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姪とオンライン!  作者: 漆之黒褐
第三節 『LEGEND OF DARKNESS』
102/115

姪と Dragon Knight

 ラズベリーが振りあげた剣が、轟音を伴って勢いよく振り降ろされます。この時彼は、まさに人生の絶頂だったと思います。

 半年もの間、帝國の侵攻を退かせ続けた皇国の生ける伝説を討ち取れる功績。誰にも成し得なかった事を自身が果たすというその喜びは、野心家である彼の心を大いに満たしてくれた事でしょう。名誉ある勲章を賜る光景すら彼は思い浮かべていたかもしれません。

 金属質の兜の奥に隠された顔に恐らく勝利を確信した笑みを浮かばせ、起死回生の一手が失敗に終わってしまい茫然自失となった眼下の標的を心の中で嘲笑っていると思われるラズベリー。あらゆる攻撃をはね除け続け己が力のみで遂にはその勝利を掴み取ろうとしている彼に対し、彼の部下である敵兵士さん達も彼の力を認め、副司令官になるだけの事はあると見直しているようでした。

 勝敗の行方を左右する将同士が遂に矛を交え、卑怯ながらも繰り出された必殺の刃を日頃の備えによって見事に防いだラズベリーが、勝敗を決定づけるだろう一撃を悠々と振り降ろす様に、例外を除く誰もがその先の未来を同じように予感していたと思います。そしてそれが長い夜明けの終わりだと――ようやく今日という日が、帝國にとっては勝利に満ちた一日として始まるのだと、皇国にとっては敗北に彩られた一日がやってくるのだと、誰も疑わなかったでしょう。

 その一部始終のすべてを特等席で見る事が出来たシン君は、のちにこう語ります。

「僕達は日々経験を積み重ね成長し続けていますが、カズミ氏はそんな僕達を冒涜しているのではないかとたまに思う事があります。システムに許可されている範囲であれば何をやっても良いと思うのはそろそろやめませんか。カズミ氏、大人になってください」

 今にして思えば、確かにこの時、俺は自重するべきでした。ですが既に後の祭り。確信はありませんでしたが、可能性があったことと、また実際にどうなるのか実験したい気持ちにかられ、俺はそれを実行に移してしまいました。

 実験その1。闇騎士の剣がパキーンと折られてしまったことで、やはりボスにそういう攻撃は無効になるんだね~っと思いながら、頭上に振り降ろされる剣を眺める俺。この世界では例え真っ二つに両断されてもすぐに生き返る事が出来ます。プレイヤーにとって死は身近な結果の一つでしかなく、終わりを意味するものではありません。それは、風が吹けばポキッと折れそうなほど低レベルな俺であっても変わりません。マリリン達に連れられて毎日遊んでいるコルヌリコルヌの大迷宮で何度一撃即死させられたことやら。

 故に、巨大な剣が迫ってきても、別に怖くとも何ともありませんでした。いえ、嘘吐きました。やっぱり怖いです。刃物を目の前にして怖くない訳がありませんよね。

 ああ、このまま俺は鎧ごと一刀両断されてしまうのですね。死ぬのは嫌だなぁ。マリリンとセンねぇちゃんが目の前で死ぬのも嫌ですけど、二人を残して先に死ぬのも嫌です。出来れば3人仲良く生きていたいです。

 そんな俺の願いが通じたのか、それはようやくやってきました。ほぼ予定通り、どんぴしゃのタイミングで背後に迫ってきたその気配に、俺は身体を流れるように横へとずらしラズベリーの剣の軌道から紙一重外れます。一瞬後を兜を掠めるように剣が行き過ぎ、剣が大地を抉りました。ちょっと攻めすぎたかな……見切りに失敗しなくて良かったです。

「なにっ!?」

 間違いなく俺の首をとったと確信していたラズベリーが驚きの声をあげました。しかしそれが命取り。驚いた事でそれの発見に遅れ、その一瞬が対処の遅れに繋がり、致命的な隙を作ってしまいます。

 勝利を確信した時がもっとも隙が大きくなる瞬間。起死回生の一手が失敗に終わった事で俺が茫然自失となったと勘違いしたのがそもそもの間違い。たった一人で30人近いプレイヤー達を相手にし、センねぇちゃんとマリリンの虚を突く怒涛の攻撃を受け、度重なる心身の疲労で冷静な判断力と思考力が落ちているからこそ最後の最後で心に隙が生じ、それに気づけなかったのが彼の敗因です。

「なっ……がぁっ!?」

 巨大な脚裏がラズベリーの頑強な胸に入り、彼の身体を盛大に吹き飛ばしました。直撃を受けた胸部分の鎧は完全に破壊され、黒い脚は容赦なく鎧内部へと侵入。その先にあったラズベリーの身を直接蹴りつけます。そのあまりの威力にラズベリーは巨体かつ超重量であるにも関わらず地面とほぼ水平に高速で吹っ飛ばされ、10メートルは先にあった砦の壁へと衝突。分厚い壁をぶち破り、砦の外へと強制的に出されました。

 うわぉ、凄い威力です。予想以上の実験結果が得られましたよ。やっぱりトン級の攻撃はやばいですね。うんうん。

「……なんか色々凄すぎて、何て言って良いのか分からないっす」

「あ~、それってありなの? ちょっと納得出来ないんだけど」

「ほえ~、強いんだねヴェル君。もしかして、この中で誰よりも強いのってヴェル君?」

「……まぁ、もともと体格からして違うからな。あんなのに全力で蹴られたら大抵のヤツは耐えきれないだろうな。ヤス、御前は耐えられると思うか?」

「だから俺はヤスじゃねぇって言ってんだろが! つーか、今のを見せられてちょっと自信がなくなったな。さっきまでならいけると思ってたんだが……ありゃ無理だぜ。きっと俺でもHPマックスから全損コースだ」

「右に同じっす。用水路の時みたく陣形効果でパワーアップしても、あれを受け止める自信はまるで沸いてこないっす」

 巨大騎士ラズベリーを蹴りの一発で吹き飛ばしたのは、それまで俺と同様に日和見を決め込んでいた黒馬ヴェルシュナイツァー君でした。ヴェル君は俺の指示に従い、俺がラズベリーに向けて突っ込み、ラズベリーの意識をすべて俺に向けさせた瞬間を見計らって、全力疾走で全力の前蹴りを放ったのです。

 ヴェル君の体格は降臨召喚によって巨大騎士と化したラズベリーでも背中に乗っけられるほど大きいので、その巨体から繰り出される攻撃は想像を絶するほどの威力を秘めています。体重は間違いなく1トンを軽く越え、下手したら10トンも越えている可能性も。ちなみにアフリカ象の平均体重が10トン弱、最大個体で13トンクラスなんだそうです。ヴェル君がどれだけ大きいお馬さんなのかは、そこから想像してください。

 兎に角、そんな巨体である馬が全力疾走で蹴りを放ってきたら、いったいどうなるのかは一目瞭然ですね。というか、実際にそれをこの目で見た感想は、凄すぎるの一言に尽きます。実際にその攻撃を食らったラズベリーにとっては、どんな言葉も慰めにもならないでしょう。うむ、実験その2は大成功でした。

 この分だと、実験その3はちょっと過剰だったかもしれません。事前にヴェル君へあげた御飯――天馬人参味の味付けを追加で施したプチポちゃんです――は、実はもとは超がつくくらいの激辛キムチ味でした。キムチ味のプチポちゃんは基本的に力があがるプチポちゃんに対して味付けしています。それが超がつくくらい激辛……つまり、それだけ力の上昇量が凄まじいということです。しかもその上昇量は固定値ではなく、元の数値に対する%上昇となっています。

 ヴェル君はとても大きいですから、その分、力もとんでもなく高い筈です。つまり、同じプチポちゃんを使っても、その効果は俺達とはまるで比較になりません。まぁ、上昇率自体も物凄いプチポちゃんでしたけどね。俺が使っても雀の涙にしかならないプチポちゃんです。

「え~と……どうしましょうか?」

「門が開いたんだから、ここはとりあえず逃げる場面だろ。ボスはやっつけても不利な状況だってのは変わらねぇからな」

「今日はもう疲れたから早く落ちたーい。ちゃっちゃと逃げよ~」

 どうやらみなさん、現実から目をそらす事に決めた模様です。その周囲では、士気が回復していた敵兵士さん達が上官を倒されたことで不愉快な空気を醸し出していました。このまま見逃してなるものかという意識と、ラズベリーとの戦闘開始前に約束された言葉との間で心が揺れ動いています。

 あらあら、あっさりと前者へと心が傾いちゃってますよ。ラズベリー、やっぱり人気ないんだな~。腰の鞘から剣を抜き、立てていた槍を倒して水平に構え、残り少なくなっていた矢を弓に番え、みなさんこちらへと向けてゆっくりと歩み寄っていました。

「撤収撤収~っす。逃げるっすよ、みんな~」

 俺もヴェル君に騎乗してスタコラサッサ。っと、忘れ物忘れ物。戦利品をもらうのを忘れていましたよ。回れ右。

「へっ、今度はあんたが殿をしてくれるのか。頼りにしてるぜ、大将」

「中身は女の子でちゅよ。大将と言うのは失礼かと」

「どっちでも良いから早く逃げよ~。あ、ピヨコン乗せて♪」

「ぴよ」

 騎乗ならぬ雛乗する長女さん。あ、ひよこ君が重量に負けて潰れちゃった。俺が言うのもなんですが、重量装備を着たまま乗るのはやめてあげましょう。

「ポチ、お座りです」

『……主よ、私をかしずかせたくば正しき名で呼んでもらいたい』

「ポチ、お座りです」

『……主よ、重ねて言うが私はポチと言う名ではない。私には愛すべき父と母より授かった名がある。そちらで呼んではもらえないだろうか』

「ポチ、お・す・わ・り」

『……緊急事態ゆえ、今回だけだぞ』

「よく出来ました」

 根気負けした日本狼さん――アーヴェルウュ君が渋々といった感じにお座りし、その背中へとセンねぇちゃんとマリリンが二人乗りします。前に座ったセンねぇちゃんがアー君(やっぱ呼びにくいから愛称に変更!)の首の下を撫で撫で。いや、それ猫に対する可愛いがりかたなんですけど。狼さんにやっても……あ、アー君がゴロゴロ鳴いて喜んでる。気持ち良いそうです。

「センねぇ、私達も殿しよ。ちょっと消化不良気味」

「分かりました。ポチ、お願いします」

『主よ、だから私は……はぁ、了解した。振り落とされぬよう注意してくれ』

「いきなりプチメテオ!」

 わっ! 危ないじゃないですか、マリリン。少しずれてたら戦利品が黒こげになるところでしたよ。……っと、次が来る前にサッサと回収してしまいましょう。よいしょっと。

 それじゃ、ヴェル君お願いしますね。適当に蹴散らしちゃって下さい。ぽんぽん。

 ヴェル君がウィリーして嘶いた後、パカラッパカラッと駆け始めました。

「なっ!」「ぐえっ」「うわっ!」「く、くるな~! ぎゃあ!」

 ラズベリーを一撃で倒したヴェル君に恐れをなしたのか、敵兵士さん達はヴェル君が迫ってくると及び腰になってしまい、ヴェル君に攻撃するのを躊躇っていました。普通、あれだけの巨体なら格好の的なんですけどね。ヴェル君は鎧を着ている訳でもないので、剣や槍を適当な場所に出して身体を待避させておけば簡単に傷付ける事が出来ます。でも、敵兵士さん達は避ける事に忙しくて、しかし間に合わなくてヴェル君に文字通り蹴散らされていました。

 まぁそれ以前に数が多すぎて逃げる場所があまりなかったので、強引に突き進むヴェル君に対して最前列にいる人以外は攻撃も防御もまともに行えないようでしたけど。あとついでに、力がアップするプチポちゃんに付随していたHPヒーリング効果の御陰で多少の傷ならすぐに回復してくれるので、ヴェル君も気兼ねなく敵の真っ直中に突っ込める模様です。

 マスコンで何度もヴェル君にはお世話になってますけど、ヴェル君ってその巨体に似合わず結構慎重で臆病なんですよね。だからさっきも戦闘には加わらず、見~て~る~だ~け~。うん、俺ととても気が合います。

「全員、門を突破したっすよ~。マリリン達も早くこっちに逃げるっす!」

「はーい……と見せかけて、振り向きざまのプチメテオ!」

「マリリン、相当溜まってるみたいですね。リアルに帰ったらうんとカズミちゃんに甘えさせないと暫く手が着けられなくなりそうです」

 甘えさせる、イコール、マリリンが仕掛けてくる様々な技を甘んじて受けなければならない、です。お子様の体格から繰り出される技だと思って甘く見てはいけませんよ。不意打ち、だまし討ち、自爆技なんでもありなので、始終緊張を高めておかなければいけません。特に最後の自爆技……技を放つタイミングに失敗したフライングボディプレスを受け損なうと大変なことに……。前にそれでフェラーリちゃんが巻き添えをくらい、ユキちゃんが大泣きしてマリリンと大喧嘩状態に突入致しました。あの時は大変だったな~。しみじみ。

「えっと……その後ろのは?」

 センねぇちゃんの横につけて併走すると、開口一番そんな言葉が飛んできました。俺がゲットしてきた戦利品、やはりというか気になるようです。そのセンねぇちゃんの後ろに座っているマリリンが、じ~っと俺の方を見ていました。何か言いたいようです。

 さて、どんな反応を返そうかな~と、ちょっと悩んでいたその時。強烈な悪寒を感じ、咄嗟に手綱を振ってセンねぇちゃん達を乗せているアー君にヴェル君をぶつけました。

「セン、上っす!」

「きゃっ」「わっ」『なにを!?』

 ――刹那。強引にヴェル君の進路を変えたためセンねぇちゃん達を巻き込みながら倒れる俺の眼前に、鋭く尖った穂先が物凄い速度で迫ってきました。その攻撃は間違いなくセンねぇちゃんとマリリンの二人を真っ二つにする軌道だったにも関わらず、俺が二人を強引に倒した瞬間、その軌道をすぐさま俺の首を狙う軌道へと変えてきました。

 ギリギリで俺も躱せる……そう見切っての行動だったのに。そう思う間すらなく、俺の身体が勝手に反応。左腕を強引にその軌道上に割り込ませ、篭手の中に隠していた最強の武器、ササメさんの愛が詰まった(?)白羽懐剣『細桃花・一美』で篭手ごと受けます。瞬間、受けた左腕に物凄い負荷が掛かり、その腕ごと身体を持っていかれました。

 それもその筈、敵は空の上から急降下してきた速度のままに一撃をぶつけてきたのですから。ヴェル君の巨体から繰り出されるトン級攻撃にも負けず劣らずの超威力の槍撃。敵の姿と槍の穂先が瞳に入った瞬間に俺はこう思っていましたよ。あ、これは死ねるかも、と。

「ダークナイトさんっ!?」「カズねぇっ!?」

 俺が錐揉みしながらヴェル君の上から吹き飛ばされるのを間近で見た2人が悲鳴をあげます。……って、マリリン! そんな悲鳴あげちゃらめ~っ!

「え?」

「あ……やば。今のなしで。テイクツーおねがい」

 もう一度あんな攻撃を受けたら今度こそ死んでしまいます。

 何とか空中で体勢を立て直し、両足で着地。ずざ~っと5メートルぐらい地面に線を引いてようやく止まりました。うわ、左腕の篭手が完全に砕け散ってます。ササメさんが作ってくれた短剣にもヒビが……。先週、修理してもらったばかりなのに。また修理出来ると、ササメさんが躍って喜びそうです。

 この短剣は渾身の一振りらしいので、修理時に得られる経験値などなどは大量なのだとか。お礼にリアルで何をしてもらおうかな~。修理してもらっている立場なのに、何故か報酬がもらえるんです。だからといって、適当な事して短剣の耐久値を下げるようなことはしませんけどね。それなりの事をした上で消耗させないと、修理時に短剣はあまり成長してくれないそうです。う~ん、この場合の耐久値激減だと、いったいどっちに転ぶのかな~。

「ほぅ……私の一撃に反応しただけでなく、あれを受けきるか」

 高速で通り過ぎた件の敵が空でぎゅうんっと旋回し、そのまま俺の頭を通り過ぎて先行するレイ君達との間にバッサバッサと降りてきました。わぉ、竜騎士だ。初めて見ますね。しかも騎乗者は目つきの鋭い美人のお嬢さん。声も背筋にゾクゾクっとくるぐらいに冷酷な響きがあり、一目一声で思わず惚れてしまいそうです。

 紅く燃えるような髪は腰まで伸び、竜が羽ばたくたびに優雅に揺れます。その髪の色を引き立たせるような紫の胸鎧には上品さと気品さを醸し出す見事な金色の刺繍が描かれ、軽装のように見えて使われている材質は並の素材ではない事が一目で分かりました。鎧越しからでも分かる双丘の下にある腹部や前腕を覆っている服も上質で、薄く見えても寒い上空にあって十分な防寒性能を持っているのは間違いなし。竜の背によって開いている股の先、膝より下を守っている金属ブーツは鐙(あぶみ)に爪先をしっかりと乗せ、やや半立ち気味なうえに2メートルを越える斧槍を片手に持っているにも関わらず、彼女はとても安定した姿勢を保っていた。

 見るからにこれまで見てきた帝國の誰とも異なる気品と覇気を持つその妙齢の美女に俺の視線は釘付け。いえ、見惚れていただけじゃなくて、あまりにもその存在感が圧倒的だったので目が放せませんでした。隙を見せたら最後、あの槍が高速で飛来しザシュッと串刺しにされてしまう危険をヒシヒシと感じます。

 このプレッシャー、ラズベリーとはまるで比較になりません。一目で見て分かる真のボスさんです。ラズベリーが単なる雑魚ボスにしか思えないほどの脅威。久しぶりに鳥肌が立ちました。彼女は……やばいです。

「貴様がダークナイトか。私が砦を留守にしている間を狙って攻めてくるとは、よほど私は嫌われているようだな。それとも、捕らえた者達を確実に逃がす事を優先したのか」

 鋭い眼差しを俺に向けながらも柔和な笑みを浮かべてそう言う彼女は、チラッと視線を横にずらしてマリリンとセンねぇちゃんを見ます。2人は、ほえ~っと口を開けて呆けていました。どうやら彼女の放つプレッシャーよりも、女性としての魅力や竜騎士という存在に心を鷲掴みにされてしまっているようです。2人には敵意を向けていなかった事も関係しているのかもしれません。

 というか、俺にだけ敵意を向けるの止めてほしいな~。同じ言葉を返すようですが、よほど俺は嫌われているみたいです。いえ、どちらかというとライバル心?

「随分と華奢で綺麗な腕をしている。まさか貴殿の中身が女性だったとは。同じ戦場に立つ者として少し親近感が沸いてくるな。だが、それを討ち取らなければならないとは悲しいことだ」

 っと。篭手を無くした左腕が露出していた事を忘れていましたよ。ついでに、この鎧を着ている間は暗器扱いしていた短剣も見えてしまっている事も忘れていました。センねぇちゃんにはもうばれてしまったかもしれませんが、竜騎士のお嬢さんの向こう側にいるシン君達にはまだ素性はばれていないので早く隠さないと。

「部下達が随分と世話になったようだが、それもここまでだ。ここからは私自らお相手しよう」

 うう……拒絶したいけど、寡黙キャラを貫いている手前、言葉を喋れないです。首をぶんぶんと横に振って意思表示するのは、なんだかこの良い雰囲気をぶち壊してしまいそうで憚られますし。

「ねぇねぇ。お姉さん、だーれ?」

 一触即発。今にでも攻撃を仕掛けてきそうな体勢にあった竜騎士に、このタイミングでマリリンが暢気な声でそう問いかけました。外野からの意外な質問に、彼女は僅かに眉根をあげて心底驚いた様子を垣間見せます。どうやら、自分の事は知ってて当然と思っていたみたいです。よほど有名な女性なのかな?

「驚いたな。これでも私はかなり有名だと思っていたのだが。貴殿等は戦争をしている相手の国の名だたる将の名や特徴を知らないまま戦っているというのか」

 うん、確かにそうですね。ラズベリーのような小物は兎も角、このお嬢さんのような大物美人さんの名前は是非知っておきたかったです。そして是非お近づきになりたいです。というか仕えたいです。そんな気を起こさせてくれる、そんな女性でした。竜に跨ってる姿がとっても格好良いです。

「私、マリーベル。マリリンって呼んでね」

「私の名はセントアンヌと言います」

「お姉さんの名前は? あと、私達のお友達になって欲しいな~。そして見逃して欲しいな~」

 何て無茶なことを言っているのでしょうか。我が姪ながら怖い者知らずです。でもその気持ち、よ~く分かります。

「フッ……先に名乗られたからには私も名乗らねばならぬか」

 心底嬉しそうに笑いながら彼女は竜の背に触れます。気品に満ちていながら優雅、にも関わらずどこか肉食獣を思わせるその笑みに、また少し俺の心がドキッと跳ねました。何年ぶりだろ、こんな胸の高鳴りを覚えるのは。

 竜が彼女の命令に従い羽を休め、ゆっくりと大地へと足を着ける。そして竜が羽を閉じるのを待ってから彼女は竜の背から降りました。わざわざ竜から降りてから自己紹介しようとするのは、やはり彼女が高貴な生まれだからでしょうか。ラズベリーも貴族の端くれでしたから、彼女もきっと貴族なのでしょう。しかもかなり上位のです。下手したら……いえ、まさかね。

「名を聞かれるのは随分と久しぶりのような気がするな。私の名はミネバ。ミネバ・スカーレットレイクだ。人は私の事を、空を統べる紅の戦姫と呼ぶ」

 何となく予想していましたが、彼女の名前はミネバちゃんというらしいです。砦の中で何度か聞いた、この地の司令官さんの名前です。

「みんなは私の事を、空を朱く染める紅の魔法少女と呼ぶ」

 マリリンが捏造プラス嘘を吐きました。やっぱり、空の赤い悪魔という通称は嫌だったそうです。というか、その通称はどこかで聞いた事があるような。日曜の朝に放送されている魔法少女アニメの主人公の通称だったかな?

「という訳でミネバお姉さん。こっちの名前で帝國内に噂を広めてね」

「……」

 あ、ミネバちゃんが少し反応に困ってる。空気を読まないマリリンのノリについていけてないようです。ミネバちゃんが俺に視線を向けて助けを求めてきました。うーん、シリアスな展開だった筈なのに、一転してコメディになりかけてます。温かい目をして見守ってあげましょう。

 ……何も反応を返さなかったら、ミネバちゃんの機嫌が悪くなりました。プレッシャーが1.5倍になって襲い掛かってきます。素知らぬ顔して柳に風と受け流しちゃえ。兜によって顔が隠されているので表情は見えませんけどね。

「これも貴殿の策略か? だとしたら、貴殿の評価を少し下げなければならぬな」

 再びミネバちゃんが竜に跨り、槍を構えました。やる気満々です。殺気がビンビンです。

「戯れ言はこれまでだ。決着をつけるとしよう。ゆくぞ、ダークナイト!」

 その宣告を皮切りに、ミネバちゃんが竜を操り急上昇。一度の羽ばたきだけで大きく飛び上がった竜が、次の羽ばたきで後ろに風を起こし、その反動で前へと進む速度を得ます。その間、僅か一呼吸。次の瞬間にはミネバちゃんが突きだしてきた槍の先端が、ヴェル君に騎乗する俺の胸を正確に狙って高速で迫ってきました。

 一瞬で間合いを詰めてきたミネバちゃんに対し、マリリンとセンねぇちゃんが遅れて反応を見せますが、時既に遅し。2人が武器を構える頃には槍は俺の身体が元あった場所を貫いていました。もし狙われていたのが2人だったら、間違いなくその一撃で終わっていたことでしょう。

 直線的で素直な攻撃だったため回避する事に成功したものの、状況は圧倒的に不利。ラズベリーとの戦いで剣を折られてしまった俺には、見せる事の出来ない短剣2本しか持ち合わせていません。レイ君達がまだすぐ近くにいる以上、その短剣は使用出来ません。つまり事実上、無手。

 長物を扱っている竜騎士相手に、しかも明らかにラズベリーよりも強いと分かるミネバちゃん相手に素手じゃまるで話になりません。あらゆる攻撃が必殺になりかねないヴェル君も、空から攻撃してくる相手には相性があまりにも悪すぎて攻撃を当てるのは至難の業。それでなくともミネバちゃんが乗っている竜はヴェル君と大差ない体格なので、うまくヴェル君を体当たりさせても耐えきられてしまいそうです。

 神速の槍を躱すと同時に右腕を伸ばし、槍を掴みます。ないなら奪えば良いだけです。

「させると思うか?」

 掴んだ瞬間、槍にインパクトが走り腕が弾き飛ばされました。一筋縄ではいかないようです。

 薙ぎ払われた槍をブリッジで回避。鐙を蹴りヴェル君を走らせ距離を取り、三撃目の攻撃範囲内から待避します。攻撃が届かないと悟るや、ミネバちゃんは竜を駆り加速。低空飛行のまま急旋回し、穂先を地面に掠らせながら再び俺へと襲い掛かってきます。

「私の動きについてこられる者と矛を交えるのは久しぶりだ。剣を取れ、ダークナイト!」

 ミネバちゃんが狩人の瞳となり獰猛な笑みを浮かべます。にも関わらず美しいと思ってしまうのは、まるで下品には見えないからでしょう。跨っている竜と合わせて4つの紅い瞳が俺の姿をとらえ、やや鋭い弧を描きながら急接近。

 大地を刻みながら振るわれた斧槍は大気を勢いよく薙ぎ、ヴェル君ごと命を狩り取りに迫ってきました。その刃の軌道上から逃れるため、敢えて前に出て竜の軌道すれすれにヴェル君を交差させます。置き土産として左腕を横に突き出し、ミネバちゃんの首を狙ってラリアット。下手したらその腕ごと吹き飛ばされる可能性がありましたが、素手で彼女と渡り合うには最低でも接近する必要があり、飛ぶ竜と接近するという事は速度と速度のぶつかり合いにならざるをえません。

 しかし予想していた事ですが、ミネバちゃんは俺の攻撃に気付き伏せました。攻撃が失敗に終わったと察した瞬間に腕を引き、俺も右に倒れながら伏せます。一瞬後を竜の翼が行き過ぎ、強靭な羽が俺の元いた場所を風をきって薙ぎ払いました。

「剣を抜かず相打ち覚悟で攻めてくるか。私も見くびられたものだな」

 交差してなお、振り向かず槍を後ろに向けて振るってくるミネバちゃん。そのタイミングで背後を脅かしてくるのですからたまったものじゃありません。交差し終わったからといって一瞬でも速度を緩めれば死角からの凶刃の餌食となる、それでいったい何人の敵を斬ってきたのでしょう。

 再び竜が勢いよく羽ばたき、強風を残して急加速。低空飛行から上体を起こし急上昇。半円を描いたのち背面飛びとなり、そのまま地面と水平飛行。ミネバちゃんは槍を大地に向けて垂直に立てていました。

 まるで水面上に背びれを出して突き進んでくる鮫の如く、大空の海から突き出た斧槍の背びれが高速で襲い掛かってきました。逆さ女神が微笑みながら迫ってくる光景はゾッとしますね。もちろん回避行動を取りました。

 しかし避けようとする俺に合わせてミネバちゃんは身体を傾け軌道修正。真横から迫ってくる凶器にヴェル君を更に走らせ、その刃の軌道上から逃れます。それを追ってミネバちゃんは更に竜を傾け地面と垂直に。旋回半径を一気に縮めてきました。

 こちらからは間違いなく攻撃が届かない軌道を維持したまま、最大まで伸ばした槍で飛行速度そのままの攻撃を仕掛けくるなんて、ミネバちゃんたら随分と器用な事を致します。高度な技を惜しげもなく披露してくるという事は、戦いに妥協しないタイプなのでしょうか。

 ならばこちらも形振り構っていられません。攻撃軌道から逃れられないなら、攻撃が当たる瞬間に回避するだけです。但し、ちょっと身体を反らしただけだときっとミネバちゃんは反応してくる可能性が高いので、思い切り避ける必要がありました。

「やはり無理だったか。大抵の者ならこれで討ち取れるのだが……どうやら見くびっていたのは私の方のようだな」

 ヴェルくんごと地面に倒れて刃をやり過ごした俺に、ミネバちゃんはそのまま地面すれすれを旋回しながら言葉を投げかけてきます。旋回半径は大きいですが、それは飛行速度が速すぎるからであって、一周して再び襲い掛かってくるまでの時間は変わりません。

 機種を戻し、加速を得たミネバちゃんが再度神速の突きを出してきます。ヴェル君を起き上がらせるのに手間取っていれば、それだけでたぶん終わっていました。正確に心の臓を狙って突き向かってきた斧槍の一撃を、騎乗マトリクスでやり過ごします。

 あくまで標的は俺。但し、ミネバちゃんはヴェル君ごと攻撃することに一切躊躇いはなさそうです。今回は真正面から突っ込んできたので突きの一手だと読んだからこそ、俺だけ回避行動を取る選択肢を選びました。

「いつまで受けに回っているつもりだ?」

 流石に速度が速すぎて交差した直後の背中を狙う斬撃はやってきませんでしたが、いつまでも剣を抜かない俺にだんだんとミネバちゃんの殺気が強くなっていきます。それでなくともあの速度から繰り出される攻撃はほとんどが必殺にも等しい威力を秘めているので冷や汗もの。あれならラズベリーの堅い防御も易々と突破出来ると納得してしまいます。

「マリリン、どうしましょうか……まだポチの乗り心地に慣れていませんので、あの速度の攻防についていくのはちょっと難しい気がします」

「ポチなしだとジェットコースター相手に挑むようなものだよね、あれ。空でヴァージニアさんの空中戦を経験したけど、あそこまで速くなかったしな~。騎乗試合が3次元になっただけだったから十分ついていけたけど、あの速度に反応し続けるのはちょっと無理」

「マリリンで無理なら、私にも無理ですね」

『私もあの者の攻撃を躱し続けるのは無理だ。あと、私の名は……』

「とりあえず、ミネバ様の相手はカズミちゃんに任せて、私達はレイさん達と合流しましょうか」

「だね。ここだとそのうち邪魔になりそうだし」

「……否定しないという事は、やっぱり中身はカズミちゃんです?」

「みんなには内緒ね。私達だけのヒ・ミ・ツ♪」

「ヒミツ、大好きです♪」

 ミネバちゃんと交差してすぐ、ヴェル君を全速力で走らせミネバちゃんの後ろを追いかけます。初速は向こうが上でも、ヴェル君の馬力を以てすれば追いつく事は不可能ではありません。あと、空に逃げられなければ地上を旋回する竜はいつまでも高速を維持し続けるのは難しいです。速度をあげすぎるとそれだけ障害物を回避しにくくなりますからね。

 直線、もしくは緩い弧を描きながらミネバちゃんのお尻を追いかけ続ける俺。たなびく髪は竜の尻尾のような鞭の如き荒々しさはなく、風に揺られ優雅に舞っていました。その髪を見ながら次の手を考えます。待ち構えている相手には攻撃しやすくとも、追ってくる敵にはどうしようもなく逃げ続けるしかないのは空での戦いと同じです。

 ただ空とは違いヴェル君は移動し続ける必要がないため、追いかけられ続ける側に回る事はありません。竜も羽ばたくのを止めれば大地に足を着けてその場に留まる事は出来ますが、地上を二足で走るのは得意ではないため、どうしても飛び立つ必要があります。これぞ地の利。ミネバちゃんは攻撃の届かない空から重力加速を味方に付けて攻撃出来るという利がありますが、地上で戦い続ける事に拘っている限り大地を駆けるヴェル君の方が若干優位です。

 速度を味方に付けて空から地上に向けての攻撃だと、どうしても攻撃が直線的か弧を描いた軌道の2パターンになるので攻撃が単調になりがちです。かといって、空の利を捨てるのは愚の骨頂。ミネバちゃんが俺を攻めきれないのは攻撃が見切りやすいからです。とはいっても、回避に失敗すればそれでジ・エンドなので、見切ったからといって俺が有利に事を運んでいる訳ではありませんけどね。むしろ攻撃手段がなくてジリ貧状態です。

「一筋縄ではいかぬか」

 地上すれすれの旋回をやめ上昇するミネバちゃん。こうなると、後はミネバちゃんの動きを見失わなければ回避するのは難しくありません。

 凄まじい速度で急降下してきたミネバちゃんの攻撃軌道を見切り、回避することに専念します。真っ正直に地上へと向けて突っ込むとそのまま地上に激突して自爆するので、攻撃軌道はほぼ必ず弧を描きます。途中で地上まで降りてきて水平飛行に入ってきたなら直線軌道もしくは若干の旋回が加わり緩い弧を描くだけ。攻撃軌道を見切れば、おのずとその軌道から繰り出される斬撃の種類とタイミングは限られますので、対処方法も決まってきます。

 風を切って隼の如く迫ってくるミネバちゃんの神速の突きを、ほぼすれすれで回避する事にまた成功。タイミングを見誤れば即死確定の攻撃なので毎回ヒヤッとしますが、どうやらまだ俺は同じ状況を繰り返し体験出来るようです。全然嬉しくありません。

 この世界ではそれだけの速度を持った巨大な物体の動きは早々お目にかかれませんが、リアルでは日常茶飯事です。路上を走っている車は流石にここまで速くありませんが、サーキットでレースを行っている車やバイクほどには竜の速度は速くありません。流石にそれだけの速度を出すと、乗っている人も竜も風圧で大変な目に合いますからね。

 それでなくとも今はVRが普及した時代です。リアルでは体験出来ない速度をVR世界ではいくらでも体験する事が出来ます。それこそ生身のキャラなのに数百キロやマッハの速度で飛べたりします。マリリンとセンねぇちゃんはまだ経験不足なので対応しきれないみたいですが、そういう世界で暫く遊べばきっとミネバちゃんの速度にもついていけるようになると思います。とはいっても、目が慣れる事と、この速度の攻撃を見切る事と、その速度に身体を反応させる事は別ですけどね。

「ならばこれでどうだ」

 再び空へと舞い上がったミネバちゃんが、俺への攻撃軌道を取らないまま急降下。若干前にずれた軌道で大地へと降り、その一瞬に斧槍を振るい大地をえぐります。あの速度から大地を攻撃するなんて、余程の力が無ければ力負けしてしまいそうなものですが、そこは技術でカバーしているのでしょう。

 大地を攻撃する事で盛大に土が舞い上がります。それを竜が羽で煽ぎ、大小様々な土と石が俺とヴェル君目掛けて急襲。目潰しと目眩ましを兼ねたその頭脳プレイにはちょっと焦りました。

 いえ、ちょっとどころではありませんでしたね。ミネバちゃんの姿が一時的に見辛くなったことで攻撃の軌道が非常に見切りにくくなりました。その結果、僅かな逡巡を見せたその一瞬をミネバちゃんは逃さず、竜を駆り土塊の中を槍を構えたまま猛然と突き進んできました。

 回避……いえ、それは悪手です。ミネバちゃんは一度地上で速度を殺したので、飛行速度は竜の羽ばたき一つ分。つまり、一撃目を躱しても二撃目、下手したら三撃目まで入れてくる余裕があるという事です。初動の回避タイミング、および見切りのタイミングをずらされてしまった現状では、この状況から可能な俺の可動範囲よりも、それに対応するミネバちゃんの選択肢の方が遙かに融通が利きます。つまり、回避先を先読みされ次手で詰みになってしまう可能性大。

 ならば二撃目を封じるしかありません。鐙を蹴り跳躍。頭部を支点に身体を回転させ、身体を地面と水平にする事で胸を貫こうとした槍を躱します。と同時に、両腕を僅かに時間差をつけて通り過ぎた槍の柄を掴みました。そして両腕に全身全霊の力を込めます。

「なにっ!?」

 刹那、その掴んだ槍に引き摺られ身体が急加速。物凄いGが足先から頭に向けてかかり、体内の血液が急激に移動するのが分かりました。しかし腕を離す訳にはいきません。離したらミネバちゃんに体当たりする事になりますからね。恐らくミネバちゃんはそれをサッと回避した後、空中に放り出された俺を容赦なく仕留めてくると思います。

「随分と器用な事をする。だが分かっているのか? その槍を手放した時が貴殿の最後だ」

 竜の上で顔を突き合わせる事となった俺に向けて、ミネバちゃんが驚きながらも若干笑みを浮かべてそう言ってきます。槍斧に掴まっている俺の身体をミネバちゃんは腕二本で支えながら、両足の動きだけで竜に上昇命令を出していました。大地が遠のき、雲が近づていきます。あっと言う間に落下すれば即死間違い無しの高度へと舞い上がりました。

「それとも、この状況で何か打つ手があるというのか? 先に言っておくが、ヴァレリアは意外と気性が荒い。この高度で私と取っ組み合うというのは悪くない案だが、あまり上が騒がしいとヴァレリアは私が乗っていようとも構わず暴れ始めて振り落とすぞ」

 紅い眼光が鋭く俺を射抜いてきます。いざとなれば槍を捨てる事に一切の躊躇いを持たないと語っているようでした。

 竜は雲を突き抜け、広大なる青い空とどこまでも続く雲の絨毯、そして大きな太陽さんが顔を覗かせていました。あ、大きな入道雲発見です。あの方角は……王都フェネシスの真上あたりかな? 思い切り暗雲が立ち籠めていそうですね。

「……俺の命、そんなに欲しいか?」

 ここはお空の上。そして周りには帝國の将ミネバちゃんと竜のヴァレリアちゃんしかいません。つまり、口を開いてもたぶん大丈夫です。

「別に私は貴殿の命など欲しくはない。だが、帝國は随分と欲っしているようだ」

 女性の声なのに「俺」という言葉に一瞬ミネバちゃんが眉根をあげましたが、その事には触れずに言葉を続けます。

「まさか帝國に寝返る気にでもなったか?」

「俺の一存では決められないな。この鎧を着ているのはただの成り行きだ」

「面白い事を言う。あれだけの戦果をあげておきながら、それをただの成り行きだと語るか」

「事実だ」

「貴殿のその言葉を信じる気はない。が、もし帝國に組みするという事であれば歓迎しよう」

「それは個人的にか? それとも、帝國の一員としての言葉か?」

「後者だ。貴殿とは気が合う気がまるでしない。ならば貴殿とは出来れば戦場で矛を交え続けたいと私は思っている」

「悲しいことだ」

 女性同士(?)、ヴァニーちゃんのように仲の良い関係を築けると思ったのに。う~む、残念です。あ、でも帝國に寝返るとヴァニーちゃんとの関係は解消されてしまうんですよね? つまりこれって二者択一の物語分岐点という事です。しかもヒロインが変わってしまうタイプのです。

 と言っても、ミネバちゃんは個人的には俺の事を歓迎していないと言ってるので、ミネバちゃん攻略ルートはかなり修羅る可能性がありますけどね。むしろこのまま敵同士で在り続けた方が攻略しやすい? 昨日のライバルは明日の恋人とも言いますしね。いえ、そんな言葉は聞いた事ありませんけど~。

「ところで、いつまで私の槍の上に乗っているつもりだ? そろそろ降りてくれると嬉しいのだが。流石に腕が疲れてきた」

「……俺にこの高度から飛び降りろと?」

「安心しろ。落ちている途中で斬り殺してやる。故に、着地時の衝撃を体験する羽目にはならないだろう」

「慎んで遠慮させてもらうとしよう」

「貴殿に拒否権はない」

「しかし選択肢はある」

 鎧の中に隠し持っていた暗器……ミセリコルデを出してミネバちゃんに見せます。ギラン。

「……それで私を脅しているつもりか? 確かにヴァレリアの首を斬られると私も困るが、その時には貴殿の命も間違いなくないぞ?」

「嬢ちゃんのような美人と一緒に死ねるなら本望だ。それに……大陸外からの訪問者(プレイヤー)は死ぬ事がない」

 ミネバちゃんが不快そうな表情を浮かべ、一層に瞳を剣呑に細めました。あ、たぶん好感度が3ポイントぐらい下がったかもです。取り戻すのが大変そうだな~。

「卑怯な」

「世辞として受け取っておくとしよう。敵の情報を知っていながらこの状況に持ち込んだ嬢ちゃんが悪い」

 不敵に笑みながら俺はそう言い放ち、竜の首にミセリコルデを近づけたままミネバちゃんの方へとゆっくりとにじり寄っていきます。

「さて、交渉といこうか。空を統べる紅の戦姫殿」

 武装解除させたのち、抵抗出来ないミネバちゃんの頬を篭手のない左腕で楽しみながら俺はそう提案致しました。

 うーん、俺って悪だねぇ。だんだんと悪代官が板についてきちゃいましたよ。

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