メイド to First contact
きっちり見放してきた姪の二人が喫茶店から去った後、俺も暫くして店を後にする。
「ありがとうございました。またの御来店をお待ちしています」
あいつら、また支払いを俺持ちにしやがった。まぁ、豪華特典版のサービスの一つなのか、手持ちの資金的には余裕な金額だったけど。
残り12時間。姪の二人はあと3時間でゲームから排除される。本当ならその3時間は、二人と一緒に狩りにでも出掛けていたと思う。恐らく二人もそのつもりだった筈だ。
「ちょっと悪い事をしたかな……」
いや、もとはといえば二人が俺に情報制限を強いたのが原因か。でもそれを理由に怒っても、それを受け入れていた俺にも原因がある。
どちらにしても、この不遇な環境は変わらないけどね。
とりあえず、気晴らしにソロ狩りでもして気分を紛らわす事にしよう。なんといってもRPGだ。それを始めなければ何も始まらない。……レベル2にするまでですら、終わりが見えないがな。
後ろにストーカーがいない事を確認してから、街の北を目指す。あ、前にいた。横道にそれてさっさとまく。
商店街を抜け、港を横目に住宅街を進む。何度か街人っぽいNPCに声を掛けられつつも、適当に挨拶を返して先を急いだ。
走ってもほとんど疲れないのはいいな。でも息はあがってたけど。
門番に話して扉を開けて貰い、フィールドに出る。後ろでズズンっという音。扉が閉まった。入る時には上の方で見張りを頑張ってる人に話し掛ければたぶんまた開けてくれるだろう。が、それは同時に緊急避難は出来ないという事にもなる。
まぁ、どうせ死に戻りになると思うし、いいか。吟遊詩人は弱いらしいし。
「さて……敵さんは、っと」
いない。街の近くだからか? だが、人の姿も見えない。街にはあれほどゴミのようにプレイヤーがいたというのに。
出来れば街の近くで戦いたかったが、諦めてまた走り始める。諦めるの多いな、最近。
ようやく見つけた敵に、そのままの速度で俺は手に持っていたナイフで斬りつけた。
キンっ……という音はしないな。よしよし。だがダメージが浅い気がする。
適当に敵の攻撃を避けながら、両腕を振るう。右手には特典サービスで貰ったナイフ、左手には初期装備の一つであるお試しの短剣。パコパコさんとの戦闘でも確認した事でもあるが、短剣同士なら全然違和感なく二刀流が出来た。二刀流スキルは覚えていないので、二刀流スキルの熟練度はまったく上がらないけど。
名前の分からない大きな蟻をザクザク斬り裂いていく。でもなかなか倒れない。衰弱は……もうとっくに解除されているな。なら問題ない筈だ。
しかし倒れない。もう5分もずっと斬りつけているが、ビッグな蟻くんが倒れる気配はない。ちゃんと傷はついたままなのに、だ。
初期街のすぐ近くなのに、徐々にHPが回復するスキル持ちの敵なのか? それともただ吟遊詩人という職があまりにも弱すぎるだけなのか?
ナイフもお試しの短剣も、蟻くんの身体には深く入っていかない。すべて浅い一撃になっている。まさか全部1のダメージしか与えていないとか。いや、まさかね。
腕が疲れてきた。後半のパコパコさんほど動きは速くないので回避するのは難しくないが、しかしそれもいつまで続くか分からない。
「ねぇ君、本当にザコ敵さんですか?」
ああ、そうだよ……と言葉が返ってきたら怖い。ああ良かった、返答がない。
そのまま更に10分が経過する。まだ倒れない。
まだまだ頑張る、10分後。まだ蟻くんは元気だ。
それでも俺は挫けない、10分後。やっぱ挫けちゃおうかな……。
これまで費やした時間が勿体ないからという理由で続けた、10分後。その時間が勿体ないと感じた自分がここにいましたよ。
もはや意地です、10分後。無駄なプライドですね、蟻くんの無機質な視線が痛いです。
そして運命が訪れた、10分後。ようやく蟻くんは沈んでくれました。
「やばいな、これは」
一汗どころか、超重労働。
敵一匹倒すのに、どれだけ頑張ればいいんだよ、吟遊詩人って職は。
近くにあった岩に腰を下ろして、身体を労う。暫くそのまま。
あ、倒した敵の姿が消えた。こんな所はちゃんとゲームらしいな。まぁ、ずっと死体が残ってくれても気持ち悪いだけだけど。
ステータスを確認する。お、経験値が結構入っている。でもその隣にある数値と比べると、万分の一にも満たないがな。あの強さの敵で、いったいどれだけの数を倒さないといけないのか……どんだけ不遇なんだ。
短剣術のスキルレベルは、変わらずレベル1。
熟練度は……初めて見たけどちょっとひいた。小数点以下5桁表記かよ。それでも短剣術の熟練度は既に4にまで達している。
まぁそりゃ、パコパコさんも合わせてかなりの時間ずっと斬りつけていたからなぁ。
1分間に30回攻撃していたとしても、時給1800発。途中から面倒になって、素振りじゃなくてチクチクつついたりしてたから、それでも熟練度があがっていたのなら十分に納得の出来る数値だ。
……一発あたり、約0.00010ぐらいは入ってる?
納得出来るか!
ああでも、一日15時間のゲームだから、あまり早く上がりすぎても駄目なのか。職業変えてもスキルレベルと熟練度はたぶん保持されるし。
……保持されるよね?
上の姪に聞くのはちょっと怖いので、後で下の姪にこっそり聞いてみよう。上の姪には、もうちょっと時間が経ってからね。怒ってるリンちゃんには近づきたくないです、はい。
「お、そうだ。BGMがあったか。こっちも試してみるか」
でもやり方が分からない。意識すれば良いのか?
ドンっ!
お、鳴った! ……たった1音だけど。
早速、色々と音を鳴らしてみる。が、鳴らせる事の出来た音色は一つしかなかった。しかも音域なし。ドレミファソラシドすら出来ない。音の強弱も変えられない。せいぜい、リズムが取れるだけ。
スキルレベルも熟練度も低すぎるのが原因か。悲しい……。
と、音を鳴らしていたら敵が近寄ってきた。
やばい。意外な効果を発揮してしまった。敵寄せって、かなり使えるスキルだよね!?
という訳で、期せずして狩りの再開だ。
しかも三匹。いきなり修羅場突入。
誰か助けてください!
――む!? 強く願ったら、一緒にBGMまで鳴った。
一匹様、更にご案内。げ……。
♪♪♪♪♪♪♪♪姪とオンライン♪♪♪♪♪♪♪♪
「BGM……何という嫌がらせスキルだ」
最終的には予想通りのメッタメッタのズタボロにされ、ついに力尽きたので死に戻りした。だが、かなり善戦したとは思う。あんな状況でもちゃんと何匹かはしとめる事に成功したし。回避様々。
予想外だったのは、熟練度が上がれば攻撃力も少なからず上がってくれた事だろう。時間が経てば経つほど敵の殲滅速度は上がり、俺にとって有利になっていく。
それに弱点を見つける事が出来たのは運が良かった。あれがクリティカルヒット扱いになってるのかは分からないが、その弱点っぽい所を突くと明らかに敵の動きが一瞬止まった。本当に一瞬だけだったけど。
それでもフルボッコ状態。回復薬なし。レベル1。おまけにBGMが時々勝手に暴発して、折角減らした敵の数もすぐに元通りにしてくれる。どころか、増え続ける一方だった。
いやー、PT狩りされる敵の気持ちになれたな。流石に同職ばかりで連携とかもされなかったので、本当にその気持ちが分かった訳じゃないがね。もっと先に進めば、恐らくそういう機会もあるだろうけど、不動のレベル1ほぼ決定の俺には関係ないか。
折角、息の吐ける街に帰ってきたので、心身を休めるためにまた喫茶店へと入る。今度は一人で。姪の二人は随分前に念話チャットで「おやすみー」「おやすみなさい」と言ってきたので、今はもう夢の中だろう。
そういえば、俺の夢ってどうなるんだろうか?
ログインする前の1時間はたぶん見れないとしても、ログアウト後の1時間なら夢が見れるのかな? ちょっと楽しみだ。
紅茶、珈琲と飲んできたので、次はさて何だろう? ああ、軽く食事でもしておくか。
サンドイッチを頬張ってまったりとした時間を過ごす。うん、ぜんぜん美味しくない。この店はハズレだな。
サンドイッチなんかで外すなよ……。
「いってらっしゃいませ、ご主人様」
ああ、メイド喫茶だったのか。かなり疲れてたから気が付かなかった。となると、あの味でこの値段も納得だ。
納得出来るかボケ! ぼったくりすぎだ!
というお約束のツッコミが入れられるぐらいには回復したか、ヨシ。
しかし……やることがない。
錬金術も試してみたかったが、情報もないまま出来るものでもなさそうだし、また狩りに出掛けるか。
ああ、そういえば。敵を倒したのに、なんにもアイテムをゲットしていない。
アイテムは自動入手じゃないのか。お金も増えてないので、つまりこのゲームは敵の死体からアイテムを剥ぎ取らないといけないんだな。換金しなければお金も手に入らない、と。
最初に倒した一匹は惜しい事をしたなぁ。その後は乱戦だったのでそんな暇なかったし、死に戻りさせられたし、仕方ないか。
「レベル上げが絶望的なのに、アイテムまで見逃したらなんにもしてないのと同じだよな」
熟練度だけあがってもあんまり嬉しくない。
「つまり俺が今できるのは、お金稼ぎして資産を増やす事だけか……」
もしくは、誰かの手伝い……は、絶対に無理だな。レベル上がらないから弱いままだし。
敢えて出来るのは、貢ぐ君か。
姪の二人に貢いでもいいけど、あの二人のゲーム脳っぷりだと、すぐに端金扱いされて、いらないって言われそうだなー。下の姪はともかく、上の姪はそのうち1円に泣きそうだが。
「それもまだ先の事だな。まだ初日だし、今は出来る事をするか」
街を隅々まで見て回って、受けれるだけクエストを受けて、狩りに興じる。
そんな感じで、俺の第二の人生であるメイドオンラインでの第一日目は終了した。
あれ? クエスト一つも受けられなかったんですけど……なんで?
♪御意見、御感想をお待ちしています♪
リン「リンちゃんと」
チー「チーちゃんの」
「「あとがき劇場!!」」
リン「わー、わー、ぱちぱちぱちぱち」
チー「ドンドン、ぱふぱふ」
リン「タイトルコール忘れてたっ!!」
チー「え、今始まったばかりですよ?」
リン「違う違う。前回のタイトルコール。すっかり忘れてたよー」
チー「あ、そういえばそうですね。タイトルコールしてなかったです」
リン「あー、もう! 思い出してきたらまたムカムカしてきた!」
チー「……私もちょっとプラチナむかつく」
リン「だよね! なんでカズねぇ吟遊詩人になっちゃうの!」
チー「え、リンねぇはそっち? プクーラさんの方じゃ?」
リン「プクーラさん? それ、誰のこと?」
チー「……ちょっとプラチナすっきり♪」
リン「ま、そんな事よりだよ。タイトルコール! 今日は忘れないよ!」
チー「えと……はい。リンねぇ、どうぞ」
リン「あ、少し待ってね。ちょっと喉を潤すから」
チー「あれ? さっきカズねぇに喫茶店で奢って貰ってませんでした?」
リン「うん。だけどね、また飲みたくなったから。叫んだら喉が渇いちゃった」
チー「わ……炭酸一気のみ」
リン「おっけー♪ それじゃ、今度こそいっくよー」
チー「しかもあんなに……あ、はい。リンねぇ、どうぞ」
リン「パ~パラッパッパーーン! 第10話、はっじまっるよ~♪」
チー「もう始まっちゃってますけどね」
リン「ねぇねぇ、チーちゃん。カズねぇが選んだ短剣術って、酷いスキルだよねー」
チー「はい、酷いですね。というよりも、嫌がらせの罠です」
リン「だよねー。メイド初心者の人は必ず引っかかっちゃうよ」
チー「普通の人はついつい選んじゃいますよね。名前がそれらしいですから」
リン「うん。私もそれで最初、騙されたよー。勿論、過去作だけど」
チー「私もです。あの罠スキルを信じて、ずっと使い込んでました」
リン「誰でも取得出来るのがいけないよねー」
チー「だから派生もなくて効果も薄いという点に関しては納得ですけど」
リン「カズねぇ、その事に早く気が付いてくれると良いんだけど……」
チー「え? 教えてあげないんですか?」
リン「だからさっき教えたじゃん。でもね、なんかカズねぇ頭堅そうだし……」
チー「あ~、そうですね。カズミちゃん、自分検証とかしそうですよね」
リン「うん。人の意見は参考にするけど、とりあえず暫く使ってみてから判断しそう」
チー「他のスキルも、次に会った時にはまだ変えていないかもです」
リン「だよね。すっごくありそうだよねー」
チー「ですです」
リン「う~。カズねぇが吟遊詩人じゃなかったらいくらでも修正が効くのにー」
チー「吟遊詩人でさえなければ、一緒に遊べたんですけど……」
リン「吟遊詩人だからねー。永遠のレベル1だよー」
チー「永遠のお荷物さんです。他の人達と遊びにくいです」
リン「はぁ……もう一個、スリフィディアを買って貰おうかなー」
チー「たぶん売り切れです。転売品ならあるかもですけど……」
リン「それだと私達が使ってる豪華特典版より高そうだよねー」
チー「高かったです」
リン「あ、確認したんだ。いくらだったー?」
チー「ごにょごにょごにょ……」
リン「わっ……天文学的な金額だ……」
チー「いえ、流石にそこまでは……」
リン「その金額だと、カズねぇなら絶対に買わないよね」
チー「買わないですね。定価の倍ぐらいだったとしても、たぶん買わないかもです」
リン「むー、八甲田山だー」
チー「……八方塞がり?」
リン「あ、それそれ。八方塞がり。全方位塞がりだよー」
チー「似てるような……似てないような……」
リン「チーちゃん。塞がりついでに、そろそろ締めちゃおー」
チー「はーい。御来読の皆様方、本日はお足を運んで下さり有り難う御座います」
リン「わ、なんか堅い」
チー「プラチナむかつく前回参照です。みなさん、また来て下さいね♪」
リン「また見てねー。絶対だよー。バイバーイ♪」
チー「バイバイです♪」
♪(こっちも)御意見、御感想をお待ちしています♪




