22話 いつかの寂寥
「ん、こんなもんかな」
ユグルを去ってから何事もなく、ボク達は四回目の夜を迎えた。天幕を張るのも慣れてきたなと思っていると、どうやら薪集めを終えた2人が森の中から姿を現した。
「もう一人旅も平気そうだな」
「ふむ。魔法も使えるし、魔物対策も問題なさそうだね」
「あ、2人ともおかえり。そう思う? まだ不安なんだけど」
2人が持ってきた薪に火をつけ、火を囲むように座ると2人の旅の話が始まった。
「この森でもよ、昔は凶暴な魔物がいたらしい。ああ、この森だけじゃねぇな。あっちこっちに今じゃ考えられねぇくらい危険な魔物が居たんだ。それに比べりゃあ、今ならお前一人でも平気だろ」
「私の護衛はバロン1人に任せているしね。まあ、それは平和になった今だから出来ることか。ありがたいことだ」
二人にそう言われて、ユグルに向かう途中に一度魔物に襲われたことを思い出した。
「行きのときに襲われたのは珍しかったってこと?」
「そりゃ、考え方によるな。何度かダグラスのおっさんと森に入ってるが数回に1度は襲われる。それが今回だっただけと考えんなら、それまでだ。襲われること自体が珍しいって考えんなら、珍しいんじゃねぇか?」
「数回に一度……ほとんど襲われることはないんだね」
「あぁ。この森では襲われてもバロン1人で対応出来る数と種類だからね」
実際に聞くと勉強になるなって思った。座学では絵や文章によって色んなことが学べるし何度も学び直すことも出来る。そして疑問があればその内容に精通している人に聞けばいい。でも実際にどんな頻度で魔物に遭遇かを知るには、体験するか体験した者に聞かなければ分からない。しかも、それは最新情報でなければいけないから大変だ。
「言っとっけどよ、あれだって俺一人で退治できたんだぜ?」
「ふっ」
拗ねたように口をとがらせたバロンをみてダグラスが吹き出した。ボクがキョトンとその2人の様子を眺めると
「ああ、ノマ。彼は見せ場を取られたのが悔しいのだよ」
「そんなんじゃねぇ! ただ俺の実力を勘違いしてもらっちゃ困るからよ!」
「誤解なんてしてないよ。だって1人で護衛してる時点で強いんでしょ? 」
「お、おう。分かってるから良いんだ、分かってるなら」
面食らったような様子のバロン。変なことは言ってないと思うんだけど、照れてるのさ、とダグラスがコソッとボクに耳打ちしてきてなるほどなと思った。
「でもダグラス、バロンと出会うまではどうしてたの?」
「ああ、私とバロンは昔からの付き合いというか、家自体の付き合いがあるんだ」
「おっさんの祖先と俺の祖先が仲良かったらしくてな。俺の家系は腕っぷしとか、まあ戦闘が得意だから護衛に丁度いいだろってな」
仲がいいなとは思っていたけれど、思っていたよりも長い付き合いなんだな。じゃあ行商人を始める頃からずっとバロンが護衛をしていたって事か。それは信頼関係も築けているはずだ。
「懐かしいねぇ……まさか身近に狼族がいるとは、あの時は驚いたよ」
「ああ、ガキの頃な。俺もおっさんに耳をじろじろ見られて寒気がしたぜ」
バロンは耳をぴくぴくさせながらふざけて両腕で自身を抱きしめた。まるでダグラスが変態みたいな風に言うから笑ってしまう。
「バロンの尻尾の動きもよく覚えてるよ。緊張してたのか分からんが毛を立ててたねぇ。話している内に振り始めたが」
「ははは! バロンが?」
「ああ、横にふりふりとね。いつぐらいだったかな。 私が15になったくらいだったから、バロンは5歳くらいか」
バロンが小さい頃なんて想像も出来ない。勿論ダグラスのことも。そっかぁ、本当にそんなに小さい頃から知ってるんだ。ちょっと羨ましい。ボクには兄弟は居ないし、2人みたいな仲の良い友達も居なかったから……あれ、ボクって寂しい子……? 2人が会話に花を咲かせているのを見て少し悲しくなって、頭がぼやけ始める。
「昔話やめだやめだ!」
「そうだね! やめよう!」
そうそう、昔のことなんて置いておこう。今のボクにはカロルやルシル、クラウスだっている。友達とは違うかもしれないけど王宮の人達だって、勝手にだけどみんな家族みたいなものだって思ってる。
━━━ボクはひとりじゃない。
薪がパキパキと音を鳴らす中、煙の登る先の夜空を見上げた。
✳
ガタガタと車輪の音を鳴らしながら馬車は順調に進んでいき、あっという間に時は過ぎていく。
「予定通り、三日後あたりに着くだろう」
今朝、バロンはそう言った。2人との旅がもうすぐ終わるのだと思うと感慨深い。そう思いながら荷台の中から外を眺めていると
(バカノマ)
ビクッ
肩を揺らしたボクをバロンが訝しげにこちらを見てくるけど苦笑いで誤魔化す。フィロったら、びっくりしたじゃないか。
(ちゃんと届けたからね)
(フィロ! ありがとう)
ダグラスたちにバレないように思念でフィロと会話をする。改めてフィロの居場所を確認すると、馬車の真上を飛んでいるらしい。
(返事来たけど、いつわたせばいいの?)
(んー、夜になってからで良い? 2人と離れるからその時に)
(まったく。わかったよ)
フィロの気配が遠ざかるのを感じながら前を向く。そして休憩を挟みながら進んでいくうちに日が暮れてボクたちは夜を迎えた。今日は薪を集めてくると言って1人で森の中に入り、フィロを待つ。
(はい、これ)
(フィロ。ありがとう、助かったよ)
パタパタと近寄ってきて指に止まるフィロ。その小さなクチバシで咥えられた手紙を受け取る。よしよしと指で頭を撫でようとしたら華麗に避けられた。
(それじゃ)
(フィロは変わらないね……またね)
(……変わりたくないもん)
(はは、ボクとしてはもう少し優しくして欲しいな)
(……)
フィロが黙り込む。そっけないフィロはいつもだからそういう意味で言ったんだけど、傷ついてしまったかもしれない。
(ごめん、気にしないで。フィロが優しいのはちゃんと分かってるから、いつもありがとう)
(……やさしかったら、きっと)
フィロは何かをかき消すように頭を振ったと思ったら、大きな思念がボクを襲った。
(ノマなんてだいっきらい!!!!!)
(え、えーーーー!?!?)
なんか、街で喧嘩していた男女見かけた時のことを思い出した。たしか女の子の方が同じような言葉を言ってたような……
遠い目をしながらボクは薪をあつめた。
✳
「今日の見張りはボクだね」
「おう、頼むぜ」
天幕の中に消える2人を横目にボクは手紙を取りだした。運良く見張りの順番が今日でよかった。こうして手紙で会話するのって楽しい。さっそく読んでみよう。
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親愛なるノマへ
まずは無事にユグルにたどり着けたようで、安心しました。クラウスからは信頼のおける方に案内を頼んだと言われてましたが、抜けているあなたのことですから少々不安だったのです。
私の方はとくに変わりない日々ですので、省略しますね。
さて、早速ですが手紙の内容を確認しました。質問内容に関して答えましょうと言いたいところですが、バリバラナ嬢が行方不明になった時期については以前バリバラナ嬢から返事が来ないと言いましたね? 申し訳ありませんが、恐らく5年前、もしくはその付近からということしか分かりません。
しかし、黒い痣の病気とノマが湖で見たという記憶のバリバラナ嬢は気になりますね。行方不明であることに関係するかは私にも分かりませんが、また何か分かったら教えてください。こちらでも調べておきます。
それとユグルに行かせた理由についてですが、ルシルが言っていたように社会勉強の一貫と思ってください。最近は様々な種族が入り混じるようになったとはいえ、実際に彼らの社会に入って会話をしたり、仕事をするということは王宮では出来ないでしょう? バリバラナ嬢のことも忘れないで欲しいですが、まずは出会いを重ねて経験を積むという事が重要なのです。
ユグルという小さな集落でさえ、出会いと別れが多くあったことでしょう。王宮とは違う暮らしぶりに困ったこともあったのではないでしょうか。ですが、楽しかったでしょう? 私もかつてノマのように社会勉強をしたことがありましたのでよく分かります。あのルシルもしたんですよ、笑ってしまうでしょう?
最後になりますが、次に訪れて欲しい場所はガダルナル国です。ルシルとクラウスに伝えているので、まずはクラウスに聞いてください。恐らく、そのままルシルの元へ向かうことになると思います。
また、なにか悩むことや辛いことがあったら共に見たあの夜空を思い出してくださいね。どんなことにも意味を見出す努力をしなさいと言いましたが、どんな経験もあなた次第で、不幸にも幸福にもなるのです。今は難しいかもしれませんが簡単に言ってしまえば空は偉大だということですね。
他にも言いたいことはありますが説教になってしまうので自重しておきます。
それでは、良い旅となりますように。
いってらっしゃい。
カロル・パルティーア より
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綺麗な字だなぁ。丁寧に書かれた文章を読見終えて、病気やバリバラナについては情報が得られなかったことにがっかりすると共に申し訳なさに襲われる。
カロルには、リグルについては伝えなかったのだ。伝えるべきだとは思った。思ったけど、書こうとすると手が止まってしまったんだ。声に思い当たることが無いか聞こうとした。したけどどうやって説明するべきか、説明しても分かってもらえるか。そう思うとやはり書くことが出来なかった。病気に関してはリグル達の話はせずにユグルでこんな病気があったらしいことと、湖でみた記憶はバリバラナが居たということだけを説明した。
黒いあざについてはクラウスにも聞いてみよう。カロルが分からないとなると難しいかもしれないけど、一応。
几帳面にかかれた字を眺めてから、手紙を折ってポケットにしまった。
何を思っていたの、願っていたの




