建国祭② 栗色少女と冷たい少年
大通りにずらりと並ぶ店店や、道のいたるところで、一座が演奏、演舞をしているのが気になる。
至る所に装飾されていて、行きかう人々のこえや、流れている曲が、建国祭の賑わいを感じさせる。
こんな日は、なんとしてでも赤銅色の青年と一緒にいたかったのに。
「なんでよりによってお前がペアなんだよ。お前よりヒラリーのがましだったのに」
トレリ国民の標準装備である金髪碧眼の少年が、うんざりしたようにうめく。
癖のない金髪に、整った顔立ち。美形と称するなら、赤銅色の青年よりも、こちらの男の方が美形であるという認識はある。
しかし、性格が最悪だ。
しかもスミアと、デュエル隊長のいちばん近くにいるあの女とを比較するなんて。
「レティスさんの運なんでしょう」
笑顔も敬語も崩さずにぽつりとそう返す。
研修生のスミアやレティスは知らなかったが、建国祭は、巡回要因がたくさん必要なため、諜報科と護衛科で手の余っている人は、全員くじ引きをさせられ、隊や科に関係なく同じ数字を引いた二人ペアで、一日巡回業務に当たらなければならないのだ。
そして、そのくじには、あたりともはずれともいえる、巡回なしというくじが五枚に一枚の確率で入っているらしい。
もちろんスミアはデュエルとペアになるように願いながら引いたのだが、結局はレティスなんて相手をひいてしまったというわけだ。
「それにしてもデュエル隊長はどこにいらっしゃるのでしょう。セレス隊長とペアになられたと聞きましたけれど」
それでもスミアは敬語も、自分を作ることも忘れない。
この男に、そんな態度をとるのも惜しいぐらいだが。
それにすでに皿を投げつけた前科があるので、本当は無駄なのだが。
「セレス隊長はなかなかの美人だよな。性格もいいし。スミアより魅力的だな」
「え? セレス隊長と私を比較するなんて、セレス隊長に申し訳ないですよ」
絶対に私の方がかわいくて、女の子らしいんだから、という言葉は心の中でつけたしておく。
できるだけ自分の栗色の髪が、ふんわりと揺れるように気を付けて歩き、その様子がいかにも守ってあげたいと思わせるような女の子に見えるように演出している。
だから今だって、軍の制服を着て歩いているのに、屋台を出している男性方から、たびたび声をかけられている。
そのたびにスミアがにっこり笑って見せれば、みんな嬉しそうな表情をするのだ。
なんだかんだいって、レティスも女性陣に声をかけられながら歩いているのだが。
この気安さは、建国祭といった感じがする。
「まあ……でも、一番の美人はルフレ隊長か。しかも何でもできるんだよな、あの人」
歩きながら、レティスの視線をたどれば、ジオとペアになったルフレが、大勢の男を優雅にあしらいながら大通りを歩いていた。それはスミアに声をかける男の数など比ではないほど多い。
「……本当、完璧美女ですよね」
こればかりは、スミアさえも認めざるを得ない事実だ。
正直言って、ルフレには何においても叶うものがある気がしない。性格だって、あの見た目に反して、男に媚びることなく、男女平等に優しく、そしてとても仕事ができる女性なのだ。
同じ隊ではないとはいえ、そのすごさは軍にいれば分かる。
「スミアでも認めるのか」
意外そうにつぶやかれた言葉に、スミアはむっとして、いつもの笑顔を崩した。
「レティスさんは私をなんだと思っているんですか? 私だって認める相手はいるんですよ」
「じゃあ、デュエル隊長とルフレ隊長ならいいのか?」
痛いところを付かれ、言葉に詰まる。
デュエルがもし万が一、ルフレを選ぶのだとしたら、スミアには絶対、敵いっこないのだ。というより、トレリの全女性がデュエルをあきらめるべきだろう。
「それは、ありえないと思いますよ」
それでもルミエハとオブスキィトのことがある。
そういう意味では、スミアのがまだましだと感じていた。
「どうだろうな。オブスキィトはルミエハと協調路線だし、隊長はまだ婚約の話すらない。かつて炎の一夜で亡くなったミオ・ヴェントスのことがあるから、二十歳までは婚約させないと公式には言われているけれど、本当にそれだけが理由だと思うか?」
「……。ですが、研修一年で、敵家の令嬢を好きになりますか?」
スミアはそこが納得いかないのだ。
ルミエハとオブスキィトの闘争は、今でも根強く残っている。クルクマ領にまだ王都からの道が通っていないことも、その要因の一つだ。
それに最近のルミエハの動きがずいぶんと怪しい。
ルフレ隊長は、軍の中ではもはやルミエハとして扱われていないし、スミア自身も、彼女はルミエハの動きに関係ないということは分かっている。
それでも研修が一年同じだったと言うだけで、その両家の問題を乗り越えてまで好きになれるものなのだろうか。
互いに互いの家のことを、悪い風に教育されてきたはずなのだ。
「それは一理あるな。でも、俺に言わせてみれば、スミアのデュエル隊長への執着心の方が分からねーな」
スミアは驚いて思わず歩みを止めてしまった。
「おい、立ち止まるなよ」
レティスのいらだったような声に、はっとして歩き出す。
あれほど賑やかに鳴っていた音楽や、人々の声が、どこか遠くに聞こえる。
軍に入ってから、ずっとデュエルを好きだと公言してはばからなかったスミアだが、そういえば誰も聞いてこなかったのだ。
どうしてスミアがここまでデュエル隊長に固執するかを。
デュエル隊長が人気が高く、デュエル隊長を好きだと言う人は、いくらでもいたため、誰も疑問に思わなかったのだろう。
「孤児なの、私」
「……え?」
配属先のセレスは当然知っているし、軍の科長クラスの人たちも、登録票によって知っているだろうが、そういえばこの話を研修生にするのは初めてだ。
「十一歳のとき、夏の終わりに、賊に襲われた私の村は壊滅。家族はみんな殺されたわ。私も隠れていたのが見つかって、剣が自分に振り下ろされるのを、ただ見ていることしかできなかった」
どうしてだろう。この話を人にするなら、完璧な演技で人の同情を誘うのがスミアのやり口なのに、どうして、今日は演技もできないまま話しているのだろう。
「振り下ろされる剣を止めたのは、当時十五歳のデュエル隊長。五人の新人隊長に選ばれることがほぼ確定していた時期よ」
助けてくれた人が、にっこりと笑って、もう大丈夫だから、と言ってくれたのだ。
すべてを失ったスミアを、これから自分さえも失う予定だったスミアを、住んでのところで助けてくれた。
「しかも、彼はオブスキィトの力で、村唯一の生き残りの私を、王都にある貴族の家に使用人として雇うように根回ししてくれた」
そこの人たちは、たびたびオブスキィトに頼まれてそういう人を預かっていたらしく、スミアの年齢を聞くと、望むなら学校に行ってもいいと言ってくれたのだ。
「私、軍に入ろうと思った。がんばって勉強して、孤児だから国の助成金で通ったわ。二年で卒業して、今、ここにいる」
保証人は預かってくれた貴族がしてくれた。それでもその機会をくれたのは、ほかならぬデュエルなのだ。
「分かるでしょう? 私の執着心も。どうして好きにならずにいられると思うの? 私を絶望から掬い上げてくれた人を」
話し終えて、レティスは黙っていた。
彼は今いったい何を感じているのだろう。同情か、憐みか、それとも、デュエル隊長への執着心への納得か。
「じゃあ尚更ゆがんでるな、お前」
レティスは、そのどれも感じていなかった。
ただ、不思議そうに、こちらを見ていた。
「ゆがん、でる?」
「デュエル隊長に恩を感じてるなら、なおさら身を引けよ。周りが見えてなさすぎる。誰がどうみたって、デュエル隊長はお前に付きまとわれることを望んでない」
飾らない率直な言葉が、剣のように鋭くスミアの心をつらぬく。
こんなにはっきりとスミアに言った人間はいなかった。スミアの恋心をこんなに全面否定する人はいなかった。
「望んでないなんてどうしてわかるのよ? 今の段階で好きな人はいないんだったら、いつか私を望んでくれるかもしれないじゃない!」
「……ほんと、見えてない。それとも、受け入れたくないのか? だから、逃げ続けてるのか?」
冷たく突き放す彼は、スミアが自分の身の上話をした後の、どの人間の反応とは違うものだった。
どちらが現実で、どちらが夢なのだろう。
「もうやめだ。この話は。気分悪い」
レティスのその一言で、二人の間には沈黙が落ちる。
建国祭で浮かれた町を、二人でただ、歩き続けた。




