目立たないための心得
彼と対峙した時、彼の赤銅色の瞳は、強い意志と、迷いの色を浮かべていた。
彼が言葉を発する前から、分かっていたのだ。ルフレには。否、レンティには。
レンティにはロイの考えていることはお見通しだった。
そして、その決意を邪魔したくない、とも思った。
それが彼のためでもあり、そしてなにより、ルフレ・ルミエハのためだったのだ。
「あと、一年……」
期限は刻一刻と近づいている。
ルフレは、部屋を出て、城の西の門の方へ向かう。
今日は、王子グラジオラスことジオと、そこで待ち合わせているのだ。
歩いている途中、何人かの兵士に出会って、挨拶をする。
なぜか、みんなルフレを食い入るように見つめた後、はっと目を見開いて、ルフレの名をよび敬礼する。
―――髪を下ろすと、そんなに別人かしら?
西の門まで歩くと、すでにジオはそこで待っていた。
打ち合わせ通り、彼の格好はただの下級兵士に見え、とてもこの国の王子には見えない。
「おはよう。ジオ」
ルフレが話しかけると、ジオが一瞬、虚を突かれたような顔をして、それからいつものように作り物の幼さを身にまとって、挨拶を返す。
「……おはようございます。ルフレさん」
今日は、終始、彼を研修兵として扱うと決めているので、ルフレは彼に敬意を払うことはない。
「ん……。ルフレって呼び方は問題があるかも。ちょっと目立つ気がする」
ルフレ・ルミエハは、諜報科特殊部隊A系統第五小隊の隊長として、少し名が通り過ぎていた。ルフレの部隊は、特殊部隊というだけあって、諜報科でも、特殊で、諜報員でありながら、公に顔を出す部隊だからだ。
せっかくの目立たないための変装が、ルフレの名で台無しになる可能性がある。
「ちょっと目立つって……それは僕の呼び方より、あなたの存在そのものでしょう」
ジオが何故か呆れたようにルフレを見る。
意味が分からないルフレは、首をかしげた。
「目立つ?こんな恰好してる女の子、城下町でよく見るわよ?化粧も、それなりに年相応にしたから、あんまり軍人っぽくないと思うし」
「何を……本気で?本気で気付いてないんですか?はあ。ちょうどいいところに通りすがりましたね。デュエルさん。どう思われます?」
ジオの言葉に、ルフレは反射的に後ろをふりむく。
そこには赤銅色の髪の青年が、微妙にルフレから視線をずらして立っていた。
「どうって……。ジオ……でいいんだよな?」
デュエルはジオに確認を取る。そのやりとりで、ルフレは彼もジオについて知っているのだと理解する。
「ルフレは、本気でその格好で目立たないと思ってるんだよな?」
デュエルにまでそういわれ、ルフレはたじろぐ。
「鏡は見たわ。普通だった……たぶん」
軍服以外の服だと、ルフレの着るものは基本的にドレスだった。貴族の令嬢として育ったため、普通の下町の女の子がするようなファッションには疎い。
―――何か間違ってる?
必死に思案するけれど、分からない。
「デュエルさん。本人に直接はっきり申し上げたらどうですか?」
「そうよ。はっきり言って」
なぜかにこやかにほほ笑むジオに、デュエルは逆にとても困った表情を見せる。
あの日、デュエルは線を引いて以来、ルフレに本音を漏らすことが極端に少なくなった。
それは、当たり前といえば、当たり前なのだが。
「……五分くれるか?」
「え? ちょっと、どこ行くのよ」
ルフレが許可を出す前に、デュエルは走って行ってしまう。
そんな様子を、相変わらずジオがにこやかに見ている。
「お二人は、仲が良いんですね」
「え?」
おもわぬ言葉に、ルフレは固まる。
―――深い意味はないはず。
デュエルが決定打を放ったあの日以来、二人は、決めたのだ。幼い日のロイとレンティは、二人の心の中だけのものにしようと。
明言したわけではない。デュエルはただ一言、言っただけだ。
それでも、ルフレにはその意図が読み取れた。
だから、ルフレは彼の決意に合わせようと思ったのだ。
「それは、まあ……。一年間、同じ場所で研修してましたから」
冷静さを装っていったのに、敬語を使ってしまい、失敗した、と思った。
「一年の研修でも効果はあるのですね。ルミエハとオブスキィトの因縁は、わが家にも伝わっていますので、心配していましたが」
ルフレはふと顔をあげる。
金髪碧眼の少年は、王子のオーラをまとっていた。
ルフレの失敗を、失敗でなくしてくれた彼に、少し感謝する。
そして、彼の意図は、両家にあるいざこざの割に、という意味だったのだろうと悟って、少し安堵した。
「デュエルと私で、一致している意見なのですが、軍に所属し、仕事をするうえで、ただ敵家だからと敬遠するのは、効率が悪いな、と」
「なるほど。それで、歩み寄りの精神が必要だと?」
「ええ。ルミエハ当主は、オブスキィトの子息と肩を並べることに対して、かなりうるさいですが、私はそこまで家信奉者ではなく、わりと現実的な考えを持ったようで。彼がオブスキィトの人間だろうが、他国の人間だろうが、孤児であろうが、仕事上の能力と、個人的な性格に差支えがなければ、彼と手を組むことになんの躊躇も感じません。しかし、仕事以外で、彼と親密である、などと誤解を受ければ、たちまち両家が騒ぎ出すでしょうから、できれば不用意な発言は控えていただけるとありがたいのですが」
ルフレは、レンティシアとして、グラジオラス王子にお願いをする。
「わかりました。そうですね、軽率でした」
ジオはいっきに王子オーラをひきはがし、その幼い顔立ちに見合った雰囲気を醸し出す
「あ、デュエルさん、戻ってきましたよ」
その声は、ジオのものであると感じて、ルフレも隊長として、話す。
「なんか持ってるわね……帽子?」
ずっと走ってきたのか、デュエルがルフレの前まで来たとき、肩で息をしているのが分かった。
「これ、かぶっていけば、たぶん、今ほど目立たないと思う」
デュエルが持っていた帽子は、これといって特徴のない帽子だった。
―――確かに帽子かぶってる子もいたわね。
城下町の様子を、記憶をたどって思い描いてみる。
「ありがとう。これ、かぶればいいのね」
デュエルから帽子を受け取ろうとして、デュエルの手が少しルフレの手からずれて、帽子が落ちそうになる。
どうにか帽子をつかんで、ルフレはそれをかぶった。
「それなら大丈夫ですね。流石はデュエルさん。では、さっそく行きましょう」
ジオはまた楽しげにルフレに言って、デュエルの方に微笑みかける。その笑みは、何かをたくらんでいるような笑みだった。




