ケルドでの任務③
「それで、聞きたいことって何?」
気絶させた男たちの手足を適当にロープで縛りながら、デュエルは聞いた。
黒髪の青年は、しばし考えたあと、ゆっくりと口を開く。
「知り合いに……長い綺麗な黒髪の美人はいる?」
予想外の質問だったが、それに当てはまる人物を、デュエルは一人しか知らない。
そして、気づいた。
この青年に対する既視感は、たぶん、ルフレ、あるいはレンティに似ているからだと。
珍しい黒に、癖のない髪質。
そして整いすぎた顔立ち。
実際に似ている、というより、なんだか雰囲気がトータルで同じなのだ。
「いるよ。ルフレ・ルミエハって人が、まさにそんな感じだ」
「やっぱり……」
納得したようにうなずいた後、黒髪の青年がしっかりとデュエルの目を見つめる。
その目に宿るのは、夜ではなく、海だ。
「藍色……」
「ほんと、よく観察してるな。父さんの色なんだ」
ちょっとだけ嬉しそうに、端正な顔立ちを崩す。
こんなところまで彼女と同じなのか。
一見すると黒に見える瞳は、よくみると深い藍色。
「ところで、やっぱりって……ルフレと知り合い?」
「知り合いっていうか……。まあ、いろいろとお世話になった人っていうか」
「ルフレがヴェントス領に足を踏み入れるってことは……仕事かな? あいつルミエハの人間だし」
ヴェントス家は特にオブスキィト家とつながりが強いため、ルミエハ派の人間からすれば、敵陣営だ。
「一回目に来たときは、個人的に知りたいことがあるって言ってたけど」
「個人的に知りたいこと……って」
ふと、記憶がよみがえってくる。
二か月ぐらい前、ジオとの会話で、自分は言わなかっただろうか。
ルフレは、レイラの死を調べるためにヴェントス領に行ったのだと。
そして、そこでカギを見つけた、とも。
「十五歳のとき……だから、その初めて来たときって、今から四年まえくらいのこと?」
「そうそう。でも、そのこと知ってるって……二人はどういう関係なわけ?」
一番答えにくいことをあっさりと聞いてくる。
この黒髪の青年は、頭の回転の速さまでルフレに近いものを感じる。
「同じ部隊で一年研修した、隊長同士……かな」
この青年は信頼できる。でも、さすがに本当のことをしゃべってしまうには相手のことを知らなさすぎる。
グラジオラスは例外だ。
もちろん王子であるから身元がはっきりしており、信頼に足るとわかっていたのもあるが、不思議なことに、ほぼ確信している様子だった、というのも話した理由の一つである。
この青年は、何を知っているのか。
「……。対外的にはそうしないとまずいのか。だから、あの人もはっきりとは言わなかったんだな」
不可解な青年の言葉に、返答につまる。
そもそも彼は返答を求めているのか。
「ジャスパーの首飾りが、あの銀細工はケルド製だったから、不思議だった」
「ルミエハの人間なら、ケルドじゃなく、シスクとかの方が自然だな」
シスクはルミエハに従う犬のような家。あそこの銀細工は、質は良いが、値段が高すぎる。とても貴族的嗜好だ。
「だから聞いたんだ、誰にもらったのか」
ルミエハの人間が、ケルドのものを買う必要性を感じない。家柄てきにも、彼女をとりまく財政事情を考えても、確かにケルドはおかしい。
だが、そもそもこの青年はいくつなのだろう。
整った顔立ちをしているが、ルフレやデュエルとそう変わらないのではないか。
「ジャスパーの首飾りをくれた人は、赤銅色の髪と目をしていて、優しいけど、実はとても負けず嫌いで、それでいて、なかなか会えない遠い人だ、と」
深い藍色の瞳が真偽を問うようにこちらを見つめる。
「もらった情報はそれだけ? それで俺だと判断するのは、ちょっと難しくないか?」
「同い年の男の子だという話も聞いた。あとは推測だ」
この青年は、ほんとうに頭が回る。外見以外、ほとんど人物を特定できないような情報で、その首飾りの送り主が、デュエルであると推測したのだから。
「なぜ、って顔だな。でも考えればわかるさ。まず、少なくとも十五歳より前に、同い年に男の子もらったっていう情報。養成学校は、お金の使い道は厳しいらしいから、首飾りをもらったのは、軍に入ってからか、養成学校に入る前か、だ。ただ、軍に入ってから一、二年で、ケルドでのんびり首飾りを物色できるとは思えない。だから、たぶん養成学校に入る前だと思った」
あたりだ。黒髪の青年の推理は正しい。
養成学校は確かに厳しいところで、首飾りを買っている余裕はないし、軍に入ってから数年もまた然り。
隊長になってしまえば、確かに多少の融通は利くものだが、あの時はまだ、隊長の五人枠は確定していなかった。
「そうすると、とりあえずその男の子は、子供でもケルドの銀細工が買えるほどお金を持っていることになる。つまり貴族だ。そして、ケルドということから考えて、どうしてもオブスキィト派になる。そもそも、オブスキィト寄りの貴族で、彼女と同い年の男は四人だけだ。そして外見で、赤銅色と表現できるのは、あんたが一番ぴったりだけど、もう一人もいけそうだった。だから、最後の決め手の情報は、なかなか会えない遠い人」
「その情報が?」
「ああ。もう一人の該当者の家は、オブスキィトよりだが、ルミエハ派の貴族とも交流は持っているし、ルミエハの令嬢だからと言って、会わせないというほど、オブスキィト信奉者じゃない。ということは、オブスキィト家の長男である、あんたがそうかなと」
青年はそういいながら、ほとんど確信しているように見える。
現に、デュエルも否定はしていない。
「確かに、俺があげたよ、あれは。でも、そういうレオだって渡したんじゃないのか?」
四年前に初めてあっただけにしては、何故かそこそこ踏み込んだところまでの情報を得ている。
ルフレは彼を信頼したということだろう。
それならば、ヴェントスに住む彼なら、ラピスラズリが等間隔にはめこまれた首飾りを渡したとしても、おかしくないのではないか。
もし違うならば、目の前の黒髪の青年は、なぜ微笑んでいる?
不思議な顔をするなら、違うのだ、心当たりがないのだと思えた。
だが、それを否定するかのように、どこか微笑みを浮かべている。
「……あんたには隠してるんだと思ったけどな。本人から聞いた?」
レオは、答えではなく、質問で返す。ついでに、デュエルの心に波を立てるような言葉をつけて。
やはりレオは知っているのだ。
「いいや。つい一週間前、たまたま隊員が話しているのを聞いた」
「へえ。それで、誰からもらったんだって?」
「大切な人から、らしい」
「それが、俺じゃないかって?」
「ああ」
なんとか平静を装って言ったのに、レオは今度は思いっきり笑った。
「俺じゃないよ」
心が弾む。
「渡したのは俺じゃない。でも、誰からもらったのか、そのラピスラズリの首飾りが何を意味するのか、俺は知ってるけど」
どこかからかうように言われて、デュエルは茫然とした。
やはり、この青年の方が、ルフレについて知っているのか。
軍に入ってからの、デュエルが線を引いてからの、彼女を。




