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馬車に延々と揺られてやっと到着したメグルの街は、ルイの知るどの街とも違っていた。活気に満ちあふれていた。道のあちこちでダンジョンでドロップしたものを売っている冒険者や、それを仕入れていく料理人たち。それから、立ち食いの屋台。街のあちこちから良い匂いがして、混ざり合ってたまに悪臭となる場所もあるくらいである。
「すごい、ですわね」
「だろ? この屋台の半分は冒険者の兼業だな。
この街で冒険よりも料理が向いてるかも! ってなる奴も多いんだ」
「私もきっとそうなんですけれどね」
だが、ルイの立場は微妙だ。ダリアムでは珍しい高位の付与魔法が使える上に、人間特化の鑑定スキルを持ったウィリアムでも見たことがない"スキル付与魔法"が使えてしまうのだ。恐らく、スキル付与魔法は今のところ使えるのはルイくらいだろう。
そうでなくても、料理に付与出来るということを知っているのはルイだけなはずだ。祖国である魔法大国では付与魔法は何故か不当に低く見られ、研究する者がいなかったのだから。
スキル付与魔法と料理に付与という二つの爆弾を抱えているのにもかかわらず、ルイは自衛の手段が乏しい。無論強化に強化を重ねた過剰防衛付与アクセサリーは持っているが、それだけで身を守れるとは思えない。
自衛できるようになるためにも、やれることはやるべきだ。
「うん、君の料理は美味いな。それは誇って良い。
それはそれとして、冒険者と料理人、どっちも出来て損はないから気長にやろう」
ウィリアムはお世辞で無くルイの料理が気に入ってくれてるらしく、一緒に過ごすようになってからは料理のほとんどをルイがしている。ルイとしても自分では食べないような料理にまでチャレンジ出来るためとても都合がいい。何せ彼は好き嫌いがなく、毒でない限り気持ちよく平らげてくれるからだ。
割と細身のくせに、何処に入っているのかという疑問はあるが。国の顔として相応しくあるようにと自分を磨き続けた日々からは遠くなったが、ルイも年頃の女だ。冒険者になったあとも体型維持には気を遣っているため、ウィリアムのあれだけ食べても太らない体質はちょっとだけ羨ましい。
乗合馬車の休憩所で軽く食事を食べたはずなのに、ウィリアムの目は屋台のチェックに余念がない。まだ食べるつもりのようだ。
話題を変えるために、ンンッとわざとらしく咳払いをしてコチラに視線を向けさせる。
「少し疑問なのですが、Cランクになったとしても個人の能力が上がるだけでしょう?
私の場合、相手は集団になると思うのですが、それでも意味はあるのでしょうか?」
いくら個人が強くなっても数の暴力には敵わない。そんな逸話はあちこちに転がっている。
「そりゃまぁそうなんだが…君の場合戦い慣れてないのが問題だわな。
誘拐犯を撃退したのはお見事だけど」
「確かにあれは失態でしたわ。
意識を飛ばした瞬間に何をされるかわかったものじゃありませんから」
少し高位の魔法使い数人がかりであれば、意のままに操ることも不可能ではない。それでもまだ相手が魔法で何かをしてこようとするのであれば、ルイはそれなりに対処できる自負がある。王子妃は自分自身と、伴侶となる王子を守らねばならぬ義務があるからだ。全く守りたい相手ではなかったけれど。
しかし、相手がスキルを使ってきた場合は対処のしようがない。何せ、ルイはスキルに関して全くの無知だ。自白させる、あるいは意のままに操るようなスキルがないとは言い切れない。
「そういうこと。
だからまず、周囲の気配に敏感になること。これは冒険者の初歩スキルで、気配探知だな。
ダンジョンに何度か潜ればイヤでも身につく…ってのが冒険者の中での常識だな」
「コツはありますの?」
「ダンジョンにいったら基本俺は助けないから、自然と身につくから安心していい」
ウィリアムは甘い人間だと思っていたが、師匠としては思ったよりもスパルタだ。しかし、それはルイの望むものでもある。少しでも甘やかされてしまえば、そこからズルズルとダメになっていきそうな、そんな予感がするからだ。
「で、自衛についてはそんなもんだな。相手の接近がわかれば何通りも対処できるだろ?
特に身体麻痺なんて魔法もあるわけだし」
「確かに。触れられたらそれを逆手にはとれますわね」
身体麻痺は触れた相手を麻痺させる魔法だ。一般的には医療行為に使われるものである。触れた相手の触覚や痛覚を遮断し、手術をしやすくするものだ。攻撃手段に出来るのであれば大変強力だが、何せ相手に触れなければ発動できない。
その難点が、この場合大きな武器になる。自分から触れに行く必要がなくなるのだ。
気配探知で相手が何処に触れようとしているかわかれば、そこから身体麻痺魔法を流し込んでやれば良い。
「あとはあれだな。単純にCランクにあがると、ギルド内での評価があがる」
「? はい、それはそうでしょうけれど…」
ランクはギルドから与えられるものだ。
言われた言葉の真意がわからず、先を促す。
「正直に言えば駆け出しは未来の大器かもしれん。が、現時点では十把一絡げなんだよな。
何かあっても労力をかけてまで助けたいかというとそうではない」
「あぁ、なるほど。
ギルドが手をかけてもいい人材、というのがCランクから、ということですね」
「そういうことだ。
Cランクの人間が突然行方知れずになれば、とりあえずギルドの方でも足取りは探しておく。本格的な調査はしないだろうがな。
精々、近くにいる冒険者にこんな人を見かけたら教えて欲しい、くらいのもので」
「それだけではあまり意味はないのでは?」
自力でCランクにあがったとしても、すぐに捜索してもらえなければ意味が無い。
不満そうな視線を向けると、ちょっとドヤ顔なウィリアムがいた。好物の肉を食べているときの表情といい、ウィリアムは意外と子供っぽいところがある。
少し勿体ぶってから、ウィリアムは言葉を繋いだ。
「そこで俺の弟子ってのが効いてくるんだ。
俺の仕事はもう知ってるよな?」
「なるほど…」
ウィリアムは冒険者として活動する傍ら、ギルドの密偵として活動している。ルイとの出会いもその密偵任務中の出来事だった。多勢に無勢で追い詰められたところを辛くも逃げ切ったが、その先が魔法大国の誇る国境用魔法障壁。正面から激突し命が危うかったところをルイが拾った、というのが出会いの経緯だ。
そういうヤバイ案件に関わっているウィリアムの弟子。その弟子が行方知れずになったといえば、ギルドとしても動かないわけにはいかないだろう。
「ついでに、私がCランクにあがってさえいれば、それなりの警戒態勢はとってもらえる、というわけですね?」
「そうそう、そういうこと」
Eランクの駆け出しが攫われるのと、Cランクに上がった人間が攫われるのであれば間違いなく後者の方がインパクトが強い。ギルドもそれなりに本腰で探してくれる確率があがる。
「納得した?」
「はい」
これはもうやらざるを得ない。いや、元からやらないという選択肢はなかったけれど。
「そりゃよかった。じゃあギルド長に顔つなぎに行っとくか。
ついでに簡単な依頼でも受けてみよう」
「わかりましたわ」
冒険者としての初仕事だ。
といっても、カラムの街でどんな依頼があるのかというのは大まかに掴んでいる。駆け出しの冒険者というのは大体が雑用だ。いきなり戦闘することはないだろうと少し安堵しながら冒険者ギルドへ向う。
途中、いくつかの屋台で買い食いをしているウィリアムを窘めるのにちょっと苦労した。
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