Inferno figure --地獄絵図--
「婆さん、分かっているとは思うが俺達まで巻き込むなよ」
「そんな悠長な事を言ってる場合かね?」
NPCである街の人達に意識が向くのを恐れ、再び俺は攻勢に出る。その焦りがBGMの音色を変える。
袈裟懸けに斬り抜け、半転し右薙ぎに払い抜け、半転し右に斬り上げながら斬りぬけ、半転し袈裟斬りに斬り降ろす。真下から真上に斬り上げ、袈裟斬りにしながらまた斬り抜ける。バイラウェイ。また半転。斬り抜けて狂人鬼の視界に入り、姿勢低く足首を斬り払い、左に斬り上げながら背後へと抜ける。背中に向けて刃を走らせ、胴を斬って前へと躍り出る。振るわれる腕を弾くのではなく回避と同時に斬り、太腿を薙ぎ、脇腹を突き、腰を斬って抜ける。乱刃旋嵐烈火閃。
視界に現れては消えるという行為を繰り返し、その注意を俺へと向けさせる。だが虚しくも、その効果はほとんどなかった。
斬撃が空を切り、その場に狂人鬼の姿がなくなった事を同時に悟る。
刹那、ザシュッという肉を貫く音が俺の耳へと届けられる。
「婆さん!」
振り向くと、手を胸の前に掲げ法術の詠唱をしていたらしき老婆が、眉間を五指で突かれピクピクと痙攣している姿が瞳に入ってきた。老婆は白目を向き口から涎をだらだらと垂れ流す。突かれた眉間からもだらだらと血を流す。間違いなく死を連想させる光景だった。
その死が確定付けられる。
兇悪な力で投げ捨てられた老婆の身体が建物の壁へと叩き付けられ、そして潰れる。後には血の散華が壁に残った。
やめろ……。
「くっそーーーーーっ! 婆さんをよくもっ!!」
逆上した全身筋肉質の男性がノコギリを振り上げて狂人鬼に襲い掛かる。それを見る前に俺は走り出していた。
ノコギリごと男を屠ろうとした腕を斬り弾き、その軌道を間一髪で変える。が、狂人鬼の腕はノコギリを破砕し、男の頭上を過ぎる。一つ間違えば自身の頭ごと破壊されていたその現実に男が遅れて気が付き、恐怖して短い悲鳴をあげる。襟首を掴んで男を後ろに引き、再び襲ってきた腕を躱す。男を蹴って無理矢理狂人鬼の側から引き離す。
胴に斬撃を撃ち込む。狂人鬼が腕を横に振り抜く。再び超接近状態で交戦する。即死攻撃をさばき、ほとんど無意味と知りつつも斬撃の雨を降らせ続ける。
「父さんの仇!」
そんな最中、あろう事か狂人鬼の背後に少年の姿が躍り出てきた。馬鹿な、何故逃げない。
全力で振り降ろされた木の棒が狂人鬼の頭頂部にヒットし、そして砕け散る。その攻撃判定がシステムによって認識される。目の前の俺を無視して狂人鬼が少年の身を標的へと変える。
無数の斬撃を叩き込まれながら狂人鬼がゆっくりと後ろに振り返る。その口元に残忍な笑みが浮かんだような気がした。
獲物の姿を認めて、左腕が動く。か弱き少年へと死神の腕が振るわれる。それは一瞬だった。
短すぎる短剣の刃はその腕には届かず、胴を薙ぎ払われた少年の上半身が下半身と切り離されて宙を飛ぶ。周囲に血の雨が降る。少年は、絶命した。
「カイトーーーーーーー!」
少年の名前らしき言葉を雄叫びのようにあげる全身筋肉質の男。少年のようにまた突っ込むという無謀な事はしなかったが、瞳には明らかに少年以上の怒りの炎が浮かんでいた。
やめろ……。
その男へと向けて、また狂人鬼の足が動く。それを察知し、俺も動く。
目の前に出現した狂人鬼の姿に男の顔から怒りが消え、驚きに満ちる。が、狂人鬼の腕は既に血に濡れ、男の背中へと突き抜けていた。
分厚い胸の内から引き抜かれ、遅れて男がゆっくりと前のめりに倒れていく。
一度は助けた筈の男が結局死ぬ。プレイヤーと違い、その骸はその場に残り無惨な姿を晒したままもう二度と動かない。その顔が、ぐちゃりといって踏み潰される。
やめろ……。
狂人鬼の強靭な皮膚によって弾かれ続ける刃。剣閃が斬空を呼び、斬りつける度に僅かな真空刃を発生させる。風の刃が地面を斬り、骸となった男の服を斬り、置き去りにされた家具を斬るが、目の前にいる狂人鬼の皮膚だけは斬り裂けない。斬り続ける俺の方へと意識を向けない。
再び狂人鬼の姿が消失。その一瞬後を追って、地面を蹴って右に。すぐ側で縮こまっていた女性の背中へと振り降ろされた腕を弾く。しかしまた振り降ろされるもう片方の凶器。狂人鬼の身体に阻まれて刃が届かない。
「いやっ……やめっ……!?」
腕を弾く音でその事に気が付いた女性の顔が背後へと振り向き、己の境遇を察してか細い声をあげる。しかしその瞬間、腕が女性の頭部を二つに裂き、脳漿と血を撒き散らした。
やめろ……。
新たな殺人行為に満足した狂人鬼が再び次の獲物を見定めるべく首を巡らせる。そこに俺に対する興味はほとんど感じられない。どうしてだ!
消える狂人鬼を追いまた疾走。間に合わず、また一人のNPCが死ぬ。
やめろ……!
短剣を投げ付ける。切っ先は間違いなく頭部へと吸い込まれるも、甲高い音と共に弾かれる。空中で掴み取り、勢いよく振り降ろす。だがやはり硬質の音を発するのみで狂人鬼の身に傷は一切つかない。何か手立てはないのか!
効果がないと分かっていても狂人鬼の背を蹴りつける。身体を旋回させ更に蹴りつける。スキルも持たないまま回転脚撃を見舞う。踵落としに三日月蹴り、旋風脚、飛翔連脚、スパイラルキック、天昇脚、穹弓飛脚、地翔断空翼断蹴り、キャノンソニック、破鎧脚、八相飛膝蹴り、陸号捻り斬輪蹴り、八卦双動脚。そのどれもがやはり効果がなかった。
攻撃方法を短剣術に戻し、狂人鬼の顔面を斬り薙ぐ。微かな旋刃を伴いながら刃が閃くも、その程度の事では何も変わらない事を再度確認する。無造作に振るわれた腕の攻撃を躱し、刃を跳ね上げてその腕を斬る。斬撃をその腕へと集中させて斬りまくる。
また姿が消える。そしてまた届かない。また一つ、命が失われていく。
やめろ……!
短剣術スキルを確認する。そこに手立てがない事を確認する。
錬金術スキルを確認する。熟練度の上昇速度は若干上向きになっているように感じたが、数値が低すぎるためにまだ新しい補正は生まれない。今暫くは期待も出来ない。
BGMスキルを確認する。聞かせている者の数がいつもとは桁違いに多いため熟練度はかなりあがっていた。だが、その数値は予想よりも低い。音色を聞く者の数は多くとも、意識して耳にする者が少ないからか。バリケードの向こう側で闘っていた時よりも明らかに上昇速度が落ちている。どうしてだ?
狂人鬼の猛威に晒される事のなかった左の屋上から見えるプレイヤーの数は時間の経過と共に増えている。狂人鬼が地面に降りた今、右の屋上にもまたポツポツとプレイヤーの姿が現れ始めている。熟練度が高くなったからという理由には思えない。
死神の腕を振るう狂人鬼がまた一つの命を散らせる。今度は杖をついた老人。そんな身体でも必死に小さな家具を運び、家具と家具の間に出来た隙間を埋めていた影の功労者。そんな老人の瞳が見開かれ、握りつぶされた首に悲鳴をあげる事も出来ず黄泉の国へと旅立っていく。
やめろっ!!
手首を弾き上げ、首から上を失った胴体を解放する。次いで肘関節を狙い狂人鬼の腕を曲げようと試みるが、変わらず乾いた硬質の音だけが耳に届けらた。狂人鬼の肘は曲がらない。
斬る度に不愉快な音が鳴り響き、俺の鳴らす音が掻き消される。刃が刃毀れを起こす程の斬撃を叩きこもうとも、非常識な防御力を誇る狂人鬼の身体は火花を散らせるだけ。短剣を刃毀れさせ、欠片を飛ばすのみで傷付かない。
狂人鬼の意識は俺の斬撃は気にもとめない。
潜在的に意識を繋ぎとめる筈の集敵効果を持つBGMの音色にも、狂人鬼はほとんど意識を向ける事がない。
足りない。足りない。音が足りない。
この狂人鬼の意識を向かわせる音が足りない。この音色では不十分。この1音だけでは不十分。1音では足りない。この音の強さでは足りない。効果がない。効果が足りない。効果音が足りない。効果音が欲しい。
錬金術スキル補正『集中』にBGMを選択。
BGMスキル熟練度補正を確認。『音質変更』を確認。選択肢が出現。増幅および反響を選択。
短剣同士を打ち合わせる。その瞬間に鳴り響いた金属音を想像領域で生成。より耳に残る別の音を鳴らし掻き消す。その音を拡大し、増幅させて周囲に鳴り響かせる。
キィィィン、という耳を打つ甲高い綺麗な音が世界に反響し、鳴り響いていく。
瞬間。
次なる標的と定めた治癒士らしき少女の身へと死神の腕を振り下ろそうとした狂人鬼の動きが止まった。
狂人鬼の首がゆっくりとこちらへと向く。その隙を見逃さず、少女が慌てて地面を這ってその場から待避する。少女がいなくなった地面は水に濡れていた。
一瞬後に狂人鬼の腕が振り下ろされ、水に濡れた地面を穿つ。血飛沫は飛ばず、謎の液体が飛沫く。その背へと一足で近づき、キラーナイフの刃を振り降ろす。そして刃が狂人鬼の背を滑る瞬間、再び斬撃の効果音を響かせた。
振り抜いた姿勢のまま、BGMスキルの熟練度を確認する。小数点以下の数値が勢いよく増え、一つ繰り上がった。効果音が反響する中、戦いの旋律を奏でる。その旋律も反響するが、反響中の効果音は消えない。数値がゆっくりと上昇する。
バックステップする直前に旋律を消し、地を蹴る効果音を鳴らす。一瞬後、再び戦いの旋律を再開。突き向かってくる腕の五指。再び音色を消し、五指を弾くと同時に甲高い音を鳴らす。そしてまた旋律を奏でる。
バリケードを背後にまだすぐ近くにいる少女へと意識を向ける事なく、狂人鬼の興味が俺の方へと固定される。しかし効果音を鳴らさないでいるとその首がゆっくりとまた横へとそれていく。旋律の音色を強くしても反応はない。しかし刺激の強い効果音を鳴らすと注意が向く。
狂人鬼には挑発スキルは効果がない。それは他のプレイヤーが散々試して確認された事だ。しかし今、狂人鬼は俺の使用するBGMというスキルの音に反応している。盾などを強く撃って音を鳴らし敵の注意を向けさせるという挑発スキルが存在するが、このBGMというスキルはそれとは別の種類に区別されるようだ。敵を引き寄せるという特徴から、挑発ではなく集敵。口笛などの敵寄せスキルと同じ類という訳か。
だとしても、敵寄せ効果にしては敵の注意を引きすぎる気もする。しかもBGMの特性上、この疑似挑発行為は無限に連続して使用出来る。となると、瞬間的なヘイト上昇というよりは蓄積によるものと考えた方が良いだろう。それも、使い続けると耐性がついてしまう類のもの。
何にしても好都合。これで俺に注意を引き付けておけるなら、その効果が続く間にNPCから引き離すのみ。
1音BGMだけでなく、効果音付きの戦闘が始まる。
♪御意見、御感想をお待ちしています♪
リン「リンちゃんと」
チー「チーちゃんの」
「「あとがき劇場スペシャル!!」」
リン「わー、わー、ぱちぱちぱちぱち」
チー「ドンドン、ぱふぱふ」
リン「うーん……。ちょっとグロテスクな第40話だ……」
チー「人がいっぱい無惨に死んでいくのです……少し気分が悪くなるのです……」
リン「敵さんをいっぱい倒していくなら楽しいんだけどねー」
チー「NPCさん達は死んでも消えないから、阿鼻叫喚絵図になるのです」
リン「ずっと不思議に思ってたけど、なんで逃げないんだろう」
チー「自分達の街を守りたいからじゃないです?」
リン「その気持ちは分かるんだけどね。でも命あっての物種だよ」
チー「逃げ道がないというのも理由かもしれないのです」
リン「あ、そか。すっかり忘れてたけど、街の外は敵さんだらけだったんだっけ?」
チー「だらけという訳ではないのですが、安全ではないのは確かですね」
リン「なら街の中で追いかけっこし続ければいいのに」
チー「それだといつか追い詰められますね。敵さんは他にも街中にいます」
リン「蟻さん達の事?」
チー「です。南から大量の蟻さん達が今も進軍中なのです」
リン「あれ、そういえば私達はどうやってやりすごしたんだっけ?」
チー「速度アップのアイテムを使って、無理矢理突破しました」
リン「その後は? トレインしちゃったんじゃない?」
チー「広場にいたプレイヤーさん達にこっそり押しつけちゃいました」
リン「どうやって?」
チー「私達の後を付いてきたストーカーさんが、広場入口で止まりましたので」
リン「レイレイ、チーちゃんに思い出されたのはいいけどストーカー扱いなんだ」
チー「私達が引き連れてきたという事は、一応ばれてないみたいですね」
リン「でもたぶんレイレイは犯人だとしてつるしあげられてそうだなー」
チー「そんな事より、今回は怒濤の蹴り技がなんか多いですよね」
リン「うん。でも先に、なんか凄そうな必殺技を使ってるんだけどね」
チー「すっかり霞んじゃってますです」
リン「蹴り技使うのは良いんだけどねー。カズねぇ、スキル持ってないよね?」
チー「持ってませんね。持ってるのは短剣術、錬金術、BGMの三つです」
リン「なら、ダメージまったくでてないんじゃないかなー」
チー「そもそも、全ての攻撃にダメージは出てるのでしょうか?」
リン「一応、最低ダメージは1だって話だけどね」
チー「果たして、あの化け物さんをダメージ1だけで倒せるのでしょうか」
リン「HPは軽く万単位ありそうだよね。もう一桁、上かも」
チー「レイドPTで闘ってもまったくケロッとしてましたよね」
リン「うん。あれだけの法術を受けて、なんともなってなかったのは驚きだよ」
チー「そんな敵さんに、私達は突っ込んだんです?」
リン「うん……無謀無謀だと思ってたけど、改めて思い返しても超無謀だよね」
チー「なら、レベル1のカズミちゃんが闘ってるのは?」
リン「超デリシャスハイパーネオスーパー無謀かも」
チー「なのに、まだ闘ってますよね、カズミちゃん」
リン「うん。私達も回避優先で闘った訳だけど、すぐに負けちゃったんだよね」
チー「私達が本気でカズミちゃんと闘ったら、果たして勝てるのでしょうか?」
リン「あ、それは楽勝だよ。だって私がホーミング系魔法使えば一発だから」
チー「それは卑怯……」
リン「勝てば官軍だよ♪ それに、ルール強いた時点で本気じゃないよ」
チー「なら、一対一だとどうでしょう?」
リン「それでもたぶん勝てるかなー。チーちゃんでも勝てると思うよー」
チー「……つまり、カズミちゃんとあの化け物さんの相性は、最高なのですね」
リン「だね。超回避型のカズねぇと、直接攻撃一辺倒の化け物さんだから」
チー「なんかちょこっと嫉妬しちゃいます。相性最高……」
リン「いや、そんな所に嫉妬しても……」
チー「ちこっともわもわ。今日はもう落ちますね」
リン「はーい。じゃ、私も落ちちゃおっと。今日もちょっと長話しすぎちゃった」
チー「ではでは、お休みなさいなのです」
リン「お休みー。みんなもお休みー。バイバーイ」
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