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流れ星、流します。  作者: 一天草莽
第一章 プロポーズの夜に

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06

 翌日、喫茶店「STAR」に二人の客がやってきた。

 この間の会話の続きをしようと、相田とモトカが静かな店を選んできたのだった。

 当たり前のように今日も他の客はいない。聞かれたくない話をするのに都合がいいけれど、こんな状態で店はやっていけるのかと不安になるくらいだ。


「いらっしゃいませ」


 二人に向かって丁寧に頭を下げる崎本の横には、お辞儀や接客もしないで突っ立っている梅木の姿もあった。


「じゃあ、相田さん。この前と同じ席にしましょうか」


「そうですね。そのほうが落ち着きます」


 この前と同じテーブルに、同じように向かい合って座る二人。

 頼んだものも前回と同じく二杯の紅茶だけだったが、それが気に入っていた二人にはそれだけで十分だった。


「やっぱりおいしい。温かくて、いい香り。紅茶一杯でこんなに気分がよくなるなんて、今まで気づきませんでした」


「そういうことって世の中にはたくさんあるんでしょうね。小さな幸せを見落としているんだと思うわ。ところで何か食べる物は頼まなくてよかったの? お腹すかない?」


「大丈夫です。あまり食欲がありませんから」


「そう? ならいいけど。……それで、昨日、前原と話し合ったんでしょ?」


「あ、そうです。けど……」


「何か言いたいことがあるのかもしれないけど、とりあえず、まずはこれを聞かせて。あなたからは何か言ったの?」


「はい、言いました。他にも好きな人がいると、正直に言ってしまいました」


「よくやったじゃない。そしたら前原はなんて言ったの?」


「僕にも責任があると、ただそれだけ……」


「ふうん。そう……」


 と言って、紅茶を一口飲む。


「あの、やっぱり言うべきじゃなかったのでしょうか」


「……そんなこともないんじゃない? 嘘じゃなくて事実なんだし。ただ……」


「ただ、なんでしょう?」


「……ただ、前原はつらいでしょうね」


「はい……」


 今更ながら後悔の念を強く感じて、うなだれるしかない相田。そんな彼女に、モトカは気づかれないようにひっそりと勝ち誇ったような顔を向けていた。

 下を向いたままの相田はもちろん気づかない。

 しかし、店員としての責務を放り投げて離れた場所からぼんやりと二人を眺めていた梅木は興味深そうにモトカを眺めていた。


「それでも僕を愛してください、とか言わない前原にも責任があるわよ」


「……そうなのでしょうか?」


「もちろんよ。だって、古賀とかいう人は相田が付き合ってることを知ってて、それでも思いを伝えてきたんでしょ? それくらいの自信がなきゃ続かないわよ、普通」


 モトカの語る普通とはモトカにとっての普通であり、決して万人に共通する普通ではない。

 自信がなくても続く思いは必ずあるだろうし、きっと続けることもできる。

 けれど、モトカは彼女の言う理論があたかも絶対普遍の真理であるかのように相田へと諭したのだった。


「迷っているうちは、無理に続けても未来がないのでしょうか?」


「そうよ。少なくとも、どちらも迷ってばかりのカップルなんて馬鹿馬鹿しいじゃないの」


「……私たち、馬鹿みたいですか?」


「言いにくいけど、その通りよ。断言できる。あなた、前原と別れなさい」


「でも……」


「でも、じゃないの。あなたは古賀といるほうが幸せになれるはず。だから前原のことなんて忘れて、さっさと別れてしまえばいいじゃない!」


 熱が入るあまり、モトカは声を荒げて主張した。

 すっかり弱気になっている相田をひるませ、彼女の言葉通りの行動に移らせるために。

 とはいえ、いくらおとなしい相田であっても、そう簡単に彼女の言うことに従うはずがなかった。


「でも、きっと今は二人とも悩むチャンスなんです。しっかりと考えたいんです。そんな一方的に別れられるはずもありません」


「……そう? ならいいけど、あなたと違って前原はどうなのでしょうね。……私、前原にもあなたと同じようなこと言ってきてあげる。そのほうが、あいつもはっきりするでしょ? じゃあ、さようなら。ここの御代はあなたに渡しておくから」


 そう言うとモトカは立ち上がって二人分の紅茶代を相田に手渡し、勝ち誇ったような顔をして店を出て行った。

 残された相田はただ一人、黙っていることしかできなかった。

 再び静寂の戻った店内で、店員としての働きを一切しなかった梅木は居心地が悪くなったのだろうか、モトカのあとを追うように店を出た。





 同日の夜、モトカは前原をとあるレストランに呼び出した。いつもならモトカからの誘いに応じない前原も、今はとにかく誰かに相談したかったため断ることをしなかった。

 しかしながら前原はもちろん乗り気ではなかった。

 なぜならモトカは彼に二人の関係をやり直そうと提案してきたのだ。

 現在の彼女である相田のことで頭が一杯になっている前原にとって、大切な存在である彼女以外のことを考える余裕などなかった。


「あら、遅かったじゃない」


「遅いったって、仕方がないだろ? 前日ならともかく、当日の予定を取り付けるなんて。君が電話してきたときは家でくつろいでいたんだ」


「それでも約束したからには時間を守るのが男ってもんでしょ」


「約束というより、半ば強制的な呼び出しだったじゃないか」


「でも応じたんでしょ? 一応はありがとね。ほらほら、言い訳はいいから座りなさいって」


「まったく……」


 前原はしぶしぶ椅子に座った。モトカはそんな前原にメニュー表を差し出した。


「さすがに悪いから、おごるわよ」


「珍しいな。おごり? 君が? そういうことなら、普段は手が届かないちょっと高めの料理を頼もうかな」


「ひどいのね」


「ひどくはないだろ……と言いたいところだけど、まあ、ひどいか。じゃあ安いやつにする」


「遠慮はしなくてもいいわよ。私は好きなのをいただくとするわ」


「遠慮じゃないさ。貸し借りを作り過ぎるのは誰に対してもよくはないからね」


 そんなこんなで頼んだ料理が運ばれてくるまでの間、二人はとりとめもない話を交わしたばかりで時間を持て余した。

 数分後、モトカに届いた料理はボリュームのある肉厚なハンバーグ。

 一方で前原は野菜スープとシンプルなピラフだ。

 焼いた肉の食欲をそそる匂いが前原の鼻先へと立ち込め、実際には遠慮していた前原は同じものを頼めなかった自分の決断を後悔した。


「ハンバーグか、いいな。後で自腹で何か買って食べよう」


「あきれた。これ、一口くらい食べる? 食べさせてあげるわよ」


「食べるわけないだろ。過剰に仲良くしていたら僕たちの関係を周りに誤解されてしまう。本当は二人で会うのだって控えたほうがいいんだから」


「あら、そう」


 本気で言っていたわけでもないらしく、ハンバーグが好きなモトカはおいしそうに一口ずつ切り取って丁寧に食べる。

 仕方なしにつばを飲み込んだ前原は目をそらして自分の食事に集中した。


「それより僕に何か話があったんじゃないのか?」


 モトカの食事が半分ほど終わったころ、思い出したように前原は言った。

 せっかくの食事を邪魔されたモトカは少し不満な顔をしたが、彼女自身も話があって彼を呼び出したのだから、ここは手を止めるしかなかった。


「もちろん話ならあるわ」


「楽しみにするのは難しいな。聞いたところで喜べるような話じゃないんだろうね、きっと」


「あなた次第でしょ? そんなこと」


「……わかったよ。とりあえず話してくれ」


 ごくりと喉を鳴らして水を飲んだモトカは微妙な間をおいて、確認するように語り掛けた。


「相田さん、好きな人がいるんですってね」


「ま、まさか。彼女に好きな人がいるわけが……じゃなくて、そりゃ好きな人はいるさ。付き合っている僕のことだろう。何でそんなこと聞くんだ」


 すでにモトカが事情を知っているとも気づかずに、前原は大慌てで言葉をつないだ。

 汗をかいていそうな彼の動揺ぶりを見たモトカは苦笑するだけだ。


「誤魔化さなくてもいいわよ。私、相田さんから聞いたの」


「え! 聞いたって、彼女に? そうか、そうだったのか……。でもどうして君が?」


「相田さん、ずいぶん悩んでいたじゃない」


「……そうだよ。僕が悩んでいる間に、彼女はもっと悩みを深くしていた。これについては僕の責任なんだ。彼女は悪くない」


「そうかもしれない。でも、それであなたはどうするの?」


「それは……」


 どうとも答えられず、途端に沈黙する前原。

 静かに結論を述べるのはモトカだ。


「ねえ、相田さんと別れたら?」


「ふむ……」


 目を閉じて深いため息をついた前原に、モトカはさらに念を押す。


「そのほうが、あなたたちにとって幸せよ。……きっと」


 そうだろうか。

 目を閉じたまま、改めて前原は心の中で自問した。

 確かに、自分の存在こそ彼女の迷いの原因であることは理解できる。

 でも、だからといって自分の意思で彼女のもとを去ることが本当に二人にとって最善の結論なのだろうか。


「少なくとも、それだと僕は後悔する」


 目を開けて答えた前原の決意にモトカは小さく鼻で笑った。


「あら、そうなの……。あくまであなたは彼女との交際を続けるつもりなのね。そして告白するつもりでいて、肝心の答えはすべて彼女任せ。なんて卑怯な逃げ方かしら? あなたは難しいことを考えずに、彼女のことを愛し続けるだけで済むんですものね」


「そんなんじゃない。僕は彼女のことが好きだからこそ、逃げずに愛することに決めたんだ」


「……きれいごとね」


「きれいで何が悪いんだ!」


 思いがけず声を荒げてしまった前原。それほど大きな声ではなかったとはいえ、ここまで強い反論が来るとは思わなかったモトカは驚きのあまり声も出なかった。

 叫んでしまった後に落ち着きを取り戻した彼も、さすがに申し訳なさそうにする。


「……ごめん。でも、悩んでいたとしても僕は本気なんだ。それで彼女が悲しむのなら、すべてを諦めて僕は退くしかないのかもしれないけれど」


「そう……」


「……それじゃあ、僕はもう行くよ。別にいいだろ?」


「ええ、構わないわ……」


 前原は席を立ち、モトカに食事代だけを渡すと足早に店を出て行った。

 残されたモトカは食べている途中だった料理を見つめると、そっとため息をつく。


「あーあ、私も本当はどうしたいんだか……」


 そして、なんとなくスマホを手に取る。


「さっき、喫茶店を出た時に声をかけてきた人……。梅木とか言ったっけ。いつでも話を聞くとか言っていたけど、愚痴でも聞いてくれるかしら?」


 こうして、今の自分の相手をしてくれるなら誰でもいい気分になっていたモトカは何気なく連絡を取ってみるのだった。

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