13話 知るべき1つ
「ここで男の子は亡くなったのかな……?」
そう思うとすこし怖いような、なんとも言えない気持ちになる。当時の集落の人達は確かめには来なかったのだろうか。落ちて亡くなったのであれば何かしらの痕跡があってもおかしくないんだけど。
周りを見渡しながら泉に近づく。不思議なことに泉の周りには何も生えていなかった。周りは森で囲まれているのに。
「……あれ、この泉、もしかして」
おそらく、水の精霊。そんな少し大きな気配を感じた。確かにここは綺麗だ。澄んだ水に人が立ち入らない静かな環境。だから住み着いたのかもしれない。いつから居るのかは分からないけど、此処で起きたことを知ってるかな。
【水の子よ、小さき子らよ。すこし話そう?】
話をしようと願いを込めて呼びかける。すると時間を置かずに、どこからか声が聞こえた。
(方生いか)
「……!かた、おい?」
そんな言葉と共に泉から青と白の混ざった大きな光が上り、ボクの目の前まで来て人の形をした光となった。すこし眩しいそれはボクの予想を裏切り、水の上級精霊だった。
山にいた精霊はどこにでもいる下級精霊。それに対し上級精霊は滅多に人の前には現れず、ひっそりと暮らしている。絶対数も少なくどのように産まれるのかもよく分かっていない。でもあまり居場所を変えることが無いらしいから、そんな精霊とここで会うとは運がいい。
「あの、ボクはラガルデアの」
(みなまで言うな。分かっている)
「あ、うん。なら聞かせて。ここで誰かが亡くなったことはある?」
どうやらボクが『神様』だと知っているらしい。どこから聞いたのだろう、ここを訪れる精霊と情報交換でもしたのだろうか。
(無い)
「無い……なら、あの崖上から落ちた人も居ない?」
(居ない)
無駄のない簡潔な返答。会話が好きじゃない精霊なのかな、あまり時間をかけない方がいいかもしれない。それにしても、落ちた人も居ないとなると男の子の死因は一体何なのだろうか。
「……この泉に来た人はいる?」
(居る)
「え? まさかこの崖を降りたのか……!」
(愚かにも、居た)
まさか、予想が当たるなんて。こんな険しい崖を降りるなんて信じられない。精霊の言う通り愚かとしか思えなかった。
でもここで死んだ人が居ないなら、その人は無事にここへ降りることが出来たんだ。
「無事だったんだよね。その人はどこへ?」
(知るべきだが、知らぬべきだ)
「え……」
(全てを知るのは、まだ早い)
「まだ?なら、いつなら」
(今は、これだけ知りなさい)
そう言って精霊は、ボクの額を指さした。
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「ん、んん?」
額に何かされるのかと思ったら視界が急に明るくなり、気づいた時にはいつの間にか精霊は居なくなっていた。
「あれ?ちょっと、どこへ行ったの?」
それになんか変だ。息をしているはずなのに、空気を吸っていない感覚。歩いてるはずなのに地面を蹴っていない感覚。自分と世界の境界が無くなり、一体となった感覚。
「そうだ、フォトナさん!」
どのくらい気を失ってたのか分からないけど、ずいぶん待たせたかもしれないと上を見あげるけど誰も見えない。大声を上げて彼女を呼ぶけれど、顔を出すことは無かった。
そう言えば、あまり暗くなっていない。そんなに時間が経っていないのだろうか。そう思い無詠唱で魔法を使って崖上に上がろうとした。
「あれ、魔法が使えない……!?な、なら詠唱は」
【風の子よ、小さい子らよ、集って吹き巻いて!】
しばらく待っても、誰も応えることは無かった。こんなことは初めてだった。
「嘘でしょ……この崖を登れって……?」
途方に暮れて崖を見上げる。少なくとも体では無理だ。仕方なく現人神体となって崖上まで飛ぼうとした時、崖上に人がいるのに気づいた。その人はどうやら崖を降りようとしているらしく、しゃがんで足を下に伸ばしていた。
「ちょ、危ないですよ!!」
そんなボクの声が聞こえていないようにその人は本格的に降り始めた。
「っ……!ボ、ボクが下ろすから!!」
急いで現人神になろうとした。だけど、なれなかった。
「……なんで、なんで!?」
魔法も使えない、現人神にもなれない。どういう事だ。そう考えているうちにもその人は降り続けている。
「……」
ボクはただ無力で、その人が無事に降りれることを祈ることしか出来なかった。
※
暫くして、その人が獣混種の男であると分かるところまで降りてきた。随分と長い間眺めていて気づいたけど、どうやらボクは今、実体がない状態に近い。ほとんどの感覚が鈍く、風や森の香りを感じることが出来ない。しかも、誰かの助けが得られないかと森へ行こうとしたら見えない壁に阻まれて行くことさえ出来なかった。
そういったことからボクは、今見ているものは精霊の記憶なのだと結論づけた。
『今は、これだけ知りなさい』
精霊はそういった。それに崖を下りた人に起こったことを知りたいと頼んだから、これを見せられているのかもしれない。
「……いたそう」
気づけば男は半分をとっくに過ぎていた。でもまだ落ちたら怪我では済まない高さ。ハラハラしながらボクは見続ける。精霊の言うことを信じるとこのひとは落ちずに済むようだったけど、崖に残る血の跡、流れ落ちてきた汗に色を変えた地面、震える両手と両足。それを見ていて安心出来る人は居ないだろう。
「……がんばって」
崖をおりるなんて愚かだと思っていたけど、その必死な様子を見ていると、男にはそれをする理由があるんだと思った。病が治る果実、それを求めて来たのだろうか。もしそうなら、この男が、件の男の子かもしれない。
ボクはじっと男を眺め続けた。
※
「あと少し!あと少しだよ!!」
聞こえないと知りつつも声をかけずにはいられない。もう背中からなら落ちても大丈夫な高さまで来ていた。男の呼吸音が聞こえる。とても苦しそうで苦しそうで、激しく背中が膨らんでまた縮む。黒髪が汗で首にまとわりついているのがよく分かる。
じわじわとその体は地面に近づき、次に伸ばした足が地面に着いたとき、男の体は崩れ落ちた。
『うっ、……はぁ……はぁ……はぁ……』
ヒューヒューと喉を鳴らしながら荒い呼吸をする。大人と子供の境界ぐらいの年齢だろうか、やつれた顔をしていて曖昧だけど多分、10代後半の男の子。よくもここまで来れたものだ。獣混種とはいえこの崖を降りきる体力と精神力を持つものはそうそう居ないだろう。
「よく、頑張ったね……何も出来なくて、ごめん」
触れないとはわかりつつも男の子の頭を撫でる。そんなボクなんか置いて男の子は果実を探し始める。
ああ、無いんだよ。ここには果実なんて、無いんだ。だれがそんな残酷な言い伝えを広めたんだ。諦めて身体を休めて欲しい、というボクの思いは届かない。
『どうして、無いんだ。どうして……』
ふらふらになりながら必死に探す姿。どこだ、どこだ、虚ろに呟きながらもその黒い目は爛々して、血走っていた。
ドサッ
膝から崩れ落ちる男の子。両手で顔を抑えて、血塗れになった顔をくしゃりと歪め、叫ぶ。
『━━っっぁぁあああああ!!!!』
「っ!」
その悲痛な叫び。まるで世界を呪うかのような、まとわりつくような絶望の叫び。名前も知らない男の子、だけどその思いは死にたくなる程に理解することが出来た。
━━━どうして、ボクが泣くのだろう。
彼に同情したのだろうか。この悲痛な叫びに感化されたのだろうか。さっきから、頬を流れる涙がぽろぽろと地面に落ちる。胸が苦しくて、ぎゅっと抑える。そうしないとボクまで叫び出しそうになってしまうから。
『ねぇ君!そんなところで、何をしてるの?』
「……!どこから……?」
雰囲気を壊すように聞こえた声に涙が止まる。どこかで聞いたような無邪気な声。男の子が上を向いていることに気づきボクも見上げると、誰かが落ちていた。
「な……なんで……」
ボクは、降り立った女の姿に驚く。
「バリバラナ……」
風にふわふわと踊らされる金髪に、無邪気に輝く金色の瞳。それは正しく、バリバラナのそれだった。
『わたし?わたしはわたしよ、あなたが思いたいように思えばいいの』
そう嘯くバリバラナ。唖然とする男の子とボク。なぜ、こんなところにバリバラナが?あれ、居なくなったのって最近の話じゃないのか?男の子が亡くなったのはいつ頃なんだ?フォトナさんの話だと結構前の印象があったけど……。
急なバリバラナの登場に頭が混乱する。しかし男の子は立ち直ったようで会話を繋げる。
『俺は、リグル、だ。名前を聞いてる』
『名前かぁ、んー、バリって呼んで?』
『バリ……』
本当に彼女がバリバラナであるならば、単純な偽名だ。それとも愛称と呼ぶべきか。
『うん!それで、何してるの?果実を探してるの?』
『っ!知ってるのか!!どこにある!!』
果実、という言葉を聞いて声を荒らげるリグルを眺める。
彼女は果実のことを知っている?集落の人、なわけないよな。崖から降りて無事に済む人……いや、人ではないだろう。もしかしたらバリバラナなら出来るかもしれないと思ってしまう。
『病気を治したいの?それだと条件があるの』
『条件!? ああ、わかった、わかったから早く!!』
『待って、順番があるの』
コホン、と咳をしてからバリバラナ?は条件を話す。何故、果実について知ってるのに教えてあげないんだ。少し怒りを覚え、話を聞く。
『貴方は二度と家には戻れない。両親にも友達にも二度と会えない。最後の別れも出来ない』
『な……』
『それでもいいなら病気は絶対に治してあげる。そこは安心して』
なんなんだ、その条件は。どういう、事だ。病気を治す?それは果実の事なのか、それにしては妙な言い方をする。
『……もう、会えない?まだ、俺は……』
そうだ、この子は、リグルは女の子のためにここに居るんだ。それなのに二度と会えないなんて。
『うん。それでもいいなら、貴方の願いを叶えてあげる』
━━願いは、なぁに?
そう首を傾げて、子供のように尋ねる。なんて残酷なのだろう。きっとどれだけ残酷なことを言っているかも知らないのだ。目の前の男の子がどんな思いでいるのかも理解していない。
『……ぅ……あ』
『ん?なぁに?』
『……黒いアザの、病気。集落の、罹ってるみんなを、治して欲しい』
ぎゅっと唇をかみ締めて、一言一言に思いを込めているようだった。また心がきしんで、涙が溢れそうになった。そして、彼の思いを踏みにじるように彼女は言う。
『うん、分かった。じゃあわたしに着いてきて? あ、その前に傷治そう』
そう言って彼女はリグルに手を向ける。治癒魔法?すごい効果だ。みるみるうちに手のひらや身体中の怪我が治っていく。
『う、わ』
『よし、これで大丈夫!じゃあわたしに掴まって?』
リグルとボクの感情を置いて事は進んでいく。
『待て!果実は、果実はどこにある!!』
『大丈夫、ちゃんと病気は無くなるから!』
リグルの必死の声に明るい声が返す。じたばたするリグルを押さえ込んで彼女は超人的な跳躍で崖の上まで一瞬で飛んでしまった。
「……うそでしょ」
唖然とするボク。
「……?」
彼女が言い残した言葉。そして言い伝えの果実。女の子が食んだという花弁。繋がりそうな点と点。
「……!」
もう少しで何かが分かりそうなところで世界が歪み、ボクの意識は飛んだ。
一言だけ、それだけで良かったのに




