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マフィアのボスが私を男だと思っている。  作者: puni0023
第三章 平穏な日々

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エピローグ

創業パーティーから数日後。


屋敷の会議室。


いつものように幹部たちが集まっていた。


ただ。


今日は少しだけ空気が違う。


ヴィクトルが書類を確認しながら、ふと顔を上げた。


「で」


「いつ入籍するんですか?」


「……」


レオンが顔を上げる。


「……何が?」


ヴィクトルは呆れたようにため息をついた。


「何が、じゃありませんよ」


「婚約したでしょう」


「入籍日」


「結婚式の日程」


「招待する人間」


「会社側への報告」


「決めること、山ほどあります」


淡々と言われ。


レオンは少し困った顔をする。


「……まだ数日しか経ってないだろ」


「数日あれば考えられます」


即答。


マルコが横で笑う。


「ヴィクトル、楽しんでるだろ」


「当然です」


「ボスがここまで動揺する姿なんて、そう見られませんからね」


「……」


レオンは何も言い返せない。


ルカも少し笑った。


「でも」


「大事なことだから、ちゃんと二人で決めた方がいいと思う」


その言葉に。


レオンは小さく頷いた。


――――――


その夜。


部屋に戻る。


窓の外には静かな夜景。


郁はソファに座りながら、今日言われたことを思い出していた。


「決めること……たくさんあるんですね」


「うん」


レオンは隣で笑う。


「結婚って、意外と忙しいんだな」


郁も小さく笑った。


「レオン」


「はい?」


「入籍日」


少し考える。


レオンを見る。


「レオンの誕生日はどうですか」


「……」


レオンの動きが止まった。


「俺の?」


郁は頷く。


「はい」


少しだけ照れながら。


「私」


「この世界に来てから」


「たくさんのことがありました」


「最初は、ただ生きることで精一杯で」


「レオンの隣にいることも」


「いつまで許されるのか分からなくて」


静かに続ける。


「でも」


「今は違います」


「これからの人生を」


「レオンと一緒に過ごしたいです」


「だから」


「その日にしたいです」


レオンは黙っていた。


十九歳でボスになってから。


誕生日なんて、特別なものではなかった。


祝われることはあった。


食事を用意されることもあった。


けれど。


ただ一日、年齢が増えるだけの日。


仕事の予定が入り。


会議が入り。


誰かを警戒し。


組織を守る。


そんな毎日だった。


そして。


郁が来てからも。


郁の存在は何より大切だったけれど。


二人とも忙しくて。


誕生日を特別な日にしようなんて考えたこともなかった。


まさか。


自分の誕生日が。


人生で一番大切な日になるなんて。


思ってもいなかった。


「……」


レオンは小さく息を吐く。


そして。


ふっと笑った。


「じゃあ」


「俺の誕生日が」


「郁と家族になる日になるんだ」


その声が。


少しだけ嬉しそうだった。


郁が微笑む。


「はい」


その瞬間。


レオンの中で。


十九歳から止まっていた誕生日の意味が。


初めて変わった。


「……でも」


少しだけ悪戯っぽく笑う。


「じゃあ」


「誕生日プレゼントは」


「郁ってこと?」


「……」


郁。


固まる。


数秒後。


顔が赤くなる。


「えっ」


「そ、そういう意味じゃ……」


もごもご。


レオンは楽しそうに笑う。


そして。


郁の反応を待つ。


「……」


「……」


郁は少し考えて。


「……まあ」


「それでも」


「いいですけど」


「……」


今度は。


レオンが固まった。


(……)


(今)


(何て言った?)


いつもの余裕の笑顔が消える。


ゆっくり。


郁を抱きしめた。


「……」


「今年の誕生日」


「人生で一番嬉しい」


郁は照れながら笑う。


「お、お誕生日プレゼント」


「まだ考えますね」


レオンは笑った。


「もう貰った」


「え?」


「十分すぎるくらい」


ぎゅ、と抱きしめる。


「郁が俺の隣にいる」


「それだけでいい」


その声は、いつもの余裕のあるものではなかった。


本当に嬉しそうで。


少しだけ震えていた。


郁は何も言えず。


ただ、レオンの胸元で小さく笑った。


――――――


その数日後。


情報技術部門の一室。


会社設立以来、ルカはずっとここに籠もっていた。


机の上には、小さな機械の部品が整然と並んでいる。


コンコン。


「失礼します」


郁が顔を出すと、ルカは椅子から振り返った。


「郁」


「ちょうどいい」


「何かありましたか?」


ルカは机の引き出しから、小さな箱を取り出した。


「婚約祝い」


郁は目を丸くする。


「私にですか?」


「うん」


差し出された箱を、郁はそっと開けた。


中には。


見覚えのある、あの日のスマートフォン。


そして、初めて見る小さな充電器。


「……」


郁は言葉を失った。


「直したんですか?」


ルカは小さく頷く。


「電池も、新しくした」


「元のままじゃ、さすがに無理だったから」


「一から作り直した」


淡々とした口調だったが、その言葉の裏に、どれほどの時間が積み重なっているか、郁にはすぐに分かった。


会社設立から今日まで。


ルカはずっと、この研究を続けていたのだ。


「ありがとうございます」


声が震える。


ルカは少しだけ視線を逸らした。


「……確認のために」


「少しだけ、中身見ちゃった」


「写真」


郁は驚いて顔を上げる。


ルカは短く続けた。


「大切なものでしょう」


それだけ言うと、また画面の方へ向き直った。


郁は充電器とスマートフォンを、両手で大切に抱えた。


「……はい」


「とても、大切なものです」


――――――


その夜。


郁は自室で、充電器にスマートフォンを繋いだ。


小さな赤いランプが灯る。


「……」


息を止めて見守る。


しばらくして。


画面に、見慣れたロゴが浮かび上がった。


「……ついた」


震える指で、写真のフォルダを開く。


大学の友人と撮った一枚。


実家の夕食。


母の作った肉じゃが。


仏頂面のくせに、ピースだけはしている父。


そして。


三人で撮った、家族写真。


あの夜、電源が切れる直前に見ていた写真だった。


郁はしばらく、画面から目を離せなかった。


「郁?」


扉の向こうから、レオンの声がした。


「入っていいですか」


「……はい」


レオンが部屋へ入り、郁の隣に座る。


そして、画面に映る写真へ目を向けた。


「これが」


「郁のご家族?」


「はい」


郁は静かに頷いた。


「母は、料理が好きで」


「父は、いつも仏頂面ですけど」


「本当に優しい人でした」


レオンはしばらく写真を見つめていた。


そして、柔らかく笑う。


「素敵な家族がいたから」


「郁は素敵なんだね」


郁の目に、じわりと涙が浮かんだ。


「……」


もう二度と会えない。


それでも。


この写真の中で、家族はいつも笑っている。


郁はスマートフォンをそっと胸元へ抱き、窓の外へ視線を向けた。


夜空には、静かに星が瞬いている。


「お父さん、お母さん」


小さく呟く。


「私」


「ここで、幸せに生きています」


隣に座るレオンの手を、そっと握った。


「私はここで生きていきます」


その声には、迷いも、寂しさも。


もう何もなかった。


ただ、静かな幸福だけがあった。


レオンは何も言わず、郁の手を握り返す。


しばらくして。


彼はそっと立ち上がり、郁を抱き上げた。


「わっ……」


突然のことに、郁は思わずレオンの首へ腕を回す。


「レオン?」


レオンは答えず、郁を抱えたまま、画面に映る家族写真へ目を向けた。


そして、静かに、けれどはっきりと口を開いた。


「お義父さん、お義母さん」


「初めまして」


郁が目を丸くする。


「レオン……」


レオンは構わず続けた。


「郁さんのことは」


「俺が、一生かけて幸せにします」


その声に、迷いは一つもなかった。


「だから」


「安心して見ていてください」


郁の目に、再び涙が浮かぶ。


「……もう」


「そんなこと言ったら」


「また泣いちゃいます」


「いいよ」


レオンは優しく笑い、郁を抱えたまま額を寄せた。


「いくらでも、そばにいるから」


腕の中の温もりを確かめるように、郁はそっとレオンの胸元へ顔を埋めた。


窓の外には、二人を見守るように、星が輝き続けていた。

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