第28話 固有振動数・共振撃滅
自らの放ったハウリングを増幅されて逆流を浴び、血の海に突っ伏すガラド。
その喉はズタズタに裂け、自慢の『黒竜の喉』は完全に砕け散っていた。
大声を張り上げるどころか、まともに呼吸をすることすら満足にできない瀕死の重傷だ。
「ば、化け物……めが……っ!」
ガラドは絶望と憎悪に顔を歪ませながらも、血に塗れた手で自らの胸元を強く叩いた。
ガシャン!
胸元から溢れ出した漆黒の魔力が、彼の傷ついた全身を覆い尽くしていく。
それは、魔王軍の鍛冶技術の粋を集めて鍛え上げられた、伝説の超硬度金属『魔鋼』で作られた、絶対不可侵の全身魔導重装甲だった。
「ハァ……ハァ……! 勝ったと……思うなよ......!この魔鋼の甲冑は……あらゆる魔法も、いかなる物理衝撃も寄せ付けぬ不可侵の要塞......! 喉が潰れようと、この鎧の質量で貴様ら 擦り潰してやる……っ!」
関節部から黒い魔力蒸気が噴き出し、重厚な金属音が戦場に重々しく響き渡る。
「アキト様! あれは王都の城壁破壊砲ですら傷一つつけられないとされる魔鋼装甲ですわ!」
エルナが切迫した面持ちで、細剣の柄を握り直した。
魔法も打撃も通さない絶対の防壁。
ガラドはその内部で息を吹き返し、血泡混じりの歪な笑みを浮かべていた。
だが俺は、憐れむような視線をその黒い鉄塊へ向けただけだった。
「硬い金属の鎧……か。一番選んじゃいけない悪手だな」
俺は静かに歩み寄ると、甲冑の胸元を革靴の先で軽く小突いた。
カン……。
澄んだ金属音が静寂のなかで高く鳴り響く。
「な、何をしている……! 無駄だと言ったはずだ! そんな小細工で、この鎧に傷がつくものか!」
「傷をつける必要なんてない。……ワイングラスに特定の高さの音を当て続けると、手を触れずにパリンと割れる実験を知ってるか?」
「は……? グラス……割れる……?」
ガラドが呆気にとられたように声を漏らす。
「あらゆる物体には、形状や密度、材質によって定まる固有の揺れやすさ『固有振動数』が存在する。硬くて密度が高い材質ほど、その共振点は鋭く、ピンポイントに定まるんだ」
俺は脳内の解析画面を展開し、いま蹴り入れた打撃音の反響から、ガラドの魔鋼甲冑が持つ固有の周波数を瞬時に割り出した。
(固有振動数:2,142ヘルツ。共振尖鋭度(Q値):極大)
どれほど頑強な装甲だろうと、ダイヤモンドだろうと、自身の固有振動数と寸分違わぬ波を当て続ければ分子の結合が激しく共振し、エネルギーが逃げ場を失って内部から自壊する。
「外からの衝撃をどれだけ遮断できても……内側から湧き上がる『共振』からは逃げられない」
俺は右手を掲げ、ガラドの胸甲に向けて親指と中指を重ね合わせた。
「『共振撃滅』」
パチン。
指先を弾いた瞬間、2,142ヘルツの極小の音波が、指向性の収束ビームとなって甲冑の胸元へ連続照射された。
「……? 何も起きて――」
ガラドが嘲笑を浮かべようとした、まさにその瞬間。
ヴィィィィィィィィィィン――――……!!
甲冑の表面全体が、目にも留まらぬ超高速の微振動を始めた。
「な……なんだ!? 甲冑が……熱い!? 全身が震えて……身体が……!?」
俺が与えたのは、指を鳴らした程度のわずかな魔力エネルギーに過ぎない。
だが周波数が完璧に一致したことで、魔鋼甲冑の分子構造が狂ったように共鳴し、熱と振動が内部へ蓄積されていく。
ピキッ……ピキキキキキキッ!!
「なっ……不可侵の魔鋼に……亀裂が……!? 馬鹿な! 攻撃など受けていないぞ! ただ指を鳴らしただけで 」
「言っただろ。『共振』だよ」
俺が冷ややかに告げると同時に、蓄積された振動エネルギーが臨界点に達した。
パンッ!!!!
破砕音は乾いて、一瞬だった。
王都の巨砲すら弾き返すと豪語された伝説の超重甲冑が、爆縮した強化ガラスのように、一瞬にして数百万の微細な金属粉となって四方へ弾け飛んだ。
「ギ……ガァァァァァァァァァッッ!???」
砕け散ったのは装甲だけではない。
至近距離で発生した激しい共振波は、ガラドの全身の骨格や筋繊維にまで直接伝波し、彼の骨という骨を内側から粉砕していた。
装甲を全て失い、内部から崩壊したガラドの巨躯が、糸の切れた人形のように地面へ崩れ落ちる。
「あ……あ……音……音で……俺様の、絶対の鎧が……っ……」
血を吐き出しながら、もはや指先ひとつ動かすことも叶わず、白目を剥いて倒れ伏すガラド。
圧倒的な破壊力も、絶対を誇った防御力も、「音響物理学」の前ではただの脆い物理現象に過ぎなかった。
静まり返った戦場に、ガラドの絶望に満ちた掠れ息だけが、静かに吸い込まれて消えていった。




