勉強会
梅雨も終わり、本格的に夏を感じるようになってきた7月。
瑞々しい青葉達が根暗な俺達を嘲笑するかのようにその美しい体から
朝露を滴らせている。
「やっぱり帰っても良いかしら。貴方みたいに低脳な人間と同じ室内で
勉強をしたら私の繊細な頭が腐りそう」
俺の横を歩く、調月は立ち止まって言った。
「またかよ。そう言って立ち止まるの今日で4回目だぞ?」
「意味のない勘定はやめなさい。そもそも、私は貴方と勉強をするつもりは
更々無いの。勘解由小路さんにも『行けたら行く』としか伝えていないから
私は今からでも予定変更は出来るのよ?」
「雹霞はそんなに私達と勉強するのが嫌?」
「いいえ。そうではないの。私が嫌なのはこの男......」
調月はそこまで言うと、硬直して後ろを振り向いた。
「よう、雪加」
「グーテンモルゲン、祐也」
グーテンモルゲン、ドイツ語で朝の挨拶の意である言葉を口にした
勘解由小路雪加は相変わらず、あの眼帯を付けて俺と調月の前に立っていた。
「こ、こんにちわ調月さん」
「カリメーラ、雹霞」
何処と無く、同様しながら挨拶をする調月に雪加はギリシャ語を
用いて挨拶をした。中学生の頃の俺が雪加に教えたものだ。
「それで、雹霞は勉強会に来ないの?」
雪加は哀愁を漂わせながら、調月に尋ねた。
「......それは」
「雹霞が前に好きって言ってた、ダージリンの紅茶とアールグレイの
茶葉を使ったスコーンを用意してたんだけど......駄目?」
雪加は目をうるうると濡らして、調月の瞳を見つめた。身長の関係で
雪加は調月に上目遣いをする形となり、その破壊力は抜群だろう。
「うっ......仕方無いわね。紅茶とスコーンが勿体ないし、勘解由小路さんが
そう言うなら行くことにするわ」
遂に調月は根負けしたように雪加から目を逸らしてそう言った。
もしかして、調月は雪加に弱いんじゃな無いだろうか。もし仮にそうだったら
凄い発見だ。あの、誰にでも傍若無人に振る舞う調月を雪加なら
制御出来るかもしれない。
「......計画通り」
そして、雪加は悪役さながらの笑みを浮かべて小さな声でそう言った。
聞かなかったことにしておこう。つくづく、難聴な主人公に憧れる今日この頃だ。
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それから、幻中や先輩、小戸森達と合流するとそのまま雪加の家に向かった。
幻中の家に入るのはかなり躊躇していた俺だが、雪加の家には普通に入れた。
やはり、昔から付き合っていると互いに気恥ずかしさのようなものは
無くなってくるのだ。
「何気に、引っ越してきてから雪加の家にお邪魔するの初めてだな」
「うん。さあ、皆入って」
俺達は二階にある雪加の部屋の前まで案内され、中に入るよう指示された。
「ん」
俺は短く返答すると、扉のドアノブに手をかけてそのまま扉を開けた。
そして、躊躇いなく部屋へと入る。
「ええ、祐也君馴染み過ぎでしょ。自分の部屋に入るみたいだったよ?」
「まあ、うちに来た時の雪加もこんな感じだったし。普通ですよ」
そう言いながら、俺は部屋の真ん中に置いてある座卓の前に座った。
中々、居心地が良い。
「なんと言うか、寛いでますね」
小戸森が俺の様子を見ながら、一言。家が変わっても、此処が雪加の
家であると言う事実は変わらない。別に失礼な真似をしているわけでも
無いのだから良いだろう。
「祐也は昔からこんな感じ。皆も立ってないで、祐也みたいに座って」
そう言いながら、雪加は座卓をポンポンと叩いた。
「そうは言うが雪加、お前は俺の部屋のソファーで勝手に
昼寝してたことあっただろ」
「あれは祐也のソファーが気持ちよすぎるのがいけない」
「いや、何でだよ......」
俺と雪加の何時もと変わらないやり取りに緊張が和らいだのか
幻中達はゆっくりと座卓へと座り始めた。
「・・・上里君、隣失礼します」
そう言うと、幻中は俺と少し距離を空けて横に座った。
「おう」
「それじゃあ、色々持ってくるから待ってて」
雪加は俺達にそう言い残すと、部屋から出ていってしまった。
特にすることもないので新しい雪加の部屋を眺める。
「何か......凄い、物騒な物が置いてあるんだけど」
白嶺先輩が指差したのは、雪加の勉強机の棚から糸を繋がれて
ぶら下がっているモデルガンだった。
「ああ、あれ。昔から置いてありますよ。アイツの好きなアニメに登場する
銃のモデルガンですね」
「だったら、あれは?」
次に先輩が指したのは、白色で笑った人間の目と口が描かれている
黒い仮面だった。
「雪加が道化師系のキャラに憧れてたときの奴です。それでその横に
山のようにあるノートが俗に言う黒歴史ノート。普段、アイツが言ってる
話の世界観的なのが全部書かれてますよ」
「ええ......なんか、凄いね」
若干、引き気味の先輩は立ち上がると雪加の部屋を見渡した。
「お待たせ......白嶺。何か気になるものでもあった?」
すると、突然扉が開きお盆に色々な物をのせた雪加が帰ってきた。
「い、いや別に。勘解由小路さんの部屋、凄いなと思って」
「此処に有るものは、全て私が苦労して集めた一級品。
白嶺が魅了されても仕方がない」
「そ、そーだねー」
心のそこからどうでも良さそうな返事をする先輩を横目に俺は出された紅茶を
啜った。中々、美味しい。香り高いアールグレイだ。
「ん? でも、雪加さっきダージリンって......」
「祐也は、アールグレイの方が好きだから別の茶葉を使った。
玲奈は緑茶が好きって言ってたから、緑茶。廻瑠はほうじ茶。白嶺には珈琲」
雪加の細かすぎる気遣いに一同が絶句した。確かに、周りのコップの中身を
見てみると、緑色だったり茶色だったり、黒かったりしている。
「皆、何を黙っているの? ほら、早速勉強を始める」
雪加はそう言うと、何やら問題が書かれた紙を配り出した。
「過去問をなんとか入手したから、皆で解こう。
流石に三年生を教えれるかは分からないけど......」
「い、いや大丈夫だよ。二年生の勘解由小路さんが教えれないのは
普通だから。うん。多分......大丈夫」
自棄に慌てている先輩が不安だが兎に角今は過去問を解こう。
そう思い、俺達はテスト勉強に取り掛かった。
それから数時間が経ち、全員が全教科の過去問を解き終わり
採点を終えた。先輩が青白い顔をしているのが心配だ。
「......あ、あ、あ、あああああああっ!」
先輩は青白い顔を浮かべていたかと思えば、急に叫んで頭を猛烈に振り始めた。
「先輩!?」
「ヤバいよ、ヤバいよおおおおおおお!」
「部長、某人気芸能人の物真似を勉強会でしないでください」
調月が『はあ』と溜め息を吐きながら、先輩へと言う。
恐らく、テストの結果が悪くて叫んでいるのだろうが不覚にも
調月と同じことを思ってしまっていた。
「そう言う調月はどうだったんだよ。テストの点数」
俺がそう聞くと、何処でそんな特技を手に入れたのだろうか。
部屋には電気がついていて、日光も窓から入ってきていると言うのに
調月は顔に大きな影を作って見せた。
「......テストの点数だけで人間性は決まらないわ」
「その言葉言うやつ大概、点数悪い奴だからな?」
「それじゃあ、貴方はどうだったのよ」
恨めしそうに俺に聞く辺り、点数はだいぶ悪かったようだ。
「一番良いのが理科で96点、悪いのが数学で79点だな」
「・・・・」
すると、俺の点数を聞いた調月はポロポロと本当に涙を流しながら沈黙した。
何時も俺に大口を叩いているらこそ、悔しく恥ずかしいのだろう。
「い、いやそんな泣きながら親の敵でも見るような目で睨まれても......」
「安心して。雹霞。私が教えてあげるから」
調月はそんな救いの手を差し伸べた雪加の胸に無言で顔を埋めていた。
中々、見られない光景だ。
「ありがとう。勘解由小路さん。あんな諸悪の根源に負けていられないわ。
情けないのだけど、力を貸してくれるかしら?」
「うん。打倒、祐也を目標に頑張ろ」
何故、俺が悪役のようになっているのだろうか。腑に落ちない。
というか、いつの間に二人はこんなに仲良くなったんだ。
「白嶺も間違ったところ見せて。少しくらいなら分かるかも」
「あ、ありがとう! 勘解由小路さん!」
再起不能になっていた先輩はその言葉を聞いた瞬間、飛び上がる
かのように復活した。
「勘解由小路先輩、ボクも少し聞いて良いですか?」
「うん。ちょっと教えるまでに時間がかかるから少しだけ待って」
まるで、姉妹の長女か何かのように雪加は皆に優しく接し問題を
教えている。転校してきたばかりなのに俺よりも部活に馴染んでいて
嬉しいのだが、少し複雑だ。
「あの、雪加。俺も分からないところが」
「祐也は雹霞の敵だから教えない」
「理不尽過ぎる!?」
一体、いつの間に調月×雪加のカップリングが出来てしまっていたのだろうか。
「というのは、嘘。でも、流石に四人を一度に見るのは難しい。
玲奈、祐也をお願いして良い?」
俺達のやり取りを黙って見ていた幻中は突然、指名されたことに
驚きつつも小さく頷いた。
「・・・勘解由小路さんのように上手く教えれるかは分かりませんが
出来る限りでなら......」
そんなこんなで俺は幻中に苦手な数学を教えて貰うことになったのだが
予想通りというか、なんというか、やはり幻中の教え方は丁寧で
分かりやすかった。しかし、一つだけ問題がある。
「此処は三角関数表を用いて、とあるので......って上里君、聞いていますか」
「いや、その幻中。なんと言うか、その......凄く近い」
幻中は俺に問題を教えることに集中していたせいで、無意識のうちに
体を俺に近づけてきていたのだ。この前の郊外学習で幻中と一緒に
二人席に乗り込んだが、そのときより密着している。
幻中の肌の柔らかさが服越しに俺へと伝わってくるわ、柑橘系の柔軟剤の
良い香りがするわで、とてもじゃないが集中出来なかった。
「・・・あ」
幻中は自分がしていることに気付いたらしく、俺の顔を呆気に
とられたように見つめた。どうやらショックで固まっているらしい。
「フッ、性欲の怪物が遂に正体を現したわね。セクハラ男が
いると警察に通報させてもらうわ」
「いや、どう考えても俺は悪くない」
幻中は依然、放心状態のまま俺の体にくっついている。
「むう......」
小戸森は文句ありげに此方を見てきた。無性に頭をポンポンしたい
欲求に駆られるがこの場でそんなことをしようものなら本当に
調月に通報されそうなので止めておいた。
「・・・すいません」
幻中は目が覚めたように謝り、ゆっくりと俺から体を離した。
少々、健全な男子高校生には刺激が強すぎた。
「祐也、私が引っ付いても全く動揺しないのに玲奈に
やられたら滅茶苦茶動揺してた。この差は何?」
「付き合いの長さ」
腹が減っただけで何か食わせろと抱き付いてくる奴だ。それこそキスでも
されなければ、雪加からの接触で狼狽することは無いだろう。
「・・・本当にすいません」
「別に良いって。それより、この問題の解説もう一度頼む」
「・・・はい」
そんなトラブルが発生したものの、全体的に勉強会は順調に進み
いよいよ、解散の時刻である11時が訪れた。
「ふう......時間ね。勘解由小路さん、お蔭で捗ったわ。
それじゃあ、そろそろ帰るわね」
調月は若干、名残惜しそうに座卓の上の荷物を纏めると立ち上がった。
「分かった。じゃあ、そろそろお開き。皆、アリヴェデルチ」
「ありべでるち、ですか?」
雪加が朝から言っている、各国の挨拶シリーズに小戸森は首を傾げた。
「アリヴェデルチ。イタリア語でさようなら、だな」
「先輩。居たんですか」
「さっきから思いっきり居ただろ。てか、お前俺に話しかけてたよな?」
「勘解由小路先輩、今日は色々教えていただいて本当にありがとうございました。
お陰で期末テストは期待出来そうです」
小戸森は俺の言葉を無視し、雪加にペコリとお辞儀をした。
この芋天娘......。
「なら、良かった。一年生の範囲くらいなら余裕だからまた聞いて」
「は、はい!」
あの小戸森が他人と仲良くなっていることを微笑ましく思っていると
同じようにそれを見ていた先輩が小さな声で俺に話しかけてきた。
「ね、祐也君」
「はい?」
先輩は何処か含みのある笑みを浮かべていた。
「この後、少し付き合ってくれない? お昼ご飯もまだだしさ」




