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人の気配がする中で就寝する、というのはゴブリンに遭遇した直後と同じくらいに緊張した。こんな経験は泊まり込み研究をして仮眠をとった時くらいではないだろうか。ちなみにそのときは10分程度目を閉じてから覚醒し、すぐに研究に戻ったのだけれど。
おじさんが身動ぎする度に意識が浮上した。
それでも、安静にしていれば体力は徐々に回復するものだ。それに、ルイが食べた食事は身体回復の付与もついている。精神はともかく、体力だけはなんとか回復した。
深夜に交代をして、明け方まで見張りをする。
その間は退屈だったので、この道中ではできなかった水魔法の練習をすることにした。
屋敷にいたときは一日も欠かすことがなかった水魔法の修行。欠かさずとも全く発露しなかったけれど。道中では余計な魔力の消耗を防ぐためにできなかったが、ここまで来れば少し位なら平気だろう。
(魔法の基礎は精神の統一と、明確なイメージ。
初歩の詠唱…は、おじさんを起こしたら悪いから脳内で唱えるだけにとどめておいて…)
何度も繰り返してきた練習。今日は横で寝るおじさんがいるので詠唱だけは省略したけれど。
残念なことに今回も水魔法の発露はなかった。
(残念だけれど仕方がないわ。
…そろそろ朝食の準備をしましょうか)
空の向こう側がうっすら明るくなる頃に切り上げ、昨日宣言した通り朝食の準備をする。
料理を始める前のルイだったら、朝食は簡易食でもいいのではという感じだっただろう。しかし、料理を覚えてからは朝食も料理を練習する良い機会になった。とはいえ、朝はそんなにたくさん食べられる気がしない。なので、スープに小麦を練った団子のようなものを浮かべてそこに野菜を入れるようなものが多かった。
が、おじさんはそれだけでは足りないかもしれない。
(スープはそのまま作ってしまっていいわよね。
それにもう一品足すのが良さそう…一品で足りるかしら…)
散々悩んだ末に、小麦団子の野菜スープに、鳥のてりやきと果物を足すことにした。てりやきは味付けが濃いので、満足度が高いはずだ。果物は単純に付与魔法を施してなかったため出すことに決めた。
(おじさん、ホントどのくらい食べるのかしら?
もしおじさんが冒険者のスタンダードな食べっぷりなのだとしたら、冒険者向け食堂のメニューはとにかく量を重視した方がいいかもしれない)
そんなことをツラツラ考えていると、人が動く気配がした。
「あーやばいメッチャいい匂いがするー。腹減って目が覚めたよ」
「えっ!?
昨日の量で足りなかったんですか!?」
「昨日は昨日、今日は今日だって」
おじさんは決して太っているわけではない。脱がせたときに確認したが、かなり筋肉質だった。それなのにあの大量の食物が体内に消えるのだから世の中わからないものだ。
簡易ハンモックをしまい、食事にする。
「いただきます。
…うまっ」
「それはよかった」
下品にガツガツ食べているわけではないのに、あっという間に皿が空になっていく。鍋一杯にスープを作ったが、それを全部食べてしまいそうな勢いだ。
ただ、その様子を見ているのはちょっと楽しい。
自分の作った食事を美味しそうに食べてくれる誰かがいるのは悪くないと思えた。
そんなことを考えながら、自分も口をつける。
暇があるときにつくっておいたチキンストックと野菜出汁のスープが、胃の中に落ちていく。早朝の空気で冷やされた体が中から温まっていった。
そして、てりやき。こちらはあまり食べられる気がしないのでほんの味見程度の量だ。一口食べただけで濃厚な味が口一杯に広がっていく。ルイの胃袋はそれだけでちょっとギブアップ気味だ。味は美味しいと思うが、ちょっと重い。おじさんはそれを美味しそうに次々と口に運んでいた。
ちなみに、おじさんの分に付与魔法はかかっていない。
「はぁーーー。堪能しましたごちそうさま。
というか、俺ルイさんの分も食べちゃってない? あんまり食べてなかったように思うけど…」
「私はあのくらいでちょうどいいです」
なんなら、おじさんの食べっぷりを見てお腹一杯になった気持ちだ。
気持ちのいい食べっぷりなので構わないけれど。
「大分少食なんだな。それとも、冒険者じゃない普通の女性ってこんなもんなんだろうか。魔法も結構体力使うっていうからてっきりたくさん食べるもんだと」
「その辺りは人それぞれだと思いますよ。
あとは…私もジャナンナの人間なので簡易食に慣れてるせいで胃袋自体が小さいのかも…」
「あー…納得した」
そんな会話をしながらさっと後片付けだ。
こんなときに水魔法が使えれば調理器具を洗うのも楽だったのだが、無い物ねだりをしてもはじまらない。
ちなみに、おじさんはできないことはないけれど、魔力量が少ないのと川が近くにあるということで魔法は使わなかった。
「さて、それじゃあちょっと早いけど出国審査受けに行こうか。
ちなみに商人として出国予定だよね?」
「はい。他のギルドには登録していないので」
「なるほどなるほど。
もし、ルイさんさえよければ出国のために冒険者ギルドに登録しない?
そっちの方が結果的に早くなると思う」
「どういうことですか?」
詳しく聞いてみると、冒険者ギルドには徒弟制度というものがあるらしい。一定以上のランクをもつ人間が次世代に技術を受け継がせるためのものだ。それは商業ギルドにもあった制度なので聞いたことはある。
「つまり、おじさんの弟子になると、出国審査をおじさんと同じ扱いで通れるということですか」
「そういうこと。
ただしデメリットもある」
おじさんは指を二本立ててみせた。
デメリットは二つ、と言いたいらしい。
「一つ、冒険者ランクが二つ上がるまでおじさんと行動を共にしなきゃならない。これはどっちかっていうと師匠側への圧なんだけどね。特権やるから人材育成しろよってこと」
「師匠側も弟子をとることによってそれなりのメリットがあるんですね…。
残りの二つ目は?」
師匠側にもメリットががないとこの制度は成り立たないだろう。が、それは今はあまり関係がないので先を促した。
「二つ目。徒弟関係解消後、ギルドを通して俺に一定金額を支払わなければならない。ようするに講師料だな」
「ふむ…」
こちらの方はなんとかなるはずだ。ギルドが仲立ちする以上法外な値段にはならないはずだし、そもそも商人として身を立てるために売り物は豊富に持ってきている。
そうなるとデメリットは実質一つ。
冒険者として行動しなければならないという点だ。
正直戦いたいとは全く思わない。ただ、おじさんの前でいくつか魔法も見せていることから、冒険者の魔法使いとしての適性はあると思われたのだろう。
「いくつか質問があるのですが…」
「なんだい? 詳しいことならギルドできちんと確認した方がいいとは思うけどね」
確かにそうだ。
だが、今ルイが気になったことはそこではない。
「おじさんにメリットが見えません。
ランクを二つ上げるということはCランクまで面倒を見るということ。稀有な才能があればすぐにCランクになれるかもしれませんが、私の場合は下手したら年単位の時間を浪費します」
すぐにCランクになれる冒険者も少なくはない。
しかしそれは、生き物を殺すことに躊躇いのない、冒険者適性が高い人物だ。ルイにその適性は皆無だ。そのことを言った覚えはない。けれど、商人志望の女性をCランクに押し上げるのは中々労力がかかることだ。
冒険者Cランクは越えられない高い壁ではないけれど、決して越えやすい壁ではない。
その時間をかける目的が見えない。
「…何が目的なのでしょう?」
目の前の気の良さそうな顔をしたおじさんは、少し困ったような苦笑を浮かべ「参ったね」と呟いた。
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