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光の奔走  作者: 如月あい
二章 炎は照らす
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別れのとき

「ここの二日は楽しかったわ。ありがとう、レオ」

 女性の茶色い髪は、朝日を受けてキラキラと光る。

 そのとなりに立つ金髪碧眼の男は、心なしかやわらかい表情をしている。

「こちらこそ。楽しかったです」

 客に言う台詞ではないのだが、レイラやクロッカスと話せて、レオは本当に楽しかったのだ。

 こういう貴族もいるのだ、と思えれば、ルミエハのことも少しは違って見えるかもしれない。

「息子がお世話になりまして」

「いいえ。町を案内してもらったり、こちらこそお世話になりましたから」

 ティナと話すときは、レイラはきっちりと丁寧な口調で話す。

「世話になった。それと……、いつか、頼んでみる」

 前半はティナの方を向いて、後半は、レオの方を向いて言う。

 横でレイラが不思議そうな顔をしているが、クロッカスは説明しようとはしない。

 その様子がなんだかとてもほほえましくて、レオは笑顔でうなずく。

 客相手の愛想以外では、人にあまり笑いかけることをしないレオに、ティナが驚いた顔でこちらを見たが、それも無視した。

「またのお越しを、心からお待ちしています」

 そういって、すっと頭を下げる。

「また来る」

「また来たいわ」

 二人の声が重なって、二人は見つめ合った後、幸せそうに笑った。



 歩いていく二人の背を見送っていると、不思議と喪失感がある。

 客としてではなく、人間としてとても面白い、また会いたいと思える二人だったのだと、ようやく気付いた。

「取り越し苦労だったわね」

 ため息をつきながら、しかし嬉しそうに、安心したように、ティナが言う。

「そうだな。それに、ちょっといろいろ考えさせられた」

「貴族っていってもいろいろいるわ。ストケシアは武家だから、どうしても貴族と言っても、庶民寄りの考えになってるから、こういうところに宿泊するのも、苦もなくできるのよ」

 隣に立つ女性の今は結われていない長い黒髪が風に揺れる。

 その長い黒髪を優雅にかきあげる姿は、やはり、どこか貴族のような上品さを感じた。

「あの話、よくよく考えるとさ、すべて納得だ」

「え?」

「母さんのその知識がどこから来るのか、どうしてそんなに貴族社会について詳しいのかとかさ。母さんが何者か分かったら、納得した」

「……そう」

 やわらかく微笑む女性は、やはり話してくれる気はないらしい。

 彼女の瞳がどこか遠く、ここではない場所を眺めている。

 思い出しているのだろうか、リオルドが、レン・ヴェントスが生きていた時代のことを。

「あのさ―――」

「―――レオ!」

 レオの言葉を遮るように、一週間ぶりの声を聴いた。

「聞いたわ」

 短いふんわりとした金色の髪が、一歩歩くごとに揺れ、その姿は愛らしい妖精のようだった。しかし、琥珀色の瞳は、怒りに燃えている。

「新婚の奥様とデートしたんでしょう?」

 いつもはおっとりとしたしゃべりなのに、どうも怒ると早口になるようだ。

「いや、案内を頼まれただけだから。旦那さんは仕事で一緒にいれないから、暇つぶしの相手してただけだ」

 慌てて弁明すると、ファリーナがきょとんとした表情をする。

 あいつは一体ファリーナに何を吹き込んだんだ。

「あれ……? だって、だって……、手をつないで仲良く歩いてたって」

 体が震える。

 握りすぎたこぶしで、手のひらに爪が食い込む。

 怒りで体が震えたレオとは対照的に、ティナは笑いで体が震えていた。

「あはは。すっごいでたらめ流されてるわね。五歳も年上の彼女が、こんな子供相手にするわけないじゃない。もう、ファリーナちゃんったら」

 耐えきれないとばかりに笑い飛ばし、珍しくレオの味方をしてくれた。

「え、え? そうだったの? 私、てっきり……ごめん」

 ファリーナが顔を赤くしてうつむく。

 その様子はずいぶんとかわいらしいものだったが、それでもレオの怒りは収まっていなかった。

「あいつ、でたらめ吹き込みやがって……」

「け、喧嘩はだめよ」

 怒気をまき散らすレオの様子に、ファリーナが慌てて止める。

「喧嘩にはならない」

 喧嘩なんて対等なものじゃなくて、一方的にやっつけてやる。

「一方的にやっつけてやるのもなしよ。あんた、ウィンさんに剣習ってるんだから、そんなことしたら彼がどうなるかわかったもんじゃないでしょう」

 さすがは母親というべきか、レオの思考を完璧に読んでいる。

 そうやって先手を打ったティナを、恨みがましくみながら、それでも少しだけ頭が冷えて、あることを思い立つ。

「なあ、ファリーナ。あいつ、お前のこと好きでたまらないから、俺のこと嫌いなんだってさ」

「……それって、冗談、だよね?」

 やっぱり気づいていなかったようだ。

 やはりファリーナは鋭いのか鈍いのかわからない。

「俺の言葉は冗談で、あいつの言葉は信じるのか。へえーそうかよ」

 ちょっとだけすねたように言って見せれば、ファリーナが慌てて首をふる。

「た、確かめる」

 そういって走り出す彼女を見て、すこしだけ気持ちが晴れた。

「大人げないわね」

「殴らなかっただけましだ」

 ティナはもう、ただ笑っていた。


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