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光の奔走  作者: 如月あい
二章 炎は照らす
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五年後の手紙

クロッカスをウィンのところまで連れて行き、口止めを済ませた後、レオは一人でダールの宿に帰ってきた。

 中に入ると、食堂の端のテーブルで、茶色の髪の女性が一人で紅茶を飲んでいた。

 レオが一歩近づくと、レイラはこちらを振り返り、にっこりとほほ笑みかけてくる。

 ティナ様な美しさとは違うが、彼女はかわいらしさも持ち合わせる美人である。それに、その親しみやすい性格は、たとえ政略結婚であったとしても、クロッカスの心をつかむのに十分すぎる魅力だ。

「ねえ、レオ君。私は今日一日暇だからさ、ちょっとここらへんのおすすめスポットを案内してくれない?」

 しばし彼女を観察していたら、思わぬ提案をされ、しばし考える。

「あ、ティナさんの許可はとったの」

 返答に悩んだ理由をあっさりと解決され、レオはおとなしくうなずいた。

 それと同時にレイラは立ち上がり、いつのまにやら飲み終えたらしい紅茶が入っていたカップを、返却口まで持っていく。

「じゃあ、行きましょうか?」

 にっこりと笑っていうレイラに、レオは少し罪悪感を感じ始める。

 新婚旅行と言っていたはずなのに、レオがレイラをとってしまっていいのか。話し方だけでうらやましいと言われたのに、一日二人で過ごしました、と言えば、あの男は無愛想面を、もっと険しいものにしそうである。

 そんなレオの思惑をよそに、レイラはすでに扉に手をかけ、外に出て行ってしまった。

 それを追うようにして、レオも外に出て、レイラのななめ前を行くように歩く。

「どこに連れてってくれるの?」

「レイラさんは町が見たいですか? それとも、俺がおすすめするとこがいいですか?」

「……そうね。町はもういいわ。クロッカスと二人で散策したし」

「は?」

 予想外の情報に、レオは目を丸くする。

 ―――昨日ついたんじゃなかったのか?

 この町にある宿は、ダールの宿だけである。彼らが宿泊したのは昨日からだ。

 そして、ウィンの家で待ってもらっていたから、実際にはレオが適当に説明しながら、ダール宿に向かって歩いてきただけだった。

「あ」

 ふと、あることに気づいて、レオは慌ててレイラの方を見る。

 彼女は興味深げにこちらを見ていて、レオと目が合うと、どこかいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「言ったでしょう?私たちは、西の町から来たのよ」

 予想通りの言葉に、レオはがっくりとうなだれる。

 おそらくティナも確認を取らなかったのだろう。

 すっかり失念していた。

「すみません。こちらの手違いで面倒をかけてしまって」

 こちらの落ち度であるから、宿屋の息子として丁寧に謝罪する。

「ああ、気にしないで。ちょっと新婚旅行っぽくて楽しかったし」

 彼女は、全く持って気にしてない、とばかりに手を振り、にっこりと笑う。

「それで? 町じゃなかったら、どこへ?」

「西の町との間の森の道を、外れて歩いていくと、きれいな泉があるんです。そこが静かで結構落ち着いて、しかも今の時期なら花も咲いていて、きれいですよ」

 いくら西の町から来たといっても、さすがに道を歩いてきただろうから、レイラは泉の存在は知らないだろう。

「すてきね。じゃあ、そこで」

 レイラの承諾を受け、レオは西を目指して歩き始めた。

 しばらくの間、たわいもない会話をして、二人で歩いていたら、道沿いの家から出てきた少年と、目が合う。見つかりたくない人間に、二人で歩いているところを見つかってしまった。

「昨日来てたあの軍人さんの美人奥さん! レオなんかと二人で歩いてるって、旦那さんはどうしたんですか!」

 金髪碧眼で、背が少し低めの少年が、大きな声を上げながら、レオを思いっきり睨みつけてくる。

「お前、ファリーナがいながら、ついに……」

 ついにの先がなんなのか気になるが、そこは先手を打っておく。

「バカ。お客様だよ。そもそも、そんなに好きならさっさと告白して玉砕しろよ」

「なんで玉砕する前提なんだ!」

「お前じゃ無理だね」

 あえて、バカにするような笑いをした後に、冷たく突き放す。

「くっそ! ファリーナに言いつけてやるからな!」

「え? っておい! 待てよ」

 見事に反撃をくらった。

 ファリーナが帰ってきたら、絶対に怒られる。

「今の子は、友達?」

「知り合いです」

「ファリーナちゃんは?」 

 レイラが、なんだかぞくりとするような怪しげな、そしてとても楽しげな笑みを浮かべてレオを見ている。

「幼馴染です」

 その笑みに悪寒を覚えつつ、そう返答したら、その笑みがさらに深まった。

「本当に?」 

どうやら認めるまであきらめる気はなさそうだ。

「幼馴染で、俺にとっては、それ以上です。向こうがどうだか知りませんが、俺はあいつには負けないですよ」

 奴が走って逃げて行った方角を指しながら、レオははっきりと宣言する。

 ファリーナは今日の夜、帰ってくる予定だが、レイラはわざわざそんなことを本人に言うような良識のない人間ではないだろう。

「レオはちゃんと自覚があるのね」

 先ほどまでつけていた敬称をとり、話しかけてくるレイラは、姉がいたらこんな感じだろうかと思わせる温かさがある。

「あの子はねえ……鈍すぎて、彼がかわいそう」

 誰に思いを馳せているのか。その瞳の焦点は、ここには結ばれていない。

 なんとなく、こちらから聞き出すのはためらわれて、レオはまた黙って歩き出す。

 森の中の道から、外れて歩き出すまで、二人の間の沈黙は続いていた。

 森は枝や葉がそれなりに落ちていて、雑草も生え放題のため、歩きにくい。

 気遣わしげに隣を見れば、茶色の髪の女性は、とても楽しげに、そしてなぜだか満足げに歩いていた。

「なんかもう、懐かしいな」

「懐かしい?」

 意外な反応に、レオはとまどう。

 彼女は貴族なはずなのに、どうして森が懐かしいのだろうか。

「去年の夏、森に行ったの。家の近くにある森なんだけど、ちょっとそこでいろいろあって、私は当時十一歳の二人に、いろいろと背負わせてしまったの。大変だっただけど、それでも、二人の姿が目に浮かぶようで、その二人の絆の強さ垣間見れた体験だったから、なんだか懐かしくなっちゃって」

「その二人のうちの一人が……この前言ってた俺に似てる人ですか?」

 黒髪というのがとても印象に残って、しかも自分に似ていると言われたからなおさら、興味があった。

「そうそう。レオと同い年の女の子」

「同い年? 去年の夏、十一歳だったんですよね? 俺、誕生日は二月なので、もう誕生日来てますよ」

「そうなの? うわ、じゃあ何、まだ十歳のが十二歳より近いじゃない。って……あの子もそうだったか。その女の子は七月で十二歳。もう一人の子は、確か、今月で十二歳だったかな」

 名前も知らない人の誕生日をしっかりと、記憶の中に刻み込む。

 不思議と、会ってみたい、という気持ちが湧いていた。

 自分と同じ黒い髪の少女は、どんな風に生きているのか。

 ―――俺みたいに、実は貴族でした、なんてややこしいことにはなってないだろうけど。

 そもそも、レイラと知り合いなら、その子供も貴族である可能性が高い。

 レオのように、平民として育った者とは、話が合わないだろうか。それとも、レイラが気に入っている子供なら、仲良くできるだろうか。

「その女の子はね、レオと見た目は黒髪だから、似てるところがあるし、頭の回転の速さとか、その大人びた感じは、共通するものを感じるの。だから、レオはとっても話しやすい感じがする」

 言われたことのない言葉に、レオは反応に困った。

 いつも言われるのは、どちらかといえば、見た目が冷めているため、話しにくいとか、冷たいだとかそういう言葉だ。

 実際にあてはまることもあるため、完全に否定はしないが、言われて気持ちの良いものではない。

「見た目は冷めたように見えるってのも、その子と同じなのよ。でも、本当は、ちゃんと人のことを思いやれる、人一倍優しいのよ。そして、きっとそれはレオも」

「ありがとうございます」

 礼を言って、周りを見渡す。

 ようやく着いたようだ。

「わあ。きれいね」

 紹介するまでもなく、目の前に広がる泉とその周りの花々に、レイラは歓声をあげた。

 そよそよとふく風が、水面をわずかに揺らし、花もそれに合わせて揺れる。

 森の中でありながら、木のないこの場所は、太陽の光を直接とりこむため、水面は光を反射してキラキラとしている。

「あそこ、座れますよ」

 大きめの岩が二つある場所を指す。

 ちょうど人が座るのにちょうどよい高さなのだ。

「こんなにきれいだけど、人がいないのね」

 岩の上の砂を払いのけ、レイラは座りながら言う。

「ここ、意外と知られてないんです。ファリーナも知らないと思います。俺が一人になりたいときに使う場所ですから」

 一人になりたいときには、ここにきて、ファリーナに会いたければ、あの丘に行く。

 それはレオの中の小さなルールだ。

「なるほどね。うん。なんだか、私のために用意されたかのような場所だわ。人も来ないし」

 レイラのつぶやいた言葉の意味を測りかねて、彼女のほうを向く。

 いつのまにか、レイラは、とても真剣なまなざしでレオを見ていた。

「レイラさん?」

「……話があるわ」

 真剣味を帯びた声に、レオは思わず背筋を伸ばす。

「これ、送ってほしいの」

 彼女はどこからか取り出した封筒をレオの前に差し出す。

 その封筒には、名前と住所が書いてあった。

「ルフレ……ルミエハ?」

 その書いてあった名前の意外性に、思わず声を上げる。

「知り合いなんですか?」

「ええ」

 そういえば、ティナがレイラの生家はルミエハ寄りだと言っていた気がする。しかし彼女は分家の出だと言うのに、そんなたいそうな家と付き合いがあるというのだろうか。

 ストケシア家に嫁いでからだとしても、ストケシア自体が、そこまでルミエハと関係があるような家ではないし、そもそも同じ侯爵家でも、格の高さが全く違う。

 オブスキィトとルミエハは、トレリの建国者アンリの兄弟の血筋だとかで、ずいぶんと偉いのだ。すべてティナの受け売りだが。

「その子が、さっきまで話していた、黒髪の女の子よ。ついでに、もう一人の男の子は、デュエル・オブスキィト」

「は?」

「あとで話すは、私たちの関係は。それより、そのルフレに、この手紙を送ってほしいの」

 トレリを揺るがすような重大情報を、あっさりと後回しにして、封筒をレオの手に押し付ける。

「そんなの、自分で出せばいいんじゃ?」

 言いながら、その封筒に、ルフレの名前しかないことに気づく。

「それを、出してほしいの。……五年後に」

「五年後?」

 冗談かと思ったが、どうやら彼女は本気らしい。

「どうしても、必要なの。その手紙は保険なのよ。でも、私が五年後に出せなかったら困るから、レオが出してほしいの」

 意味の分からない頼みだが、レイラは真剣に頼み込んでくる。

 五年後に彼女が出せないと困る、というのは理由は分からないが、とにかくレオが出すことの必要性は、なんとなくわかった。

「お願いよ」

 重ね重ねお願いされれば、断る気にはなれなかった。

 しかも、大した労力ではない。

「わかりました。預かります」

 そういってうなずけば、レイラは花咲くように笑顔になって、何度もお礼を言った。

 そして、語ってくれたのだ。

 レイラと、黒髪の少女ルフレと、デュエルの話を。

 もともと興味があった少女の話だからか、レオはくいつくように聞いていた。

 そうして、聞けば聞くほど、会ってみたいという思いが募る。

 そして、何より、ルミエハとオブスキィトの後継者が、ミドルネームを教え合うほどの仲だと言うことが、レオを驚かせた。

「まあ、少なくともルフレは本当の意味を知らないのよ。デュエル君がプロポーズの意味があることを知ってるかどうかは微妙だけどね」

「レイラさんは知ってたんですか? そのときってまだ十一でしょう?」

「知ってたわ。たまたまだけどね」

 

 結局、泉が朱く染まるまでそこで二人の話を聞いていた。

 まだ見ぬ、黒髪の少女と、赤銅色の髪の少年の物語を。



今回はいろいろと長いです。

でもレイラとクロッカスを描けて幸せです。

特にレイラはやっぱり序章だけで終わらせるには、

物語の根幹にかかわりすぎているので。




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