待つことと、待たせること
初めてルフレがこの地を訪れたあの日から、彼女は年に数回、この地に足を運ぶようになった。
仕事のついでだ、といって、軍服姿で来たり、普通の格好をしてたりする。
ファリーナと初体面を果たしたのは、ルフレの三度目の訪問の時だった。
ティナがいなくなってから一年と三か月たったころ、冬の休暇にかこつけて、彼女が来た時だった。
ファリーナはレイラの話を聞いたときとは比にならないほど怒っていた。
なんとか誤解を解いて、最終的にはルフレに何やら説得されたようだったが、それ以来、一応怒りはしないものの、どこか警戒心を抱いている。
のんびりした彼女とは思えないほど、ルフレのことになるとてきぱきと動く彼女は新鮮だった。
今日の呼び出しも、つまるところはそういうことなのだ。
昨日、ルフレが二日の滞在を終え、クルクマの方へ向かった。
どうやら仕事があったらしい。
そして、ファリーナは、ルフレが去った次の日は、レオと一日過ごすと心に誓っているらしいのだ。
レオは総合学校を卒業して、ここ二年ほど、ティナとクロエが経営してきた宿を、クロエとともに経営している。
学校を卒業したレオは、それなりに時間があった。
宿は、レオがいないときは、ウィンがかなり手伝ってくれるため、ヴェントス派の領地は、かなり色々なところに行くことができた。
すでに約束の歳にはなっているのだ。
炎の一夜の、ティナとクロエが知る真相を知るための約束。
しかし、レオはまだ、クロエにも聞く気にはなっていなかった。
できるかぎりでは、自分で調べたかったのだ。
数年前に王都で会った、アンナの行動も気になる。
実は今日の朝まで忘れていたのだが、久しぶりに自分の持ち物を整理したら、彼女からもらった短剣がでてきたのだ。
あの日と同じように、丘に寝そべって、短剣を眺める。
あの日はティナのことで、視線が上滑りしていたが、今日の頭は冷静だった。
鞘の薄れた文様をじっくりと眺めたあと、短剣をさやから引き抜く。
太陽の光を受け、きらりと輝くその刃。
「え……」
そして、気づいた。
その短剣の意味するところを。
これは、何を示しているのかを。
「あの人……知ってたのか。だから、ああやって……。俺、何を言った……? どうして、どうして気づかなかったんだよ」
レオの中で一つの答えが形成されていく。
クロエに確かめなければ、そして、また、少し外に出なければいけない。
体を起こし、短剣を懐にしまう。
勢いよく立ち上がって、駆け出そうとしたら、短いふんわりとした金髪の少女が、その琥珀色の瞳をこちらに向けて立っていた。
「レオ、どこか行くの?」
不安げな、顔。
「ああ。どうしても、知りたいことがある」
「ルフレさんと会ってから、レオはずっとそんな感じね」
悲しげな表情で、ファリーナが言う。
ファリーナの心配は、分かる。しかし、レオは、それはあり得ないことを知っている。
「ケルドには行かないで」
唐突に言われた地名に、レオは首をかしげる。
「お父さんがね、言ってたの。ケルドよりもっと東の国境側で、毎回ケルドに行く隣国の商人と会ったとき、様子がおかしかったんだって」
「様子がおかしい?」
「ケルド伯爵をお得意さまとしているらしいんだけどね、いつもだったら豪華な馬車二台で向かうのに、とても質素な馬車一台で行ったらしいの。それに、雇われている傭兵も、いつものようなしっかりとした人たちとは違って、どこか粗野な人たちで、お父さんが聞いても、なにかを隠すような感じだったんだって」
「なるほど……」
「それにね、今は、バカなことした他の国外商人のことで、大騒ぎがやっと収拾ついたぐらいだから、あんまりよくないの」
ファリーナの言う大騒ぎの程度によっては、少しケルドに行きたくなってきてしまった。それはファリーナの意図とは逆なのだろうが、行くなと言われれば行きたくなるし、商人の謎の行動も少し気になる。
「それで、いったい、何したんだ?」
そんなレオの心の内を読んだかのように、ファリーナは返答を渋ったが、レオがうながすと、話してくれた。
「オブスキィト家の名を使って詐欺ですって。ケルドの領民が相当数被害がでたの」
オブスキィト、という単語に、おもわず反応してしまう。
ルフレはここで、彼女についてずいぶんと話してくれ、その中に、デュエル・オブスキィトの話もあったのだ。
「オブスキィトに喧嘩売ったのか? じゃあ、軍が動くまでもなく?」
「ええ。オブスキィト家が叩き潰したわ。でも、どうやらご子息が軍の隊長格だから、最後の収拾に来るとか」
「デュエル・オブスキィト本人が?」
それこそまさに会いたいと思っていた人物だ。
それがケルドに来ると言うのなら、ぜひ、行きたい。
どうせケルドまでは二、三日でいける距離なのだ。
「……ねえ、レオ……。私はね、ケルドに行かないでって、言ってるんだよ?」
どうやら気持ちがダダ漏れだったらしい。
うらめしそうな顔をしたファリーナがこちらを見ている。
「ごめん。でも、どうしても必要だから。俺は、ケルドに行く。それから、ちょっとしばらく色々回って、調べたい」
わかった真実をつなぎ合わせると、やはりレオはデュエルに会う必要がある。
まずはクロエに話を聞いて、それからケルドに行けばいい。デュエルに会ったら、どうしても確かめたいことがある。ウィンに代わりを頼むのは、ひと月ぐらいでいいだろう。
ファリーナの意図に反することになるが、ファリーナは、なんだかんだいってしょうがないと言っては、旅の手伝いをしてくれるのだ。
だから今日も、しょうがないと笑ってくれると思っていた。
「止めても、行っちゃうのね?」
しかし実際は違った。
琥珀色の瞳が、レオを捉えて離さない。
「どうしたんだ?」
返答ではなく、質問に質問を返す。
「それなら、約束して。ケルドに行ったら、一度ここに帰ってきて、私を王都の建国祭に連れて行って」
ケルドからそのまま南の地域を回ろうと思っていたレオは、その言葉にすぐにはうなずけなかった。
「……いいわ」
どうしたものかと思案していたら、ファリーナから撤回の言葉が漏れる。
「返事は、ケルドから帰ってからでいい」
ケルドからは一度帰ることは絶対なのだろうか。
そう尋ねようと思ったら、ファリーナが一歩こちらに近づき、彼女の金髪がふわりとゆれる。
琥珀色の瞳で下から見上げるように見つめる彼女に、レオは思わず言葉を失った。
「ファリーナ・シエル・ゴデチア。シエルよ」
真剣な表情でそうささやいた後、ファリーナはにっこりと笑って一歩さがる。
―――やられた。
まさかこんなところでそういうことになるとは思わなかった。
そして、ファリーナに先に言わせてしまうことになるとは。
「返事はって……まさか」
ようやく、先ほどの言葉の真の意味に気づく。
「当たり前よ」
いたずらっぽく笑う彼女に、レオは妙な敗北感を感じる。
十八歳なのだ。
ファリーナだって、きっとはっきりさせたかったに違いない。
「……待ってるわ」
ぽつりとつぶやいた彼女は、どこか不安げだった。
その不安な顔をさせているのが自分だと言う事実が、無性に腹立たしい。
この場でその言葉を受け入れるのは簡単だった。
しかし、レオには背負うものがある。
いつまでも欺き続ける方法もあるが、レオはファリーナに嘘をつきたくはなかった。
「絶対言うなよ、他の奴に」
覚悟を決め、今度はレオがファリーナに一歩近づく。
「な、なに言ってるの? ミドルネームを同時に複数人になんて……」
レオの意図通り勘違いしてくれたファリーナを見つめる。
たしかに、ミドルネームを教えることはすなわちそのままプロポーズだ。よほど悪趣味じゃなければ、同時に複数に教えることはありえない。
ファリーナの目を見て、大きく息をすってから、言う。
「レオ・シェード……ヴェントス」
これは、賭けだった。
「え……?」
彼女が信じるか、信じないか。
それ以上に、彼女が受け入れるか受け入れないか。
「さっきの言葉、そのまま返すよ」
大きく見開かれた琥珀色の瞳は、大きく揺らいでいる。
「俺がケルドから帰ってくるまでに、考えろ。まずはその言葉を信じるか。そして、俺が何者であっても、ファリーナは、受け入れられるのか」
本当なら、この段階で、婚約は成立だ。
しかしレオは、ファリーナに考えてほしかった。
「まさか、さっきの他の奴に言うなって?」
「当たり前だ」
今度はレオが先ほどのファリーナと同じように笑って見せる。
「似てるって言われてたティナさんは……」
「本物だな。俺も十一まで知らなくて、母さんが俺を信用させるために、完璧に化粧をしてドレスで出てきたときには本当、驚いた」
何も知らなかったあの時より、ずいぶんとレオは賢くなった。
ヴェントスと、炎の一夜の真実から逃げることもできる。
ティナもクロエも、たぶん、レオが選べるようにしてくれていたのだろう。
何かを考えるように、整理するように思考を巡らせているファリーナから目を離し、足元で風に揺れる雑草を見つめる。
「俺は知りたいんだ。炎の一夜の真実を」
短剣から新たに分かったこともある。
それがレオの思っている通りなら、クロエに聞けば分かるだろうし、この短剣を渡してくれたアンナにも、話を聞く必要がある。
そしてその件に関しては、レオはたぶん、大きな失敗もしている。
「だから時間をやる。ケルドから俺が帰ってきて、俺と建国祭に行く気なら、もう一度、ミドルネームを聞かせてくれ。そうじゃないなら、ただ、送り出してくれ、俺を」
向かい合うと決めたレオを、それでも受け入れられるなら、レオだってファリーナと一緒にいたいという気持ちはある。
しかし、一方的に一緒にいてくれという気はなかった。
ファリーナだからこそ、言えないのだ。
「絶対だからね」
「え?」
意味の分からない言葉に、足元を見ていたレオは、視線を上げる。
さきほどより近づいたファリーナが、何故か満面の笑みでこちらを見ている。
「連れて行ってくれるんでしょう?建国祭に」
迷いのないその一言に、逆に戸惑ってしまう。
「……本当に?」
「私は、シェードを好きになったんだよ。それが誰でも構わない」
はっきりと言い切られたその意志に、迷いは見えなかった。
「ありがとう。……待っててくれ」
今まで言ったことのない言葉。
「行ってらっしゃい。待ってるわ」
太陽の光を浴びて、彼女の金髪がきらめく。
迷いは、消えた。
レオが何者であっても、待っていてくれると言うのなら。
「俺は、絶対に突き止める」
すべてを変えた、炎の一夜を。
その、真実を。
二章完結です!
レンティとロイより早くまとまってしまっている
レオとファリーナ……
二人はいろいろと踏ん切りを付けるのが早い子たちです。
年上二人はさっさと見習え、ってところですね。
次からはようやく再び
ロイとレンティの話に戻ります!
真相にたどり着くことはできるのか。
再び動き出す二人の物語に
おつきあいいただければ、幸いです。




