姪と Dispersion
「お、生きてる。ギリギリだったか」
落とし穴の終着点に辿り着いて少しして、ようやく落下の衝撃による認識傷害の状態異常が回復してきました。認識傷害が発生してしまうと五感情報が全て混乱してしまい、死んで復活ポイントに飛ばされているのか、それともまだ生きているのかどうかが分からなくなっちゃうんです。
軽い浮遊感みたいなものも感じますね。VRゲームにログイン/ログアウトしている時のような感覚です。自分がいったいどこにいるのか分からなくなるという感じです。
『か、カズミ氏……ですか?』
「おう。シン君もどうやら無事の様だな。俺はHPギリギリで助かったが、シン君はどうなってる?」
『僕、の方は……ほとんど、ノーダメージですね……。落下のダメージは、落下距離と速度に比例した最大HP依存ですので……HPが減っていた僕には、たぶんこの罠のダメージには……耐えられなかったと、思います』
「そうなのか。常にHP満タンだったのが幸いしたな」
だってこのダンジョン内だと俺ちゃんはどの敵さんからも攻撃受ければ一撃死ですからねー。0か1の選択肢しかありません。HPなんて飾り数値でしたよ。
「ところで、なんで個別チャットなんだ?」
しかもちょっと言葉が途切れ途切れです。まるでチーちゃんみたいです。
『それが……なんかとても柔らかい物に、顔が埋まっていまして……。喋れないんです』
柔らかい物、柔らかい物。
ああ、そうか。落ちている途中でシン君のクッションになるためにシン君を抱き寄せたんだったね。ということは、その柔らかい物って俺のお胸様ですか。出来る限り忘れようとしてた神乳様なんですけど、シン君はその聖域の恵を味わう事になってしまったのですね。
お、五感もかなり復活してきました。ほんとだ。胸にシン君の顔が突っ込んじゃってますよ。もしかしたらシン君は至福の一時だったかもしれませんけど、リアルでは男の俺ちゃんの場合、存在しないそのお胸様から受ける感覚は寒気を感じるんですよね。というか重くて邪魔なだけです。
「シンくーん。ちょっと目を瞑っててねー」
『はい? わかりました』
一度深呼吸をして、気持ちと感覚を整える。よっし、準備OKだ。
シン君の身体を一度突き飛ばし、その後ぐるんとシン君の身体を半回転させてキャッチ。
「救出完了だ。目を開けてもいいぞー」
「え? あれ、今度は背中に何か柔らかい物が……」
やっぱ抱きしめる時は後ろから包み込む体勢じゃないとね。胸の中に抱き付かれているという体勢は、このキャラではちょっと気持ち悪いです。リアルで姪から抱き付かれるのだったら超ウェルカムなんだけどねー。
『カズねぇ、死んでる!?』
そんな不埒な妄想を思い浮かべていたら、突然にマリリンの声が脳内に響き渡ってきました。PTチャットです。
『いやいや、そこは生きているかどうかを聞くべきだろうに』
『生きてるんだね? 良かったー。急にいなくなるから吃驚したよ』
ちなみにこのゲームでは、PTメンバーの名前は見る事は出来ても、それ以外の情報は一切表示されません。なので、誰がどれだけダメージを受けてるのかとか全然分かりません。
ならばPTを組むメリットって何かあるのかと聞かれれば、PT補正がかかるとか陣形を設定してそのポジション付近にいれば追加補正が発生するとかなのです。ちょっと独特ですよねー。
『そっちは大丈夫なのかー?』
『大丈夫かと言われれば大丈夫なんすけどね。ちょっとマリリンが慌てたのと、センがまだ固まってる事ぐらいっすかね?』
『ちーちゃ……センねぇはたぶん大丈夫だよ! だから、お……カズねぇは心配しなくて大丈夫だから!』
む? マリリンがリアルネームを言いそうになった?
それに、センねぇちゃんがまだ固まったままだと? えっと、こういう場合にセンねぇちゃんの意識を戻すには……。やっぱあれかな?
『明日のオヤツは抜きにするかな~』
『は? カズミ、何言って……』
『オヤツ! 抜いちゃだめです~』
『あ、センねぇが復活した』
お、帰ってきた帰ってきた。オヤツ効果は抜群ですね。
『センねぇちゃん、明日のオヤツは何が良い?』
『おねぇちゃん、明日はチョコレートが食べたいな~』
『了解。でもあんまり食べ過ぎちゃダメだからな。虫歯になっちゃうぞー?』
『歯磨き、頑張ります』
よーしよしよし、センねぇちゃんはこれで大丈夫だな。急に俺がいなくなった事でセンねぇちゃんはかなり驚いたみたいだけど、この分なら暫くは大丈夫そうだ。本当はもっと本格的にケアしたい所だけど、この状況だしな。まさか一緒に死のうとは言えませんし。
問題は、マリリンの方か。
『カズねぇ、兎に角すぐに助け出してあげるから、あんまり無理しないでよ?』
『元々無理してないだろうに。一撃死エリアで一体何を無理しろと言うんだ?』
『何でもだよ! お……カズねぇはそのままそこでじっとしててね』
『あいよ。首をなが~くしてお待ちしております。まいらぶりーしすたーちゃん』
『なにそれ』
苦笑が漏れる中、PTチャット終了です。続いて、個別チャットをダブルで開きます。
『ユリアちゃん、レイ君。俺と合流するまで二人をちょっと頼むなー』
『え? あ、はい。任されました』
『カズミも意外と心配性なんっすね。でも何となく分かるっす』
『やばそうなら見殺しにして復活ポイントに送ってくれ。俺もすぐに向かう』
『ゲームの中じゃなかったら出来ない会話っすね。色々訳ありっすか。でも詮索はしないっす。分かったっす』
『んじゃ、頼んだ』
いやはや、二人がまさかこんな事で取り乱すとは思わなかったな。まぁ、それも仕方ないか。俺とシン君は、マリリンのせいで落とし穴に落ちたんだからな。
たったそれだけの事なのに。自分のせいで父親を殺してしまったと思い込んでいるリンちゃんには、ちょっと刺激が強すぎたか。最近はかなり安定していたから大丈夫だと思ってたんだが、こりゃ早く合流して安心させないといけないな。
順風満帆な姪とのライフだと思ってたんだけどね。少し幸せを感じすぎて、その反動が強く出てしまったのかも知れない。この分だと、姉ちゃんもまだ真相は伝えていない、か。俺にその役を押し付けようとでもしてるのかねぇ。
チーちゃんの場合は、リンちゃんとは違ってその現場を目撃していない。もしかしたら、まだ父親に捨てられたと思い込んでいるのかも知れないな。突然にいなくなれば、そりゃ当然か。加えて、俺の家に来た事も、見方を変えれば姉ちゃんに捨てられた事にもなるし。
となるとこの場合は、マリリンが俺を捨てたという図式に見えたという事になるのか。穴に落ちる、イコール捨てられる。ちょっと苦しい様にも思うが、チーちゃんの意識が飛んでいた事実は変わりない。
それに本当はそんな状態の二人にはその場から動いて欲しくなかったんだが、困った事にチーちゃんには禁句がある。チーちゃんは昔"そこで待っていろ"と言われてずっと待っていた事があり、しかしそれを言った父親は二度と帰ってこなかったという過去を持っている。
だから、待っていろという言葉を使う場合には、チーちゃんが安心出来る様にずっと世間話を続けたりしなくてはならない。それで一度、電話代が凄い事になってしまった事がありました。遠距離電話中に、誰か家に来たみたいだからちょっと待ってね、と言ってしまったが最後。チーちゃん全然泣き止まなくて、やむなく電話しながらチーちゃんに会いに行きました。
兎に角、起こってしまった事はもはやどうにも出来ません。あれは事故です。今の所、二人はまだそこまで取り乱していないみたいなので、ささっと合流すればきっと簡単に有耶無耶に出来る事でしょう。
そうと決まれば、早速行動に移さねば。
……って、あれ? そういえばさっきからシン君の反応が全然ありませんね。PTチャットにも参加してきませんでしたし。どうしたことでしょう?
あ、ずっと後ろから抱きしめたままでした。可愛い男の子なシン君を、無駄に豊満な胸を持った美人女性キャラである俺ちゃんが抱擁し続けていましたよ。こりゃ、シン君はとっくに天国へと旅立っちゃってるかな~?
「あの……向こうとの話も終わった事ですし、そろそろ解放して頂けると助かるのですが」
お、意識ある。しかもそこまで天国気分じゃないみたいですね。おかしいな~。男の子ならみんな憧れるようなシチュエーションなのになぁ。もしかして俺の事、ちゃんと男性として見てくれているんですかね。
「すまんすまん。すっかりシン君の事を忘れていた」
「いえ、構いません。そもそもカズミ氏には落とし穴に落ちた際に助けられましたから。先程も言いましたが、カズミ氏に守ってもらわなければ僕は死んでいました。有り難う御座います」
そう言うシン君は少しだけ顔が赤く染まっていましたが、あれあれ? なんか男女間のそういうのとはなんか違いますね。何というか、同姓に対する憧れの様な微妙な違いを感じちゃいます。やっぱ俺の事は男性だと思っているのかな?
「それはそれとして、最近は全く話を聞かなくなりましたが、サービス開始初期に街の北側でよく見かけられていた異常に強い初期装備姿のソロプレイヤーの女性というのは、実はカズミ氏の事ですか?」
って。いきなり話が飛びました。もしかしたら誤魔化そうとしているのかもしれません。ただそっち方面の話を振ってくるのは、ちょっと困りものですね~。さて、どう答えましょう。
「何故そう思うんだ?」
「特徴が一致しすぎているのが一つ。もう一つは、モンスター襲撃事件の際に見たカズミ氏の動きが、場面によって明らかに動きが違いましたので。街の外で敵集団に囲まれていた時の動きと、街中でNPCを助けた時の動きはとても同一人物とは思えない動きでした」
「状況が違うだろうに。余裕ある時と余裕のない時で差が出ただけだろう」
「でしたら、最初にPTを組んだ時にカズミ氏が言った短剣術スキルの熟練度48という数値は、いったいどうやって叩きだしたのでしょうか? カズミ氏が吟遊詩人だと判明した今、その数値は決して不可能という値ではありません。あの時は誤魔化されましたが、今思えば街の北側に現れたソロプレイヤーとその件は、実は繋がっていたと考えるのが妥当です」
うーむ。シン君の瞳を見る限り、なんか確信してるっぽいですね~。見ている人はちゃんと見ているという事です。
しっかし……さっきまでシン君の方がちょいと気まずい雰囲気だったのに、一気に俺の方へとひっくり返されちゃいましたね。ならもう一回、反転させてみましょうか。
秘技、誤魔化し返しのじゅつ~。
「それはそれとして、シン君。俺の胸の中に顔を埋めた感触はどうだった? マリリンとセンねぇちゃんにそれをするのはシン君が初めてなんだが、一応感想を聞いておきたい」
「は、はい?」
「というか、他人に胸を許したのは初めてなんだ。だからシン君。ちゃんと責任を取ってね?」
「せ、責任ですか……? いえ、しかしあれは仕方がなかった事とはいえ、カズミ氏の方から無理矢理してきた事ですし。それを責任取れと言われましても」
「事故であろうと故意であろうと事実は事実だ」
「と言われましても……」
なんだろう、一応はプロポーズしてるって事になるんだけど、なんかシン君の反応が微妙です。もっと喜んでくれたりアタフタしてくれても良いでしょうに。シン君にはまだ恋愛は早すぎたのかな? でも普段からレイ君とユダちゃんという恋仲の二人の近くにいる訳ですし、決して鈍いという訳ではないと思うんですが。
「そ……女性……に合っ……んだけどな……」
「ん? 何か言ったか?」
「あ、いえ。気にしないで下さい。独り言です」
よく聞こえませんでしたけど、女性は間に合ってるって聞こえたような気が。あれ、シン君まだ俺の事を女性だと思っている? だとしたら何でこんなに反応が薄いんだろう。
もしかして●モ!?
いやいやいや、それはないない。俺が言うのも何ですけどっ!
「とりあえずこの話は後にしましょうか。今はマリリン達と合流する事を第一に考えましょう」
「そうだな。賛成に一票」
「有耶無耶にはしませんからね」
「む……」
はい、俺の誤魔化しはばれてました。ちょっと無理すぎましたからね。
兎にも角にも、今はシン君の言う通りマリリン達と早く合流しませんと。二人が心配です。マイラブリーシスターならぬマイラブリーニースがとっても心配です。
急がねば!




