研修という名のお忍び
昼前の城下町は、相変わらず人でいっぱいだった。
まだ寒いのに、とても活気づいている。
少し歩くたびに、商人の元気な声がかかり、適当に断りながら、ジオと並ぶ。
「そういえば、名前、どうお呼びすればいいでしょうか?」
忘れていた。
先ほどは、ルフレの見た目の話で、最初の話は流れてしまっていたのだ。
「本名以外なら、なんでもいいわ」
何か適当に、呼びやすい名で呼んでくれればいい。そう思ったのだが、案外それは難しい注文だったらしい、ジオが困りはてた顔をして、こちらをみる。
その困りはてた顔も、少々違和感のあるものだったが、王子だと気取られないための演技だろうと割り切った。
「何か、希望の名前はありませんか?」
ジオの問いに、ルフレは少し考える。
思いついた名前はある。でも、それを使ってよいのか。
―――ちょっとだけ、名前を貸して。お姉ちゃん。
心の中で呼びかけてから、ルフレは言った。
「……レイラ。レイラって呼んで」
「レイラさん。わかりました。ご友人ですか?」
「彼女は、頼れる姉のような存在にして、私の尊敬する行動力と知性を持ち合わせた女性よ」
その言葉に嘘はない。
ただ、一つ、付け加えなければいけない説明があるが。
「レイラさん。僕、田舎から来たので、あんまり町のお店とか、見たことないんです。首都はやっぱり賑わいが違いますね」
深く沈んできそうな想いは、彼の幼く、華やいだ声に救われた。
「そうね。入りたい店があったら言ってね」
「じゃあ、あの雑貨屋を見てみたいです」
そういってするりと人ごみを抜け、ジオは走って行ってしまう。
慌てて彼を目で追いながら、あの様子では、どこからどう見ても王子には見えないな、と苦笑する。
そのあとも、いくつか店を、楽しそうに満喫した後、昼食を食べるのにおすすめの店はないかと聞かれ、古い知り合いの店の名をあげた。
ジオが同意したので、そこに入る。
店の中は、大きくはないが、それなりの賑わいを見せていた。
テーブル席もあったが、あえてカウンターを選んで、座る。
カウンターの向こうには、厨房が見えていた。
そして、そこにいる人物に、とてつもない安心感を感じる。
「アンナ」
名を呼ぶと、その女性は、こちらに気づく。
そして、カウンターの向こうから、ルフレの姿を見ると嬉しそうに微笑んだ。帽子をかぶったままだったが、しっかりと分かったらしい。
アンナは、ルフレの乳母だったが、ルフレが養成学校を卒業した際、ルミエハの家から出ていった。
そして、夢だったらしい、自分の店を持つことになったのだ。
「お久しぶりですね。あら、もう年かしら……お名前を失念いたしましたわ」
さすが、というべきか、ルフレの格好を見て、なんとなく事態を察したらしい。
「レイラ、よ」
覚悟はしていたが、アンナの顔が一気にひきつる。
ジオは敏い。彼に隠していることが露見しそうで、ルフレは内心焦った。
「以前お伺いしたけれど、お名前の由来は……なんでしたっけ?」
訳せば、なぜその名を選んだか、ということか。
どうせあとで、ジオには説明しなければいけないだろうと思っていたので、彼が問いたくなるような言い方をしてもいいだろう。
「後悔と懺悔の証らしいわ」
「あなたが懺悔するんですか?」
口調が乳母の時に戻っている。アンナのルフレをしかりつけるような表情は、愛情の一種だと知っているので、怖くはない。
「本来は、違う。でも、本人がしなそうだから、私が代わり」
ルフレはアンナの目をしっかりと見つめる。
アンナは、ルフレの意志がかわらないことを悟ったらしい。
「ご注文は?」
「そうね、この店のおすすめで」
貼ってあったビラを指さしながら言った。
「お連れ様は、初めまして、ですね。お名前をうかがってもよろしいですか?」
「ジオ、と言います。僕もレイラさんと同じので」
「わかりました。ディーナ! おすすめ2だよ」
振り返ってアンナが叫ぶ。
「はーい」
元気な女の子の声が聞こえ、調理にとりかかる。
「娘さんですか?」
何も知らないジオが尋ねる。
しかし、ルフレの予想に反して、アンナは平然として答える。
「娘のようにかわいがっております」
ジオにはその一言で十分だったらしい。
小さくすみません、と謝った。
そのあと、店おすすめのメニューが出てきて、二人でそれを堪能する。
アンナはほかの客の接客に行ったので、少し安心しながら、食事をとっていた。




