進撃の吸血鬼
「......と、言うことだ。頼む」
有馬に事の顛末を説明すると、俺達は全員で有馬に頭を下げた。
「......部員が足りなくなったから急いで部活を集めないといけない。それは分かるよ?
でも、よりにもよってこの僕を頼るって.......。上里君、やっぱキミ凄いよ」
有馬は呆れたように言う。そう言われても、頼れる相手が有馬しか居なかったの
だから仕方がない。
「それも、前科部の部員を全員連れてくるとか......」
有馬はそう言いなが、俺が連れてきたメンバーの顔を見る。しかし彼は
先輩と目が合った瞬間、顔を逸らしてしまった。
「有馬が少数派に回りたくない奴だってことも、皆から蔑まれている前科部に
入部するのが嫌なことも、理解している。それを前提としてお願いだ。
どうか自然観察部に入部してくれ」
古参組の幻中達と比べれば新参者もいいところの俺だが、この部活への愛着は
彼女らにも負けない自信があった。馬鹿な連中にこの部活を壊させてなるものか。
そんなことを考えながら俺は再度、有馬に深く頭を下げた。
「ごめん。悪いけど、僕は......」
「有馬君」
有馬が謝罪の言葉を口にしたとき、先輩は有馬の言葉を遮るように
その名前を呼んだ。有馬は驚いたように話を止める。
「え?」
何の前触れもなく、名前を呼ばれたことで戸惑う有馬。そんな彼に
追い討ちを掛けるように先輩は有馬に近付いた。
「有馬君、そんなことより久し振りだね。元気してた?」
「......ま、まあね」
「一年ぶりくらいだよね。私結構、寂しかったんだよ?」
「え、あ、へ、へー。そ、そうなんだ」
白嶺先輩が話し掛けると有馬は明らかに顔を赤くして狼狽し始めた。
......あれ?
「いや~私、頑張ったんだよ? 有馬君が『自然観察部なんかが有ったら入りたいな。
一緒に作ろうよ』とか言ったから作った自然観察部なのに言い出しっぺの有馬君が
速攻で退部しちゃったからさ」
「そ、それは......!」
「うん。有馬君が退部するときに私『後は任せて』って言った。だから有馬君を
責めてる訳じゃない。ただ、久し振りにあったんだから愚痴くらい聞いてよ。
あの後、ほんっと大変だったんだから」
先輩は何時もの優しそうな喋り方ではなく、ストレスのたまった
OLのような口調で言う。
「は、はあ......」
「まずは幻中さん」
「・・・はい?」
「賢いし、礼儀正しいし、めっちゃ良い子なんだけど、全然話してくれないから
私の方も話し掛けるのを遠慮しちゃうし、謙虚すぎるあまり、能動的に
動いてくれない! はっきり言って、最初の方は扱いにめっちゃ困った!」
「せ、先輩?」
普段、人の短所を指摘しない先輩が本人の前で本人の愚痴を言った。その事実に
驚いたのは有馬も一緒だったらしい。その証拠に有馬は言葉を失ったように
口を開けている。
「次、調月さん!」
「わ、私......ですか」
「うん。兎に角、調月さんはねぇ......動かない! 受動的ってレベルじゃないよ!?
形だけでも部活をしようと思って、自然観察をするときのルールを皆で確認したことが
あったんだけど終始、寝てたからね!? 調月さんは、本当に問題児だった......」
息切れを起こしながらも、先輩は愚痴を有馬や俺達にぶつけた。しかし、この部活の
一番の功労者が先輩なのは間違えようのない事実なので俺達は何も言うことが出来ない。
「ぜえ、ぜえ、まだこんなもんじゃないよ。次、小戸森さん!」
「は、はい......」
「特に何も悪いことしてない! はよかえれ!」
怒られる理由が理不尽過ぎる。
「はい次、上里君!」
「はいどーも、上里です!」
「はっきり言って滅茶苦茶感謝してるけど、滅茶苦茶恨んでる! 急に現れたと思ったら
どんどんウチの部活を改革していったよね......私、上里の新政のスピードに着いていけ
なくて、体調を崩したこともあったんだよ? でも、部長の私が弱いところを見せちゃ
駄目だと思って我慢してた! おのれ、シュメール人上里め! 許さん!」
結局俺は後醍醐天皇とシュメール人、どちらなのだろうか。まあ、その疑問は取り敢えず
置いておくとして、それにしても俺は先輩に無理をさせていたのか。今でこそ笑っている
先輩だが、実際はストレスからくる自律神経の乱れなんかで大変だったのかもしれない。
だとしたら、先輩には悪いことをした。
「んで次、勘解由小路さん!」
「ん」
「幻中さんと調月さんが居るんだから難読名字シリーズはもう良いやん!
何!? かでのこうじ!? いや、読みにくいわ! 何なん!? 田中さんとか
山田さんが欲しいねんウチは!」
何故に関西弁。
「そ、れ、で最後に有馬君!」
先輩は有馬の方に鋭い視線を飛ばして、叫んだ。
「ぼ、僕?」
「そう! 元自然観察部部員の有馬岬! 有馬君が人間関係のことを気にして退部したい
って言ったとき、はっきり言って『何コイツめっちゃ自分勝手じゃん』って思った。
口論にもなったよね。でも、私は最終的に『後は任せて』って言ってあげた。でもさあ
だからといって連絡ナシは酷くない!? 仮にも自分が設立に関わった部活だよ!?
きっぱり縁切りしてやったとばかりに私とも前科部とも一切、関わろうとしないしさ」
「だっ、だって芦原と僕はなんか気まずい感じがあったし.......」
先輩が笑顔で浴びせかける文句は有馬に効果抜群だったらしい。
有馬はさらに狼狽え、びくびくとした。
「そうだね~。半分、喧嘩別れみたいになって気まずかったもんね。でも、やっぱり
私が有馬君の分まで部活を切り盛りしてた訳だし少しくらい、労ってくれても
良かったんじゃないかな~。学校の中でも有馬君私のこと避けてたみたいだし
何なら話し掛けたのに無視されたことも有るし」
追い風に乗った先輩の勢いは止まることを知らない。何時も温厚な先輩の愚痴は
常人のそれより二倍も三倍も衝撃的なもので、言葉の矛先を向けられていない
俺達ですら鳥肌が立っていた。
「つ、つまり何が言いたいんだ?」
「ん~? 別に~? 有馬君が抜けた後、私はとても大変な思いをしたんだって
言うただの愚痴だよ? 有馬君にも関係を断たれて、わたし辛かったな~」
「っ......僕に罪悪感を感じさせて、なし崩し的に僕を部活に入部させるつもり
だろうけどその手には乗らないよ。僕は多数派じゃないと嫌なんだ」
そんな有馬の言葉には確固たる信念が宿っているようだった。最早、有馬の考えを
揺るがすことは出来ないのかもしれない、俺がそう思ったとき雪加が動いた。
「有馬岬、だったけ。私のことは知ってる?」
雪加はそう言うと、王冠マークの眼帯に指を這わせた。
「上里君と違って、転校生という立場を上手く扱うことによって一時期皆の注目を
集めた、勘解由小路雪加さんだよね。知ってるよ。折角、人気者になれていたのに
わざわざその人気を自らの手で落としたことも」
有馬は何処か蔑むような口調で返答する。
「きっと、貴方の目に私は『自らの幸福を自ら手放した愚か者』と映っているでしょう?
でも、違う。今の私はとてもスッキリした気持ちでいる。何故なら祐也や玲奈を
馬鹿にするクズみたいな連中と絶交することが出来たから。貴方には常に多数派で
在りたい理由は有るの?」
「ああ。勿論だよ。多数派に回ると言うことは、多数を味方につけるということだ。
敵は少ない方が良い。そう思わないかい?」
「......じゃあ、その『敵』とやらは貴方に何か危害を加えるの?」
嗜虐的な笑みを浮かべる有馬の言葉に雪加は動揺することなく
ただ、無邪気な子供のように質問をした。
「当たり前じゃないか。少数派の価値観や考え方、その他諸々を持っていると
馬鹿にされたり、無視をされたり、虐められたりする。これらは全部少数派
という敵のせいだ」
「貴方.......もしかして馬鹿?」
どうだ、と言わんばかりに持論を語ってみせた有馬。しかし、雪加が有馬に
投げ掛けたのはそんな言葉だった。
「は、はあ......? いきなり、馬鹿とは失礼だな。出る杭は打たれる。
当たり前のことじゃないか」
「出る杭は打たれる......。じゃあ、聞くけど杭を打つのは誰なの?」
「そりゃあ、皆に決まってる」
「じゃあ、皆って一体誰なの?」
「皆は皆。多数派の人間だよ」
有馬は何を当たり前のことを聞いているんだ、とでも言いたそうな表情で
雪加の質問に答えた。
「それじゃあ、敵は少数派ではなく多数派の人間、ということになるんじゃない?
危害を加えるのは多数派の人間なんでしょ? 『味方』が同時に『敵』
でもあるって何か変な気がする」
「......っ!?」
雪加がニコリともせずに放った言葉は有馬の顔を強張らせ、目を見開かせた。
「結局、貴方達の殆どは自分達で生み出した集団意識に支配されているだけ。
前科部のことを自分の考えで蔑んでいる生徒はこの学校にどれくらいいる?
0人とは言わないけれど、『皆』が蔑んでいるから自分も蔑もうという結論に至って
前科部を見下している人が殆どの筈。貴方の話す『皆』の正体。それは『多数の人』
ではなく『多数の人を支配する集団意識とその集団意識を作り出す原因となった
一部の人間』なんじゃない?」
「・・・・」
沈黙してしまった有馬を見て、雪加は『はあ......』と溜め息を吐くと
もう一度、口を開いた。
「それに多数派、少数派って考え方はそんな小さい規模で使うものじゃない。
もっと大きい......それこそ社会レベルの規模で人間を見たときに使うもの。
結局、人っていうのは全員が細かく見れば少数派......って、言ってもこの学校を
集団意識が支配していて、私達と貴方が関わればまず間違いなく貴方は皆に
虐められる、というのは変わらないのだけど」
「......だからって、僕が前科部に入るメリットが無いじゃないか。僕がこのまま
陸上部にいれば虐められることもないんだろう?」
有馬は無理矢理作った笑顔で返事をする。
「うん。これからも白嶺から目を逸らして、白嶺を蔑み、白嶺が大切にする
この部活を嘲笑う人間達と付き合っていきたいんだったら良いと思う。
私が貴方ならそんなことはしないだろうけど」
「な、何で芦原が出てくるんだ!」
「幼馴染み、なんでしょ? さっきの白嶺とのやり取りで何と無く分かった」
「はあっ!?」
驚いた有馬はすっとんきょうな声を上げた。雪加に先輩と有馬のことを話したことは
無かった筈なので、雪加は本当に先程の有馬と先輩のやり取りを見て二人の関係を
見抜いたのだろう。普通ならそんなことは出来ないだろうと考えるだろうが
雪加なら納得出来てしまうのだから不思議だ。
「多数派でいたいという拘りは有るようだけど、白嶺のことをきっぱりと忘れて
自分のために今の連中との関わりを続けていくっていう信念が貴方からは
感じられない。心の何処かでは白嶺に罪悪感を感じているんじゃない?」
「ちょ、ちょっと勘解由小路さん......」
「白嶺は黙ってて。じゃあ、最後に質問。芦原白嶺を取る? 有馬岬を取る?」
有馬が自分と同じ幼馴染みポジションだからか、それとも別の理由があるのか
雪加はグイグイと有馬に詰め寄り2択を迫った。
「ぼ、僕は......」
恐らく、此処で有馬が下した結論は確固たる物となるだろう。先輩を選んで前科部に
入ると言う結論を下すなら、他の連中に何を言われようと陸上部を抜けるだろうし
逆に自分を選ぶと言うのなら最早、有馬がウチの部活に入ることは永遠に無いだろう。
それほど、俺の目には有馬が結論を出すのに戸惑っているようにみえた。
「はい、おしまい。岬! 何でこんな連中と絡んでんのよ」
そんな中、突然現れて有馬を怒鳴り付けたのは俺達の部活、前科部を混乱に陥れた
中心人物。そして、長きに渡って小戸森を虐め続けたクズ。佐藤恵美だった。




