光の失速
リーシェン伯爵はさきほどの脅しが良く聞いたのか、ジオとシリヤに席を外させたのが良かったのか、ずいぶんと多様な情報を提供してくれた。
そしてルフレにとっては幸運にも、ジオとシリヤに聞かせずに、今のルフレにとって必要な情報を手に入れることができた。
―――さすが、というべきか。
ほんとうにこの伯爵は頭が良いらしい。
ジオとシリヤの前ではきれいな部分だけ話をしていたが、ルフレと二人きりになったとたん、急進ルミエハ派筆頭であることを納得できるほど、闇の家について、熱く語ってくれた。
ルミエハ当主夫妻が気に入るのもわかる。
目の前にいる初老の男性は、年もあるのかもしれないが、すばらしく話すのが上手い。
頭の良さも、これはルミエハではなく、オブスキィト家に心酔してくれた方がトレリのためになったのに、とルフレが思うほどだ。
「……あなたの忠誠心。しかと受け止めました」
ぽつりとつぶやくと、ずいぶんと顔色のよくなった顔がこちらを見る。
「もう、疑ってはいませんね」
「も、もちろんです!」
伯爵の言葉に嘘はないことを確認し、彼に先導され、部屋を出る。
先ほどの噴水のところで、すでにジオとシリヤが待っており、三人の馬も用意されていた。
「またのご来訪をお待ちしております」
予想はなんとなくしていたが、帰りも行きと同じく、長い一本道に、ずらりとこの地の人々が並んでいた。
そこを、今度は微笑み手を振りながら帰れば、行きよりも凄まじい歓声があがり、内心呆れかえりながらも、ルミエハの次期後継者として演じることに徹した。
「色々と、疑問があるんですが?」
シリヤが不満げな顔でルフレを見る。
「……城に戻ってからにしましょう」
やはりルミエハとして振る舞うのは不味かったかと思いながら、その後は三人とも黙って城まで帰った。
厩舎に寄り、馬を返してから、できるだけ人のなさそうな場所で、休憩用のいすが置いてあるところまで二人を連れて歩き、そして、二人の顔を見た。
「疲れた……けど、あなたたちの方が疲れたわよね。お疲れ様」
とりあえずねぎらいの言葉をかけてみると、シリヤを止めていた何かが外れたらしい。
「お疲れ様、じゃありません! なんで私を連れて行ったんですか! ジオは分かります。彼はメディウムの人間ですし、確かにリーシェン伯爵だって認めますよ! 伯爵家をつぶせるというのもあながち間違ってないでしょう! ですが、私なんか普通に平民出身なんですよ! よくわからない紅茶を出されて感想を求められたときには、胆が冷えました! それに、なんでルミエハの人間として振る舞うとき、あんなに態度が豹変するんですか!? どっちが地ですか? というよりあれは誰ですか? 隊長が高貴なお嬢様に乗り移られたようでしたよ! いや、隊長は確かにルミエハの人間ですから高貴なお嬢様ですけれど! ルミエハの人間はあんな嫌味じゃないといけないんですか? それとも隊長の方が作り物で、まさかあれが地ですか? 嘘でしょう? それに、いきなり闇の家とか言い出したときには何事かと思いました。しかも、隊長が紙に書いてくれるまでは私はオブスキィトのことだなんて思わなくて、ずっと考えてたんですよ!」
シリヤははっきりと自分の意見が言える人間だ。
だからこそ、副隊長を任せている。
だが、彼女はいつもならもっと冷静だ。こんなに取り乱して叫ぶ彼女は本当に珍しい。
ルフレは正直、後悔していた。
シリヤは適応能力があるから大丈夫だと思っていたが、こんなにショックを受けるものだとは思わなかった。
確かに平民出身の彼女に貴族事情を分かれと言うのは酷だっただろう。それに、ルミエハと急進ルミエハの関係は貴族の中でも特別だから、戸惑うのは無理はない。
ジオだけ連れて行くのは不安だったので、彼女に頼んだのだが、こんなに彼女を傷つけることになるなら、もう一つの理由を後にしてでも、他の人に頼めばよかったかもしれない。
「シリヤさん。たぶん、ルフレ隊長がシリヤさんを選んだのは、シリヤさんの適応能力の高さを買ってのことだと思いますよ。シリヤさんの対応は完璧でした。それに、隊長のあの態度についてですが、ルミエハとして無事にここまで育ち、ある程度親に拘束されずに過ごそうと思うならば、あのぐらいの仮面はかぶらないとやっていけないものなんです。ルミエハ家というのは、市民の噂以上に凄まじいプライドを持った生き物なんです。闇の家については……僕もおどろきましたけどね」
ジオがとても穏やかな声でルフレがすべき言い訳を、全部代わりにしてしまった。
最後の一言には嘘が感じられたが、それでも、シリヤを落ち着かせるには十分だった。
シリヤと同じぐらいダメージを受けていたルフレにとっては、今日はこの頭の切れる王子の存在はありがたかった。
「ありがとう、ジオ。そして、すみませんルフレ隊長。さすがにルフレ隊長が今までずっと演技してるなんて思ってはなかったです。でも……私が初めて踏み入れた世界で、驚いてしまいました」
少し落ち着きを取り戻した様子のシリヤに安心しながら、同時に、ルフレは今日、どうしてシリヤをこの仕事に連れていったのかという、本来の目的を思い出す。
今のシリヤに言ってよいのか、迷いが生じる。
だが、考え直してみれば、逆に効果的かもしれない。
「シリヤ」
短く名を呼ぶ。
声の調子の真剣さに気づいたのか、シリヤがまっすぐこちらを見る。
「来年から、つまり、次の任命式の時から……」
一度言葉に詰まり、それでも言った。
「B系統に異動してもらうわ。それが、あなたにとって最善だと思うから」
「なっ……何を? 異動? 私のため? どうしたんですか、嘘でしょう! 隊長は確かにいつも先を見据えて考えて、間違いなんてないような人ですけど! 私、隊長の元にいたいです! 異動なんて考えられません!」
「……決定事項よ。ウル科長には、申請したもの」
隊長の元にいたい、という言葉には、内心深く感動したが、そんな様子を見せてはいけないと思い、できるだけ冷たく突き放す。
「っ……認められないです! そんなことっ!」
ほとんど泣きそうになりながら、シリヤは踵を返して走り去ってしまう。
ルフレとしても、それなりに罪悪感があるから、この状況は逆に安心したが、ルフレにとって一番の不安要素がここに存在していることを忘れていた。
「どういうことだ? ルフレ・ルミエハ?」
金髪碧眼の少年がが、トレリの王子として、グラジオラスとしてルフレの名を鋭く呼ぶ。
「言葉の通りです。シリヤのためです」
「……そうだな。それに嘘はないように思う。だが、君がいる以上、君の元以上に彼女がいるべき場所はないはずだ」
ジオの言葉がルフレに突き刺さる。
―――どこまで知ってるの、この王子は。
ルフレは、自分の頭の回転の速さには自信があった。
だが、ジオは自分よりも頭が切れるかもしれない。
この王子に、ルフレの計画についてばれてはいけない。この王子は、ルフレの計画をすべてつぶせるだけの頭脳も行動力も、そのうえ実行力もある。
「シリヤのため、それ以上に理由はありません」
負けてはいけないのだ。
この王子に。
何より、それが、十一歳の時の、赤銅色の少年との約束を守ることにつながる。
力を得ると、強くなると言った。
守りたい全てを守るために。
その誓いを、果たすのだ。
あと三話で一章も完結です!
長い!ここまで書いてもまだ一章……
序章から1、2、3、4章と来て、終章になる予定です。
恐ろしい長編ですね。
もしかしたら、途中で3と4章は合体させるかもしれませんが。
読んでいただいている皆さんには長すぎて申し訳ないです。
今のところひたすらに謎ばかりですよね。
でも、一応主張します!
これの主題はロイとレンティの恋物語……!
……次の話で、十六話ぶりの二人の会話です。
絡みがなさすぎてごめんなさい……。恋愛小説とは呼べませんね……これじゃ。




