55 金欠の吸血鬼は太陽を嫌う
「――はああぁぁっ!!!!」
アカネとモエギ、二人の少女の力が合わさって生み出された光線が、人々の暮らしを脅かす魔物を容赦なく貫く。身動きが制限された魔物はどうにか腕で防御しようと試みるが、強大な力の前には焼け石に水、じわじわと押し切られていく。
そして間もなく、抵抗する腕を打ち破り、魔物の本体部を光線が貫いた。すると、これまで陸に打ち上げられた魚のように暴れていた腕はぴたりと動きを止め、少しずつ体を塵へと変えていく――それは、魔物が活動を止めた証である。
「やった、倒せた――」
半ば捨て身な作戦ながら、標的を打ち破ることができたと確信したアカネは拳を握る。
そして、その間も放たれ続けている光線は、そのまま奥の建物を容赦なく貫いていく。
「――って、ダメダメダメ! このままじゃ街まで壊しちゃうわ! ええっと、こういう時は――」
アカネは咄嗟の判断で杖先を上に向け、光線の矛先を空に向けた。
まるで天から糸が垂らされたかのように幻想的な輝きを放つ一筋の光は、街に平和を取り戻したことを祝福するかのようであった。
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一方、そんな神聖な光に忌々しい目を向ける者もいる。テネリスである。
魔法少女が生み出した魔法から本能的に生命の危機を感じたテネリスは、全力で戦場から退避していた。
もはや冷静に考える余裕もなかったので、道中の家屋やビルの壁を弾丸のように貫き、どこかもわからない場所から空を仰ぐ羽目になっている。おかげで全身が痛いし、せっかくの服もかなり傷んでしまった。
「魔物が受け止めてくれねば、片腕くらいは吹っ飛んでいたかもしれんな……」
テネリスは、太陽が嫌いだ。
それは肌が灰化しようがしまいが関係ない、ヴァンパイアの深層心理に深く刻まれた――俗に言う、「生理的に無理」というやつだった。括りで言えば、不潔な場所によく出る、黒くてカサカサしているアレと同じようなものである。
ただ、太陽は動きが決まっていて、わざわざテネリスの方に近づいてくるような真似はしない。だから我慢の余地もあるし、いくらでも自衛のしようがあったのだが――今日、その常識は崩壊した。今後は、突然目の前に太陽がぽんと出てくる可能性に怯えながら生きていく必要があるようである。
果たして魔法少女たちにテネリスを誤射しないよう配慮する気があったのか――どうあれ、「最悪」か「より最悪」の微々たる違いでしかないが。
「思えば、魔法少女と関わった記憶に碌なものがないな。どうなっておるのだ?」
「――そうそう。本当、魔法少女なんて邪魔以外の何者でもないわよねぇ」
突如、背後からどこか妖艶な雰囲気のある声が響いた。そちらへ目を向けると、そこにはテネリスに似た、黒いローブに身を包んだ女が立っていた。
……少なくとも、テネリスが破壊した建物の家主ではないようである。その事実に密かに安堵したテネリスは、手元に血の結晶を固めた即席の短剣を握る。
「誰だ。今の私に話しかけるとは随分と度胸があるな」
「まあまあ、落ち着いてちょうだい。今日はお話をしに来ただけだから。私達、きっと仲良くなれると思うの」
「そうか? 生憎、私はそうは思わぬな。気が合わないようで残念だ」
こんな怪しい奴と話すことに一切の価値を見出せないテネリスは、女を露骨に突き放すように返した。しかし彼女は一切気に留めた様子もなく、勝手に話を続ける。
「この世界は不平等だわ。魔物に故郷を奪われた人がいる一方で、天から与えられた力で私欲を肥やし続ける人もいる」
「はあ」
「そんな世界は間違っているわ。だから、私が正すの。持たざる者に力を与えれば、いずれ平等な世界が実現されるわ」
「そうか」
「そのために一番邪魔なのは何かわかる? そう、魔法少女。つまり、私たちの共通の敵。さあ、手を取り合って、一緒に立ち向かいましょう?」
「そういうのは間に合っている」
話の半分も碌に聞いていなかったが、要するに、かつての同族たちと同じように力に酔っているタイプの輩――自分で自分の首を絞め、勝手に滅んでいく運命にある者からの勧誘だ。そんな目に見えた泥船に乗る趣味はない。
「もうよいか? そのまま意味不明な理想論をさえずってここで死ぬか、今すぐ帰るか選ばせてやろう」
テネリスは手に持っていた短剣を女の胸に向けて突き付けた。
「まあ怖い。ま、私も今回の交渉は一筋縄じゃ行かないと思っていたし、今日は挨拶できただけで十分ね」
女はわざとらしく身を縮こまらせて怖がると、胸からはがき大の紙を取り出し、テネリスに差し出した。だが、テネリスは突きつけた剣を動かすことはない。
「そう警戒しなくても、種も仕掛けもないただの紙きれよ。もし興味があったら、そこに書いてある場所に来て」
「ああ、行けたら行く。だからさっさと消えるがよい」
「ええ。それじゃ、また会いましょ?」
女は床に紙を置くと、優雅な足取りでその場から去った。しばらく待って、完全に周囲に気配がないのを確信したところで、テネリスは紙を拾い上げる。
「『天寺町』……どこだ?」
少なくとも、テネリスの記憶にある地名ではない。どこにあるのかは知らないが、ひとまずこの場所に近づかなければ良いということだろう。
「いや、今ここで聞けばよいのか」
ここでふと、テネリスは自分が配信をしていることを思い出した。一万人を超える視聴者がいるのなら、先ほどの女や天寺町について知る者もいるかもしれない。あるいは、先回りして警察やICOに通報してくれていてもいい。
テネリスは胸ポケットから「すまほ」を取り出し、視聴者に声をかけ――ようとしたが、画面に触れても、画面は真っ黒なままだった。何度も触れたり、振ったり叩いたりしてみたが、結果は変わらない。
「むぅ……充電切れか?」
そういえば、ユウジが「すまほ」で配信すると充電がすぐに切れるなんて話をしていたか。果たしてどこまで配信できていたのか定かではないが、少なくとも先ほどの女との会話は配信できていないと思った方がよさそうである。
「……帰るか」
フミとの外出に水が差されたことに始まり、今日は何もかもが上手くいかない日らしい。こういうときはこれ以上何かしようとせず、大人しくするのが一番だ。
テネリスは深いため息をつくと、翼をはためかせて空へと飛び立った。
「――ユウジ。帰ったぞ」
「おっ、英雄様のお帰りじゃないか」
「あ?」
治療院に戻り、いつものようにユウジに声をかけると、妙におどけた反応が返ってきた。無性にイラっとしたテネリスの口からは、意図せず異様に低い声が漏れた。
その様子に――あるいは、ボロボロになっているテネリスの服を見てユウジも何かを察したのか、いつも通りの調子に戻って言葉を重ねる。
「あー……お疲れのようだな。とりあえず着替えて、血でも飲んで落ち着いたらどうだ」
「言われなくともそのつもりだ」
テネリスは真っ直ぐ自室に戻ると、着替えを片手にシャワー室へと移動した。
早く血を飲みたいので、シャワー室では軽く汚れを流してさっさと上がる。そして部屋着に身を包んだらまた自室に戻り、血液製剤と「すまほ」の充電バッテリーを手に、ユウジのもとへと戻る――この間、僅か五分程度での出来事である。
テネリスは近くにあった椅子を手繰り寄せてどかりと座ると、充電コードを「すまほ」に繋いで、血液製剤にチューブを刺して咥えた。
「で? 英雄様とはなんのことだ」
「ニュースだよ、ニュース。取材クルーを助けただろ? あれがかなり話題になったみたいでな。インビジブルに対する印象がかなり好転してきている」
「ほう?」
ユウジが「のーとぱそこん」を渡してきたので、テネリスはそれを受け取って軽く目を通す。
動画が添付された記事は、ヘリコプターに乗っていたカメラマンが撮影したと思しきものであった。中身が透明なローブを纏った人物、つまりテネリスが、墜落寸前のヘリから三人を助け出す様子が映されている。
「向こうからすりゃ放送事故もいいところだが、映画のワンシーンみたいだとSNSで大バズりだ。お前が配信をしていたのも効いたな」
「えす……ばず……?」
突然繰り出された知らない単語の連続に、テネリスは眉をひそめながら首を傾げた。少なくとも悪い意味ではなさそうだが……。
それに、配信で地道に魔物討伐などをしていた時は大して効果がなかったというのに、人を助けただけでこうも手のひらを返されてしまうと、些か複雑な気分である。裏を返せば、いくらテネリスが正義としての立場を確立したところで、いざ血を求めた瞬間「怖すぎて無理」などと人が離れてしまう危険もあるということだ。
「ううむ、人間というのは実に単純だな……」
「そういう層……確か、浮動客とか言うんだったか、まあ何でもいいが、そういう層を取り込んでいけばいい。とりあえず、チャンネルに届いたコメントに返信でもしたらどうだ? それで喜ぶ奴もいるだろう」
「ふむ、それは一理あるな」
ユウジに言われるがまま、テネリスは「すまほ」を手に取り、画面に触れた――が、「すまほ」はうんともすんとも言わない。今回は電源も繋いでいるはずなので、充電不足ということはないはずだ。つまり、これが示唆するところは――。
「ゆ、ユウジ。すまほが、壊れた……!」
テネリスは手を震わせながらユウジに訴えた。正直、壊すようなことをした心当たりがありすぎて、逆にいつ壊れたのかも分からない。ただ、テネリスの生活にはすっかり「すまほ」が組み込まれてしまったので、これが使えなくなるとかなり困るのは確実である。
取り乱すテネリスに対し、ユウジは苦笑しつつ「すまほ」をテネリスの手から抜き取って調べる。
「ああ、こりゃもうダメだな。もともといつ壊れてもおかしくないようなやつだったし、お転婆娘相手によくやった方か」
「誰がお転婆娘だ」
相変わらずヴァンパイアに対して無遠慮な発言をする闇医者である。
「だがいい機会だ。この際、自分で買ってみたらどうだ」
「私が?」
「手続きは代わりにやってやる。例のドローンじゃあるまいし、回収屋の収入で余裕だろ。それか、配信でファンから集金すればいい」
「……そういうのは、思っていても言うべきではないのではないか?」
何となく、ユウジが配信者として上手くいかなかった理由が分かった気がした。
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『テネリスさん』
『どこにいますか? 無事ですか?』
『返事をしてください』
『おねがいです 無事でいてください』




