ケルドでの任務⑤
「……。よし、じゃあ、ヒラリーとリリイ、ダグラスとレティスでペアを組んで、それぞれ町で情報を集めてくれ。俺も一人で情報を集める。ヒラリーとレティスは、どうやって情報を聞いていくのか、そういうことに注意しながら、リリイやダグラスを補佐してくれ」
「了解です」
ヒラリーにしては珍しく、すらりと言葉が出た。
初任務は驚くほど簡単に片付き、というか、ほぼ何もしていない状態だったため、町で聞き込みの方が、メインの仕事だったのではと思ってしまうほどだった。
したがって、当初の予定よりたくさん人と話す機会が増えたので、しゃべりが下手なヒラリーも、少しはまともにしゃべれるようになった、ような気がする。
「じゃあ行きましょうか」
「あ……はい!」
そういって歩き出したリリイの後ろに、なんとかついていく。
リリイは町を歩いていて、それなりに暇そうな人を捕まえては、関係ないような世間話も交えながら、襲われた商人のことについて聞き出す。
話し手が、はっきりと知らないのに適当に話していたり、噂を誇張していたり、そもそも商人の話ではなくなったり……。
―――情報収集って……大変、ですね。
正確な情報だけをしゃべってくれるわけじゃない。
むしろ、数ある嘘の中から、正確な情報だけ掬い上げることが必要とされる。
「でもさあ、俺、変だと思うんだよね」
「何が?」
「だって、商人なんで助かってんのかって話じゃね? 傭兵雇ってたってことはさ、そいつ自身は戦えないんだろ? ふつう生かしとかねえって。しかも、その商人、賊がどっかに行ってから、逃げてきたとか言ってたらしいけど、賊から必死に逃げようとして逃げ切るとか言う方が普通だって」
「あー確かにな。俺だったら即逃げるね。黙って御者と傭兵が殺されるの見てるとかありえねえ」
「……そういわれてみれば、そうね。お兄さんたち、とても頭いいのね。ねえ、他になんか噂になってないの?」
それなりにまともな情報をもたらした五組目は、二十四、五歳の男三人組だった。
リリイは、その男たちを適当におだてて、先を促していた。
情報があまりにも適当すぎる人たちの話は、ほどほどに聞いて切り上げてしまっていた。それも技なのだとヒラリーは学んだが、今回は、切り上げていないところをみると、見込みがある、ということなのだろう。
おだてられた男たちは、さらに饒舌になる。
「いやあ。軍のお姉さんほどじゃないよ。ただね、なんかケルド家の使用人に友達がいるんだけど、どうも変だったらしいんだよ」
男が少しだけもったいぶったしゃべり方をする。
「変だったの?商人が?」
「そうそう」
「えーどうして? 気になるじゃない」
リリイはそれをあおるように口を挟む。この合いの手のうまさも、情報を聞き出す技術だろうか。
「なんか、ケルド家の伯爵様が、その商人に、森で放置されてた傭兵と御者の死体は、身元が分からないから、どこに送ればいいのか聞いたらしんだ」
「俺も聞いたよ、その話! 何故かその話の最中に真っ青になって震え始めたんだろ?」
「そうそう。それで、その二人については国に帰ってからじゃないと処理できないから、ケルドで埋葬できるならそうしてほしいとか言ったらしい」
「しかも金は出すとか言ったとか。ケチな商人にしちゃ、できすぎてるだろ」
「それで、その二人は結局埋葬されたの?」
「伯爵様は、自分が埋葬するって言って、全部手配を引き受けたらしい。流石よくできた人だよ」
「まあ、それもこれも俺の銀細工がいいからだろ?」
「調子に乗るなよな」
話が脱線し、そこからはリリイもそれ以上聞き出せないと踏んだのか、適当に話を切り上げ、再び町を歩き始める。
「何か、ひっかかるわね。この事件」
「そうですね……。商人が何故、逃げなかったのか……。そして、どうして……御者と傭兵の死体が回収された……ことに、驚いたのか」
考えながら、さきほどの話を声に出してまとめてみる。
いつも以上にしゃべりのキレは悪いが、情報は頭の中で少しだけ整理できた。
「そう、その二つが大事。その商人はすでに国に帰ったらしいけど……」
「でも、商人を送った人が……伯爵家の者なら、ここに、帰ってくる、のでは?」
「確かに、そうね……。うん。ヒラリーはもう少しうまくしゃべれたら、案外ここは向いているかもしれないわ」
リリイが予想外の言葉をくれ、ヒラリーは浮かれていた。
「あたっ」
そして、その瞬間、思いっきり人にぶつかってしまう。
「ごめんなさいっ!」
慌てて謝りながら、顔を上げる。
―――うわぁ……。美青年……。
さらりとした癖のない黒髪に、どこか冷めた印象を与える黒い瞳。そして、とてもとても整った顔立ち。
「大丈夫?」
―――ああ。私の心配をしてくれるなんて、なんて素晴らしいの。
ヒラリーは、整った顔立ちを直視はできず、少しだけ視線を下げて、うなずく。
「良かった」
非常に耳触りの良い声が、ヒラリーの中を駆け抜ける。
―――やっぱり、顔だけじゃだめ。
レティスも整った顔立ちだが、中身の悪さがにじみ出ている、とヒラリーは思っていた。
「ねえ。今時間ある? ちょっと、この前、商人が賊に襲われて伯爵様に助けてもらったっていう話について聞きたいんだけど」
ヒラリーが黒髪の青年に酔っている間に、リリイがしっかりと仕事をする。
「別にいいけど、その前にちょっと聞いていいかな。二人とも軍の人?」
「? ええ」
「一緒に来た軍の人のなかにさ、オブスキィト家の人がいるって話、聞いたんだけど」
オブスキィトと聞いた瞬間、リリイに何故か緊張の色が走る。
リリイは平民の出で、貴族の家争いには関係ないとヒラリーは思っていたのだが。
「そんなに警戒されてもねえ。俺はただ、ヴェントス領に住んでるから、オブスキィトの人に会えるなら、会ってみたいって思っただけで」
青年の言葉に、ヒラリーは納得する。
「確かに、そうですよ。隊長は……オブスキィトの人です。あなたは、やっぱり、オブスキィト家に、感謝、してますか?」
「そりゃあね。オブスキィト家がいなかったら、どっかの変な貴族にいいようにされて、搾取の対象になってたかもしれないからな」
「ちょっと、待って。話についていけないんだけど。ヴェントス領って、あれでしょ? 炎の一夜のあったとこでしょ? そことオブスキィトってどういう関係?」
リリイはどうやら知らないらしい。
炎の一夜自体は、平民だろうが貴族だろうが、トレリの人間ならほぼ全員が知っているような大事件だったが、細かい話は、案外あまり伝わっていないのかもしれない。
貴族の間では、オブスキィトの美談としてかなり有名な話だが、平民に貴族の噂話などまったく広まらないし、いくら彼女が諜報科の人間であるといっても、自分の住んでいた地域から遠い場所であれば、どこを誰が治めているかなど知らなくても不思議ではない。
「オブスキィト公爵家ご夫妻とヴェントス侯爵家ご夫妻はご友人同士であったそうなんです。それで、オブスキィト夫妻は非常に炎の一夜の惨劇についてお嘆きになり、ご友人が残されたヴェントス領を、ヴェントス家の名を残したままに、実際はオブスキィト家が統治なさっているのです。そして、領民の生活を向上させるために、お二人は様々なご尽力をなさったのだとか」
急に早口になったヒラリーに、黒髪の青年は少しだけ驚いた表情をみせたが、ヒラリーの言葉を肯定するようにうなずく。
「詳しいわね」
「ルミエハ寄りの我が家でさえも、その話は美談として語られておりましたから」
さらりとよどみなく答えると、リリイが一度、大きくため息をついた後、黒髪の青年に向き直って聞いた。
「……事情は分かったわ。あなた、名前は?」
「レオです」
「そう。レオ、ね。もしよければ、夜、この宿に来てくれればデュエル隊長には会えるわよ」
「信用してくれたんですね」
「一応は。何より、ヒラリーが信じたみたいだったから」
「え?」
「あなた、人を見る目はあると思うわ」
「……ありがとうございます」
自分でも自覚している長所をほめられ、再び舞い上がりそうになる。
ただし、先ほどそれでレオにぶつかったので、今度はあまり浮かれないように気を付けたが。
「じゃあ、最初に戻って、話そうかな。俺が知ってる、商人狂言疑惑事件について」




