Murderous intent --殺意--
客のいなくなった寂しい店舗の奥にある階段を上り、住宅となっている2階に設置されていたベッドの上で、チーちゃんの半身であるキャラの身体を優しく抱きしめながら、俺はただその時が過ぎ去るのを待ち続けた。
腕の中で震え続ける少女の身体はとても小さく、そして冷たい。胸に顔を埋めて嗚咽する少女の泣き声は止む事がなく、透き通った硝子のように美しいその二つの青い瞳から流しされた涙が俺の肌を濡らしていた。
少しだけ血に染まったシーツ。この身に浴びたアイナの血と、靴と手についたマリリンの血と。少女が浴びたササメさんの血と、リンネちゃんの血と、レイ君の血と。どれが誰の血の名残か分からないまま、ベッドにあがった俺達2人の身体に付着していた血が、まるで現実にようにそのシーツへと少しだけ移り染み込んでいた。
時間が流れるのが遅い。あれからまだ10分も経っていない。
アイナはもう逝ってしまっただろう。狂人鬼は標的としていた俺を見失って、また目の付いたプレイヤーから順に殺し回っているのだろうか? それとも、あの無限地獄を特定のプレイヤーに対して行い続けているのだろうか。そうでない事を祈る。
アイナの死という現実を知りたくなかったので、あの場から逃げる際に俺はPT編成を解除した。その瞬間、フレンド登録していないレイ君との繋がりだけが完全に消えた。だから今、レイ君の現状だけが俺には確認出来ない。
ササメさんはまだこの世界にいる。しかしリンネちゃんとシン君は既にこの世界から離脱していた。それが自主的なログアウトだったのか、それとも強制ログアウトだったのかは確認していないので分からない。この心情下ではとてもササメさんに連絡を取ろうという気にはならなかった。
唯一ハッキリとその存在を確認出来る少女の、その青と白と赤の混じったザラザラする髪を撫でながら、ただじっとその少女が泣き止むのを待ち続ける。
そのまま暫く、その少女の冷たい温もりをこの肌に感じ続ける。遠くで聞こえる喧噪は、まるで耳に入ってこなかった。
1分か……5分か……。それとも30分以上時間が更に経っていたのか……。
気が付くと、側に誰かが立っていた。
「……よお。無事だったんだな、ササメ」
そう声を掛けた瞬間、彼女の眉がピクリと動いたが、どうでもいい事なのでその違和感はすぐに頭の中から消し去った。代わりに、いつの間にか泣き止んでいた胸の中の少女に気付いてその顔を覗き込む。
少女の綺麗な瞳と俺の瞳が繋がりあう。
なんと言って声を掛けるべきか俺は迷い――しかし結局、俺は何も少女に声を掛ける事は出来なかった。
少女の視線が外され、再びその涙に濡れた可愛い顔が俺の胸へと飛び込んでくる。
「悔しいです」
そしてその言葉を聞いた。
「私はお姉ちゃんなのに、何も出来なかったです」
少女の手が強く俺の着ている服を握る。
「私はお姉ちゃんを助けられなかったです」
再び涙を流しながら少女は言葉を紡ぐ。
「お姉ちゃんなのに、お姉ちゃんが何度も殺されているのに、お姉ちゃんである私は何も出来なかったです」
嗚咽混じりの言葉が少女の口から次々と零れて落ちていく。
「可愛い妹を守れなかったです」
現実と仮想現実をごちゃ混ぜにさせながら。
「大好きなお姉ちゃんが苦しんでるのを助ける事が出来なかったです」
少女が俺の胸の中で再び泣き始める。
「悔しいです」
小さな手で俺の肩を叩きながら言う。
「悔しいです」
嗚咽混じりにその言葉を繰り返す。
「とても悔しいです」
現実でもこの世界でも、とても小さな少女がその心の内を俺へと吐露し続ける。
「悔しいです悔しいです悔しいです悔しいです悔しいです悔しいです悔しいです……」
俺はその少女の小さな身体を優しく抱きしめながら、ただその言葉を聞いている事しか出来なかった。側に立つ女性も何も言わない。俺と同じように近しい人がいなくなった世界で、ただこの苦しい現実に耐え続ける。
俺達の明日はまだ続いていく。この後、現実に戻った先でいったい何が待っているのか。その何かをしっかりと受け取め、そして耐えるために、今はまだこの世界の中でその何かを受け止めるための強い覚悟を深めていく。
「悔しいです……悔しいです……悔しい、です……」
少女の声がだんだんと小さくなっていく。同時に少女の身体から徐々に力が抜けていく。泣き疲れて、叫び疲れて、胸の内をただひたすらに吐露し続けて、少女が眠りの奥底へとゆっくりと落ちていく。沈んでいく。
そして少女は……この世界から、消え去った。
後に残ったのは、少女が確かにそこにいたという証だけ。あの柔らかな肌の感触の名残と、あの冷たい温もりの名残と、流した涙で濡れた胸の湿り気と、水仙のような甘い香り。
それが完全になくなるまで、俺はそのままベッドの上で壁に背を預け続けた。
――悲鳴が、聞こえる。
多くの悲鳴が、遠くから聞こえてくる。
生への渇望と、死への恐怖と、死した者達を悲しむ恨みの声と、呪いの声と。
その中には子供達の声も混じっている。
それは子供のプレイヤーがあげるような綺麗な悲鳴ではなかった。
今、あれと戦っているのは恐らくNPC達だろう。それも戦闘力を持たない子供も含めたNPC達。
広場に向かう前に見た子供達の、その恨みの籠もった強い眼差しを思い出す。己が無力である事を理解していながら、それでも立ち向かおうとする狂気。
彼等にとって、この世界は本物だ。本物であるが故に、失った肉親、恋人、友人、知人、隣人に対するその思いも本物となる。
彼等は、この世界で生きている。
だから、なんとしてでもあの敵を排除しようとする。例え自らの命を落とす事となろうとも、他の多くの命を守るために戦うという選択肢を選ぶ。この街を守るために、その身を犠牲にして無謀なその戦いへとその身を投じる。
すべては、彼等の明日のために。
ある日突然襲ってきた、その理不尽な存在へと……彼等は尚も立ち向かっていく。
守るべき少女達のいなくなった世界で、俺は何を思うのか。
失われていくNPCの命に対して、何を思うのか。
俺はベッドの上から降り、立ち上がる。
その思いに突き動かされるままに、足を運ぶ。
「……どちらへ?」
しかしその俺の前に、和装姿の女性が立ちはだかる。それをさせまいと……俺の進路を塞ぐように彼女は立ちはだかる。俺の身を心配する瞳が、俺の前に立ちはだかる。
「ログアウトするつもりでしたら、この場でも可能です」
「まだログアウトするつもりはない」
身体を一つ分横にずらして先に進もうとする。その俺の前に、身体を一つ分横にずらしてきた彼女の姿が現れる。
再びゆっくりと身体を一つ分横にずらして、俺は先に進もうとする。再び、彼女は俺の進路を塞いで立ちはだかる。
「既に勝敗は決しました。これ以上の戦闘は無意味です」
「無意味じゃない。時間が経てば応援は必ず来る」
腕で無理矢理彼女の身体をどけて進もうとする。が、彼女の身体を動かす事は叶わなかった。逆にその腕を掴まれ制止させられる。
「例えそれが本当だったとしても、私達はあの数でもあれを止める事が出来なかったのです。応援が到着した所であれに勝てるとは私には到底思えません」
彼女の身体をどかす事は諦め、掴まれた腕を振り払う。彼女は大人しく腕を離してくれた。だが俺の前に立ちはだかるのは止めない。真正面から俺と対峙し続ける。
「カズミ殿がいくら回避に優れている特化型のプレイヤーとはいえ、あれの動きの速さはグランドアントとは比較になりません。一時でもいいから時間稼ぎをしようというカズミ殿のその気持ちはかいます。ですが、その気持ちだけではないでしょう?」
「無論だ。償いは、してもらう」
「その感情に振り回されてはいけません」
言葉は聞き入れず、聞き流す。
その通路が塞がれているのであれば、他の出口から出ればいい。
もう一つの出口、ベランダへと向かう。
その意図を理解した彼女が、背中へと抱きつき両腕を前へと回す。力尽くで俺を止めようとしてくる。
「止めるな、ササメ」
「お断りします」
そこに艶のある感情の色は微塵もない。いつもと変わらぬ落ち着いた口調で彼女は言う。
冷静な音色で俺を止めようとする。
「日が昇るまでまだかなり時間があります。他の方々を待つべきです」
現実世界での残り時間は、この世界ではその3倍の時間に該当する。現実時間で約2時間、俺よりも先にログインしていたチーちゃんのログイン限界時間がつい先程訪れたというのであれば、俺のこの世界での活動限界は残り約6時間。そのプレイ時間帯は多くのプレイヤーに共通していた。
故に、衰弱5回分までなら万全の状態で戦闘に望む事が出来る。それだけの時間、人を集め続ければ結構な数になるだろう。作戦を練るにも必要なアイテムを補充するにしても十分な時間だ。
だが、それはあくまで敵があの一体だけだった場合の話。この戦いは、違う。敵はあの一体だけでは決してない。
5時間。それだけの時間が経過した時、この街へと今も向かっているあの大軍団がいったいどこにいるのか。1時間後には既に街の中へと入っている可能性も十分にある。いや、むしろその可能性は高い。最終防衛ラインとなった第四陣が敗れれば、ほぼ確実にこの街はモンスター達によって埋め尽くされるだろう。
そうなった場合、もはやプレイヤーの集結は絶望的だろう。
待った先に未来はない。そう結論づけ、一瞬止めた歩みを再開する。
幸いにして、腰に回された彼女の両腕は抵抗しなかった。
両開きの硝子戸を開け、背後を振り返る。
一つ、思い出した事があった。
よって俺は、彼女へとその事に関して釘を刺しておく事にする。
「これから起こる事は、出来れば他言無用に願いたい。約束してくれるか?」
その俺の不思議なお願いに彼女は一瞬躊躇った後、静かに頷く。
それを確認して、俺は腰の鞘から短剣2本を抜き放ち、装備を変える。
瞬間、彼女が物凄く驚いた。
その驚いた顔に微笑みだけを残して、俺はベランダから飛び降りる。
そして思考を――憎悪で埋め尽くした。
俺の可愛い姪達を泣かせた罪、その身で償って貰おうか。
狂人鬼よ。
貴様を、殺す――。
♪御意見、御感想をお待ちしています♪
レイ「レイと」
シン「シンの」
「「あとがき代理劇場!!」」
レイ「え~っと、ここで拍手をするっと。パチパチパチパチっす」
シン「ぱちぱちぱちぱち」
レイ「今日は俺達の番っすね、シン」
シン「みたいですね、レイさん。それよりも、タイトルコール忘れてますよ」
レイ「おっと。忘れてたっす。第35話! ぬおーっす!」
シン「その掛け声はいらないと思うけど」
レイ「いやこれ、ちゃんとやれって台本に書いてあるっすよ」
シン「あ、本当だね。じゃ、やっぱり僕もしないといけないのかな?」
レイ「ここにとりあえずって書いてあるから、別に良いじゃないかなー」
シン「良かった。僕、あまり掛け声を出すのは得意じゃないんだよね」
レイ「そんな事より、俺達はどんな雑談をしようか迷うっすね」
シン「昨日のユリさんとユーちゃんは演劇をしてたみたいだけど、僕達もする?」
レイ「え!? あれって素の会話じゃなかったんすか?」
シン「半分以上は素だと思うけど、残りは演技だったと思うよ」
レイ「そっかー。とてもドロドロしててゾクゾクしたんだけどなー」
シン「レイ君の名前も出てたよね。比喩だったけど」
レイ「え? 俺の名前出てないっすよ?」
シン「あ、気が付いてないんだ。あれ、100%素だと思ったんだけどな」
レイ「へー。後で読み返してみるっすね」
シン「いや、気が付かなかったんだったらもう読まない方が良いと思うよ?」
レイ「それじゃだめっすよ、シン。これは宣伝なんっすから」
シン「……ああ、そういう方向で話を進めていくんだね。了解」
レイ「そういや、シンが使ってる武器はトンファーなんすよね」
シン「うん。二本で一つの武器扱いの、特殊な武器だね」
レイ「系統種は何があるんすか?」
シン「それがね、面白いんだよ。これ、片手棍と両手棍が両立してるんだ」
レイ「両立って、いったいどうやって?」
シン「さぁ? ただ僕は両方のスキルを持ってるからね。それで分かったんだ」
レイ「二本で一つの武器扱いというのが妙なバグでも生み出してるんじゃないすか?」
シン「さて、どうだろ。でももう一つ面白い事があってね」
レイ「なんすかなんすか」
シン「このトンファーを片方だけ持つと、どちらのスキルも効果ないんだよ」
レイ「うわ……それマジでバグじゃないっすか」
シン「だよね。まぁ僕は気にしてないから良いんだけどね」
レイ「あ、それなら片手持ち、両手持ち、二刀流のスキルはどうなるんすか?」
シン「二刀流は効果あるみたいだよ。でも他は持ってないからちょっと分からない」
レイ「そうっすかー。まぁでも、片手持ち両手持ちは別にいらないからいいっすよね」
シン「うん。だから僕も取ってないんだ」
レイ「それで? 他にトンファーは系統種を持ってるんすか?」
シン「あるよ。ただそれらもやっぱり特殊扱いみたいだね」
レイ「もったいぶらずに教えるっすよー」
シン「これはトンファーという武器の特徴とも言えるんだけど」
レイ「超接近戦用武器っすから、受け止めたり受け流したりするっすよね」
シン「うん。だからなのか、棍棒や撃杖の他に、防杖や警棒というのがあるね」
レイ「ほんと特殊っすねー」
シン「だけじゃなくて、棒鎌というのもあったりするんだ」
レイ「刃がないのに鎌っすか? 持つ場所を変えて使うんすか?」
シン「みたいだね。もっとも流石に僕はその使い方はするつもりないけど」
レイ「そのスキル持ってても使い道が狭すぎるっすね」
シン「でも案外、潜在能力が高いかもしれないよ?」
レイ「いらないいらない。余程トンファーに思い入れないと誰も使わないっす」
シン「そんな人、いるのかな」
レイ「どうでもいいっすね。むしろなんでシンがその武器選んだのか不思議っす」
シン「一応、護身術を習ってたからかな? それに、ちょっと面白そうだったから」
レイ「いいっすねー。俺も別の職をしたかったっすよー」
シン「ユーちゃんのお願いでその職になったんだっけ?」
レイ「っす。恋人のお願いっすからね。男冥利に尽きるっすね」
シン「甘やかしすぎなのはどうかと思うけど。レイさんが良いなら別に良いか」
レイ「っす。いいっす。これが俺の道っす」
シン「ああ、そろそろ終わらないといけないみたいだ」
レイ「丁度、話のキリも良いから問題ないっすね。それじゃ、ばいばいっすー」
シン「また来て下さいね。それでは失礼します」
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