奴じゃないでしょう」

 ルフレが少しにらみをきかせて、低めの声で間に入る。

 金髪の女性が、その琥珀色の瞳を見開いた。ルフレが見知った人だとは理解したが、どうにも何か驚く要素があったらしい。

 男は男で、何故か一瞬、惚けた顔をした後、はっと我に返って、ルフレとジオの服装を見た後、嫌そうな顔をする。

「軍の人が出てくるようなこと?」

 探るような目つきでこちらを見てきた。

「知り合いよ。彼女を離しなさい」

「ちっ」

 さすがに軍の人間に喧嘩を売るほど馬鹿ではなかったらしい、男は足早に去って行った。

「大丈夫ですか? というか、隊長とお知り合いですか?」

 ジオが女性の様子を気遣いながらも、地味に探りを入れてくる。

「あ、はい。ありがとうございました。私、ファリーナと言います。ルフレさんとは……知り合い、というか……」

 言葉を切ってから、ファリーナは、ルフレとジオを交互に見る。

 なにか誤解を生んでいる気がする。

「彼はジオ。私の隊の研修生よ。今は巡回中なの。たまたまファリーナさんを見つけたから、ちょっとお手伝いに」

「なるほど。お仕事なんですね……。じゃあ、ルフレさんもレオには会ってませんか?」

「会ってないわ。ところで、レオと二人でここに?」

 深い意味はなかったのだが、ファリーナに何故か睨まれてしまった。しかし、ファリーナは軽くうなずいたので、ルフレは最も聞きたかったことを聞く。

「それであの子はファリーナさんを置き去りにしたの?」

 その言葉には、即座に首を振る。

「どちらかというと、私が人ごみに飲まれて、ここまで来ちゃったんです」

「ああ。そういうこと。じゃあ、レオに見つけてもらうのを待ってるしかないわね。はぐれたときの待ち合わせ場所とか、決めてなかったの?」

「はい。まさか、はぐれちゃうと思わなくて」

 おそらく二人とも王都での建国祭は初めてなのだろう。

 各地でお祭りが行われるものの、国内最大規模の王都での祭りは、人の数が異常である。

 だから、はぐれることも珍しくないため、王都の人間なら、必ず待ち合わせ場所を決めておくのだ。

「そう……。困ったわね」

 ルフレには巡回があるので、あまりレオ捜索に手は貸してあげられない。しかし、だからといってこのままファリーナを放置すれば、先ほどと同じようなことがまた起こるだろう。

 ファリーナは女のルフレからみても可愛らしい、守ってあげたくなるような人だった。

 ルフレはずっとファリーナに好感を抱いているのだが、ファリーナは、どうにもレオとのことを誤解している節があり、どこか敬遠されているのだ。

「……ミドルネーム」

 ぽつりとつぶやかれた言葉に、驚いてファリーナを見る。

「ミドルネーム教えました。そして、私は、レオのも知っています」

 琥珀色の瞳がまっすぐにこちらを見据えてくる。その瞳が、どこか、ルフレを試すかのように挑戦的に輝いていた。

 ルフレは突然の告白に驚いたものの、レオが十八歳だということに思い当たる。

 ファリーナはレオと同い年らしいので、まだ十七かもしれないが、今年には十八だ。婚約という話になっても、全く早いことはないのだということに気づく。

「おめでとう。……レオもそんな歳なのね」

 祝福の言葉を述べ、そのあとに思わず本音が漏れる。

「ありがとうございます。ルフレさんは結婚しないんですか?」

 ルフレの言葉に満足したのか、すこし安心したような表情をしたのちに、ファリーナがさらりと痛いところをついてくる。

「僕も興味がありますね。どうなんですか?」

 横にいたジオは、どこか面白そうな表情でこちらを見ている。

「……少なくとも、まだ、できないわ。やらなきゃいけないことがあるから」

 両親が縁談を持って来ようとしているのは分かっている。

 今のところは、まだ見合いの実現に至っていないが、ルフレがいくら反抗しても、そのうちそれは避けられないだろう。

 しかし、ルフレはできるかぎりで全ての縁談を蹴ろうと思っていた。

 今は結婚している場合ではないのだ。

 それに、それだけではない。

 ルフレは無意識のうちに、銀の首飾りに手を伸ばしていた。その首飾りについているジャスパーを握り締める。

 約束の証であるこの首飾りは、赤銅色の青年を思わせて、いつだってルフレを迷わせる。

「じゃあ、やることをすべてやったら―――」

「―――見つけた! って……ルフレといたのか」

 ファリーナが何かを尋ねようとしたら、それはもう聞きなれた声によって遮られる。

 ファリーナが勢いよく振り返り、その短い金髪を揺らして、その声の主の方へと駆け寄る。

 そこに立っていたのは、さらりとした癖のない黒髪に、深い藍色の瞳の青年。

 冷めた印象をも与える整った顔立ちは、今は少し表情がやわらかくなっていて、その青年が、ファリーナのことを想っているのが、こちらからも見て取れる。

「聞いたわ。おめでとう、レオ」

 久しぶりの一言もなしにそういえば、レオは少し考えた後、ようやくその意味をのみこみ、少し顔を赤くして照れたようにルフレから視線を外す。そうしてファリーナの方を少しにらんだ。

「ばらしたのかよ」

「ルフレさんに報告しない気だったの?」

「いや、そりゃする気だったけど……」

 ちらりとレオがこちらを見る。

 その藍色の瞳が、どこか、危険だと、ルフレに知らせていた。

 静かなる海を思わせるその瞳は、何か確信めいたものを抱いて、ルフレの瞳を捉えていた。

 ―――まさか、ばれたのかな。

 どこでどうやってばれたのかは分からないが、たどっていけば、いつかは辿り着いてしまうかもしれない結論ではある。

 しかし今、その話はしたくなかった。ここには何よりジオがいるのだ。

 そもそもレオとの関係性をうまく話せるかも自信がないというのに、この男にこれ以上の情報を与えるわけにはいかない。

「とにかく、レオが来たなら、心配ないわね。ジオ、巡回に戻るわよ」

「ちょ、ルフレ」

「レオと話している暇はないわ。ファリーナさんと建国祭を楽しみなさい」

 一方的に言い置いて、大通りへと戻る。

 音楽が嫌に大きく聞こえ、人々の喧騒が、どこか耳障りだった。

「ルフレ隊長」

 ジオの声が後ろからかかる。

 それでもルフレは歩みを止めず、歩き続けた。

「彼らは一体誰ですか?」

「知り合いよ。レオが知り合いで、ファリーナさんは、その幼馴染……って今は婚約者だったわね、レオつながりで知り合ったの」

 この際、いっそ知り合いの一言で済ませてしまう方が早い。

「知り合い……ですか」

 予想に反し、ジオはそれ以上何も聞いてこなかった。

 ただずっと、一人で何かを考えており、最初の祭りを楽しむような様子が幻だったかのように、考えることだけに、集中していた。


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