揺るがない思い
「寒い」
一の月もまだ序盤。
冬は今が盛りで、凍てつくような風が、容赦なく赤銅色の髪を揺らす。
「あの、デュエル隊長。よろしかったら、お使いになりますか?」
真新しい軍の制服の上に巻いていた布を取りながら、ゆるやかなウェーブを描く栗色の髪の少女は言った。
「大丈夫。ちょっと言ってみただけで、そこまで困ってないから」
デュエルはやんわりと断る。
―――帽子代にしちゃ高すぎるな。
帽子の件で、セレスに借りができたデュエルは、彼女の依頼を引き受けざるを得なかった。
しかし、その依頼が“セレスの隊に配属された研修生の面倒を一日見ること”だとは思わなかった。
否、それだけ聞けば、セレスの頼みにしては安い。
「本当ですか? 遠慮なさらないでくださいね? 私、デュエル隊長の、お役にたちたいんです」
栗色の少女が、上目づかいで、しかも甘ったるい声でデュエルに迫る。
“あんたのことが好きすぎて、仕事にならない恋愛バカだから。ちょっと一日相手してやって、目を覚まさせてくれない?”
そんなことを後から告げるのは卑怯だ。
とりあえず、城の中の案内をしている最中だが、彼女のあからさまな好意は、傍目から見ても明らかで、明日には城中の噂の種になっていそうな気がする。
―――レンティ、気にしてくれるかな。
ふと、そんな考えがよぎって、彼女のつれない反応も目に見えて、苦笑する。
黒髪の少女が、妬いてくれるなんてこと、あるはずがない。まだ、天と地がひっくり返ることの方が大いにありえる。
―――そもそも、好かれてるのか?
最初に突き放したのは自分なのに、こんなにも囚われているのも自分だけなんて、悲しすぎる。
そして、今はそれどころではない。
「スミア。君をセレスから預かってるだけだから、俺がこんなこと言う必要はないのかもしれないけど……」
「いいえ! なんでもおっしゃってください!」
預かってるだけ、という言葉を多少、強調してみるも、彼女には効かない。
「君の言葉は、いちいち誤解されそうなんだよ。いろいろと」
ため息をつきながら言うと、スミアはきょとんとした表情を作って見せる。
彼女は本当に自分を作るのがうまい。
でも、それはあくまでも作り物なのだ。
「誤解ってなんですか? 誤解されて困るようなこと、私、言ってしまってるんでしょうか?」
わかっているのにわからないふり。
普通の男には、どこか、変なプライドがあって、女よりなにかと優位に立ちたい、という思いはあるようだ。
なんでもできて、なんでも知ってる完璧な女より、そこそこなんでもできるが、程よくものを知らず、ほどよく何か苦手なものがある女の方が好まれることが圧倒的に多い。
だが、デュエルに関して言うなら、それは完全に逆効果だ。
ずっと目指してきたものは、頭脳も身体能力も見た目もすべて完璧な、黒髪の少女に追いつき、隣に並ぶことだけだった。
いつからか、その想いに、もう少しだけ、踏み込んだ、欲のある思いが乱入してきたのだが。
彼女に追いつくことを願っていながらも、彼女が落ちてくることを望まない。
「言ってるよ。まるで、俺に気があるみたいだ」
普段のデュエルなら、ここまではっきり無遠慮に言わないが、あの山のようにお高いプライドを持つセレスがわざわざ頼んできたということは、相当なのだ。黒髪の少女には、勝てないと思っているのか、わりと素直にものを頼んだりするが、それ以外の人間に、彼女が頼ることは非常に珍しい。
先ほどは、黒髪の少女について頭がいっぱいで、その珍しさにまで頭が回らなかった。
「そんな……。私、ただ、デュエル隊長に憧れて……」
顔を赤らめながら言う彼女は、それなりにきれいなのかもしれない。
それでも、やはり作られた感の否めないその表情は、デュエルを魅了するよりは、いらだたせた。
しかも、彼女はやはり頭がいい。
決して、はっきりと好きだとは言わず、デュエルに断る理由を与えない。
まずは噂、なのだろう。
噂をたてて、じっくりと、デュエルが好きな人、デュエルを好きな人をあぶりだす。
―――本当、厄介だな。
どうやって追い払うかを考えながら、デュエルは大きくため息をついた。




