メイド sister
その場であらゆる方法を試して、ようやくチャットシステムを立ち上げる。
何度も耳に鳴り響いていた、二つの知らない相手からの応答希望の通知。
『おい』
口には出さず、頭の中で思う。念話とほぼ変わらないチャット。名付けて念話チャット。勿論、俺が名付け親では決してありません。
『やっほー。やっとインしたんだね、おじさん。というか返事返すの遅いよ!』
『そんな事はどうでもいい。というか、おま……二人に言われた通りに一切の情報を断ってたんだから仕方ないだろ? コマンドの呼び出し方や使い方なんて分かんないんだから』
『あ、そういえばそうだったねー。でもやたらと時間掛かってない? いくら初心者でもここまで遅くならないと思うよー? クスクス』
……あいつ、分かって言ってるな。クスクスってわざとらしく擬音語を使いやがって。
『とりあえず、今どこにいる? 直接会って色々聞きたい事がある』
『おじさんとは最初からファミリーフレンド登録されてあるから、マップを見れば分かるよ』
略してファミレドって、おいおい。せめてファミフレにしてくれよ。分かりにくすぎるわ。
『そのやり方が分からん』
『えっとね』
やたら出来る子目線で説明されるのを大急ぎで解読、理解した後で俺はすぐにその場へと向かった。道中、モンスターに出会って一撃死。初期から登録されている場所と思われる見た事のない復活地点に飛ばされて多少は時間が節約出来たが、代わりに衰弱のステータスがついた。
街の中は人がゴミのように行き交っている。人が多い所は嫌いだ。なので出来る限り目立たないように歩いているのに、なぜか行き交う人々の視線が俺の方へと向いてくる。無視だ無視。
辿り着いた先はオープンカフェ。女性ばかりが目立つ賑やかな場所。ただでさえもう嫌気がさしてるのに、更にハードルがあがる。
先にお店に入っているらしい二人の姪、リンちゃんとチーちゃんを探す。視界の端に表示させているマップは例え街の中であっても自分で実際に行った事のある場所しか表示してくれなかった。しかし探している相手の位置だけはピカピカと光ってくれるので、それだけを頼りに二人がいるらしき方角を見る。
でもね。相手の姿が分からなければ分かる訳がない。喫茶店の中にいる人、多すぎです。
『着いたみたいだねー』
『ああ、着いたよ。だが二人がどこにいるのか分からん』
『細かい所まではマップじゃ見えないからね。手を振ってるんだけど見えるー?』
見渡すと、なんか三方向で手を振ってる人が見えた。だがその中で俺に向けて手を振ってるのは一人。日本人にあるまじき蒼と白の混じった髪をした剣士風の少女が笑顔で手を振っている。
その隣には眼鏡を掛けた魔法少女っぽい赤髪の女の子がいる。彼女も控えめに俺へと向けて小さく手を振っている。
どちらも、現実世界の二人とどこか顔立ちが似ている。恐らく間違いないだろう。
「待たせたな」
「え? どちら様でしょうか?」
大人しそうな魔法少女が答える。
「演技はいい。チャットマークが出てるからバレバレだ」
座ると同時に紅茶を頼む。
「む……意外と順応早いんだね、カズミおねぇちゃん」
「これだけ色々と仕掛けられれば、嫌でも勘繰るようになる。というか、やっぱり犯人は御前等二人か……」
「はい」
元気よく答えたのは剣士風の少女。間違いなく下の姪のチーちゃんだ。手の振り方まで真逆に演技してたから、一瞬こっちの少女がリンちゃんだと勘違いしそうになったが、やはり滲み出ている雰囲気がまるで違うので、近づいたら一発ですぐに分かった。
「先に自己紹介しておきますね。リアルネームはここでは御法度ですので。私が姉のセントアンヌです。センねぇちゃんと呼んでください」
「そして私が妹魔法使いのマリーベルちゃんだよー。マリリンって呼んでね。ちゃんはいらないから」
ああ、頭が痛くなってきた。なんだこの設定。というか二人とも女学院みたいな名前だな。セントアンヌ女学院、マリーベル女学院。何だか本当にありそうで怖い。
「……んで、俺が何か? 真ん中のカズミって訳か?」
「うん、そうだよ」
即答かよ。
上の姪が妹のマリリンで、下の姪が姉のセンねぇちゃんで。うん、そこだけなら何となく趣旨は分かる。
「私、おねぇちゃんが欲しかったんだよねー。だからここでは私は妹!」
「私も……妹がちょっと欲しいなぁ、って思ってたんです。おねぇちゃんって呼ばれるの、少し夢だったんです」
ああ、うん。その気持ちはなんとなく分かる。俺も、出来れば一人っ子が良かったと思っていた時期があったから。
でもな。
「そこにわざわざ俺を巻き込んだ理由はなんだ?」
「面白そうだったから」
「私の名前を忘れてた罰です」
上の姪は後でお仕置き決定。下の姪の方は……ちょっとまだ保留にしておこう。
「だとしてもだ。確かVR世界は性別を偽れなかった気がしたんだが。最新型だからか? それとも俺の知らないうちに規定が変わったのか?」
「あれ。カズミちゃん、女の子なんですか?」
「ああ、どこからどうみても女の子になってるよ。間違いない」
胸も見事に膨らんでいたさ。現物確認済。男にはありえない大きさだったよ。というか見て分かるだろうに。
「んー? それって見た目だけだよねー? 確かに寝ているカズミおねぇにスリフィディアこっそりつけて、ログインする前の容姿設定とかちょちょっと弄ったけど」
「あくまで弄ったのは容姿だけでしたので、性別までは変わらない筈なんですが……」
ああ、なんとなーく悪戯されてたのは予想していたさ。
だけどな。それじゃ説明出来ない事が起きてるんだよな。
「……ステータスって、お互いの了承があれば見せ合う事出来るよな?」
「はい。フレンド登録してないとまず無理ですが、私達なら問題ありません。フレンドより上位のファミリーフレンドですので」
略してファミレド。チーちゃんもそう言うのね。
「ちなみに、この設定もカズミねぇが寝てる時にちょちょっと……」
「なら、見てみろ」
出来ればこれは夢であって欲しいと思った。
「あ、本当におねぇちゃんになってる。やった♪」
「殴るぞ」
妹である魔法少女姿の上の姪、リンちゃんの……って、ややこしいな……えっと、マリリンだったか? そのおでこをピンっと俺は弾く。いわゆるデコピンというやつだ。むっ、回避された。
「えっと……あ、本当ですね。カズミちゃん、ホントに妹なんだぁ……フフフ」
うおぉっ、チーちゃんが怖い。いや、ここではセンねぇちゃんか。慣れねぇ。
こっちの世界だと感情がダイレクトに顔に影響を及ぼしやすいから、剣士姿をしてる少女の顔が危ない表情になっていた。
「はぁ……とりあえず、一度消してやり直すか」
「あ、それ無理だから」
「なに?」
「初回限定超豪華デリシャス特典優待版だからかなぁ。色々すんごいのがついてるせいか、やり直しはきかないんだって」
「データは消せますけど、スリフィディア自体も特別仕様になっているため、本体側のデータも一緒にすべて消えてしまうそうです。そうなると、今使っているこのスリフィディアは二度と使えなくなるそうです」
………。
はい?
「つまり何か? 俺はこのゲーム内ではVR世界唯一のネカマキャラで過ごすか、それとも22万9800円もかけたスリフィディアを捨てて新しいのを買うかの2択しかないって事か?」
「かな? ちなみにスリフィディアを捨てる場合、お金払わないからね。お母さんのお金だけど」
「それと、セントアンヌおねぇちゃんは一生カズミちゃんを恨むと思いますので。カズミちゃんのお部屋で見つけたあれやこれやが、ある日突然、家の前に散乱したり、しなかったり?」
「いや、そんな危ないもんは俺の部屋にはないから」
……なかったよね?
「はぁ……分かった分かった。このままの姿で適当に遊ぶよ。お金勿体ないし」
「睡眠中に遊べるのに遊ばないのも勿体ないしねー」
「快眠音波もあるので」その呼び名は怖いって「毎晩可愛い私達の事を考えて悶々悶える日々ともおさらばです」
「悶えてねぇよ」
俺は至って健全だ。背徳感もない。守備範囲も違う。血の繋がってるロリッ娘二人に欲情する事などある訳ねぇ。
「ああ、そういやこのゲームのタイトルってメイドオンラインだったよな? なのにさっきからメイドさんって全然見ないんだけど、これは仕様なのか?」
「「え?」」
あれ、二人の目が明らかに点になっている。やべ、会話の選択肢間違えたみたいだ。
「カズねぇ、もしかしてそのつもりだったの?」
最初はカズミおねぇちゃんだったのに、次はカズミおねぇ、更に削られてカズミねぇときて――おねぇは流石に意味が変わるから助かった――最後はカズねぇときましたか。どこまで削られてくんだろ、俺のキャラ名。
「情報なしだと、そう思うのが普通だと思うがな。その分だと違うのか?」
「うん、全然違うね」
「お悔やみ申し上げます」
悔やんでねぇって。俺はバニー好きなんだ。
「ま、その辺の事も踏まえて、まずはチュークエ受けてきなよ、カズねぇ」
「そうですね。それを受けない事には、このゲームでは何も出来ませんから」
よかった。カズねぇの4文字で打ち止めしてくれた。流石に「カねぇ」とか「カズ」とかじゃ呼び名としてどうかと思ってたし。
ちなみに、チュークエというのはチュートリアルクエストの略だそうです。何でも略せば良いってものじゃないですよ。
「あー、分かった。んじゃ、行ってくる」
「はい。いってらっしゃい、カズミちゃん」
「出来れば、もう少し言葉遣いも直して返ってきてねー」
立ち上がった俺に二人がエールを送る。だけど俺はそこから動かない。
「ん? どしたの、カズねぇ?」
「いや、場所教えてくれ。分からん」
「はいはい。それじゃ、案内がてらそろそろ私達も狩りに出掛けよっかねー、センねぇ」
「はい。休憩時間終わりですね、マリリン」
ああ……やっぱり早まったかなぁ。姉妹逆転した二人のやりとりもそうだが、それ以上に性別から体格まで何からなにまで変わってしまった自分の身体にバリバリの違和感を感じつつ、俺は支払いを済ませてそのオープンカフェを後にした。
って、おい! 支払い俺持ちかよ!
♪御意見、御感想をお待ちしています♪
リン「リンちゃんと」
チー「チーちゃんの」
「「あとがき劇場!!」」
リン「わー、わー、ぱちぱちぱちぱち」
チー「ドンドン、ぱふぱふ」
リン「今日も元気にまっしぐら! 第4話だよー♪」
チー「今回は、私とリンねぇのメイドキャラも出演ですね」
リン「だねー。私は赤髪の魔法使いで、チーちゃんがショートカットの剣士さんだね」
チー「髪の色に白と青を混ぜたので、縞々模様の剣士さんです」
リン「そしてキャラ名は、私がマリーベル。マリリンって呼んでね♪」
チー「私はセントアンヌです。そのままだと長いので、センちゃんって呼んで下さい」
リン「ついでに、姉妹設定も弄ってみましたー。私が妹で~」
チー「私がおねぇちゃんです♪」
リン「リアルと逆だから、たまにちょっと混乱しちゃうよね、チーちゃん」
チー「え? 私は別にそんな事はありませんけど?」
リン「……」
チー「?」
リン「ねぇ、チーちゃん」
チー「はい、何ですか? マリリン」
リン「……」
チー「?」
リン「うん、何となく分かってはいたんだけどね」
チー「?」
リン「チーちゃんって、作中だと上手く喋れてないよね?」
チー「はい。特に男の方の前だと上手く喋れません。おじさんの前でもダメです」
リン「でも、ここだとな~んか普通に喋ってるよねー」
チー「あれ? そういえばそうですね。何ででしょうか?」
リン「チーちゃん、自分の名前言ってみてくれる?」
チー「はい? セントアンヌですけど?」
リン「あー……やっぱり。チーちゃん、最初っからセンねぇモードだったんだ」
チー「あれ、本当ですね。私も今気が付きました」
リン「道理で話しやすいと思ったよ」
チー「元に戻します?」
リン「そのままでお願い。私もマリーベルモードになるから」
チー「何も変わらないと思いますけど……」
リン「いいの! 気分の問題なんだから!」
セン「それじゃ、私も変えますね」
マリ「気分一新! それじゃ、張り切っていっくよー」
セン「と言ったところで、本日もこの辺りであとがき劇場もお開きです」
マリ「!?」
セン「また見て下さいね♪」
♪(こっちも)御意見、御感想をお待ちしています♪




