21話 それは願望か、
まだ空の色は薄い。朝早くからボクたちは外に出ていた。
「よぉし、こんなもんか」
よっこいせとバロンが最後の荷物を荷車に乗せて出立の準備をする。商品と食料品の最終確認を終えたダグラスがバロンの肩を叩いて言った。
「おつかれさん。休まなくて大丈夫かい?」
「ああ、早く行こうぜ。日が高くなると馬もバテるしよ」
バロンは大きく口を開けてぐわぁ、と豪快に欠伸をする。さて、どうしてだろうなぁ。上がる口角を抑えながら見ていると、見送りに来ていた子供がバロンに抱きついた。
「バロン、もう行っちゃうの?」
「おう、またくるからよ。泥団子の腕きたえとけよ」
「うん!次は負けないから!」
ガシガシとその少年の頭が撫でられる。あの図体で泥団子とかちょっと面白い。勝負ってなにを勝負するんだろう。見た目?大きさとかかな。そんなに違いが出るとは思えないんだけど……
「ダグラスさん、体には気をつけてくれな。夜は冷えるだろう」
「ああ、君も。暑苦しいダグラスがいるから私は大丈夫さ」
ダグラスも細い目をより一層細めて、楽しそうに他の人と団欒していた。ほんとに仲がいいんだなぁとぼんやりと眺めていると肩を叩かれた。
「あんたも、あんがとな」
「え? あ、いえ。こちらこそありがとうございました」
振り返ると一緒に畑を耕した人達が「そんな固くなんなよ」とか「あんたの方が歳上だろ?」「たしかに!」なんて笑いあっていた。
「最初はすまなかった。別に嫌ってるわけじゃないんだが、長命種を見たのは初めてでな、戸惑っちまった」
「それな! ごめんよ、あまり外のやつは来ないとこだからさ。こんな所で良ければまた来てくれ」
「人探しだったんだろ? こっちで知らない奴見かけたらどうにかして伝えるから」
頬が和らぐのを感じる。正直、ちょっと。いや、かなり嬉しかった。ここに来るまではカロルに言われた場所だし、純血種のダグラスが商売している場所でもあるから長命種のボクでも問題ない場所だとは予想していた。していたけれども、それでも嫌われるんじゃないかって不安があることには違いなかった。
「ありがとうございます。皆さん、優しくしてくれて嬉しかったです」
時代が時代であれば、ボクたちはこうして話すことすら無かっただろう。この平和な世界を築いてきた人々は見ているだろうか、種族の違う者たちが笑いあうこの世界を。
━━━━リグルは見ているだろうか。今のユグルを。
ふっとそんな考えが浮かぶ。答えはない。きっと誰にもわからない。でもこの時間を知ってくれていればいいなって思う。君の愛した人はもういないけれど、その子供たちが色んな人と助け合いながらユグルを支えていく。これは決して悲しい話じゃ、ないよね。
そんなことを思いながら目線を男たちから逸らすと、ちらっと視界の隅に誰かが映った気がした。そこを見るとちょっと遠い家の裏からこちらを眺めている女の人……フォトナさんが居た。
「ちょ、ちょっとだけ行ってくる!」
たたたっと走り出して、後ろから戸惑う声が聞こえるけどごめんなさい!と思いながらフォトナさんの元へ駆け寄る。
「ノマ……」
フォトナさんは戸惑った表情をする。急に走って近づかれたら困るよね。慌ててボクは言い訳をする。
「み、見送りに来てくれたのかなって……違ったならごめんなさい」
「いえ、そう。私の方こそ、堂々とするべきなのに」
良かった。これで別に見送りに来たわけじゃないって言われたら心が折れるところだった。こそこそしてたのはよく分からないけど、あまり目立ちたくなかったのだろうか。
「もう、行くのよね。体を冷やさないようにね」
「はい」
「なにか、困ったことがあれば遠慮なく言って。ダグラスにでもバロンにでも伝えてくれれば、役に立てるか分からないけど手伝うわ」
「はい、ありがとうございます」
フォトナさんはボクを心配そうに、畳み掛けるように言葉を続けた。すこし照れてしまう。そんな心配しなくても神様なんで大丈夫ですよ~って言ってしまいたくなる。ぐいっと、照れが顔に出ないように眉間に力をいれて頑張っていると、フォトナさんはこう言った。
「貴方にお花畑を見てもらえて、本当によかった」
「ボクの方こそ見れて良かったです。とても綺麗でした」
「髪飾りも見つけてくれて、ありがとうね」
「……いえ、偶然です」
真面目な顔になったフォトナさんと会話をしつつ、ユグルであったこと、見たことを思い出す。思い浮かぶのはもちろんお花畑。そして髪飾りとそれが置かれたお墓。あとは崖下の泉とか、歩いた丘の色とか。
「ノマ、」
「……?」
何か喉に突っかかっているように言い淀むフォトナさん。足元に固定されていた瞳が上げられて、ボクの瞳と交わる。
「リアナさんは、リグルさんの帰りをずっと待ってた。リグルの弟さんと結婚したあともずっと。ユグルに戻ることはないって思ってたみたいだけど、どこかには居るはずだって、生きてるはずだって、信じてたみたい」
「……生きて」
「……結局、会えなかったみたいだけれど」
「……」
悲しい話だった。フォトナさんは知らないけれど、ボクはリグルがどんなに必死に崖を降りたかを知っている。どんな思いであの金髪の女性、バリバラナについて行ったか。フォトナさんは知らない。そして、きっとリアナも。
「でも、貴方が見つけてくれた」
「……ボクが?」
少し表情を和らげてフォトナさんは言った。
「髪飾りよ。貴方がリグルさんの代わりに渡してくれた」
「偶然ですって、ボクもなんで見つけられたか分からないんだから」
偶然だと思いたかった。だって理由がわからない。ただなんとなく机の中が気になったんだ。ほんとに、それだけ。
「それでもよ、ノマ。だから忘れないで」
━━━リグルはきっと、救われたわ。
「どうか、ノマ。幸せになって」
「……ぁ」
その時、ずっと聞こえなくなっていた声が聞こえた気がした。
「……はい、ありがとうございます」
✴
ガタンガタン、ガタガタ
カッカッカッカッ
車輪と馬の蹄の音が森の中に響く。行きと同じようにボクとバロンは荷台に居た。
「まぁた、旅の始まりだなぁ」
ふぁとだるそうに欠伸をするバロンにダグラスは呆れたように言った。
「昨日、バロンの部屋から声が聞こえたけれど夜更かしでもしたのかい?」
「い、いや、そういうわけじゃねぇんだがよ」
「……っふ」
あぶないあぶない、笑うとこだった。確かに大きな声出してたからダグラスにも聞こえてしまったのかもしれない。それはちょっと申し訳ないな。
「……ああ、何となくわかったよ」
そんなボクの反応を見たのか、ダグラスはなにかを察したかのように苦笑する。そしてそのダグラスを見てバロンがどういうことだと言い始めた。
「なにが分かったんだ、おしえろ!」
「バロンが小心者って事じゃない?」
「な、な、なにを……っおまえ」
ボクのせいで問い詰められるダグラスが見てられなくてつい口を挟んでしまった。思いのほか狼狽えるバロンはボクの方を見て、ダグラス同様に何かを察した顔をした。そんなにわかりやすい顔、してるだろうか。
「ん? どうしたの、バロン」
「っ昨日の! お前か! 変な風とか、急に窓が閉まったりとか!」
「なんのことだか~」
「このやろう!」
「い、いひゃいよ! や、やへへ!」
「まったく……あまり揺らさないでおくれよ」
バロンに頬を抓られるボクをみて、諦めたかのようにダグラスは言った。
「ったく、これで許してやる」
「いたた……お互い様だよ、もう」
ぷいっとバロンは顔を正面を向き直した。ちょっと痛かったけど、こういうのって楽しいな。親しい人とばかりいるのもいいけれどこんな風に話せる人が増えるのは単純に嬉しい。もちろん、別れもその分悲しいものになるけれど今は楽しいってことを楽しもう。
「……」
少し濃くなった空を見上げながら、思い吹ける。たった2週間。されど2週間。王宮では感じなかった時間の流れを実感した。出会いも別れも本当に一瞬だった。それでも惰性で王宮で過ごすよりは有意義で大切な時間だった。
『もう、十分だから』
フォトナさんと話している時に聞こえた声。リグルは、ボクに何を伝えたいのだろう。この声がいったいどんな仕組みでボクに聞こえているのかも分からないのに、いつか理解出来る時が来るのだろうか。
「……でも」
きっとリグルの声を聞くことはもうないんだろうなって、この時は思った。
許されたのは、自己満足




