廻る言葉
『この気持ちが恋愛感情なのか、はたまた全く別のものなのかはまだ分からない
ですけど......ボクは少なからず先輩のことが好きなんです』
不意にあの日の言葉を思い出してしまった。忘れようとしていた、あの言葉を。
あの日、自分は何故あのような言葉を口走ってしまったのだろう。
『やっぱり妬いてるだろ、お前』
からかうようなあの日の彼の言葉を否定することが出来なかった。
『さっきも言いましたが、ボク自身まだ本当に先輩のことが好きなのかは分かって
ないんです。何時か、また心の整理が出来たらきちんと告白させて貰いますね』
心の整理、なんてものが出来る日は来るのだろうか。
「さっき、調月先輩と何してたんですか?」
「ん? ああ、調月の相談に乗ってたんだよ。アイツも色々と面倒臭い奴でな」
ボクの振った質問に彼は苦笑しながらそう答えた。どうやら随分彼女と
仲が良いらしい。
「......ふーん」
調月雹霞、彼と同じ二年生であり自分からすると先輩に当たる存在。常に無気力で
消極的な彼女だが決して冷酷ではない。昔、自分も虐められているところを助けて
貰ったこともあるし、この部活が消滅の危機に瀕したときも活躍してくれた。だから
彼女のことは嫌いではない。いや、むしろ好意を持っているのだが、何故か彼の答えに
可愛いげのない顔で相槌を打ってしまった。
「何だよ」
「いえ、やっぱり先輩って極度のお人好しだなあと思いまして」
彼は何一つ悪いことはしていない。それなのに、皮肉を言ってしまった。
いや、正確には皮肉混じりの褒め言葉だ。
「俺にも一応、関係のある話だったからな。それに相手が調月だったし」
しかし、彼はその皮肉を言われ慣れているとばかりに受け流した。
ただ、少し困惑しているようでもある。
「先輩って、普段はナルシストぶってますけど、いざ褒められると
分かりやすく動揺しますよね」
苦笑しながら言った。
「いや別に、ナルシストぶってる訳ではないんだが」
「因みに先輩、相談相手がボクなら相談に乗ってくれてましたか?」
バツが悪そうに頭を掻く彼に聞いた。
「めぐめぐは可愛いから幾らでも乗る」
「か、かわ、可愛い!?」
冗談だ。分かっているのに過剰に反応してしまった。彼がからかってくるのは
何時ものことなのに。
「お前も褒められて動揺してるじゃねえか」
「仕返しのつもりですか!」
「どうだろうな」
「この男......」
苦い顔をした。冗談を真に受けて赤面するなんて......恥ずかしい。
☆
昼食を食べて、自然観察の後半が始まっても先程のことが忘れられなかった。
恥ずかしい、ただただ恥ずかしい。そのせいで彼の顔をマトモに見ることも
出来ず、昼食中も終始不貞腐れたような顔しか出来なかった。本当に自分が
嫌になる。
「はあ......」
そんな大きな溜め息を吐いた時だった。考え事をしていたせいで足元が疎かに
なっていて、体が前に傾いてしまったのは。慌てて手をつこうとするが目の前は
この公園を代表する大きな池であり、柵もないためこのまま池に落ちてしまう......
「小戸森っ!」
筈が、そうはならなかった。池に落ちる寸前の自分の手を掴んで引っ張って
くれた者がいたからだ。グイッと引き揚げられた体は忽ち後ろに倒れてしまう。
「なっ......!?」
頭は鈍い音と共に後ろに倒れた筈なのに全く、痛くなかった。何かがクッションに
なってくれたようだ。......いや、自分を引っ張ってくれたのは彼なのだからそれが
何なのかは容易に想像出来るのだが。
「いたあっ!」
体の下から情けない声が聞こえた。
「せ、先輩!?」
「は、は~い。すぇんぱいだよお......かはっ」
「すぇんぱいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
彼の体の上から退いて、その名前を叫んだ。
「フッ。無様ね」
調月先輩が彼を嘲笑した。
「おい、つかちゅき。聞こえてんぞ」
「つかちゅき言うな。小戸森さん、怪我はない?」
「え、あ、はい。先輩が守ってくれたので......」
突然、彼女に自分の名前を呼ばれたことで戸惑ってしまった。
「そう。なら良かったわ」
「おい、つかちゅき。俺の心配もしろ。てか、明らかに俺の方が重症だろ」
「とてもシンパイしています」
「棒読み止めろ」
ホント、仲良いな。この人達は。
「先輩、すみません。ボクの不注意で」
そう言って頭を下げた。
「おう。この辺、コケが多いから滑りやすいんだ。気を付けろよ?」
「あ、う......はい」
この感情が恋なのか、全く別の物なのかは今もまだ分からない。いや、分からなくても
良いのかもしれない。感情に名前を付けることはさほど重要じゃないのだから。
「そうか。なら良かった。それにしてもめぐめぐ重......」
「ふんっ!」
「グホオッ!? ちょ、打撲してまで自分を助けてくれた相手なんだから
もう少し優しくしろよ! 暴力反対!」
ただ、この人のことが好きで好きで堪らないという気持ちを認めることが
出来れば良い。そう思えた。
「あの、先輩。......この後、予定有りますか?」
「いや、特にないが。どうした?」
「じゃあ、部活動が終わったら少し付き合ってください」
「お、おう……? 自棄に機嫌が良いな」
今日、思いを伝えよう。遅くならないうちに。いや、もう遅いのかもしれないが
まだ間に合う。幸い、勘解由小路先輩もまだ本腰は入れていないようだし。
☆
「んで、付き合うって何に付き合えば良いんだ?」
自然観察が終わり、自分と彼以外の全員が帰った公園で彼はそう聞いてきた。
「あまり、時間は掛けないので少しだけお話に付き合ってもらいたいんです。
相談......みたいなものですかね」
「ああ、確かに昼間に『相談相手がボクなら相談に乗ってくれてましたか?』とか
何とか言ってたな。これのことだったのか」
変な深読みをされてしまった。
「いえ、そのことはあんまり関係ないんですけど」
「む。そうなのか?」
「は、はい。そ、それでお話なんですが……!」
彼の肩をギュッと掴んで此方に引き寄せる。今、攻めなくてどうする。
「え、あ、う、お、おう!」
そして、動揺する彼に告白の言葉を......
「Excuse me」
掛けるつもりだったのだが、突然誰かから声を掛けられてしまった。
「あ、はい?」
彼はその声の主に返事をする。
「ショッピングモールはどこに行けばありますデスカ?」
長い金髪と綺麗なエメラルドグリーンの目を持った外国人と思われる女性だった。
横には中国人......いや、あの顔立ちは日本人だろうか。黒髪の男性が付いている。
何処と無く先輩と雰囲気が似ていた。
「ああ、そう言えば此処ってショッピングモールの近くだっけか。そんなに
遠くないですし、案内しますよ。小戸森、良いだろ?」
「え、あ、は、はい。勿論」
いや、それは別に良いのだが告白しようとしていた手前、何だか
肩透かしを喰らわされた気分だ。
「Ich danke Ihnen sehr」
「え?」
聞いたことのない女性の外国語に先輩が困惑の言葉を漏らす。すると、横の男性が
手を挙げて口を開いた。
「あ、多分感謝の言葉を言ってるんだと思います。ダンケって聞こえたし」
「Ja」
「やっぱり、そうみたいです」
「日本語通じてるじゃないですかその人」
一連の流れを見ていた自分が突っ込んだ。
「バレましたか......無念」
金髪の女性が滅茶苦茶、流暢な日本語でそう言った。
「いや、喋れるなら最初から日本語話して下さいよ」
彼が呆れたように言う。
「右も左も分からない外国人を装う方が案内をしてくれる可能性が
高いじゃないですか」
ドヤ顔でそう話す彼女の頭を日本人の男性が叩いた。
「すみません。こんなふざけた態度で。案内、宜しくお願いします」
「は、はい。じゃあ、行きましょうか」
少し戸惑いながら先輩がそう言って、ショッピングモールの方に歩き出すと
何だかあの二人が騒ぎ始めた。
「ケイ。暴力に頼るのはよくないわ」
「じゃあ、そのふざけた態度を止めろ」
「私は至って真面目よ。これがドイチュラントクオリティ」
「全ドイチュラント人にボコられろ」
彼らもかなり仲が良いようだ。それにしても、見ず知らずの二人に道を聞かれて
わざわざ目的地まで案内をしようとするなんてやはり彼はお人好しだ。
「何だか、勘解由小路先輩と先輩の掛け合いに似てますね」
「ウソ。俺らの掛け合いって端から見たらあんなにイチャついてるように
見えてたのか?」
「ええ」
「マジかよ」
「マジですよ」
苦笑しながら彼にそう告げる。
「そう言えば、さっきの話ってこの場では難しい話なのか?」
彼は歩を進めながら聞いてきた。
「ま、まあ......」
「そか。じゃあ、ショッピングモールに着いたら其処でお茶でもしながら
話してくれよ」
お人好しな何時もの彼の笑顔に少し、はっとさせられた。彼は何度も言うが
お人好しだ。そんな彼に、告白なんてしても良いのだろうか。いや、駄目だ。
冷静になって考えてみると、ヘタレでお人好しで小心者の彼は仮に誰かに
交際を頼まれたとして、たとえそれが嫌でも断れないかもしれない。それを
分かりながら彼に告白するのは凄く卑怯なのではないだろうか。
「先輩」
そんなのは嫌だ。彼に我慢をさせてでも彼と付き合いたいとは思わない。
「どした」
「やっぱり、相談すること解決しちゃいました」
「はい?」
「だから、折角ですしショッピングモールで遊んでから帰りましょう」
こうなったら作戦変更だ。自分から彼に告白するのではなく、彼が自分に
告白したくなるように仕向けるのだ。
「そう......だな。めぐめぐの悩みが解決したのに越したことはないし
今日は予定もないからな!」
何だか、今日は新しい自分に生まれ変われたような気がする。まずは
ショッピングモールでアプローチだ。
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