騒がしい朝
窓の外からさしこむ光が、ほんの少しだけ体を温めてくれる気がする。
冬は、まだ終わらない。
そして、研修は始まったばかり。
「隊長!デュエル隊長!」
デュエルより一つ年上の青年の声が、デュエルを現実に引き戻す。
「どうした?」
「レティスとヒラリーの、二人の研修生の面倒を見ていたリリイが、今日は体調を崩したようで……。ほかの隊員は、民間からの依頼が重なっていて、正直、手一杯で……」
「ダグラス、お前は何かあるのか?」
ないなら、ダグラスに任せる、と言おうとしたところで、ダグラスが言葉を継ぐ。
「セレス隊長のところの問題児が、朝から騒動を起こしましてね……」
デュエルの頭の中に、栗色がちらりとよぎった。
彼女が何を引き起こしたなんて知りたくもない。
「そうか。じゃあ、俺がやるしかないな。二人を呼んできてくれ」
そういってダグラスを見ると、なぜだか恨みがましい目でデュエルを見つめている。
栗色の彼女が騒動を引き起こした原因など、聞きたくもなかったが、ダグラスはそれを許さなかった。
「原因はお聞きにならないのですか?どうして、私がセレス隊長の研修生の騒動の後始末をつけなければならないのか、について?」
「……理由は?」
しぶしぶながら、そう聞くと、ダグラスは待ってましたとばかりに話し出す。
「かの研修生、スミア嬢は、どうやら、隊長との城内デート……いや、城内めぐりを、少々、あーいや、大々的に、誇張していたようで、それを見かねたレティスが収拾を図ったら、逆に広まり騒動に」
「……そんなことだろうと思ってた。だけど、何度も、言ったよな?」
「セレス隊長に借りを作ったデュエル隊長が、彼女の面倒事を引き受けただけ、でしたね。もちろんわかってます。レティスもそう思っていたから収拾をつけようとしてくれたんじゃないですか。ただ、自由気ままなスミア嬢が誇張する分には無駄ですけどね」
呆れたように、少々同情したようにデュエルを見つめる。
少なくとも、ダグラスはスミアに騙されていない、つまり、スミアにさして好感を抱いていない、ということが言葉の端々から感じられて、少し安堵する。
「ん? でも、収拾つけるのは、なんでダグラス? 俺じゃなくて?」
騒動のきっかけはデュエルだったのだから、デュエルが収拾をつけたほうがいいんじゃないか、と思ったのだが、ダグラスに心底呆れかえった眼で見つめられた。
「隊長……騒動の中心人物が、現場に姿を現したら、せっかく火消に協力した、私や、シリヤさんの努力は無駄になりますよ? 火に油をそそぐようなものです」
そんなこともわからないのか、と彼は言外に言っていた。
その反応に、少し考えが足りなかったと反省しつつ、ダグラスの言葉の中に、なんだか嫌な名前の響きがあったことに思考が持って行かれる。
「シリヤ……って、ルフレの隊の副隊長の?」
「そうですよ」
「そうか。あとで礼をしとくよ」
礼をするために確認したのだとばかりにデュエルは言った。
確認した本当の理由は、ルフレに話が回るのが確実になるのを嫌ってなのだが、デュエルのルフレに対する思いを、デュエルは誰にも話していない。だから、ダグラスにも悟られるわけにはいかない。
強いて言うなら、セレスは少し気づいているようなそぶりがあるが、デュエルにとってはありがたいことに、彼女はそのことについて言及もしなければ、からかうような真似もしない。
「とりあえず、そういうことなので、レティスはスミア嬢と一緒にお叱りを受けることになると思いますが、ヒラリーは隊長に預けても良いですか?」
ダグラスと同じことを考えていたデュエルは、それでよいと、うなずこうとした。
トントン
ノックの音が、デュエルに言葉を飲み込ませる。
「諜報科特殊部隊A系統第五小隊の隊長、ルフレ・ルミエハです」
扉の向こうから、聞きなれた声が聞こえる。
デュエルの心臓がどくんと脈打つ。
「どうぞ」
デュエルが答えると、扉の向こうから、黒髪の女性が姿を現した。
「ルフレ隊長! 珍しいですね? 直接ここに来られるなんて」
「ええ。ちょっとここの隊長に直接交渉したいことがあってね」
何も知らないダグラスの言葉が、ぐさりとデュエルを刺すが、ルフレはあっさりと切り返す。
「ルフレ隊長が直接交渉したいことって?」
「面倒だからいいわよ、ルフレで」
仕事中は、どこの部隊であっても隊長には名前の後、隊長をつけるのが慣習になっている。本来は、肩書すべて言っていたのだが、ルフレの言い分道理、長い肩書をわざわざいうのは面倒なので、名前の後に隊長をつける慣習だけ残ったようだ。
だから、わざわざ言い直したというのに、ルフレはあっさりと切り返してしまった。
―――レンティと違って切り替えうまくないんだよ。
いつだって意識的に、距離をとり、儀礼的に接していなければ、すぐにロイとレンティに戻ってしまいそうなデュエルと違い、彼女はあっさりとルフレとして割り切って見せる。
否、本当にもう、ロイは忘れられてるのかもしれない。
「あ。じゃあ、私はヒラリーをここに連れてきます」
デュエルが悲観的な思考にはまっていたら、ダグラスがそう言い残してあっさりと部屋に残る。
―――二人きりって、久しぶりだ。
デュエルが顔をあげると、今も昔も変わらない、深緑の目がこちらを見つめていた。




